思う存分殺ってこい!
別の連載小説「主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!」がひといきついたので、ようやく執筆・投稿しました。(かなり時間が空いてすみません。)
世界中のどの街、例え大都市であっても、必ず裏の「闇」の世界は存在する。麻薬、殺人、強盗・・・・・・。そして、その裏の世界にしか住めない「裏の世界の住人」も存在する。
氷野 怜もその「裏の世界の住人」の一人。来栖組所属のフリー。表の「光」が当たる世界では生きていく術を知らない。
彼女は、いつしか「標的殺害機」とまで言われるほど、裏の世界で名前を知らない者はいないほどの「有名人」になっていた。「標的」になれば確実に殺害される・・・・・・。裏の世界の者はもちろんのこと、組織のトップですら恐れおののく者も多い。
彼女は「慢心」「油断」というものを生涯で一度しかしたことがない。おまけにその「油断」した時ですら、すぐに冷静さを取り戻した。
彼女は言う。
―私は、「表の世界」で生きていく術を知らない。だから、裏の世界でただひたすらに「任務」をこなして生きているだけ。表の世界でいう「仕事」のようなもの。失敗は許されない。「情をかけないのか」と言われることもあるが、かけかたすら分からないし、知ったとしてもかける気はない―
と。
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「ピリリリリリ」
携帯電話が鳴ってすぐに出る女性。街中ではありふれた光景だ。
だが、その女性は携帯電話を耳に当てると、裏の路地へと入っていく。
「もしもし、・・・・・・日時は?・・・・・・護衛の人数は?・・・・・・分かりました、では切ります」
携帯電話をポケットにしまったその女性は、一人でこうつぶやく。
「堕三組を全滅させろ・・・・・・・と。組員は30人で、全員チャカを持っていると」
それから十秒後には、すでに彼女はその場から立ち去っていた。
彼女の名前は怜。別名、「標的殺害機」。
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怜は、来栖組の本部があるビルの目の前に来ていた。
今時、組の名前を大々的に外に公表しているところなんてほとんどない。警察に目をつけられていろいろとやりにくくなるからだ。
「あ、氷野サン。お疲れ様です」
ビルから出てきた一人の青年が、怜に挨拶をする。怜は、軽い会釈で返す。暴力団といえば、タトゥーを入れていたり入れ墨をしていたりするイメージが強いが、そんなことはない。むしろ、街中で怪しまれないようにスーツにネクタイの姿の組員が多いのが現実だ。
エレベーターの横に表記されているものには、「2階 岡本金融株式会社」や、「3階 (株)PHR旅行サービス」などとなっているが、もちろん嘘。このビルは、一棟丸ごと来栖組の本部になっているのだ。本部の中の本部は、最上階の9階にある。
エレベーターは、途中で止まることなく9階まで上がった。
9階に着くと、目の前に「NARUMI商事(有)」と書かれている不透明ガラスのドアがあった。普通の人が見れば「単なる有限会社の事務所」と思うだろうが、既に何百回も来たことがある怜にはすでに分かっている。この先に、組長がいる。
ドアを開くと、組長と秘書の組員三人が書類と地図を出して怜の方を見ていた。
「おう、待ってたぞ、怜」
組長の挨拶に、怜はお辞儀で返す。
来栖組組長「永谷 玖矢」は、普通の下っ端の組員は「お前」、上の方の役割の組員でも苗字で呼ぶ。組長が名前で人を呼ぶのは、呼ぶ人を信頼している証拠だ。怜も最初は「お前」と呼ばれていたが、すぐに「氷野」になり、二年経つ頃には「怜」と下の名前で呼ばれるようになった。
「お疲れ様です、氷野サン」
「お疲れ様です、姉貴」
秘書の組員の三人も怜に挨拶をしてくる。怜は会釈で返す。
下で会った組員もそうだったが、怜は組長以外には「氷野サン」か「姉貴」と呼ばれることが多い。怜本人としては、年上の人からも「姉貴」と呼ばれるのはあまり良く思っていない。
「でだ、怜。堕三組のあるところは、ここだ」
組長は地図のある一点を指す。そこは、この来栖組本部がある街から10キロほど離れた街だった。
「堕三組は、この街の裏路地のビルにある。人目にはあまりつきにくい場所だから、やりやすい。あと襲撃理由だが、貸した金を何回催促しても返さなかったことと、ウチの組員を脅迫のために数人殺ったことだ。貸した金は十億」
怜には拒否権こそないが、意見を述べることはできる。だが、怜は黙って今回の任務を了承する。理由は簡単。
まず、貸した金の金額。怜達のような裏の人間の命の価値は、約200万円が相場。堕三組の組員数は30人。全員合わせても6000万にしかならない。潰すのは当然だ。
そして、組員の殺害。これは、組のメンツにかかわる問題だ。中小規模の組なら許容されるかもしれないが、来栖組は「裏世界三大勢力」のうちの一つ。メンツをつぶすわけにはいかない。単純な思考だと思われるかもしれないが、組員や自分の命に関わる問題だ。見過ごすわけにはいかない。
「敵は全員チャカ持ち。それなら、殺れるな?」
怜は軽くうなずく。
常人なら一人の人間にチャカを向けられると体が勝手に固まってしまうものだが、「裏世界の住人」と呼ばれている者には、そんな軟弱者はいない。その「堕三組」には何人軟弱者がいるか分からないが。
怜が使う武器はチャカとナイフだが、チャカといっても消音機付きのチャカなので、「パン!」といったものすごい大きい音は出ない。それでも音は大きいが、拳銃の発砲音かどうか迷うレベルぐらいにはなっている。
怜は「裏世界」で生まれた。両親はもともと小規模の暴力団の組員。怜は物心ついた時からチャカとナイフを持っていた。そして、毎日練習していた。怜は、そのまま暴力団の一員になる・・・・・・はずだった。
ある日、暴力団の本部にいつものように帰ってくると、両親を含め全員が殺されていた。撃たれた痕があったので、チャカでやられたのだろう。
それから、怜は裏世界を放浪した。が、表世界でいうと小学生ぐらいの女子が裏世界で何かできるはずもなかった。そしてたまたま来栖組の前組長に見つかり、拾われた。が、それは慈悲の心ではなく、単なる「鉄砲玉に使える」と考えての事だったらしい。
怜はそれからいっそうチャカとナイフの訓練をした。そして、鉄砲玉として何回も修羅場を超えてきた。怜は、「単なる鉄砲玉」から、「必ず生きて帰ってくる鉄砲玉」へと変わっていた。
そんな怜だ。修羅場を何百回も潜り抜けてきた怜と、アマちゃんの集まりで、挙句の果てに「来栖組」に喧嘩を売った堕三組とは格が違う。
「殺り方は、なんでも?」
一応確認する。制約があるとまた事情が変わってくるからだ。
「ねえよ、そんなもん。殺ったのが来栖組だって表世界に分からなかったらそれでいいんだ。来栖組を舐めてウチの組員を殺ったんだ。思う存分やってこい!」
怜は、鉄砲玉にするつもりだったとはいえ、来栖組に拾ってもらった恩や育ててもらった恩がある。そして、何人かの女性組員とは友人の関係にある。思う存分暴れない理由はなかった。
「はい、ではそういうことで」
声は低めでも意志のこもった返事を返して、怜はエレベーターへと向かった。
一旦ここまでで一話とさせていただきます。
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