94 電光雷轟
「行くぞッ」
ブラッド・レインの体から複数の赤い“線”が伸びる。
「血を操るのか…」
先端は鎌状の刃物となっており、高速でブラッドの体の周囲を動き回っている。
シュンッ
空を切る音をさせて、鋭い攻撃がきた。
身を屈めて躱す。
相手は間髪入れず、二撃、三撃と繰り出してくる。
ナツキは賢眼をフル稼働させていた。
魔力な微妙な動きから、次の攻撃を予想できるため、躱すこと自体は容易い。
しかし、これでは体力を奪われ続けるだけだ。
≪風刃≫
ナツキの作り出した風で、木の葉が舞い上がる。
空気をスライスするような音がして、線状の血液が断ち切れた。
「やるじゃないか」
ブラッドがにたにた笑っている。
あの表情は楽しんでいるだけではないな。
獲物が罠にかかるのを待っている眼だ。
地面に飛び散った血液には、いまだに魔力が残っていた。
そして、時限式の魔法式が組まれている。
(油断したら、これが襲ってくるんだな)
≪氷玉≫
ナツキは地面に氷魔法を放った。
地面に広がる血液が凍りつく。
ブラッドの片目がピクッと反応した。
「お前、よくぞ見抜いたな」
「そんな見え透いた罠にかかるわけないだろ」
「…ふむ。お前、見えているな?」
ニヤァっと笑った。
今のやりとりで、賢眼の能力を察したようだ。
能力の全貌は把握できていないだろうが、魔法式を見破る能力はバレただろう。
「まったく、羽虫が自ら火に飛び込む姿が好きなんだが、直接攻撃をするしかないようだ」
ブラッドが右手を大きく後ろに振りかぶり、返す手でブンっと横に薙ぎ払った。
真紅の斬撃が真っ直ぐ飛んでくる。
≪炎盾≫
ナツキは目の前に体サイズの盾を作り出した。
斬撃が衝突し、斜めに割れが入る。
一撃で盾が壊された。
「なんちゅう威力だ…」
舌打ちが止まらない。
斬撃の硬さは鋼鉄並、それでいて変幻自在に液状を維持しているのもあり、炎魔法は相性が悪そうだ。
「どんどん行くぞ」
ブラッドは楽しそうな表情で斬撃を次から次へと飛ばしてくる。
いくら血を使っても、失血でダメージを受けている様子がない。
イザベラ以上に不気味だ。
いつのまにか、血の斬撃を飛ばしつつ、先ほどと同様の鎌まで作り出している。
「ははは。いつまで躱せるかな」
「倒すまでさ」
「羽虫のくせに吠えるねぇ」
「俺が羽虫なら、お前は地を這う蜘蛛ってところか」
状況は決して優勢ではないが、口では負けていないという意気を見せる。
ナツキは不敵に笑った。
今のところ、こいつは血を媒体にした魔法・魔術しかつかっていない。
他に攻撃手段があるかわからないが、これを利用しない手はないだろう。
ナツキは攻撃を躱しつつ、多重魔法式を展開した。
魔法式の数は5つ。
氷魔法が2つ、炎魔法が1つ、水魔法が1つ、補助魔法が1つ。
(こいつは昔、ふざけて試して、師匠に叱られたっけか…)
一瞬懐かしい思い出がよぎった。
かつて、師匠に説教を食らったことを、師匠が見ている前で使う。
びっくりする顔を見るのが今から楽しみだ。
少年が悪戯をするときのような笑顔になってしまった。
「なにをする気だ?」
ブラッドが怪訝な顔をむけてくる。
ナツキは氷魔法を生み出した直後に、炎魔法で相殺し、水を作成した。
大量に生み出された水を、水魔法で水蒸気へと変える。
ズドン!
水蒸気爆発が起き、木の葉と土が舞い上がる。
上空に氷魔法を展開し、急激に水蒸気を冷やした。
湖の畔には巨大な積乱雲のような塊ができ、ナツキとブラッドを包み込む。
雲の中で、急激に冷やされて生み出された氷の粒がぶつかり合い、激しく摩擦を起こす。
ナツキは防御魔法を自分と師匠に展開した。
「あなた…まさか…」
この時点で師匠も察したようだ。
眼を丸くさせている。
ゴロゴロ…
雲の中では摩擦によって電気がたまっていく。
「ウガァア!」
ブラッドが叫び声をあげた。
どうやら、電撃によるダメージを受けているようだ。
カッ!
落雷だ。
雲が許容量を超え、雷が地面に向かって落ちる。
血液は電気を通す。
自分の血液を蜘蛛の足のように広げていたブラッドは、そこら中から雷を集めていた。
いくら耐久力自慢だとしても、これは堪えるはずだ。
「ゥ…ウォおぁぉオ!?」
バチバチと身体から激しい火花が散り、黒焦げになっていく。
雲が消えると同時に、地面にどさっと落ちた。
指先だけがぴくぴくと動いている。
「わっはっは。いやぁ、思ったより、威力が高かったな…」
大成功したことでナツキの笑い声が響く。
「あなた…二度とやらないと誓ったわよね」
後ろから冷たい視線を感じる。
「なんだよ!窮地を乗り切ったからいいだろ」
「まったく、本当に私を困らす天才ね、ナツキは」
片手で頭を抱えつつ、少しため息を吐いているようだ。
しかし、口元がふっと笑った。
「でも、ありがとう。立派になったわね」
ジョナが手放しで弟子を褒めることはめったにない。
ナツキはむず痒い気持ちになった。
「うへぇッ!?やめろよ。慣れないことを言うの」
今でも困惑するくらい見た目の違う師匠が、けたけたと笑っている。
…
ドォン!
背後から、すさまじい殺気と魔力を感じた。
肩越しに振り返ると、ブラッドが立ち上がっている。
「今のは効いた…久々に痛みを思い出したぜ…」
ぶつぶつと小さく呟いている。
さきほどまでの陽気な雰囲気はない。
カッと目を見開き、ナツキを睨んできた。
「許さんぞォ!殺してくれる!」
あまりにも濃い魔力がゴゴゴ…と地響きのような音を立てて、立ち昇っている。
「あっちゃー、あれでも倒せないとか、どうすりゃいいんだ」
頭をボリボリ掻きつつ、愚痴をこぼすナツキだった。
ブラッドの身体の周りには、無数の深紅の玉が浮き出てきた。
≪血の支配≫
無数の玉は、倒れている兵隊たちへと一直線に向かっていった。
ブシュッと音を鳴らし、身体に穴を開け、体内へと侵入したようだ。
「おいおい…一体何をする気だ」
「ふん…全力で排除してやる」
「ブラッド…!私の予備を勝手に!」
イザベラだけが察しているようで不満を口にしている。
ブラッドは意に介さず、無視している。
倒れていた兵士たちが、ゆらぁっと立ち上がった。
眼は一様に白目をむいている。
ゴッ
突風が吹いた。
傀儡となった全員の体からも、濃い魔力が立ち昇っている。
強ければいいってものではない。
生命維持に支障をきたすほど、強制的に全魔力を開放しているようだ。
まったく動かずに倒れたままの兵士もいる。
おそらく、死んでしまった者は操作できないのだろう。
最も手前で倒れていた男に関しては、漆黒の獅子へと姿を変えていった。
(あいつは見覚えがあるな…確か、モリス侯爵の家にいた呪法を用いた魔法使い…)
死んだとばかり思っていたが、一命をとりとめていたようだ。
もはや、“人”として生きているか定かではないが。
「…お前、まさか…」
「くくく。死ね」
ブラッドの合図とともに、全員が一斉に攻撃の構えをとった。
どうやら、血を媒介にして他者を強制的に支配し、武器として使うようだ。
外道なこと、この上ない。
しかし、少なく見積もっても50人はいる狂戦士ならぬ狂魔法使い。
加えて大型の獣が一体。
そして、それを従えた邪悪な魔力を纏う軍団長。
こっちは傷ついた師匠を入れても2人。
(さすがにヤベェな…)
ナツキの背筋を冷たい汗が流れた。
ナツキが背水の陣で、大群を迎撃しようと構えた途端―――
≪水玉≫
ズドンと轟音が鳴った。
湖の水から巨大な水魔法が飛び出し、漆黒の獅子を横へと吹っ飛ばした。
≪虚生≫
倒れていた残りの兵士たちが突如起き上がった。
よろよろと身体を動かし、先に起き上がったブラッドの操作する兵士たちに攻撃をしかける。
「なんだァ…?」
ブラッドが横を睨んだ。
「こらぁ!ナツキィ!置いていくなんて許さないから!」
「…ふふッ。優雅に加勢いたします」
大声を張りあげながら、ミユが突撃してきた。
眼が本気で怒っている。
ファウストに関しては、無理して走ったせいだろうか。
よりいっそうげっそりしている。
口上だけは頼もしいが…。
「あら、あの子があなたと旅をしている女の子?可愛いじゃない」
後ろから師匠の呑気な言葉が聞こえた。
と言うか、なぜそれを知っているんだ。
仕事の影響で、更新時間が遅くなりすみません。
明日も、少し遅くなります。
明後日以降は、昼間に更新できると思います。




