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26/122

26:遥、仁に会いに行く。

自分の恩人であるジンに会うことに決めた遥。

Vtuberは、やはり夢見のあるものじゃないらしい。

 あれから一途とはそれなりに会話できるようになった。大学でもケンカできる友達なんて作れないと思ってたし、作らないと決めていた。それでも、一途とはいっぱい遊んでいっぱい思い出を作っていきたい。

そう思えるようになれた。 そして、オレはまた新たな一歩を踏み出そうとしている。


「ここで待ち合わせって言われたけど、オレの格好変じゃないよな」


 一途にジンさんに会いたいということを伝えてみたところ、少し顔を曇らせながらも承諾してくれた。確かに、いくら知り合いのVtuberとはいえインターネットとの友人関係で実際に会うというのはあまりいいことがない。それでも送り出してくれたのは、オレが会いたいと真剣に言ったからだと思っている。


『くれぐれも気をつけて行けよ』


 一途の今日送ってくれた最初のライン。それを見て冷静さを取り戻す。大学から少し離れた都市部、東京澁谷ハチ公前。人が集まるときに絶対使う待ち合わせスポットだ。


「あっ、いたいた。お待たせ、エルちゃん。いや、霜野遥くん......だよね」


紳士的な話声が背中側から聞こえる。ディスコードから聞こえてくるあのおっとりした口調とは少し違うけど雰囲気の残した丸い声。振り向くとそこには背の高い男がいた。


「もしかして、鷹野仁さん?」


 顔はマスクとサングラスでいまいちどんな雰囲気なのかつかめないけど、悪い人ではなさそうだ。いやでも、めちゃくちゃ背が高いな、180くらいはあるんじゃないか?


「そうだよ、今日はオフだしお互い本名でいいよね。遥くん」


「いつもみたいに“ハルちゃん”で構わないですよ」


 緊張でずっと心臓の音が早い。恩人に初めて会うんだ、緊張もするさ。それでもジンさんはオレに優しく語り掛けてくる。


「お昼も近いし、ご飯食べよっか。ハルちゃんも初めて僕にあえて緊張してるみたいだし」


「いや、緊張だなんて......。でも、一緒にご飯食べたいです!」


 じゃあ行こうかと言ってジンさんは俺の背中を押した。オレはポケットの中に手を突っ込んで猫背で歩くジンさんの後ろをついて行く。ジンさんはたびたび後ろを向いてはこちらにニコッと笑いかける。そこに会話はない。知り合いとはいえ、お互い探り探りなのが自分でもわかる。もう一歩踏み出す勇気があれば......。


「あ、あの、ジンさんって普段何されてるんですか」


「Vtuber以外で?」


「そ、そうです」


「うーん、特にないかな。前はバイトとかしてたんだけど、今はありがたいことにVtuber一本でなんとかうまくいってるよ。趣味もゲームとかアニメだし、Vの活動の延長だからね」


「一期生だけあってやっぱりすごいですね、ジンさん」


「あっ、シャンゼリアついたよ。ピザたのも、ピザ!」


 この人の独特の自由さに驚きながらも、これが彼の魅力なのだと学べる。人を引き寄せる力、魅力のようなものが内からあふれている気がする。異能力ものによくある覇気オーラが見えるわけじゃないけど、なんだかそんなイメージが彼の背中から感じる。

イタリアン系のファミレスで有名なこの店は高校の時はいちずとかと一緒に勉強したりドリンクバーでカオスな飲み物作ったっけ......。また一緒に行きたいな。


「どうしたの? 座りなよ」


「は、はい」


恩人との対面でのやり取りでメニュー表なんてじっくり見ている気になれない。オレはジンさんと頼んだものと同じものを頼んだ。上の空、雲の上のような、親のような存在。一途との友人関係とは違う、特別な関係は独特の空気感を漂わせながらピザを目の前に繰り広げられる。


「ハルちゃんは、どれくらいまでVtuberとして活動するの?」


「え!?」


急な話に、左手に持っていたピザのチーズがだらんと皿に落ちた。いつまで? いつかは、やめないといけない日が来るのかな。寿命? 病気? それとも大人になったら? 会社に入って、普通にスーツ着てパソコン向かうのか? それとも作業服着てものづくり? 


「そんなの、わかりませんよ。いまはこのままでいいかなって」


「そうか、僕くらいの年で続けているとねちょっと不安になるんだよね。十分なお金があっても親にはどう職業を伝えていいかわかんないし、いつまで続けられるかわかんないもんよ。これだけやっても」


そういうとジンさんは胸ポケットからタバコを一本取り出した。ジンさんでも不安なんだ。彼のタバコを吸う姿に幻滅したわけでもないのに、現実にすこしいら立った。それでも、いつまでもジンさんには続けて欲しいと思う。


「だけど、オレは......。いや、俺たちはジンさんに元気にVの活動を続けて欲しいと思います」


「そうだねぇ、僕たちはもう一人の趣味の範囲じゃないんだよね。ちょっと、悲観的になっちゃった。ごめんね」


彼の言葉は少しオレの心に影を差した。どんなものでもいつかは終わりがくる、平家物語でもそんなこと言ってたっけ。それでもオレは取り分け皿に落ちたチーズをすくってピザを飲み込んだ。

それでも、一途に応援する。それが、推しを推す人たちの務め。

いや、もしかしたら使命というべきかもしれない。

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