87 賢者の弟子④
「――それで、師匠の話を聞きたくなったんです」
シグマはジョナと世間話を挟みながら、ぽつりぽつりと自分の5年間のことを話した。
“独りよがりでない人生”を模索し、軍属となったこと。
ついに軍団長の一席を占めるまでに出世したこと。
しかし、国家としての内実が、傀儡であったことを知り、どのように歩むべきか…という模索。
「…そう。ついに知ったのね。こんなに早く辿り着くなんて驚いたわ。軍団長になるなんて凄いじゃない」
ジョナは慈愛に満ちた笑みを浮かべて、シグマに語りかけた。
「正直、王軍とは言え、わたしから見たら弱すぎました」
率直に自分の実感を込めて言う。
「ふふふ。私の修行を耐え抜いたらそうなるでしょうね」
「魔法学校の授業内容を知って、ぬる過ぎると驚きましたよ。なにも知らずに、今まで実績のなかった体力向上の基礎訓練の導入を提案したら否決されました」
ジョナは相談の内容よりも、弟子の成長への喜びの方が優っているのか、穏やかな空気で話を聞いていた。
王都の緊迫した情勢をうけて、張りつめた心持ちのシグマにとって、救われる思いがした。
「聞きたいことがあるんだ」
「なにかしら」
「王城地下にある、エントランスの顔が砕けた像はまさか…」
シグマは言い淀んだ。
王城地下の“新月の間”に続く長い廊下には、歴代の軍団長の像が並べてある。
手前から五番目に位置する像だけ、顔が砕かれ、名前が消され、いたるところに傷があった。
ジョナは静かに頷いた。
「やはり…」
「顔を砕いたのは私。像とは言え、私の本意と違う場所に置かれることが我慢できなかったから。他の箇所は誰がやったかわからないでしょうけど、家族がやったのでしょうね」
「師匠の家族が…?」
「えぇ、私が出奔して、一族の名を汚されたと、腹に据えかねたのでしょう」
――ジョナもまた、シグマが知ったことと同じ真相を知り、まったく同様に葛藤したというのだ。
「国家としてのあり方も歪だったことに加えて、エディンは非道な人体実験を繰り返していたことも同時期に知ったわ」
「…それで家名を捨てたのですか」
「その通りよ。私は民の幸せを願って、過酷な修行と勉学に励んだわ。でも、自分の道が血みどろに染まっていることに驚愕したの。それに加担した自分も許せなかったし、ひっそりと人知れず生涯を終えたいと考えたのよ」
自分の来し方を振り返るジョナの表情は、悔恨、悲哀…様々な色をたたえていた。
「でも、まさか、あなたが私と同じ一席に座るとは思わなかったわ」
「……今後、どうなるか分かりませんけどね」
シグマは再び顔を曇らせた。
「私はしがらみに縛られていたけど、あなたは違うでしょう。その立ち位置だからこそできることはたくさんあるわ」
「と、言いますと?」
「例えばだけど、次に、国家転覆を目指す反乱が起きたら、あなたはどうする?」
ジョナの問いかけにシグマはドキッとした。
今回の鬼組と死影の反乱鎮圧前に、真相を知っていたらどうだったであろうかと考えずにはいられなかったからだ。
巡り合わせ次第では、レジスタンス側についていたかもしれないと思った。
それもあり、反乱鎮圧のシンボルとして、王都で自分の人気が高まっていることが、堪らなく嫌だったのだ。
「悩ましいが、私は王政側にはつかないだろう」
ジョナがふっと笑う。
「ならば、あなたが軍団長の一席を握っているのは、とても力になるわね」
シグマは目を見開いた。
軍属であれば、体制賛美の立場に立たねばならないのではと考えた。
しかし、体制を変革するために、職責をまっとうする道もあるのか。
「それは考えてもみなかったな」
「あなたは真面目が過ぎるから、大事なことを見落としちゃう癖があるわね」
ジョナが楽しそうに笑っている。
シグマにとってみたら面白くないが、師匠にとっては久々のやりとりが楽しいのだろう。
「そう言えば、少し前にナツキに会いましたよ。アイツは相変わらずでした」
「あら、あの子とも会いたいわね。どうしているのかしら」
「アイツは今、指名手配されていますよ」
「えぇッ!?」
流石の師匠も驚いたようだ。
「なにがあったの」
「盗人“青眼”という肩書で手配書が回っています」
「…あの子なら“紅眼”と呼ばれそうなものだけど」
「えぇ、アイツは揉め事に自分から首を突っ込んだのでしょう。おそらく、盗人本人は旅で同行していた女性でしょうね」
「あら、女の子と旅をしているの?あの子も隅におけないわね」
師匠がけたけたと笑う。
「その程度なら笑い話で終わるのですが、あいつはエディンの上位ギルドや王軍と幾度か事を構えています」
「あらまぁ、でもあの子ならうまく逃げるわよ。15になる頃には、私でさえ捕まえるのに苦労したわよ」
「軍団長のオーロと対峙したと聞いた時は冷や汗をかきました」
シグマはナツキと出会った時の話を紹介した。
師匠は楽しそうに聞いている。
「こんな刺激的な話が聞けるなんて、長生きも悪いものではないわね」
人と話すこと自体が久しぶりだったようで、シグマにとって悩ましい話も、喜劇のように受け止めているようだ。
思いつめやすいシグマにとっては、それが逆に気楽でよかった。
「あら、紅茶が切れてしまったわね。いれなおそうかしら」
「いや、もうそろそろ行かなくては」
「…あら、もう?。残念ね。また困ったら来ていいから」
ジョナの微笑みを受けながら、シグマは立ち上がった。
ずっとこの場で話し合っていたい気持ちもあるが、いつまでも王都を留守にするわけにもいかない。
◆
王城内に設置されている軍団長用の執務室で、ブラッド・レインは寛いでいた。
ついつい、口角が笑みを形作ってしまう。
長年退屈だと感じて生きてきたが、クーデターが起きてからは刺激が次から次へとやってくる。
まもなく、何かが起こる予感がするのだ。
「1人でニヤニヤしているの、気味が悪いわよ」
“漆黒の獅子”イザベラ・スミスがため息混じりに話しかけてきた。
「くっくっく。そう言うな。面白い時代を楽しまないでどうする」
「あなたの“楽しい”は、私にとっては面倒ごとよ」
苦言を呈されたが、別に構わない。
(ブラッド、イザベラ聞こえるか?)
オーロから念話が入った。
(聞こえているわよ)
(あぁ、どうした?)
(シグマを追っていた魔蟲だが、足止めにあっている)
どうやら、なにか面白い予感のする話だ。
(なにがあったの?)
(ロック山脈の北に差し掛かってからヤツを見失った)
(アイツの飛行が速いとは言え、魔力の痕跡を残さないなんて不可能だ。周辺で降りたったのだろう)
(否、奴は飛行をやめていない。結界に阻まれたといった感覚だ)
(…なんだと?)
ブラッドの眉間がピクッと動く。
シグマの行先に結界が張ってある。
尾行に気付いて張ったわけではないだろう。
気づけば移動をやめるはずだ。
つまり、その結界は元から張ってあったことになる。
(あなたの魔蟲でも突破できないの?)
(何度か挑戦したが無理のようだ。悔しいが、凄まじく強力な魔法だ。これ以上は魔蟲が傷ついてしまう)
(あなたねぇ…)
イザベラがなにか言いたげだが、途中で我慢したようだ。
しかし、オーロの魔蟲は1匹1匹が強力だ。
簡易な魔法であれば魔力を食い破ることができる。
それを阻み、なおかつシグマという出身不明の強者が向かう先。
(まさか…)
ブラッドは一瞬ハッとした表情を浮かべ、ニタァと邪悪に笑みをつくった。
「はははは!」
突然高笑いを始めたブラッドに、イザベラはぎょっとした。
「ッ!?びっくりするじゃない…。どうかしたの?」
「見つけたぞ。そんなところにいたのか」
イザベラが怪訝な表情を浮かべる。
(オーロはその結界の地点を詳細に送ってくれ)
(承知した)
ブラッドは念話を切った。
「イザベラは軍団の一小隊を組織し、俺に同行しろ」
「どういうことよ…」
「ははは。察しが悪いな。ついにアイツを見つけたのさ」
イザベラもやっと察したのか目を丸くした。
「もしや…」
「あぁ、やっと見つけたぞ。ジョナ・スミス」




