93 再会
――こ、この気配は…?
ナツキはいま、理解を超える現実に直面して非常に困惑していた。
◇
時を少しさかのぼる。
ナツキは文字通り、この場所まで“飛んできた”。
目的地のマンチェスの森の方角に、高濃度の闇属性と、懐かしい師匠の魔力がぶつかり合う気配を感知したからだ。
――師匠に万が一のことがあったら。
目的地を目前にして、今度は巨大な邪悪な気配が2つになったのだ。
ナツキは無我夢中で森を抜けた。
やっと着いたと思ったら、目の前から人間が衝撃波とともに飛ばされてきたので、思わず体で受け止めたが、若い女だった。
(誰だ…?でも、この気配は…)
困惑していたら、当の人物が自分の名を呼ぶではないか。
顔も声色も違うが、表情の動きと、話し方が、紛れもなく師匠であった。
◇
「――ババァなのか!?」
ほぼ間違いないが、虚を突かれて思わずいつもの悪態が口をついて出る。
女の口元がふっと和んだ。
「まったくあなたは…。何年たっても憎まれ口は治らないのね」
苦笑交じりの小言を聞き、ナツキは安堵した。
確定だ。
師匠で間違いない。
安堵したのも束の間、ナツキは異変に気付いた。
ジョナの肩・腕・足には噛み傷があり、血が滴っている。
服は破け、杖は折れ、満身創痍の状態であった。
ナツキの額に青筋が浮かぶ。
「こいつらがやったのか?」
正面に立つ、二人を睨みつけた。
「ははは。その通りだ」
「なぜ…お前がここに」
1人はナツキも知っている。
カッツウォルドの町で襲撃してきた“漆黒の獅子”イザベラだ。
「それはこっちのセリフだ。そこの男は何者だ?」
「ははは。まァ、答えてやる。“紅蓮の狼”ブラッド・レインだ」
ナツキは眼を剥いた。
師匠がこれほどの重傷を負うなど、正直信じることができなかった。
相手の肩書を聞いて、理由の一端がわかった。
まさか、王軍のトップ2人と対峙していたとは。
「ブラッド、こいつが件の薬屋よ」
「ほぅ…、さきほどジョナが“ナツキ”と叫んだから、もしやとは思ったが。そうか…、くくく、会ってみたかったぞ」
ブラッドがくつくつと笑いながら、視線をまっすぐ向けてくる。
つくづく王軍とは相性が悪い。
会話から察するに、王軍ではナツキは札付きのお尋ね者というわけだ。
「師匠、こいつらは俺がぶっ倒す」
ナツキは、抱きかかえていたジョナをそっと地面に置いた。
「ナツキ!これは私の闘いよ。あなたは逃げなさい」
「はァ!?どう見ても師匠は戦えないだろう!」
なにを言い出すのかと思ったら、こんな状態で置いて行けるわけがない。
「そういう問題ではないわ。あなたでもコイツ等には勝てない」
「おっと、久々に聞いたね、無理難題を俺にふっかける文句」
「そうじゃないわ!まったく、あなたは…」
「まったく、舐めんなよ。師匠を傷つけたやつらを黙って見過ごせるか。こいつはすでに俺の闘いだ」
ジョナは眼を大きく見開いた。
少し小さくふぅっとため息をこぼした。
どうやらナツキの意思が固いことを知って、諦めたのだろう。
「なるほど。お前らは師弟だったのか。と言うことは、あれだけ懇意にしていたところを見ると、シグマとは、兄弟弟子といったところか?」
ナツキは背筋が寒くなった。
まさか、シグマとロックベルで会話した時から目をつけられていたのか。
「どうだか…」
とりあえず惚ける。
「しらを切れると思うな。まァ、ここで問答する気はないがな」
ブラッドが魔力を右腕に集中させた。
どうやら臨戦態勢に入ったようだ。
「お待ち、ブラッド。こいつには借りがあるわ。ジョナ共々、私が殺す」
イザベラがぐいっと前へ出てきた。
「またか。今日は我儘だな。まァ、お前に嫌味を言った件でもあるし、仕方ない」
ブラッドのほうは一歩後ろに下がった。
しかし、今、こいつは禁句を言った。
(師匠を殺す…?ふざけんなよ。全霊をもって、排除してやる)
すでにジョナにこれだけ傷を負わせているのだ。それだけでも我慢ならない。
ナツキの怒りは沸点に達していた。
ゴォッ…
ナツキは魔力を開放した。
ナツキの身体から、雪景色のような真っ白なオーラが立ち昇る。
肉眼でもはっきりと見えるほどに。
「この魔力はッ…!?」
「まさか、無属性とはな…」
敵方は驚いているようだ。
「相変わらず、憎まれっ子とは思えない、綺麗な魔力ね」
背中からは褒めたいのか、貶したいのかわからない言葉が飛んできた。
「はぁぁぁ…」
イザベラも魔力を開放した。
以前出会った時よりも数倍は濃い魔力をまとっている。
漆黒のオーラが濃すぎて、光る瞳以外、身体が見えないほどだ。
イザベラは魔力をまとったまま突進してきた。
賢眼で観察したところ、闇の大魔法を準備している。
できるだけ前進してから発動させ、師匠ごと巻き込む作戦なのだろう。
そうはさせない。
ナツキもイザベラに向かって突進した。
右手に魔力を集中させる。
「消えろ」
ドスッ
「グッハ…」
イザベラの身体がくの字に曲がる。
ナツキの右拳が腹を突く。
≪爆炎≫
ナツキの右腕で爆発がおこる。
本来であれば地面から上空に向けて爆発を起こす魔法。
それを込める魔力はそのままに、範囲を相手の腹部あたりで局所的に爆発すように凝縮させた。
爆圧が一点に集中することで、威力は桁違いとなる。
イザベラが後方に吹き飛んだ。
「ッあァぁあア…!」
地面で苦しみもがいている。
以前出会った時は、解呪後の身体的ハンデがあり後れを取ったが、今回は万全な状態に加えて、手加減するつもりはない。
前回測った実力がそのままなら、イザベラには勝てるという絶対の確信があった。
それでも、超回復だけは厄介。カスリ傷などは一瞬で消えてしまう。
ならば回復に時間がかかる傷を与えるのが最も効果的と考えたのだ。
「きッさま…」
鬼の形相で睨んでくる。
黒のマーメイドドレスの腹部が破れ、腹に大きな穴が開いていた。
グチュグチュと不気味な音をさせ、筋肉の筋が伸び、穴がどんどん塞がっていく。
何度見ても気持ちが悪い。
「ぅぉぉぉん…!」
なんだ。
不気味な声がした。
イザベラの腹部が再生している部分から奇妙な叫び声が聞こえた気がした。
イザベラの腹の肉が変形しながら、外側に盛り上がる。
「ちッ…大人しくしなさい」
盛り上がった肉は一瞬人の顔のような形となったが、イザベラの命令で少しずつ縮んでいった。
いつのまにか、腹部は傷ひとつない状態へと戻っている。
「今のはまさか…」
「ふふふ、私の肉体の贄となる光栄さを見失うなんて、不忠義な魂ね」
嫣然とした笑みをしつつ、腹部をさすっている。
ナツキは察した。
仕組みは不明だが、他人の魔力や魂を体に封印し、傷つくたびに消費しているのだろう。
「外道が…」
「なんとでも言うがいい」
前回の戦闘で、回復方法が見えなかったことも理解した。
始めから魔法式は完成されていたのだ。
魔法の準備、魔法式、発動のすべてを体内で行っていたのだ。これはいくら賢眼を使っても見えないわけだ。
しかし、そうと分かれば攻略法がある。
イザベラにはとびっきり効果的だろう。
≪爆炎≫
ナツキが魔法詠唱すると、再びイザベラの腹部が爆発した。
「がぁぁぁあ!」
ナツキは魔力をイザベラに直接ぶつけた。
一部は爆発させたが、追撃するために、一部の魔力を残しておいたのだ。
煙を上げながら苦しむイザベラに向かって一直線に走る。
≪流気≫
ナツキは自分の魔力を、腹部の傷を通して、イザベラの体内へ送った。
イザベラの魔道を、ナツキの魔力が巡る。
「貴様ッ、なにを」
「へへへ、寝た子を起こすなんて、俺の得意中の得意分野さ」
ナツキは、イザベラの体内に封じられている他者の魔力を探った。
「見つけた」
ナツキはニッと笑う。
≪解除≫
〔おぉぉぉおおん…〕
どこからともなく声がした。
それは遠くなのか、近くなのかわからない。
頭に直接響くような小さな叫びだった。
イザベラの身体から虹が飛び出すかのように、いろんな属性の魔力が上空へ放たれた。
「ぁ…あ…」
イザベラはゆっくりだが、腹部の再生を完了させたようだ。
しかし、力なく空へ手を伸ばしている。
「まずい…これはまずい…」
ナツキとしては超回復をさせないようにしただけのことだが、イザベラの動揺を見ると、絶大な効果があったようだ。
他人の命を犠牲にした超回復を盾に戦闘するなど、下衆の極みである。
しかし、目の前でさらに起こった異変に、イザベラの絶望の真の理由が明らかとなった。
艶めいた青灰色の髪の毛から潤いが消え、徐々に白髪となっていく。
髪の毛の半分くらいは白くなったであろうか。
目尻や頬も急速にたるみ、皺が刻まれてゆく。
「まずい…嫌だ…あぁぁああ…老いるのは嫌…ああああ」
両手を頬にあてながら叫んでいる。
残った魔力で老いるのを必死に止めているようだ。
ちッと舌打ちする音が横から聞こえた。
ブラッドがイザベラに蔑みの目を向けていた。
「まァ、いい。お前との戦闘は面白そうだ。俺と遊ぼう」
ナツキも、気を引き締めなおした。
あと一人を倒せば終わる。




