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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
98/208

96 憤怒

「くくく…いいお仲間がいるじゃないか」


ブラッドは内心に充満する怒りが頂点に達し、高揚のせいか思わず笑いがこみ上げてきた。


久しく忘れていた痛みが全身を走った。

まさか、多重魔法によって雷に打たれるとは思っていなかった。


一般的に魔法使いは、自分の得意属性の魔法を修練する。

氷属性の魔法使いが、風魔法を使うことなどは珍しくない。

しかし、威力が著しく弱まるため、複数属性の魔法で戦うことを主軸に置いている魔法使いは稀である。


多くて、二属性が限度。

全魔法を満遍なく使うものなど、“絶対者(アブソリュート)”セシルくらいだった。


しかし、対峙しているこの男は、あらゆる魔法を瞬時に、しかも高度に使いこなしている。


しかも、まだ実力の底を見せていない。


こんな戦闘に興じることができなど、滅多にないのだ。

元十影と、謎の女を率いているのも興味深い。

なにより元軍団長に師事していたという。


申し分ない実力者だ。


大国アディスが、ゴディス島で成し得ようとしている“真の目的”達成まで、単調で退屈な道のりと半ば日々に飽いていた。


そんな退屈を一切忘れさせる機会に遭遇したことに、喜ぶなという方が無理な話だった。


「まァな…操り人形よりは万倍もよい仲間だよ」


「言うじゃないか。自分でものを考える駒など、支配者には邪魔なものさ」


「…それが支配者なら、そんなもの消えてもらう必要があるな」


「それは無理だ。人は支配された籠の中でこそ、幸せを感じるのさ」


「違うな」


「あァん?」


「幸せとは自分で掴み取るものだろう。与えられるものじゃない。だいたい、お前は国民の生活を目にしたことはあるか?俺はこの数年間目にしたものは、悲劇ばかりだった」


ギロリと睨んでくる。


「まったく、口が達者なやつだ。赦しはしないが、嫌いではないな」


「俺はお前が嫌いだ」


ブラッドはくつくつと笑いがこみ上げてきた。


「俺もここまで高揚するのは久々。文字通り、出血大サービスといこう…」


ブラッドは魔力をさらに解放する。

濃い魔力が身を包み、地面がビキビキと割れていく。


「くくく…。力を半分まで解放してやろう」

「なに…」

「誇っていい。人間の分際で、俺にここまで力を出させるのだから」


魔力を解放しただけで、体が宙に浮く。

ナツキとジョナが目を剥いている。


「やはり…、いけない!それ以上は封印がとけるわ」


ジョナが大声で叫んでいる。


「そんなヘマを俺がするわけない」

「あなたは自身に眠る恐怖をわかっていないのね…ルシ――」

「黙れッ!」


物言いたげなジョナの発言を遮り、ブラッドは魔法を放った。


血の世界(ブラッディワールド)


体に纏っていた魔力が辺り一帯に広がる。

黒と赤が煌めく景色。


「そんなッ…」

「なんだこれは…」


葉をつけていた木々は枯れ、葉は腐り、湖の魚が水面にプカァ…っと浮いてきた。


「くくく…。お前らは終わりだ」


これは自分の血を媒体とした召喚魔法の一種。

ブラッドは異世界空間を召喚した。


召喚したのは魔界の一角。

生者の存在を許さない、傲慢な魔王の支配領域。


範囲は現生の限定的な箇所だが、支配領域内の生物の力を奪い続ける。


「これはヤベェな…」


「くくく。生きているだけで、大したものだぞ」


ナツキとジョナは必死に魔力で抵抗(レジスト)しているようだ。

放心していたイザベラは危機を察し、後方へと退いている。



ナツキは事態の変化に少なからず動揺した。


まさか、異空間を召喚するなど、人間にできるとは。

もはや人間であることさえ疑わしい。


必死に力を奪われぬよう抵抗しているが、それで精一杯だ。

しかし、それでは勝利することはできない。


「まったく、桁違いすぎるだろ…」


文句も言いたくなる。

同じ軍団長のイザベラが小物に見えるほどの相手だ。


炎玉(ファイヤーボール)


ナツキは右手から攻撃魔法を放った。

倒せるわけもないが、なにもしなければ、死が待っているだけだ。


「舐めるなよ」


ブラッドがニッと笑う。


炎玉はブラッドに到達することなく消えてしまった。


「マジかよ…」


「俺の支配下で、現世の法則が通じると思うな。通常魔法など、効くはずもない」


ゲラゲラと下品に笑っている。

明かに人格が変わってきている。


強すぎる力は人を狂わせる、という実例を見せてくれているようだ。


「ナツキ、逃げなさい!」

「できるわけないだろ!」


またしてもジョナが叫んでいる。


(逃げるとしたら師匠を連れてだ)


しかし、それは現実的ではない。

負傷した人間を抱えて逃げられるほど、甘い相手ではないだろう。

だいたい、こんな魔法を使えるやつに背を見せるなど、自殺行為だ。


つまり、倒すしかない。

魔法が使えないのであれば、まだ方法はある。


ゴォ…


ナツキは炎を纏った。


「ほぉ、炎術も使えるのか。本当に有能だな」


魔術であれば、自分の魔力を直接用いるので、外界の影響をうけない。

それでも、抵抗しながらの発動のため、著しく弱い威力となってしまっている。


「ははは!どこまで粘れるかな!」


ブラッドが腕を振った。


突如、空間が歪んだ。

パリンと、眼前の景色が割れる。

地面、空、いたるところの空間に切れ目が入った。


割れた箇所から、次々と真紅の腕が伸びてくる。


ドス…


「がはっ」


腹部に打撃をうけた。


ドス…


次は背中。


ドス…ドス…


顔面、胸部、脇腹を次々と殴られる。

必死に避けようにも、どこから攻撃がくるのかも読めない。

逃げた先にも打撃がある。


「ははは!俺の痛みはそんなものではなかったぞ。≪血の千手(サウザントハザード)≫からは逃れられん」


ブラッドの言うことに反論したいが、口を開く間も無く、打撃をうける。


(これは…ヤベェ…)


一撃、一撃がバカにならないほど重たい。


なんとか炎術で防御しているが、攻撃に転じる暇がない。


ゴスッ


顎に一撃もらった。


「ぐはッ…」


意識が飛びかける。


脳が揺れたせいか、景色がグニャグニャして見える。


「ナツキー!」


ジョナの叫び声が聞こえた。


(まずい…俺が負けたら、師匠まで…)


それでも体がうまく動かない。

さらに追撃は止まない。


顔面に真っ赤な拳が次々と飛んでくる。

顔が腫れ上がり、口の中には血の味でいっぱいだ。


ガシッ


倒れそうになる体を掴まれた。


四肢を真紅の腕が掴んでいる。


「かはッ…」


口から血を吐いた。

攻撃が中断した。


ブラッドがニヤニヤしながらゆっくり近づいてくる。


「あっけないな。終わりだ」


ブラッドが掌を向けてきた。


「ジョナ、国を裏切った報いだ。弟子の死をその目に焼き付けろ」


口角が上を向く。


(ここまでか…)


ブラッドの掌から、血液が槍の形状となって、飛んできた。

凄まじい速さ。

くらったら終わりだろう。


しかし、体を拘束され、もはや動けない。


ザシュッ…


体を貫く音が響いた。


バシャッ


ナツキの顔に血飛沫がかかる。


「チッ…バカが。順番が狂っちまった」


ナツキの前にはジョナが立っていた。


腹部を貫かれ、地面に倒れる。


「ババァ!!」


絶叫した。


「ナツキ…」


弱々しい、小さな声が耳にスーッと入ってきた。


「ああああああ!!!」



魔力を全力解放し、四肢を拘束する腕を吹き飛ばした。


「ほぉ…まだそんな力が残っていたか」


ナツキは急いでジョナに駆け寄り、片膝をついて、両肩を抱き上げる。


「ナツキ、私は大丈夫…。いい子だから、早く逃げて…」


口元から血が垂れてきている。



プチン…



ナツキの中で何かが音をたてた。


「許さん…」


ブラッドを睨みつける。


「ははは。吠えたところで、お前にはどうしようもないさ」


げらげらと笑っている。

悔しいが、打開策が見えないのも事実。


(コイツを倒すにはどうしたら…)


ナツキは人生で初めて、力を欲した。

修行で手を抜いてきたこと、それなりに笑って生きらればいいと考えて旅をしてきた自分を恥じた。

人生で初めて体験する、挫折と後悔であった。



(力がほしいか?)



どこからともなく声がする。

頭に直接響くような低い、重量感のある声。


(ほしい…。コイツを倒せるだけの力が…)

(ならば、我を呼べ)


胸元から熱を感じた。

それにハッと気づき、懐に手を入れる。


ナツキが握ったものは、召喚の鍵であった。

いつのまにか、封印が解かれている。


(こいつが…?)


これはかつて盗人のミユから奪った鍵。

強力な悪魔を呼び出すための魔法アイテムだ。


「む…それは…」


ブラッドが気づいたようだ。


(もう、なにがどうなってもいい…。全てくれてやる…)


ナツキは右手を地面に手をあて、左手で鍵を握り、語りかける声に返事をした。


(よかろう)


声の主が、ふっと笑った気配がした。


突如、眼前に巨大な門が生み出される。


「バカな!召喚の魔法陣など組めないはず」


ブラッドが驚きの声をあげる。


「ナツキ…それは…いけない…」


ジョナが手を震わせながら止めようとしてくるのをやんわりと押しとどめ、そっと地面に体を横たえた。


「来い」


ゴゴゴ…と石材が擦れる音をさせながら、門が開いた。


門の奥は漆黒の闇が渦を巻いている。

闇の中から、何者かが出てきた。


炎の髪の毛、4本の角、巨大な翼。

険しい表情をした美丈夫。

上半身は裸体で、下半身には漆黒の布を巻きつけている。


ブラッドはその様子を驚愕しながら見ていた。


「なぜ…お前が…」


額に汗を浮かべながら話しかけている。


出てきた何者かが、肩越しに振り返り、ブラッドを一瞥した。


「なんじゃ。ルシファーの気配がしたから、少ない供物でも我慢しようと思ったが、紛い物か。つまらんな」


意味のわからないことを言っている。


「なぜ、召喚門が…ここは俺の支配域のはず…」


「戯けたことを言う。魔界を召喚したのであれば、訪れるなど容易いこと」


どうやら、ブラッドには想定外の悪魔がきたようだ。

物言いから察するに、ブラッドが空間召喚したのは魔界の一部らしい。

それで、上位悪魔がきたのだろう。


「して、力を欲する弱者よ。主は我になにを捧げる」


悪魔はナツキの方に目を向けてきた。


「そいつを倒せるなら、全てくれてやるさ」


悪魔の口元がニッと笑った。


「よかろう。では、主の体を頂く」


「構わん。で、体をくれてやるんだ。何者かくらい名乗ってくれよ」


「くくく。我の名はサタン。そちの憤怒、心地よいぞ」


その名は魔王の一柱であった。


憤怒を司る魔王サタンがナツキの体に乗り移った。


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