90 安息の日々の終焉③
◇
今から数十年前のこと。イザベラは王都魔法学校の首席であった。
魔法の座学も実技もトップの成績を修めていた。
スミス侯爵家の第一子という出自もあいまって、周りにはとりまきの生徒が常に絶えない。
中等部に入る頃には、教師すらも上回る実力を兼ね備えていた。
イザベラ自身、そのことを誇りにしていたのだ。
しかし、あるとき、変化が訪れる。
自分よりも4歳年下の魔法使いが、記録を塗り替えていったのだ。
彼女の名はジョナ。
イザベラの妹だった。
ジョナはもともと魔法使いとしての才に秀でていたが、奢ることなく、地道に研究に打ち込んだ。
魔法学校ではカリキュラムにない、体力訓練まで自主的に行っていた。
15になる頃には、聖魔法以外の全ての魔法を高度に駆使するようになる。
いつしか、魔法学校も、家族も、とりまきも、イザベラではなくジョナを褒め称えるようになっていった。
しかし当のジョナはそれを気にかけることもなく、一心に学び続けた。
イザベラは嫉妬した。
なぜ、姉である自分よりも妹が褒めそやされるのか。
やがて、イザベラは魔法学校を卒業し、軍属となって、当然のように首席で、出世の快進撃を続けた。
自らの自尊心を回復させようとするかのように。
妹のジョナも卒業後に軍属となった。
その出世の早さは約束されたものだった。
軍属となった翌年には師団長の椅子に座り、イザベラと肩を並べたのだ。
その頃には、ジョナは聖母神の加護を受け、聖魔法を使えるようになった。
これにより、王軍幹部でも稀な全魔法使いとして、名を馳せることになる。
国民も軍隊もジョナを称賛し、これを支持した。
この年に、ジョナは“賢者”の称号で呼ばれることとなる。
そしてとうとう、イザベラが27になる年に、自身が予想していたなかで最悪の報がもたらされた。
イザベラが憧れてやまなかった軍団長の一席に妹が座るというのだ。
エディン史上最年少の就任である。
スミス家も国民も、歓喜に包まれてこの報を歓迎した。
若くして最高の軍団長が生まれたと。
そして、それは当然のことだと皆が思った。
もはや、イザベラに注目する者はいなかった。
これを機に、イザベラは闇に堕ちていく。
スミス家の行っていた魔法研究に積極的に関わるようになったのだ。
もともとは、おもに魔獣の生態を調べ応用する程度のものだったのが、流刑島で行われている囚人を用いて実験をより過激にしていった。
それでは飽き足らず、その研究成果を自分の体に試すようになっていった。
ついには、人の精気を奪い、自分の体に吸収する術を身につけた。
この頃にはイザベラがまとう魔力の属性はドス黒いオーラを帯びていた。
しかし、イザベラの心は晴れやかだった。
人間の精気を喰らい、永遠の若さを約束されたのだ。
イザベラの体には数人の人間の精気が魔法式で埋め込まれている。
イザベラが傷つくか、老いを重ねると、その精気が消費される仕組みだ。
◇
ある日のこと。
研究所で実験に勤しんでいたイザベラの部屋に、荒々しい足音をさせて飛び込んできた来訪者があった。
「姉さんッ…」
ジョナが目を剥いていた。
それは驚愕と軽蔑を混ぜ合わせたような冷たい視線だった。
姉が何に手を染めだしたのか、その身にまとうオーラと魔法式を見れば、ジョナの眼には明らかだった。
ジョナは糾弾した。折に触れて非人道的な研究をやめろ、民のために魔法を使う人間になろうと諭してきた。
この訴えはしかし、イザベラにとっては逆効果であった。
誰のせいでこんなことに手を染めたと思っている。
逆に蔑む目を妹に向けた。
「お前は支配者には相応しくない」
その言葉を聞き、妹は何も言わずに去っていった。
翌日、異変が起きた。
王都で衝撃的なニュースが流れる。
軍団長たるジョナ・スミスが消えたのだ。
王城地下のエントランスの像はその顔の部分が無残に砕かれていた。
そのころのイザベラは知る由もなかったが、国の真相を知る人間が外へ出たということで政権の中枢はちょっとした騒ぎになっていた。
イザベラは怒りに燃えた。
自分の欲しかったあらゆる物を持っていた妹が、あっさりとその全てを捨てたのだ。
妹の不始末を償うべく、イザベラもそつなく振舞ったが、親族のなかでも、いつまでもジョナを惜しむ声が絶えることはなかった。
それもイザベラのプライドをいたく傷つけることとなった。
イザベラはジョナの像を短剣で斬りつけた。
何度も、何度も。
短剣を握る手から血が滲むほどになったところでやめた。
その後、嫉妬と憤怒を抱えたイザベラはのめり込むように闇魔法に没頭していく。
見た目は変わらぬまま、その心だけが歪みを積み重ねていくこととなった。
いつしかイザベラは、エディンでも指折りの魔法使いへとなっていた。
実年齢が40を超えた頃に、念願の軍団長の椅子へと座ることとなったのだ。
――それから、幾多のときが流れた。
もはや、妹との再会に感動などない。
その胸の内にあるのは激しい憎悪と殺意だけであった。
妹は驚いたことに、時の精霊を従えていた。
それであれば、闇魔法などに手を出さず、永遠の若さを約束されたはず。
にも関わらず、妹は醜く年を重ね、老いていた。
イザベラにとっては、それがまた許せないのであった。
◇
「いくわよ、イザベラ」
先までの年輪を重ねた老女の声ではない。
声だけなら少女と言ってもいい、透き通るような高い声で歌うように詠唱した。
≪聖玉≫
白銀の玉が宙に生み出される。
その数、10はゆうに超える。
闇属性の自分にとって、聖魔法は厄介だ。
多大なダメージを受けてしまう。
ジョナが白銀の玉を四方八方に飛ばした。
ある玉は直線に飛び、別の玉は弧を描きながら、ある玉は迂回をしながら横から、またある玉は上空から襲いかかってくる。
逃げ場は後ろしかない。
しかし、ジョナ相手に後退するなど、プライドが許さない。
イザベラは影にもぐった。
最前まで自分の立っていた箇所でフワァっと、ゆるやかな爆発が起こる。
影から再び這い出た後、魔法を詠唱する。
≪闇玉≫
お返しといわんばかりに、同じ数の漆黒の玉を放った。
ジョナは再び、白銀の玉を作り出し、全て相殺していく。
忌々しいが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
◆
「なんだ…この気配は…」
ロック山脈を抜けたナツキは堪らず声を漏らした。
「どうしたの?」
ミユが怪訝な表情を向けてくる。
「進行先で、大きな魔力がぶつかり合う気配がする…」
「確かに、強い闇属性を感じますね」
ファウストも感じ取ったようだ。
どうやら、闇魔法にかんしては鼻がきくらしい。
「え…それって…」
「たぶん、大規模な戦闘が展開されている」
ナツキの頬を汗が伝う。
マンチェスの森は中央部分が結界に覆われている。
師匠が戦闘しているとしたら、結界がすでに破られていることになる。
あの強力な結界を破る相手だ。
絶対に只者じゃない。
「おい、病弱、もう泣き言は許さんぞ」
ナツキは走り出した。
「”悪夢“と呼んで欲しいものですね」
「あッ、ちょっとー!」
2人があとからついてくる。
ナツキは師匠の身に危機が迫っていることを感じた。
小声で魔法詠唱をする。
≪飛行≫
ハーピィのミリアから授かった魔法で体を浮かせた。
ブォン!
風を切る音を轟かせ、一直線に進んでいく。
後方からミユの怒鳴り声が聞こえた。
申し訳ないが、今は他に気を遣う余裕がない。
――一刻も早く駆け付けなくては。




