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101:その曲に想いを乗せて

遥パート:ゆーフェスに向けてスタジオに集結していくVtuberたち。

彼ら、彼女らはフェスの最終日に行うライブのために必死に努力していくのだった。

 大学2年目の夏休み、部活もバイトもやってないオレはただただ活動に専念するのみだ。

でも、それだけっていうのもつまらねえなぁ。またどっかで一途と出かけるか。

おっと、考えるのはこの配信が終わった後にしないとな。


「『夏休みどこか出かけますか?』かぁ~。宅配信以外でも、今週のゆーフェスとかになると基本スタジ配信だから出かける時は出かけるなぁ。あ、でもプライベートでもどこか出かけたいよね! 海とかさぁ!!」

【しん・らぴすのコメントが非表示になりました】


【ジンジャー・エール飲みたい】「日焼けするぜぇ?」


【しん・らぴすのコメントが非表示になりました】


【やめとけおじさん】「やめとけ、やめとけ。あそこは陽の場ゾ?」


【ふぇると】「友達と行ってみたい! ......とも、だち?」


「海良いじゃん! 海の家行きたいよ? 私は。みんなとちがって陽キャのJKですから?」



個人の配信だなんて、かなり久しぶりな気がする。

この場が一番落ち着くんだよなぁ。なんだかんだいって......。

配信を進めていると、スマホの画面にラインのポップアップが見えた。

ちらりと見るとなつきさんからだった。


「ちょっと待っててね。なっちゃんから連絡きた」


神野エルとしては、なつきさんのことは友人のように「なっちゃん」と呼んでいる。

特に理由はない。配信の流れを止めて、確認するとフェスにむけて新たに楽曲提供があったらしい。

今やってる配信で言っていいかと聞いたら秒で断られた。そらそうか。


「ふむふむ。なるほど! なっちゃんが、みんなに『ゆーフェス楽しみにして』だって! その日になんかありそうだから、みんな見に来てね~! じゃあ、今日はこれで終わろっかぁ。じゃあ、おつえる~」



配信を切ったことを確認して、すぐにオレはなつきさんに電話した。


「お疲れ様ですぅ。門田ですぅ......。早速、楽曲の試聴と打ち合わせしたいのですがぁ、弊社の会議室までお越しいただけますかぁ?」


電話口から聞こえるいつもの間延びしたような口ぶりに、安堵と苦笑いを浮かべる。

この人、やり手なのは知っているのだが、いかんせん抜けているところがあるから心配事も多い。

もう片方の手で身支度を軽くすませつつ、なつきさんの言葉を半分聞き流していく。


「了解です! はい、じゃあ30分後くらいにつくと思います。はい、よろしくお願いします」


電話を切り、小さなショルダーバッグを肩にかけて家を出る。

駅まで走っていき、そのまま電車に揺られて事務所へ向かう。

事務所に向かうと、レコーディングが重なっているのか初めてみる人や知り合いが勢ぞろいしている。


「あれ、みやげちゃん?」


「え? ああ、エルちゃん......」


少しトーンの暗い表情に、不安を覚えつつ彼女に話を聞いてみる。


「みやげちゃんもゆーフェスのラストステージで歌うの?」


「はい......。初めて人前で歌うので緊張します」


「でも、オリソンめっちゃかわいかったじゃん」


彼女はオレよりも先に持ち歌をもらっていた。

その曲は、彼女らしく少しホラーチックだが可愛らしいハロウィンソングだったのを覚えてる。

オレは対象的に青春まっしぐらな応援ソングだったというのもあって余計に......。


「ありがとう、ございます......。エルちゃんは、なにか歌のコツとかある?」


「うーん......。恥ずかしがらないことかな? でも、一番は自分が楽しむことだと思うよ!」


オレは歌うのは嫌いじゃないし、高校の時もよくカラオケに行ったりして騒いでたなぁ。

一途の下手っぷりのも面白かったけど......。そういえば、あいつも歌うのか?


「楽しむこと......ですか。なるほど、ありがとう! ちょっと、勇気が湧きました。やっぱり、エルちゃんはみんなを元気にできる人だなぁ。それがわかっただけでもリアルで会えてよかったかも」


みやげちゃんは、女性だと思って接していたオレに若干心を閉ざしていた。

でも、今は一歩だけでも彼女との距離が近づいた気がする。


「じゃあ、私はここで」


「あれ、オレもここに呼ばれたんだけど......」


二人でなつきさんに指定された会議室の扉を開くと、そこにはなつきさんがサングラスをかけて立っていた。なぜに室内でサングラス?


「今回のライブステージのテーマは、ズバリ『コラボ』です」


「いきなりですね、なつきさん。てか、なんでグラサン?」


なつきさんは、かっこよくサングラスを取った後なにもなかったかのようにスーツの胸ポケットにしまう。うん、だからなんでかけてたの? まあいいけど......。

ツッコミ不在の中、なつきさんは改めてゆーフェスの最終演目、「ライブステージ」について語り始める。


「定番ともいえるゆーフェスも今回で5回目です。されど、まだ5回です。ここからが正念場です。......というわけでぇ、人も増えたことですし、同期でユニットを組んでもらって、最低1曲は歌ってもらうことにしてもらいましたぁ」


そう言われた途端、オレとみやげちゃんはお互いを見合い、なつきさんの方に向き直ると彼女はうんうんとゆっくりと首を縦に振る。


「私と、エルちゃんでユニットですか? 4期って私たちだけですよね?」


「ええ。他の期より若干少ないので5期とまとめる案もあったのですが、私が却下しましたぁ!」


ニチャァという擬音が似合うくらいゆっくりと口角を上げて笑う。

言葉に他意はないと思うけど、なにかしらの意図を感じざるを得ない。



「二人というより、エルちゃん一人でも十分だと思うんですけどね」


そう言って会議室に入ってきたのは、紛れもない瑠衣さんだった。

以前にあった時よりも少し顔がやつれているようにも見えて、なおかつそのぎょろっとした目つきでオレを撫でまわすように見てきておぞましさを感じた。


「え、その人は?」


普段怖がらないで有名なみやげちゃんが、若干引き気味で瑠衣さんを指す。

すると、なつきさんはなにも知らない様子で彼女について話をする。



「彼女は今回楽曲を提供してくれた方です。なんでも、エルちゃんのファンだそうで......。あれ、遥さんは、彼女と知り合いで?」


「ええ。彼女は、確かにファンではありますよ。アンチという一面もありますけど」


そういうと、瑠衣さんは否定もせずに乾いた声で語る。


「ええ。でも、憎しみは愛情の裏返しっていいますよね? あなたなら自分の心がわかるでしょう? 孤独に愛情に飢えて一途に追いかける人の気持ちが......」


こいつ、もしかしてオレが一途のことを......。

まさかなと思いつつ怯えていると、門田さんはへらへらした態度から豹変して真顔になった。



「なるほど......事情は大体把握しました。瑠衣さん、申し訳ありませんが今回の提供はお断りさせていただきます」


「え!? でも、すごくいいものだって言ってたじゃないですか!!」


「ええ。正直、才能に関していえばあなたはすごいですよ? 新人であるあなたのお姉さんを支えて、2週間ほどで100万人に到達できる企画力やマネジメント能力、加えて楽曲作成......。ですが、あなたは人の気持ちを理解できていなかった。よく遥さんから迷惑行為の多いファンのことは聞いていましたが、まさか貴方だったとは」


そういうと、瑠衣さんはなつきさんの足元にしがみつき始める。


「お願いします! これしかないんです! 遥さんを振り向かせる方法なんてこれしかないんです! 私はただ、彼に見てもらいたくて......」


彼女の気持ちも少しわかる。好きな人に振りむいてもらいたい気持ち......。

それはオレも同じだ。こっちにも向かってくる癖に鈍感な一途が隣にいたからなぁ......。


「私は、これ歌ってみたいと思うけど」


一人、イヤホンをして瑠衣さんの歌を聞いていたみやげちゃんが恐る恐る話し始めた。


「すごくいい曲だし、エルちゃんだけじゃなくて私のこともしっかり調べて歌詞に起こしてるのわかるし......。ダメかな」


なつきさんは渋い顔をしているも、オレの心は決まっていた。

これを最後に彼女と会うのは最後にしよう。


「いいと思う。オレは、みやげちゃんのセンスに賛成するよ。でも、瑠衣さん。これで、会うのは最後にしてくれると約束してくれますか?」


「......はい。ふたりの成功を陰ながら応援しています」


瑠衣さんは、なつきさんに楽曲の入ったUSBを託して去っていった。

その入れ違いでドタバタと音を出して会議室に入ってきたのは一途だった。


「遥ぁ~! 助けてくれぇ!! 俺は歌ダメだって知ってるよなぁ!? こいつらになにやっても無理だって言ってやってくれよぉ!!」


うん、無視しとこ。こいつの歌絶対面白いし、カラオケ全然だけど合唱とかは歌えてるから大丈夫だろ。ツンとしていると、遥の同期なのか、1組の男女が駄々をこねる一途を抱えて引っ張り出す。


「どんだけ遥さんが好きなんすか! 一途先輩! さっさと練習しますよ!」


闊達そうな女性は、オレを少し睨みつけながら両手で一途を引きずっていく。


「ポテンシャルは磨くものですよ......。 僕がしっかりリードしますから」


不思議なオーラを放つ男は妖艶な笑みをオレに浮かべたかと思うと、片手で力いっぱい一途を引っ張る。いい同期を持ってるにも関わらず一途は、いまだに会議室に響くくらいの喚き声をあげていた。


「いやじゃぁ! 俺ぁ、『歌うこと』と『頑張ること』が一番嫌いなんじゃあああああ! うわあああああああああああああああああ! は、な、せ!!!」


バタンと扉が閉まると同時に、静寂とクスクスという笑いが会議室を包む。

なつきさんは、口元を抑えながらパソコンから楽曲を流していった。




瑠衣とのひと悶着も落ち着き、朗らかな笑みで収録に挑む遥。

対照的に、一途は地獄のレッスンが待ち受けていた。

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