86 賢者の弟子③
◇
――これは、私の可愛い3人の弟子の話。
ロック山脈の北側にある“マンチェスの森”は今日も穏やかだった。
森の中心地にある湖の畔で、3人の青年が談笑している。
その様子を“賢者”ジョナは微笑みながら見つめていた。
3人の弟子はジョナのもとで学び続けた。
全員、年は15歳になったばかり。
1人は生真面目、1人は我が道を行くタイプ、1人は若干面倒くさがりだったものの、全員のびのびと育ってくれた。
今日は大事な話があると言ってある。
ジョナは談笑する3人に向かって歩みをすすめた。
「みんな、揃っているようね」
3人の顔がジョナへと向いた。
「なんだよ、ババァ大事な話って」
真先に返事をしたのはナツキ。
大事な話と聞いて緊張しているのか、少し顔がこわばっている。
悪態をつくのは緊張をほぐすためだろう。
いつもであればジョナは叱りつけるところだが、今日は微笑んだまま見つめた。
それが逆にナツキには意外だったようで、あたふたとしはじめた。
「な…なんだよ…こええな。またどこかひどい場所に修行にいく話かよ」
ひどい言われようだ。全て良かれと思って修行をつけてきたのに。
3人が10歳を超えてからの修行は、少しだけ厳しかったのは事実。
魔法学校では絶対教えない課外授業ではあった。
それこそ、五星ギルドの任務並の課題を組んだつもりだ。
ロック山脈にいるブルードラゴンを3人で倒す修行と、アースエレメンタルを素手のみで倒せと言った修行は、さすがにやりすぎだったかしら…。
「まァ、師匠は私たちがギリギリ無理なことを言ってきますからね」
「ったくよぉ…現地で経験値を積めばいいって発想はやめてほしいぜ」
シグマが笑いながらナツキに話しかけた。
この子は勉強熱心で、ずっとコツコツと積み上げてきた。
しかし、戦闘においては、サボり癖のあるナツキと大体互角の成績なのもあって、ナツキの方が強いと考えているきらいがある。
ジョナはどんな過酷な修行であっても、こっそりと影から見守っていた。
ナツキは事あるごとに、過酷な現場に放り込む師匠を「性格が悪い」と非難してきた。
そんな過去もよき思い出。
ジョナは瞑目しながら、この十数年来を振り返った。
たまらず、涙が眦ににじんだ。
それを見た3人の弟子がギョッとしていた。
(お…おい…“鬼ババァの目にも涙”か!?こんなのはじめてだぞ…マジでヤバいやつじゃないか)
(たしかに師匠は一体どうしたのか…)
(黙って聞こう)
…3人は念話でこっそり会話している。
傍受されているなどと知らないせいか、ちゃっかり悪口を言っているものまでいる。
「あーぁ…次はなにをするんだよ」
沈黙に耐えきれなかったのか、ナツキが質問してきた。
「私が教えることはもうないわ。これからは各々が自らの道を定めて歩んでほしい」
ジョナは3人の弟子の成長を心から喜んでいた。
立派な魔法使いに育ってくれた。
実力、知識ともに、どんな場所でも活躍できるほどに。
「どういうことですか?我々に自立しろと?」
シグマが問いかけてきた。
「えぇ、その通りよ。歳をとるとだめね。涙脆くなっちゃう」
「おいおい。冗談はやめろって、なにをすればいいのか見当つかないぞ」
「それを知るところからはじめることね。できれば常識に縛られずに、独りよがりな人生ではなく、誰かのために、世のためにできることを考えて行動してほしいところね」
3人で視線をあわせながら、どうしようか…と念話で話し合っている。
「正解なんてないわ。自分の目で世界を知って、道を見定めて、切り開いていくのが人生だから」
「おい、バーーー」
「んー?」
何度も許容されると思ったら大間違い。
ナツキはジョナと目があった途端話を中断した。
「師匠。常識に縛られるなとか言われてもさ、常識すら知らないぞ」
「それを知るところからはじめてもいいのよ」
ナツキが固まっている。
(こりゃ、嫌だと言ってもだめそうだ。ババァは一度決めたら簡単には覆さないもんな)
(いつかはここを出て広い世界を見てみたいと思っていたが、今日がその日ということか)
(俺はそろそろ自分の強さを試したかった。ちょうどいいさ)
…
……
暫く、そっとしておいたら、弟子3人で語り合っていたようだ。
その後、1人はエディン領へ、1人はドルト領へ、もう1人は適当に旅すると言って出て行った。
「歩む道に躓いたときに、帰ってきてもいいからね」
ジョナは微笑みながら3人を送り出した。
「どうせなら楽しい人生にするさ」
ナツキが不敵な笑顔で返事をする。
ナツキは懐からチャキっと音をさせながら、丸眼鏡をかけた。
(あの子、私のものを勝手に…まァ、いいでしょう)
ジョナは3人の背中が見えなくなるまで、湖の畔でたたずんでいた。
…
……
◇
「夢か…」
ジョナは久しぶりに穏やかな目覚めだった。
「懐かしいわね。あの頃の夢をみるなんて」
寝台から出て、ローブを羽織る。
昨日から煮込んでおいたスープをあたため、紅茶を煎れた。
ほっと一息つき、3人の弟子たちがどうしているか物思いにふける。
(!)
何者かが、結界を通り抜けた気配がした。
ジョナは棲み家の周囲に結界を張っている。
エディンの追手から逃れるためにつくったものだが、20年以上突破されたことはなかった。
それも、上空から通り抜けてきた気配がする。
懐かしき魔力の気配。
(これは…ずいぶんと成長したようね)
ブォン…
結界をとおった者が、家の前に舞い降りた気配がした。
キィィ
ゆっくりと扉が開く。
「久しぶりね。シグマ」
「師匠、ただいま」
以前よりも髪が伸びているが、優しい垂れ目が健在で、ジョナは少しほっとした。
ほっとしたのはシグマも同じようで、シグマのまとう張りつめた空気が少し和らいだのを感じた。
しかし、顔には思いつめたような表所が浮かんでいた。
なにやら苦悩を抱えているらしい。
「丁度紅茶を煎れていたの。ゆっくり話を聞かせて」
「ありがとう。今日は師匠に相談したいことがあったんだ」
用意した椅子にシグマが座った。
紅茶を一口飲んだあと。
ジョナの目をまっすぐ見つめながら、旅に出たあとの話を語りだした。




