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第五話 宝箱



 待合室で、俺を買った老人を待つ。


 オークションが終わるまであと一時間と言ったところだろうか。


 どんな男が来るのだろうか。老人だったから、そこまでハードなプレイにはならないのだろうか。いいや、待て。もしかしたら本格的に役立たず・・・・なのかもしれない。だとしたら、観賞用か? ――――屈強な男に襲われる男、を見るのが大好きな変態だとしたらどうしよう。


(……エミールもこんな気持ちだったのかな)


 ゲロ吐きそうだ。ありとあらゆる不安が俺を包んでいる。どんなに希望的観測を用いて不安をかき消そうと試みても、別の方面からナイフで刺されるような。そしてそれは繰り返す程にどうしようもない絶望感を育てていく。


(実は優しい人で、『君には手を出さないさ。ただし必ず返済してくれよ』とか言ってくれないだろうか。そうしたら十倍といわず三十倍出すのに)


 だがそれはあり得ない。あり得ないのだ。そういう機械仕掛けの神様みたいな救い主は、今時じゃ絵本にしか登場しない。


 ……軽く見積もって三時間。酷いと六時間。俺の心を完全に殺すつもりなら十二時間というところだろうか。そして今日買ったからといって、今日ナニをするという事はあるまい。準備には三日から一週間ほどあるはずだ。


(エミールも、こんな気持ちだったんだろうな)


 俺はあいつに、なんて酷いことを言ったのだろう。初対面での最初の一言が「どこの娼婦だ」なんて。


 今なら分かる。エミールが最初に行った酷い自己紹介は、命乞いよりももっと苛烈な言葉だったんだ。



 希望は絶望を彩る。だから人は希望なんて持ってちゃいけない。希望があるから絶望が深くなる。


 大昔、こんなニュースを目にしたことがある。


『ロッカーに閉じ込められた男がいた。彼はきっとレスキュー隊が来てくれると信じて五日待って、そして餓死した』


 餓死という結末を先に知っていれば、その人間はきっと初日でどうにか自殺を果たしただろう。希望があるからこそ、長く苦しんでしまったのだ。


 だけどそれは同時に、人は希望が無いと生きていけないということでもある。少なくともロッカー男は自殺せず、五日間生きた。苦しみながら、絶望しながら、それでも呼吸は続けていた。もしかしたら助かるかもしれないという、切ない希望だけを胸に抱いて。


 俺が今すぐ自殺を試みないのは、しょうもない希望を抱いているからだ。


 そりゃ確かに酷いことはされるんだろうが、それでも、もしかしたら・・・・・・と。



 そう考えるに、エミールの最初の自己紹介は「人間として最後に口に出来る言葉(希望)」だったのかもしれないのだ。そこから先は人間扱いされない可能性は十分あった。一時間後には地獄に放り込まれていたかもしれなかった。


 そんな彼の心境も知らずに、娼婦のようだなんて。


 ああ。嗚呼。ああ。今なら娼婦でもなんでもやれそうだ。だから頼むからどうか、俺の想像以上に酷い事なんてしないでくれ。


 神に祈る習慣はもうとっくの昔に無くなっている。


 だから俺は待合室でこっそりと涙を浮かべ続けた。


 怖い。


 ただひたすらに、怖い。


 こんな気持ちが、長くて一週間も続くのか。


(どうせなら今夜で終わらせてしまいたい)


 希望を抱いて絶望に突き進むのは、とても辛いことだから。




 ゴンゴンゴン、と乱暴なノックがされて扉が開いた。


 現れたのは黒服。


「よう兄弟。旦那様がお待ちだぜ」


「……まだオークションは続いているはずだが?」


待ちきれない・・・・・・んだとよ」


 ヒュッと息を呑んだ。この時点で「君には何もしないよルート」は消失した。


 ついでに言えば、俺の願いが叶うかもしれない。――今夜で全てが終わる。


「……分かった」


 立ち上がり、スーツを胸元を引っ張って姿勢を正す。


 そして俺は黒服に「なぁ」と声をかけた。


「どうした兄弟」


「……なにか、アドバイスとかあったら教えてほしい」


 彼はキョトンとして、クックックと笑いを漏らし、そして最後に死ぬ程真面目な顔をした。


「まず自分のプライドをベッドのサイドボードに置け。そしてコトが終わったら、拾って持って帰るんだ。ただしすぐに自分の懐に収めようとするな」


「自分の懐に、収めない」


「そうだ。たぶんこの後でお前のハートは粉々になる。そんなブッ壊れた容器にプライドなんてデカいもん入れてみろ、耐えきれずに死んじまうぞ。だから大事に宝箱にしまって、鍵だけ懐に入れておけ。そしていつか大丈夫だと思えた時に、宝箱を開けるといい」


 その言葉を噛みしめる。


 意外な程に、本気のアドバイスだった。


「ありがとう。とても――――とても参考になった」


 黒服はサングラスを取って、にっこりと笑った。


「そいつは何より。いつかお前さんがビッグになったら、その時はチップをはずんでくれ」


「任せとけよ兄弟」


 スッと上げられた片手に強烈なハイタッチを決めて、俺は部屋を出た。



 大丈夫だ。アレックスはもう死んだ。あの時洗面器に顔を突っ込んで溺死した。


 今ここに居る俺は、煉獄の最中を歩いている。そして地獄に転生するのだ。二代目・石油王――――オイルモンスター・アレックスとして。


 そして魑魅魍魎達をことごとく皆殺しにするだけの覚悟と力を手に入れてみせる。


 もし俺がトレーディングカードになるとしたら、どんな強さになるだろう。


 まず高コストだな。攻撃力高めで、特殊能力がある。他のモンスターを生け贄にして無敵になるとか、手札を捨てることによって相手のモンスターを除外したりとかだな。


 そんな現実逃避をしながら暗い廊下を歩く。背後からは黒服が付いてきており、何かの合図と共に、壁際の扉のロックが外れた音がした。


「ここか」


「そうだ」


 もう会話は無い。


 俺は自分でドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開いた。



「――――やぁ、待っていたよアレックス」



 そこにいたのは、マスクを取った老人。杖を持っている。


 ヨボヨボで、しわしわだ。たぶんローキック一発で倒せるし、二発あれば殺せる。それぐらいに弱った老人だった。


 だがその身なりはどうだ。


 杖は豪奢。指にはエゲつない程に巨大な、宝石付きの指輪が並んでいる。着ている服は全てがオートクチュールのようだった。


 俺の知っている人物ではない。初対面である。だけどその老人からは俺の知っている臭いがプンプンとただよっていた。老いてなお燃え上がる、生々しい炎のにおい。


 ここにいるのはモンスターだ。


 資本主義社会の、王の一人。


 なるほど。投資のために、小銭のために俺を買うようなタイプの人間じゃないことは確かだ。彼には十分な資産があって、余命は短い。


 んんっ、と咳払いが背後から聞こえる。すまない兄弟、ちょっとボーっとしていたようだ。


「……こんにちはミスター。改めまして自己紹介を。私の名はアレックス。今回は私の商談にご参加頂きましてありがとうございました。ええ、必ず損はさせません」


「ヒッヒッヒ。こんにちは可愛い坊や。私が君のお父さんだよ」



 全身に鳥肌が立った。


 その台詞の全てに、ドロッドロの気持ち悪さがまとわりついていた。



「……で、では。早速ですが商談に移らせていただきます。今回私が提案したプランですが、ええと、再び説明させてもらってもよろしいでしょうか?」


「ああ、ああ、それは良くない。良くないよアレックス。私は君のお父さんなんだから、もっと親しみのこもった喋り方の方がいいね」


 くさい。換気の効いたこの部屋で、老人から立ちこめる雰囲気は生臭くてねっちょり・・・・・している。


 だが目をそらすな。諦めるな。戦え。俺は勇気を持って笑顔を浮かべた。


「……そうかい? じゃあ少し言葉遣いを失礼して。ただ名前も知らない内に仲良くなれるかと聞かれると、あんまり自信が無いかな」


「お父さんと呼びなさい。どのようなシチュエーションであっても、どんなに喜ばしくても、どんなに嬉しくても、神に感謝したくなっても、私のことをお父さんと呼びなさい。可愛い坊や」


 ふっ、ふふふっ、と笑みをこぼす老人。彼の口元からよだれがツゥとたれた。


「おっといかん」


 じゅるりとそれを吸い上げる老人。だめだ。心が折れる。ローキックと言わずにハイキックを決めて、後ろにいる黒服も倒して逃げ出してしまいたい。


(手先が、膝が、震えている)


 走り出したらきっと転んでしまう。それぐらい俺の心は弱虫になっていた。


 だがこちらを見つめてくる老人にそれを伝えたくは無い。俺のプライドは、まだ心の中にある。だから俺は勤めてクールに、にっこりとした笑顔を老人に向けた。


「カッ! カカカカ! ひぇっ、カカカカ!」


 なんて鳥?


 そんな感想が出るくらい、老人が発した笑い声は常軌を逸していた。


「いい。可愛いよ坊や。怖かったんだね。勇気を出したんだね。いい。とてもいい」


「…………」


「大丈夫だよ坊や。お父さんが助けてあげよう。本当は色々と質問するつもりだったけど、その眼差しを私は気に入った。ヒェヒェヒェ。お前は間違いなくウブだ。いい。とてもいい」


「…………と、言いますと?」


「私にはね、もう一人息子がいたんだ。――――ああ、ああ、いけない。気持ちが昂ぶりすぎて心臓がときめく。ちょっと薬を失礼」


 老人はそう言って側に置いていたポーチを手に取った。そして何やら錠剤を取りだし、水もないままそれを嚥下えんげする。


「ここじゃなんだ。続きは私の別荘でしよう」


「…………かしこまりました」


「アレックス。お父さんの手を取ってくれるかい」


「…………かしこまりました」


 老人の手を取る。その手は、異様な程に熱を帯びていた。




 彼は真っ直ぐに正面玄関から出ることを選んだ。ここが裏オークションの会場の一つということは当然のように極秘事項ではあるが、もしも情報が漏れていたら。そう考えると裏口から出るのが当然の事なのだが。


「……大丈夫なんですか?」


「なぁに。親子で歩いているだけじゃないか。誰に見られたって構うものか。私はそういう些末な事を気にしない」


「………………」


「それにしても悲しいねアレックス。私のことを、お父さんとは呼んでくれないのかい?」


「…………お、俺は」


 いけない。声が震えてしまった。ついでに手も。


「ヒェヒェヒェ……まぁいい。いいとも。ウブな坊や。これから楽しいパーティー会場に連れて行ってあげるからね」


「パーティー会場?」


「そうだとも」


 絶妙なタイミングで黒いプリウスが走り込んでくる。白い手袋をした運転手が颯爽と飛び出してきて、非常にうやうやしい態度でドアを開いた。


 意外と庶民的な車だな、と思ったがとんでもなかった。


 中身の改造具合がえげつない。シートごと交換したのか、配置が通常のそれと全然違う。それに運転席と後部座席が完全に仕切られており、まるで護送車のようだった。


 車が走り出す。とても静かな駆動音。車内のBGMは……オペラか? 生憎とそっちの造形は深くない。老人は手元を操作して、その音量をしぼった。


「ここなら秘密の会話が出来るねぇ、アレックス」


「……秘密の、ですか」


「そうとも。これから君が向かうパーティーのことは、お友達以外には内緒なんだろう?」


「……?」


「お父さんにだけこっそり教えておくれよ。君がお友達とするパーティーのことを」


「……な、なんのことだか」


「いけない。それはいけないよアレックス」


 老人は俺の腕を掴んで、ぐいと身を乗り出してきた。そしてヒソヒソと、ピチャピチャとよだれの音を交えながらささやく。


「お父さんは知ってるんだよぉ……君の友達の、セルゲイやマーチス、それにトマソンの所のバカ息子と、どんな乱痴気騒ぎをしているかを……ひ、ヒヒヒ……」


「お、覚えがないです」


 老人の目には、狂気が宿っていた。


プロム(舞踏会)に行くとは聞いていたが、まさかその後で、男の子達だけ・・・・・・で遊ぶなんて。いけない子だよアレックスは。お父さんは悲しいよ」


 誰の話を、してやがる。


 俺はもう言葉を発することも出来なくなっていて、黙って老人の言葉を聞き続けた。


「どうしてお父さんがこんなに悲しんでいるか、分かるかいアレックス?」


「…………」


「いけない子だ。本当に、いけない子だ。どうしてお父さんもパーティーに呼んでくれなかったんだい?」


「…………!」


 分かった。理解してしまった。分かりたくもなかったが。


 ダンスパーティーの後で、男の子達だけで、遊ぶ。そしてこの老人は俺を買った・・・。そしてこの狂気的な、譫妄せんもう状態。端的に言えばイカれ具合。


 このジジイ。俺を本当の息子だと思い込もうとしている。


 そしてそれはどんどん彼の中で真実にすり替わっていく。


 俺はこの老人に、息子の代わりとして購入されたのだ。


「お父さんは悲しかったよ。秘密を教えてくれなくて、内緒にされて、とっても悲しかったよ。……でも、ありがとうアレックス。今日は私もパーティーに呼んでくれて」


 どんなストーリーだよちくしょう。


 あれか。ゲイの息子がいて、そのセフレ共と乱交しまくったってか。それを後日知って発狂ってところか? そんで悔しがりながら勃起したってか。ちくしょう。それを再現でもするつもりかこのジジイ!


 だめだ。もしかしたら最悪のルートだ。


 一人なら、まだ、なんとか、耐えられる。


 だけどこのジジイが挙げた名前は三人だ。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。


「別荘だから、お酒もたくさんある。お前は未成年だからあんまり沢山飲んじゃいけないけど、今夜は特別だぞ? ヒッヒッヒ……それにな?」


 ぐいと身体を引っ張られて、耳元でねちゃり。


「ドラッグも用意してある」


 まるでイタズラ小僧のように笑って、老人は言った。


「今夜はハメを外そうじゃないか。きっと楽しい思い出になるよ、可愛い坊や」




 かみさま。


 お久しぶりです。あの、お願いがあります。


 何でもするから助けてください。




 ――――だが、だがしかし。


 俺は今夜どんな種類の覚悟をして、売られた。


 数時間で大金を得るためだ。一晩で一般人の生涯年収に匹敵する大金を掴むためだ。


 石油王が動かす金と考えると、それはきっと小銭なのだろう。だけどやっぱりそれは大金なのだ。


 俺は、エミールの六倍近い金額で取引された。それは交渉のつもりだった。必ずそれ以上の見返りを渡すからという、ビジネスの話だった。担保は俺のプライドと、将来において有効な脅迫材料。


 だけどこのジジイは違う。欲望のために俺を買った。ビジネスではない動機。だからそこに付け入る隙はない。全力でのお楽しみをご所望だ。


 ならば、どうする。


 イヤだ嫌だと叫びながら、精一杯の反抗を示すのか。


 違う。それは、違う。


 泣きべそをかきながら必死でケツの穴を守って、そしてレイプされろってか。違う。違う。絶対に違う。



『――――どうか末永く、可愛がってくださいまし』



 九歳のガキが見せた覚悟に劣ってどうする。


 末永く、だと。


 はは。エミール。俺はたった一晩で、お前の六倍の金を稼ぐぞ。


 なのに俺がこんな無様を晒してどうする。


 ああ、あの黒服は実に良いことを言ってくれたな。


 プライドはベッドのサイドボードに。


 そして宝箱は……そうだな。エミール。お前が俺の宝箱だ。俺の醜聞を一切知らずに、いつかまた再会した時に、あの頃のような眼差しで俺を見てくれ。それだけできっと俺は『普通の俺』に戻れる。


 エミール。お前と再会する日を、俺は心の底から願っているよ。



 老人は俺から手を離し、どこかに電話をかけて色々な準備を誰かにさせていた。




 用意された会場とやらは、巨大な屋敷に隣接するガレージだった。


 場所は郊外。ゆったりとした走りで小一時間以上かかった。周囲に家はなく、のどかだ。まさしく別荘であろう。だが夜に浮かぶシルエットはあまりにも禍々しく、吸血鬼が住まう古城のようでもあった。誰が助けに来てくれるかもしれない、という願望は最初から持っていないが、ここまで徹底されると笑うしかない。


 そして案内されたガレージにはまだ誰もいなかった。だけど様々な種類の酒が置いてあって、本当に学生が隠れて楽しむようなシチュエーションが再現されていた。


 プリウスの運転手が、まるで置物のように側に控えている。ボディーガードも兼ねているのだろう。その体つきは屈強で、顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。


「もうすぐお友達が来るからね。それまではお父さんと色々お話しをしようね」


「……そうだね、オトウサン」


 そう呼びかけると、老人は感極まったように目を見開いた。


「……もう一度、私のことをお父さんと呼んでくれるのかい。あんなことをしてしまったのに」


「さて。覚えが無いなぁ。オトウサンは俺に何をしたんだっけ」


「私は狂っている。実の息子に欲情してしまった変態だ。だが同時に紳士でもある。私は決して息子に酷い事をしようとはしなかった」


「………………」


「だけど、まさか、まさかなぁ。アレックス、お前も私と同じだったなんて、知らなかったんだ。あの日、乱痴気騒ぎが終わってみんなが寝静まった後の光景を、私は生涯忘れない……」


「…………」


「最高に興奮した」


「……ツッ」


「そして同時に、死にたくなった」


「…………」


「どうせなら、私がアレックスの全てを奪ってやりたかったから」


「…………」


「だからお前と再会出来て嬉しいよ。もう会えるとは思っていなかったから」


 お前は一体、息子に何をしたんだ。


 そんな問いかけに意味は無い。ただ彼にとって俺は『あんな事をしたのに再会出来た息子』なのだ。


「見てごらん、このガレージを。お前がしたパーティーの会場を再現したものだよ」


 周囲を改めて観察する。そしてこのガレージには、人が出入りした形跡があった。長年放置されていたものではない。つまり――――定期的に使われている。


 ボディーガードは相変わらずピタリと静止しており、隙が無い。表情が変わらないのは訓練のたまものなのか、あるいは――――見慣れた光景だからなのか。



 定期的で、見慣れていて。



「ああ、ああ。そんなに怯えないで可愛い坊や。大丈夫だよ。私はもう……お前とセックスすることが出来ない。大丈夫だよ。お前の相手は、お前の大好きなお友達がするからな」


「…………」


「思い出のビデオもちゃんと撮ってやるからな」


 クソが。そんな所だけしっかりするな。どうせなら思い出だけで死ね。証拠を残すな。


「準備に時間をかけたかったが、もう待ちきれない。このまま死んでしまいそうだ。だから急遽ではあったが、お前のお友達をちゃんと呼んでおいたからな。大丈夫だ。ウブなお前でも最高の初体験になるように、手練れをよんでおいた」


 老人の言葉には現実と妄想が混在している。


「四人もいれば、お前も満足するだろう」


 三人じゃねぇのかよ! 三人じゃ!! あ! そうか! 友達三人とジジイの代わりか! クソが! 


「ああ、待ちきれない」


 このままこのジジイが何かの発作で死んだら、どうなるんだろう。


 大声を出して驚かせたら、ショック死してくれないだろうか。


 それが俺の最後の現実逃避だった。




 そして、車の駆動音が聞こえた。



「おお、きたきた……ひっ、ヒヒヒヒ!」


「…………」


 決意した。覚悟を決めた。


 そんな言葉は嘘だ。俺は些細なことで未だに震える。怖いし、逃げたい。


 だけどやるしかない。


 何のためにエミールと別れたのか。


 二代目・石油王になるためだ。


 俺は普通を捨てた。


 だからこんな夜も、いつかは訪れていたんだろう。


 どうしてこんなことになった。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。



 車のエンジン音が途絶える。


 ぞろぞろと足音が聞こえてくる。怖くてそちらを見ることが出来ない。どうか筋肉マッチョじゃありませんように。


 老人はふらふらと立ち上がって、開けっぱなしだったガレージの入り口に立った。


「よう来た。よう来てくれたな。突然で悪かったね。バーベキューの用意をしているから、さっそく食べようじゃないか。そしてたくさん飲んで、たくさん楽しもう。ラジカセもここに」






「失礼、ミスター。あんたに用は無いんだ」



 精悍な声だった。


 そこにいたのは、褐色の青年。


 アサルトライフルを手にしている。


 ……は?


 アサルトライフル!?




「アレックス様を、返してもらう」




 銃を手にした褐色の青年は、壮絶な笑みを浮かべてそう言ったのであった。






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