91 漆黒の生贄
静かな湖畔に似つかわしくない激しい爆発音が何度も響いた。
轟音に驚いた動物たちが慌てて逃げていく。
漆黒と白銀の爆発は、すでに辺りにいくつものくぼ地をつくっていた。
イザベラは闇玉をやみくもに撃ち続けていた。
いつもなら、序盤は力をセーブし、相手をじっくりと罠にかけからめとるように攻略していくのだが、肉親にして、憎悪の対象である妹に御しきれない感情を持て余していた。
その様子を、部下たちは固唾を呑んで見守っているようだ。
常人なら同時に展開するのは十余りが限界だ。
常に数十の魔法玉がぶつかり合う戦闘など、王軍のエリートであっても滅多にお目にかかれるものではない。
とは言え、これはまだ小手調べ。
大技を決めるための布石であった。
はた目には接戦に見えるだろうが、イザベラは若干押されていた。
魔法の威力がジョナの方が上であった。
込めている魔力量は等しいが、生み出す結果に差があった。
それは個人の資質に加え、環境のもたらす影響が大きい。
魔法式に魔力を込めて外界に働きかける魔法使いは、環境の影響を大きく受けるのだ。
闇魔法はその名の通り、闇の中でこそ最大限の力を発揮する。
理想の環境は新月の深夜である。
あるいは影の多い屋内でも有利な戦況にもっていくことが可能だ。
しかし、今は昼間の屋外だ。
「夜に襲撃してこなかったのは失敗ね」
ジョナもそのことを理解しているようで、憎たらしい挑発を向けてくる。
持久戦に持ち込み、夜になる前に自分を撃破しようという作戦なのだろう。
「舐めないで、ないものはつくるのがスミス家のやり方よ」
イザベラは手のひらを上空に向けた。
墨染めのように魔力が上空に向かって伸びていき、段々とすり鉢状に広がっていく。
濁った水をかき混ぜるように渦をまきながら、闇がゆっくりと空へ侵食していった。
魔力によって日の光は遮られ、地面には影が生まれた。
イザベラは手を地面に向ける。
黒いオペラグローブの指先が棘のように伸び、影へずぶずぶと侵入していく。
「はッ…」
ジョナが横に跳んだ。
黒い棘が影から攻撃をしかける。
「察しのいいことね。本当に生意気」
イザベラは舌打ちをした。
まるで陰に潜む棘が見えているかのごとく、ジョナは次々と前後左右に飛び跳ねながら躱していく。
避けながらも聖玉を放ってくる。
さっきまでなら、相殺で精一杯だったが、今は違う。
(このフィールドは私の独壇場よ)
地面の影から、次々と闇玉が飛び出した。
ジョナの放った攻撃魔法を相殺していく。
「まだまだッ!」
イザベラの掛け声とともに、ジョナに無数の闇玉が襲い掛かる。
ある時は漆黒の玉が、ある時は棘がジョナに迫った。
「ここの土地は私の思い入れ深き場所。簡単に支配されたくないわね」
ジョナは軽やかに攻撃を受け流しながら、よどみなく魔法を詠唱する。
≪精霊召喚≫
「おいで、イフリート」
ジョナの掌に作り出した炎が燃え上がる。
小さな炎はやがて巨大な火の玉を形成し、ゆっくりと上空へ登ってゆき、突如はじけ飛んだ。
火の玉がそこら中へ飛び散る。
爆発の中心地にたたずむのは、炎のような深紅の髪、牛のような2本の短角、巨大な蝙蝠のような羽。
「まさか、他にも上位精霊を従えているとはね…」
イザベラは苦笑いをした。
ジョナが召喚したのは炎の上位精霊。サラマンダーを遥かに凌ぐ強力な力を持った精霊だ。
イフリートが雄叫びをあげ、空中に巨大な火の玉を生み出した。
まるで小さな太陽のような。
イザベラの魔法によって、先ほどまでは夜のような暗闇が場を支配していた。
しかし、魔法解除していないのに、真昼のような明るさになっている。
「小癪な真似を…」
「さきにやったのは貴方でしょうに」
ジョナが続けて魔法を詠唱する。
≪炎連柱≫
火花の迸る音が響き、イザベラへと一直線に火柱が向かってくる。
イザベラは防御魔法を展開した。
漆黒の盾が前方を保護する。
炎連柱はイザベラを突き抜け、後方を焼尽した。
なんとかダメージは回避したが、イザベラの周囲は炎の海だった。
そこへジョナが追撃を仕掛けてくる。
≪爆炎≫
「しまっ……!」
イザベラの足元で爆発が起こる。
火柱が頭上へ一直線に伸びた。
「かはッ…」
身体が上空へ吹き飛ばされた。
≪炎玉≫
イフリートがさらなる追い打ちをしてきた。
複数の炎玉を体に浴び、地面に叩きつけられる。
「ぐぐ…」
大ダメージを受けたが、傷はたちまち治癒していく。
「ははは。苦戦しているな。代わろうか」
ブラッドが後ろから楽し気な声をかけてきた。
「お黙り!手出し無用よ」
イザベラは魔法を詠唱する。
≪漆黒の生贄≫
後方で戦闘を見守っていた部下数人に異変が訪れる。
突然胸元を抑えて苦しみだした。
王直属軍“漆黒の獅子”は入隊してしばらくすると、共通のローブとネックレスを授けられる。
ローブの胸元とネックレスには、漆黒の魔石が埋め込まれていた。
隊員たちの間ではこれを手にしたら一人前だ、というのが通説で、自慢の逸品でもあった。
その魔石は破裂し、いま、真の効果を発揮しようとしていた。
破裂した先から、黒い魔力が兵士を包む。
「「うわぁぁあ!?」」
包まれた兵士たちに動揺が走った。
「なんだッ!?」
周りにいた兵士たちもざわざわとし始めた。
兵士を包んでいた黒い球はイザベラの元へ向かっていく。
「ほほほ。力が湧いてくるわ」
イザベラの顔が邪悪な笑みを作る。
魔力に包まれていた兵士は地面に倒れた。
その異様な姿に人垣ができる。
顔にはいくつもの皺が刻まれ、手足は骨と皮だけのようにやせ細り、寿命を迎えた老人のようになっていた。
漆黒の獅子軍の陣営は、一瞬にして阿鼻叫喚に包まれた。
必死に装具を外そうとする者、その場から逃げようとする者、凍り付いて動けなくなる者など、様々であった。
「煩い虫けらね」
イザベラは肩越しに目を向け、冷たい視線を送った。
パリン
全員の漆黒の玉が割れる。
「イザベラ様…これはいったい…」
マックス・トンプソンが膝をつきながら震えている。
「人間はやっぱり駄目ね。獣のほうがよっぽど素敵」
イザベラはマックスと目が合うと、にっこりとほほ笑んだ。
「「うわああ」」
そこら中で叫び声があがる。
全員の身体は膨張し、黒い毛につつまれ、巨大な獅子へと姿を変態させた。
いつのまにか叫び声は獣の唸り声に代わり、大群の獅子がイザベラに付き従っていた。
「なんという外道な真似を…」
ジョナが氷のような一瞥をよこした。
「こいつらは元々私の魔力の予備として連れてきただけ。本分をまっとうできるなんて、道具として最高の喜びよ」
「絶対に許さない」
「敵軍に情けをかけるなんて、相変わらず甘いのね。やはり、あなたは支配者としての器ではないわ」
「人を虐げて上に立つ愚か者は、かならず滅ぶわ」
「ふふ。その場から逃げ出した貴方が滅ぶのよ」
イザベラの物言いに、ジョナの怒りが最高潮となった。
「もう身内だからって、容赦はしないから」
「言ってくれるじゃない。大言を吐いて無様に負ける様が今から楽しみね。大量の魔力を集めた私は無敵よ」
――イザベラの眼はいまや、狂気の色に染まっていた。




