85 賢者の弟子②
今度は紅のメンバーか…。
ナツキは何度目かの既視感のありすぎる提案に困惑していた。
「――…どうしてそういう結論になるんだ?」
「ですから、さきほどから説明していた通り…」
「なんで俺の旅にお前がついてくるんだ?」
「…それはー―」
ファウストの理由は単純だった。
まず、ボスのクレイを探す必要があり、これが最優先となる。
もう1人は密命の続きをすすめる必要があるそうだ。
どうやら密命はまだ達成されていないらしい。
なんでも、ファウストたちはドルトで調査中に見つかり、危険な状況に陥ったという。
捕縛されるギリギリの瀬戸際で、なんとかドルト領を脱出した。
それで、現状を報告するために本拠地に戻ったところ、ドルトの内情を調査しようとしているナツキに出会ったというわけだ。
調査部隊は2人いるので、ボスの消息を追う任務をどちらかが負うことになる。
クレイと旧知の仲で、なおかつ実力もあるナツキについていくのが、任務達成との関係で早道と考えたらしい。
なるほど。
「――事情はわかった」
「それで、返答は?」
ナツキは少し考える。
実際にドルトの内情を調べることは独自にやるつもりだった。
今後、現地へ赴くこともあるだろう。
先の戦闘では相手が油断していた分、先手を取ることができたが、このファウストという男、実力は申し分ない。
つまり提案を断る理由は基本的にないのだ。
(しかし、なんと言うか…嫌な予感がするんだよな…)
今は下手に出てはいるが、ナツキの第六感が告げている。
こいつは変人で、トラブルメーカーだと。
こういう予感はあたるのだ。なにより経験則から、ほぼ間違いない。
「ダメでしょうか?」
「いや、条件はのむ。俺も情報がほしいからな。よろしく頼む」
ファウストの口元がふっと笑う。
「ご快諾に感謝いたします」
深々と一礼された。
「私は…まァ、ナツキが決めたらならいいけどさ…」
ミユは大人しく聞いていたが、なんだか不満ありげな表情だ。
(意見を聞くべきだっただろうか…)
その後、ファウストとラインハルトに調査で知り得たことを教えてもらうことにした。
途中で見つかりはしたが、機密資料の一部持ち出しに成功したようだ。
それでもナツキからすれば貴重であった。
「持ち出せたのはこの3つですね」
ファウストが懐から三種類の機密文書を出した。
1つは触れたそばから朽ち果てそうなくらいの古文書だ。
表紙にはドルトの古語で“ベルク”と書かれている。
1つは、真新しい文書だ。最近作られたような形跡があり、隠語かなにかか、“盤上”と書かれている。
最後の1つは、数年は経過したと思われる文書で埃を被っていた。表紙にはこれまた謎な“イレギュラー”と書かれていた。
「正直、ドルトの人間でないと読みにくい用語が沢山あるが、それでも重大なことが記されている」
ラインハルトが資料につぶさに目を通しながら報告した。
彼はドルト出身なのだろう。
彼もまた、故郷の暗部を知って、胸の内は穏やかではないことだろう。
1つ目の古文書には国王の出自について記録されていた。
「ドルトはエディンよりもまともに歴史を綴っているようですね」
死影の調査によれば、エディンの歴史は改ざんの痕跡が著しいらしい。
対してドルトの方は、わりと史実に忠実に記録を残しているらしい。
こういう部分は統治している責任者の色合いが強く出るのだろう。
支配者は自分と同じ姿に国を作るからな。
この資料には、明確に国王ベルク・ドルトムントについて赤裸々に書いている。
「驚いたな。ベルク王はアディス軍の将軍じゃないか」
書面には、はっきりと記録されていた。
もともと確信していたとは言え、証拠を目にすると怒りが湧いてくる。
「察するに“盤上”とはこの島全体のことでしょうね」
「だろうな」
「腹の立つ言い回しするわね…遊戯みたいに表現してさ」
「実際におもちゃで遊んでいる感覚なのだろう…」
4人とも顔が険しくなる。
この資料には、最近の五星会議でギルド内に不和が生じていることを記録していた。
この情報をドルトに送っているのは、どうやらヘブンズゲートであった。
「“使徒”がそんな仕事をしていたとは…」
ファウストは瞠目しながら文章を読み進めている。
「まァ、五星ギルドは、死影と鬼組以外は王政の御用ギルドだったようだし、こういった仕事も引き受けていたんだろうな」
ナツキは鬼ノ助から聞いた話を思い出していた。
「詳細は記されていないが、この文章には”真なる目的“という単語が、何箇所か出てくる」
ラインハルトがある頁を読み込んでいる。
「なんでしょう、それは?」
「これまでの調査では、魔法と兵器の実験がこの島でやっていることだ」
「その実験をわざわざ“真の目的”などと言うか?」
「言わないでしょうね」
「しかし、なにを指すかまではわからないな」
鬼ノ助が比喩した“魔法実験場”という表現は的確だった。
ただ、実験は手段であって、それ自体が目的ではない。
なにかの成果を求めているのだろう。
アディスの軍拡のためと考えるのが自然ではある。
しかし、なんだかそれでは終わらない危険な匂いも漂う表現であった。
「最後の資料だけは表題が意味不明ね」
ミユが怪訝な顔をして資料を手に取る。
たしかに、“イレギュラー”とはなんであろうか。
「聞き慣れない単語ですね。意味としては、不規則なものと言ったところでしょうか」
「これは…人の名前のようね。“賢邪”とか“狂乱”って通称がつけられている」
ミユが資料をペラペラめくりながら答えた。
「だが、人間など勝手気ままなもの。不規則で当たり前だ」
ラインハルトの言う通りだ。
普通に考えれば人間はすべてイレギュラーである。
“神の御業”どおりに、純粋に動く人間は多くない。
体制の中でなんらかの役割を演じている場合がほとんどだ。
意味から察するに、エディンとドルトの手に負えない、力をもったものを指していると予想できる。
それにしても、ナツキはミユの口からでた単語に引っかかるものを感じた。
「おい、ミユ。俺にも見せてくれ」
「あ、うん」
ミユから受け取った資料をペラペラめくる。
パラリ
ゆっくり、一枚ずつ目を通す。
ミユの言う通り、人間の情報が載っている。
名前、通称、戦い方、出自、家族などが事細かに。
ある頁で、ナツキの手がピタッと止まった。
「これは…」
ナツキは驚愕した。
その頁には『“賢邪” ジョナ・スミス』と記されていた。
色々と考えが巡る。
冷や汗で震えがとまらなかった。
「どうしたのよ、真っ青よ」
ミユが顔を覗き込んできた。
「いや…なんでもない…」
「そんなわけないじゃない。言いなさいよ。このジョナ・スミスって人が何?」
ナツキは暫し、返答に迷う。
…
「――……たぶん、俺の良く知る人だ」
「「えッ!?」」
「ミユ、次の行き先なんだが…」
「この人のところ?」
「あぁ…」
ナツキは悩みつつも、師匠に直接会って話を聞きたいと考えた。
ドルトから警戒されている“イレギュラー”だとしたら、この国の真相の近くにいるのだろう。
「行きましょう!会ってみたいわ!」
ミユはなぜだか身を乗り出さんばかりに乗り気のようだ。……理解に苦しむが。




