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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
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88 安息の日々の終焉①

ナツキたち一行はロック山脈を登っていた。


この山脈は、標高が高いところでは春先でも雪が残っている。


温暖な時期になっても、氷に閉ざされた箇所には近づいてはならないことで有名だ。


なぜならそこは、ブルードラゴン棲み処だからだ。

ブルードラゴンは、ロック山脈の割り合い高い個所を好む傾向があるため、避けるのはたやすい。

自分からケンカを売るような真似をしなければ出くわさないだろう。


数年前に修行だとか言われて、ブルードラゴンの巣に放り込まれた時は死ぬかと思った。


二度と戦闘したくない。



なので、対策は明確、標高の低い個所を抜けるのだ。


一度通ったことがある道なので、逆からたどるのにも心配もすくない。


向かう先はマンチェスの森だ。


ゴディス島の北にあることもあって、夏以外は基本的に静かな森だ。

ナツキの青春を過ごした懐かしい場所とも言える。


久しぶりに“あの人”に会える浮足立った気持ちと、不安とで胸の内は複雑であった。



ランス村は中央平原の最北のため、最短ルートを通れば馬車なら四日ほどでつく。

しかし、予定より時間をくっていた。

ナツキとミユの足なら、今頃山を抜けてもいいくらいだが…。


「少し優雅に休みませんか」


病弱そうな顔をげっそりさせて、ファウストが提案してきた。


一行の足を鈍らせている原因は、主にこいつだ。


「またぁ…?あなた虚弱すぎない?」

「夜になる前に山を抜けないとやばいんだ。がんばってくれ」


目的地到着が遅くなるのはかまわない。

しかし、ロック山脈を抜けるのはさっさと済ませたいのだ。


夜になると魔物が活発化する。

できるだけ昼間に進まないと余計な苦労を味わうはめになるのだ。


「むしろ、私は夜に移動したいところです」


さっきから口を開けば、こればかり。


こいつの2つ名は“悪夢(ナイトメア)”というらしい。

その名から連想される通り、夜はめっぽう強いらしい。

死霊使いという能力はそうなのだろう。


しかし、体までも完全な夜型になってしまい、昼は全然力が出せないそうだ。


こんなことになるとは思わなかった。

嫌な予感は的中するものである。


「こんなことなら、同行はラインハルトって人のがよかったと思っちゃうわよ」


ミユも不満をもっているらしく、小言を言っている。


「それは無理ですね」

「え、なんでよ」

「彼は24時間動けます。我々の最優先課題はボスとの再会。ですから、彼の任務は自ずと決まっていたのです」

「はぁ!?」


ふざけたことを言う。


優雅に腕も組んだポーズを決めながら言い放った姿にキレかけた。


「気持ちも察しますが、昼間不甲斐ない分は、夜に取り返しますゆえ」


両手を広げながら満面の笑みで言われても困る。


非常に扱いにくい奴だ。


しかし、自分で言うだけあって、夜には別人のようだった。

すでにファウストと移動をともにして1日半が経過している。


昨晩は、近づく魔物の気配を察知しては、次から次へと撃破していた。

死霊たちを自在に操り、影に潜ませ、神出鬼没に攻撃をしかけるという戦闘スタイルだ。


ナツキたちが戦闘したのは朝方だった。

夜に出くわしていたらもっと苦戦していたであろう。


なにかに特化した人間は、環境が嵌ると脅威だ。



そんなこともあって、ファウストのおかげで、ナツキとミユは夜中にゆっくり休むことができたのだ。


イライラしつつも、野宿で魔物に襲われる心配なく休めるのは大きい。

そのかわり、昼間に移動できる距離が短くなっているのだが。


なにかを得れば、なにか失う。

世の中ままならないものである。





王都タペルの王軍兵舎には続々と兵士が集結していた。

漆黒のローブを羽織った魔法使いたちが、整列していく。


「揃ったか」


紅蓮の狼(レッドウルフ)”ブラッド・レインはニヤァっと笑いながら、小さく呟いた。


横には“漆黒の獅子(ブラックライオン)”イザベラ・スミス。

いつもの婉然とした笑みはなく、なにかを睨みつけるような険しい表情だ。


2人の眼前には“漆黒の獅子”軍の精鋭100人が待機している。


ブラッドの後ろには“紅蓮の狼”軍の新兵5名が控えていた。

慣れない空気におろおろしているようだ。


ブラッドは大きく息を吸った。


「テメェら、これから行うのは最重要任務だ。万が一にも失敗は許されない」


兵舎全体に響く大きな声で重々しく言い放った。

軍団長の声に、兵士たちの背筋がピンとのびる。


「我らの愛するエディンを滅さんとする邪悪な魔女との戦闘だ!テメェら、命を捧げよ!」


ブラッドの檄に、兵舎全体を揺るがすような歓声が応えた。


ブラッドは踵を返し、後ろに控える新兵たちに目をやった。


「お前たちは新米にも関わらず、よくやってくれている」


ブラッドの笑顔を見て、新兵たちは緊張が少しほぐれたようだ。


「初陣で緊張しているのか?肩の力を抜け」

「は…はい!」

「それで、お前ら、命をかける覚悟はあるか?」

「「もちろんであります!」」


5人全員が敬礼しながら返事をした。


ブラッドは酷薄な笑みを浮かべた。


「よく言った」


ブシュッ


「ぐぁ…」


5人の体が膝から崩れ落ちる。


全員の体になにかが刺さっている。

真紅の長細い線が体の中心を貫いていた。

その線はすべて、ブラッドの体から伸びている。


「ぐふぁッ…ブラッド様…」


1人が吐血しながらブラッドに目を向ける。


「お前らの命を大切に使わせてもらう。よくぞ、命を賭してくれた」


先ほどの熱気はどこへやら、ははは…というブラッドの哄笑に、場が凍り付いていた。


ブラッドは5人から魔力を吸い取り、魔法式を展開した。


それは長距離移動用の魔法。


移動門(ゲート)


ブラッドと漆黒の兵士たちの間に、巨大な魔法陣が現れた。

魔法陣の描かれた地面から、ゆっくりと巨大な門がのぼってくる。

ギギギッと重量感ある音を響かせながら、扉が開いた。


扉の奥には森が広がっている。


「全軍、すすめ」


イザベラの合図によって、漆黒の獅子軍が足を進めた。

共通のローブに、共通の黒い玉のついた首飾りを揺らしながら。


その様子をブラッドは満足げに見学していた。


「わざわざ、長距離を移動門(ゲート)とは豪快ね」

「ははは。お前は呑気だな」

「逃亡防止のために奇襲をかけることは賛成よ」

「それだけじゃないさ」

「他にも?」

「戻ってくるシグマに感づかれて加勢されたら面倒だろ。今は“賢邪”撃破に集中すべきだ」


陸路を悠長に進んだ場合、問題点が複数ある。

1つは相手に待ち伏せのアドバンテージを生む可能性があること。もう1つは逃亡の時間を与えること。そして、最大の懸念は、シグマと“賢邪”が共闘する可能性が否定しきれないことだ。


ブラッドは決してはジョナ・スミスを侮っていない。

全力を持って叩き潰す必要があると考えていた。


だからこそ、現在王都にいる軍団長2人がかりで進撃することを選択した。


移動門で長距離を移動するには大量の魔力が必要となる。

ブラッドであれば、1人で門を開くことも可能であった。

しかし、戦闘前に魔力を消耗することを嫌ったのである。


ブラッドの特殊魔法は自分の血を媒体とし、様々な攻撃を可能とする。

その攻撃手段の1つ≪吸血(ヘマトグラフィー)≫は、相手の気・魔力を吸収できる。


今回は部下の命を犠牲にして移動門をつくりだしたのだ。

ここに、ブラッドという男の冷酷で恐ろしい一面が片鱗を覗かせていた。


国家が長年追跡し、足取りのつかめていなかった“イレギュラー”をやっと見つけたのだ。


かつてエディンで最強と言われた“賢者”と、王軍の戦闘がはじまる。


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