1.篠宮家との会食。
次回でプロローグ(オープニング)終了です。
できれば、本日中に。
「見つかってよかったね!」
「は、はい……」
数十分後。
ボクと円は一緒に廊下を歩いている。
彼女の髪飾りは少し奥まった場所、その端に落ちていた。なにやら用事があって急いでいたらしいのだが、その際に転んでしまったらしい。
個人的には転んだ際、どこか擦りむかなかったかが気になったけど。
「本当に、ありがとう……です」
朗らかに笑う円の顔を見たら、心配無用な気がした。
とりあえず同じ会場に用があるとのことなので、ボクは戻るついでにこの子を送ることに。細々とした声で、あまり口数も多くない彼女だが、一緒に歩いていて不思議と違和感はなかった。なんというのだろうか。傍にいて気を使わない、とでも言えばいいか。
ボクは初めて出会ったはずの少女に、そんな思いを抱いていた。
「あ、あの……!」
「ん?」
そんな折である。
円がなにやら、意を決したようにそう口を開いた。
そして、潤んだ瞳でボクの顔を見つめてくる。
「どうかした?」
「…………」
だが、すぐに髪飾りをきゅっと握りしめて黙ってしまった。
ボクは足を止めて、円の言葉を待つ。
すると――。
「リュウヤァ! どこまでトイレに行ってたの!?」
「げっ……!?」
まさしく、その瞬間だった。
母さんが鬼の形相でこちらにやってくる。
そして、有無を言わさず首根っこを掴まれた。
「早く! 相手の御家族が到着したのよ!!」
「ぐへぇ!? く、首が……!!」
で、円に挨拶する暇もなく引きずられていく。
遠くなっていく少女を見ると、唖然として立ち尽くしていた。そりゃそうだ。見るからに育ちの良さそうな円にしてみれば、ガニ股で息子を引きずる母親なんて想像もできないだろうから。ボクはそんなことを考えつつ、せめてもと思って彼女に手を振った。
「あ……」
すると、円が小さく微笑んで手を振り返してくれたのが分かる。
だがしかし、それに喜ぶ余裕は全然なかったのだ。
◆
「オホホ。篠宮様、お待たせいたしました」
「………………」
で、会場に戻って。
ボクは無理矢理に着席させられ、ぐったりとしていた。
母さんは完全に猫を被って作り笑いを浮かべている。もっとも、力尽きた息子を隣にして、どこまで誤魔化しきれるかは分からないが。
ちらり、篠宮さんを見てみる。
するとそこには、顔に深い皺をたくさん作った男性の姿があった。
威厳がありすぎる。第一印象はそんな感じだ。
「ご婦人、気にするな。こちらも娘が遅れているのでな」
しかし、同時に余裕に満ちている。
蓄えた髭を撫でながら、篠宮さんは頷いた。
「ところで、九条リュウヤくん、だったかな?」
「あ、はい。そうですが……」
そして、不意にボクに話題を振ってくる。
どうしたのかと思って姿勢を正すと、彼はこちらを見て言った。
「ふむ。なかなか、利発そうだな。これなら――」
「…………?」
思わず首を傾げてしまう。
いったい、どういう意図があった言葉なのだろう。
そう考えていると、どこかで扉が開く音がした。
「ふむ、どうやら娘がきたようだ」
すると、篠宮さんはそう続ける。
そして音のした方に目をやったので、ボクもそれを追いかけて――。
「え……!?」
「あ……」
その娘さんと、互いに小さく声を漏らした。
何故ならそこにいたのは、間違いなく円だったのだから……。