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97:だいすき

遥パート:悩み、苦悶する遥と、それをわかっていながらも自己陶酔していく瑠衣。

二人はぎこちないデートを重ねていく。

 一途の幸せは邪魔しちゃいけない。友達として、たまに話しかけてくれるだけでいいんだ。

オレには、友達がたくさんいるし、一途もその一人だと思ってた。でも、この気持ちは違う。

たくさんの友達にかこまれながらも孤独だったオレの心を埋めてくれたのは、他でもない一途だ。

でも、そんなことはもうどうでもいい。


「どうしたんですか? 遥さん」


ぼんやりするオレに、朗らかな笑みで包もうとする瑠衣さん。

彼女は、欠けたパズルのピースになろうと取り繕う。

それでも結局、孤独は続く。

人はどこまでも他人なんだから......。


「ううん、なんでもないよ。次は、どこにいくの?」


オレと瑠衣さんの間にも感情はない。だから、精一杯の作り笑顔でオレは彼女に応えた。

なにか埋めてくれそうなものがありそうで、彼女についていくも一途のことばかり考えてしまう。

ぼんやりするオレに彼女は、楽しそうに笑みを浮かべる。


「水族館です。ここが今日のメインです」


コンクリートで壁を覆われた少し無機質で都会的な水族館だ......。

でも、水族館に来たのっていつ以来だろう。小学校の時の遠足とか以来だろうか?

苦しさとか、虚無感とか忘れて、今日は楽しもう。


「わぁ、キレイ」


中に入ると、一瞬で世界が変わったかように一面が水の世界だった。

そこには数多くの魚が出迎えてくれた。


「あれは、イワシですね。マグロと同じ回遊魚で、外敵から身を守るためあのように群れをなして行動するそうです。ちなみに大体のイワシは右回りで泳ぐそうです」


「へ、へぇ......。くわしいね、魚好きなの?」


そういうと、彼女は首を横に振った。


「いえ、今日のために色々調べました。まだまだ、見てほしい、聞いてほしいことがたくさんあるので次いきますよ」


彼女はそういうと、そそくさとどこかへ向かう。

瑠衣さん、張り切ってるな......。でも、何かが違う気がする。

振り回されるのは嫌いじゃない。でも、もっとゆっくり楽しみたいなと思いつつ彼女を追いかける。

次に見えたのは、少し展示場が暗くなった場所にいたクラゲだ。


「クラゲか。ふわふわ泳いでてかわいいな。照明もいい感じだし」


「クラゲは泳いでいるわけではないんです。浮遊生物と言ってプランクトンと同じ仲間です。あ、浮遊生物というのは、自身で泳いでいるというより遊泳能力がなく水流に乗って浮遊しているんです」


雰囲気はいいけど、なんか水族館に働いている人に解説しながらツアー組んでるみたいだ。

なんか、デートと言うより社会見学感あるな。違和感の正体ってこれ?

さらに瑠衣さんの解説パートはエスカレートしていく。


カニ、タコ、イカ、マンタ......etc,etc......。


どれも面白い生態や、形をしていて見るに飽きないはずなのに、どうしてかもう帰りたい。

オレは少し疲れて、水族館内のゆっくり眺めるためのソファに一人座り込む。

瑠衣さんが、シャコについて解説していた途中に座るオレに気付きその隣に座る。


「どうしましたか?」


「いや、ちょっと疲れた気がして」


「こんなに楽しいんですから、疲れるのも無理はありません。しかし、自分はこの魚たちのことを知ってほしいんです。それと同じように、高知瑠衣という人間を知ってほしい。そして、いつか小田倉一途という人間を忘れられるように頑張ります。一途で献身的な人間は私一人しかいないと、思ってくれたらとても嬉しいです」


正直、何言ってるかさっぱりだった。

瑠衣さんってもしかして「神野エル」のファンてことなのかな......。

彼女の双子のお姉さんも確かに瑠衣さんは「神野エル」が好きとは言ってた気がするけど。


「忘れたくても忘れられないよ。だって、一途は高校の時からの親友で、唯一の理解者だって今でも思ってるから」


「あなたの感情を踏みにじってもですか!? 私は......自分は、あの空気の読めない彼が今でも許せない!」


彼女の眉を顰める姿が、少しいじらしく可愛さまで感じてきた。

オレは彼女に微笑みかける。


「確かに鈍感なとこはあるかもしれないけど、それでも一途あいつはオレの......推しだから。だから、あいつが幸せならいいんだ。自分の気持ちに気付いたオレが悪いんだ」


そういうと、瑠衣さんはオレのふとももに手を添える。


「気持ちは大切にしてください。自分も、最近は自分の気持ちは大切にしているんです。だから、こうやってあなたに愛を伝えてきた。でも、あなたはそれを無下にした。その責任は取ってもらいますからね」


「え?」


瞬間、彼女はオレに近づいていた。

これは、キスしようとしてるのか?

ただ、オレは少し抵抗があり、彼女を押し戻して話を聞いた。


「いや、ちょっと待って。そんな雰囲気じゃないって」


「どうしてですか!? 私に足りないものがあるってことですか? スパチャの数ですか? デートの数ですか? それとも、私が『らぴす』だと知っているからですか!? だとしたら、もっと貴方を許せなくなる」


黒い影がオレを覆ったかと思った瞬間にはすでに、彼女の手は俺の顔を叩かんとスナップを利かせていた。やり返すことも考えず、ただ目を瞑る。だが、その瞬間はなかなか来ない。

なんだ?と恐る恐る目を開けると、瑠衣さんの手を汗だくになった一途いっとがガッシリ掴んでいた。一瞬の出来事に水族館にいた観客もこちらを一瞬見つめるも、すぐに自分たちの世界へ帰っていく。


「なに、してんすか。瑠衣さん」


「小田倉一途......! 離せ! お前は必要ないんだ! いつもエルちゃんに贔屓してもらってるくせに、プライベートまで贔屓してもらってるつもりか!? 一時の正義感だけで、熱心なファンだった私を彼女から引き離して何が楽しいんだ!」


瑠衣さんは、今までの優しくクールな顔つきとは打って変わって狂気と悲しみの狭間にいるようだった。彼女は、来ていたシャツを自分でしわくちゃにしながら一途に語るも、彼は見向きもせずオレだけを捉える。


「立てるか?」


「う、うん」


オレの手を取り、一途は走り出す。

二人を刺す視線を顧みず、二人で青く澄んだ世界を駆け抜ける。

後ろを振り向くと、瑠衣さんがまだこちらを追いかけていた。


「追い続けるぞ!! どれだけ逃げても無駄だ!」


叫び倒し、追いかける彼女に対して一途は途端に走るのをやめる。

ぶつかりそうになるも、瑠衣さんは勢いを殺して立ち止まる。


「確かに、あんたはVtuberの妹だから、どこかで会うかもしれない。でも、今度遥に触れたり会ったりしてみろ。そのときはお前を......」


「......。あ、あ......ご、ごめんなさい! ごめんなさい、命だけは......」


そういうと、彼女は崩れ落ちて茫然とオレ達の顔を見つめていた。

一途の怒りは、握りしめられたオレの手からも伝わってくる。

いつだって、あいつはこうやってオレの前に立っていた。オレが傷つかないように。

だから、好きなんだ。 あいつが活動を支えてくれたこともそうだけど、それ以上にいつもあいつからもらっていたんだ......。


「もう、いいよ一途。 正直、来てくれただけでも嬉しい」


そういうと、一途は首をふるふると横に振る。

するとすぐにこちらに向き直った。


「お前の異変に気づけなくてごめんな。ずっと、一緒の時間を作れるようにVになったのに忙しくなってお前と話ができなくてごめん。これからは、お前との時間も大切にするよ」


その言葉を聞いたからかはわからないが、瑠衣さんはどこかへ消えていった。

あの人、もう懲りたのだろうか......。

それより、オレの目線に近づけるため、まるでプロポーズのような姿勢にいる一途が心配だ。


「一途、オレも気持ちは同じではあるんだが、場所考えよっか」


水槽の方を見ると『恋のキューピット シロイルカのだいすけくん。カップルを見るとハートのバブルリングを出してくれるかも?』という看板が目に入る。だが、彼にはそれが見えていない。


「は? 気持ち伝えんのに場所もなにもねえだろ」


「バカ! あれ見ろ!」


「あ?」


そう言ってオレはシロイルカがかわいく描かれた看板を指さす。

そこに書かれていたことを見るなり、一途は顔が赤くなっていった。

オレ達がシロイルカに気付いた瞬間には時すでに遅く、シロイルカは『待ってました』と言わんばかりにハートのバブルリングを繰り出した。


観客の声援も聞こえてくる始末でオレ達二人は、顔を赤らめながらその場所を後にした。

彼の優しいぬくもりが伝わってきてオレは、同じ気持ちになった。

やっぱりオレも、一途が好きだ!








一途の登場に、嬉しくなる遥だったがうかうかしてはいられない。

二人の関係を知られないように、二人はコラボ配信を始めていく。

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