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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
93/208

91 漆黒の生贄

静かな湖畔に似つかわしくない激しい爆発音が何度も響いた。

轟音に驚いた動物たちが慌てて逃げていく。


漆黒と白銀の爆発は、すでに辺りにいくつものくぼ地をつくっていた。


イザベラは闇玉をやみくもに撃ち続けていた。

いつもなら、序盤は力をセーブし、相手をじっくりと罠にかけからめとるように攻略していくのだが、肉親にして、憎悪の対象である妹に御しきれない感情を持て余していた。


その様子を、部下たちは固唾を呑んで見守っているようだ。

常人なら同時に展開するのは十余りが限界だ。

常に数十の魔法玉がぶつかり合う戦闘など、王軍のエリートであっても滅多にお目にかかれるものではない。


とは言え、これはまだ小手調べ。

大技を決めるための布石であった。


はた目には接戦に見えるだろうが、イザベラは若干押されていた。

魔法の威力がジョナの方が上であった。

込めている魔力量は等しいが、生み出す結果に差があった。

それは個人の資質に加え、環境のもたらす影響が大きい。

魔法式に魔力を込めて外界に働きかける魔法使いは、環境の影響を大きく受けるのだ。


闇魔法はその名の通り、闇の中でこそ最大限の力を発揮する。

理想の環境は新月の深夜である。

あるいは影の多い屋内でも有利な戦況にもっていくことが可能だ。

しかし、今は昼間の屋外だ。


「夜に襲撃してこなかったのは失敗ね」


ジョナもそのことを理解しているようで、憎たらしい挑発を向けてくる。

持久戦に持ち込み、夜になる前に自分を撃破しようという作戦なのだろう。


「舐めないで、ないものはつくるのがスミス家のやり方よ」


イザベラは手のひらを上空に向けた。


墨染めのように魔力が上空に向かって伸びていき、段々とすり鉢状に広がっていく。


濁った水をかき混ぜるように渦をまきながら、闇がゆっくりと空へ侵食していった。

魔力によって日の光は遮られ、地面には影が生まれた。


イザベラは手を地面に向ける。

黒いオペラグローブの指先が棘のように伸び、影へずぶずぶと侵入していく。


「はッ…」


ジョナが横に跳んだ。

黒い棘が影から攻撃をしかける。


「察しのいいことね。本当に生意気」


イザベラは舌打ちをした。

まるで陰に潜む棘が見えているかのごとく、ジョナは次々と前後左右に飛び跳ねながら躱していく。


避けながらも聖玉を放ってくる。


さっきまでなら、相殺で精一杯だったが、今は違う。


(このフィールドは私の独壇場よ)


地面の影から、次々と闇玉が飛び出した。

ジョナの放った攻撃魔法を相殺していく。


「まだまだッ!」


イザベラの掛け声とともに、ジョナに無数の闇玉が襲い掛かる。

ある時は漆黒の玉が、ある時は棘がジョナに迫った。


「ここの土地は私の思い入れ深き場所。簡単に支配されたくないわね」


ジョナは軽やかに攻撃を受け流しながら、よどみなく魔法を詠唱する。


精霊召喚(スピリットエンテージ)


「おいで、イフリート」


ジョナの掌に作り出した炎が燃え上がる。


小さな炎はやがて巨大な火の玉を形成し、ゆっくりと上空へ登ってゆき、突如はじけ飛んだ。

火の玉がそこら中へ飛び散る。


爆発の中心地にたたずむのは、炎のような深紅の髪、牛のような2本の短角、巨大な蝙蝠のような羽。


「まさか、他にも上位精霊を従えているとはね…」


イザベラは苦笑いをした。


ジョナが召喚したのは炎の上位精霊。サラマンダーを遥かに凌ぐ強力な力を持った精霊だ。

イフリートが雄叫びをあげ、空中に巨大な火の玉を生み出した。

まるで小さな太陽のような。


イザベラの魔法によって、先ほどまでは夜のような暗闇が場を支配していた。

しかし、魔法解除していないのに、真昼のような明るさになっている。


「小癪な真似を…」

「さきにやったのは貴方でしょうに」


ジョナが続けて魔法を詠唱する。


炎連柱(ファイヤーストライク)


火花の迸る音が響き、イザベラへと一直線に火柱が向かってくる。


イザベラは防御魔法を展開した。

漆黒の盾が前方を保護する。

炎連柱はイザベラを突き抜け、後方を焼尽した。


なんとかダメージは回避したが、イザベラの周囲は炎の海だった。

そこへジョナが追撃を仕掛けてくる。


爆炎(ファイヤーショック)


「しまっ……!」


イザベラの足元で爆発が起こる。

火柱が頭上へ一直線に伸びた。


「かはッ…」


身体が上空へ吹き飛ばされた。


炎玉(ファイヤーボール)


イフリートがさらなる追い打ちをしてきた。

複数の炎玉を体に浴び、地面に叩きつけられる。


「ぐぐ…」


大ダメージを受けたが、傷はたちまち治癒していく。


「ははは。苦戦しているな。代わろうか」


ブラッドが後ろから楽し気な声をかけてきた。


「お黙り!手出し無用よ」


イザベラは魔法を詠唱する。


漆黒の生贄(サクリファイス)


後方で戦闘を見守っていた部下数人に異変が訪れる。

突然胸元を抑えて苦しみだした。

王直属軍“漆黒の獅子”は入隊してしばらくすると、共通のローブとネックレスを授けられる。

ローブの胸元とネックレスには、漆黒の魔石が埋め込まれていた。

隊員たちの間ではこれを手にしたら一人前だ、というのが通説で、自慢の逸品でもあった。


その魔石は破裂し、いま、真の効果を発揮しようとしていた。


破裂した先から、黒い魔力が兵士を包む。


「「うわぁぁあ!?」」


包まれた兵士たちに動揺が走った。


「なんだッ!?」


周りにいた兵士たちもざわざわとし始めた。


兵士を包んでいた黒い球はイザベラの元へ向かっていく。


「ほほほ。力が湧いてくるわ」


イザベラの顔が邪悪な笑みを作る。


魔力に包まれていた兵士は地面に倒れた。

その異様な姿に人垣ができる。

顔にはいくつもの皺が刻まれ、手足は骨と皮だけのようにやせ細り、寿命を迎えた老人のようになっていた。


漆黒の獅子軍の陣営は、一瞬にして阿鼻叫喚に包まれた。

必死に装具を外そうとする者、その場から逃げようとする者、凍り付いて動けなくなる者など、様々であった。


「煩い虫けらね」


イザベラは肩越しに目を向け、冷たい視線を送った。


パリン


全員の漆黒の玉が割れる。


「イザベラ様…これはいったい…」


マックス・トンプソンが膝をつきながら震えている。


「人間はやっぱり駄目ね。獣のほうがよっぽど素敵」


イザベラはマックスと目が合うと、にっこりとほほ笑んだ。


「「うわああ」」


そこら中で叫び声があがる。

全員の身体は膨張し、黒い毛につつまれ、巨大な獅子へと姿を変態させた。


いつのまにか叫び声は獣の唸り声に代わり、大群の獅子がイザベラに付き従っていた。


「なんという外道な真似を…」


ジョナが氷のような一瞥をよこした。


「こいつらは元々私の魔力の予備として連れてきただけ。本分をまっとうできるなんて、道具として最高の喜びよ」


「絶対に許さない」


「敵軍に情けをかけるなんて、相変わらず甘いのね。やはり、あなたは支配者としての器ではないわ」


「人を虐げて上に立つ愚か者は、かならず滅ぶわ」


「ふふ。その場から逃げ出した貴方が滅ぶのよ」


イザベラの物言いに、ジョナの怒りが最高潮となった。


「もう身内だからって、容赦はしないから」


「言ってくれるじゃない。大言を吐いて無様に負ける様が今から楽しみね。大量の魔力を集めた私は無敵よ」


――イザベラの眼はいまや、狂気の色に染まっていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 命を見下したこの業、イザベラが絶望に落とされるのは目に見えるぞ・・・!
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