84 賢者の弟子①
ナツキたちは焼け焦げた“紅の館“の中で車座になっていた。
人が暮らせる状態ではないが、話し合いだけなら雨露をしのげる屋根さえあればいいだろう。
いつのまに仕入れていたのか、ミユがカバンの中から菓子と茶を淹れていた。
ナツキは望まぬ戦闘が回避されて人心地ついたからか、すっかり上機嫌になっていた。
「デールの菓子はうまいな」
「でしょ、私の行きつけだった店だからね」
ミユが笑顔で返事する。
「お前らは食わないのか?」
すっかり意気消沈しているファウストとラインハルトに聞いてみた。
「いや…」
「しかしな…」
なにやらもごもご言っている。
「なによ。申し訳ないと思っているなら、食べなさい。残す方が失礼だからね」
ミユが叱りつけたことで、2人も菓子を食べだした。
心なしか表情が柔らかくなっているのをみて、ミユも機嫌を良くした。
「ところで、あなた様はクレイ様とどのような関係ですか?」
「あ、それ、私も聞きたい」
ラインハルトの質問に、ミユが乗ってきた。
「私も気になっています。先ほどの強さであれば、戦闘を禁じられたのも得心がいきます。しかし、お2人がどういうご関係なのか気になっていました」
興味津々な視線が3組、ナツキにまっすぐ注がれている。
ナツキは注目されるのが苦手だ。
こういった空気になると、適当にはぐらかして話を切り替えたくなる。
「んー、なんと言ったものか。一言で言うと喧嘩友達だな」
笑いながら答えた。
間違いではないが、もっとも短い説明はこれだ。
しかし、その答えを聞いた2人は驚愕しているようだ。
「クレイ様と喧嘩…」
ブツブツと煩い。
「あなた、戦闘したことないって言わなかった?」
ミユが怪訝な表情を向けてくる。
「“紅”とはな。あいつが傭兵集団を率いるようになってからは会ってなかったよ」
「では、我らとクレイ様が出会う前には闘ったことがあると…」
「戦闘と言うよりは、ただの喧嘩だよ。アイツは手が早いからな。俺は揉めたくないのに、すぐ手を出してきたよ」
ファウストとラインハルトの目が丸くなる。
“ボス”が何度も戦った相手というだけで、一目置かれているようだ。
なんとか、この雰囲気を変えられないものか。
「それで、ドルトの調査内容を教えてくれるかな?」
ナツキは本題を切り出した。
2人は明かしていいものかどうか悩んでいるようだ。
本来は秘匿すべき内容だろう。
部外者においそれと漏らしていい情報ではないはずだ。
「なぜ、そのことを調べているのですか?」
ラインハルトが問いかけてきた。
たしかに、それは気になるところだろう。
「今の支配体制を変えたいからってのが理由かな。俺だってかなうならこのゴディスでのんびり旅人をしていたいが、この島の実態は平穏とは程遠い。障害を取り除くには、なにが根本問題なのか、知らないといけないだろう」
ナツキは2人に、これまでエディン領を回って感じてきたこと、鬼ノ助と交わした情報を簡単に説明した。
「で、今回のタペル内乱を受け、ドルトの進軍が不自然だから、調べようと思ったのさ」
「――そうでしたか…」
ファウストが話を聞き終えて、感じ入っているようだった。
「そういった事情なんだが、教えてくれないか?」
「確認したいこと…条件がある」
ラインハルトが額に汗を浮かべながら口にした。
「私からもあります。彼とは間違いなく違う内容です」
ファウストも言ってきた。
条件とは一体なんだろうか。
無理のない範囲ならまったくかまわないのだが。
「それはなんだ?」
まずはラインハルトに話をむけた。
「我ら“紅”と敵対しないことだ」
そんなことか。
「するわけないだろ」
明確に答えておく。
むしろ、こいつらが喧嘩を売ってこなければ、戦闘するつもりなんてなかった。
ラインハルトはほっと胸をなでおろしたようだった。
「もう1つはなんだ?」
今度はファウストに話を向ける。
「はい…まず、その前に言っておかねばならないことがあります。今回の戦争で、我々の仲間たちの消息が未だに不明なのです」
「まァ独自調査をしていたのだから無理もないだろうな」
「村に戻ってきたらご覧のような惨状で…。私はクレイ様や、カイ様がどうなったのか憂慮しております」
「そうだろうな…」
しかし、ファウストの言葉に引っ掛かった部分があった。
「クレイは分かるが、なんで死影のギルドマスターのことも心配しているんだ?」
疑問が口をついて出た。
いくら共闘相手だと言っても、憂慮しすぎに見える。
「私情を挟んで恐縮ですが、私は元、ダークファントムの十影の一柱でした…」
「なんだって?」
――思っていたより大物だった。
十影と言えば、暗殺と闇魔法に特化した隠密集団だ。
そんな奴が紅の一員にいたのか。
ナツキは、かねてから今回の内乱に紅が加わったことを疑問に思っていたが、ファウストの話でつながりが見えた。
「なるほど。それで身を案じているわけか」
「はい…」
「根拠は不明だが、死影のギルドマスターは生きているらしいぞ」
「本当ですか!?」
ファウストは歓喜の声を上げた。
死影を離れたとは言え、慕ってはいるみたいだ。
「共闘した鬼ノ助が言っていたからな」
「左様ですか」
「んで、お前が心配しているのはわかったが、条件ってのはなんだ」
いくら話を聞いても見えてこない。
「クレイ様と懇意にされているあなた様にしか頼めないことです」
「御託はいいからさっさと結論を言ってくれ」
「失礼しました。結論は私をあなたの旅に同行させてほしいということです」
「はァ!?」
大声を上げてしまった。
◆
ロック山脈の山頂に、巨大な翼を広げた影がかかっている。
シグマはタペル城から飛び立った後、北東へ進んでいた。
もう間も無く、ロック山脈を北側に抜け、マンチェスの森へとたどり着く。
シグマは葛藤していた。
自分の力を、人々の幸せのために使いたいと考えて、王軍属となった。
与えられた任務を懸命にこなしてきたつもりだ。
自分の実力は同期の中では群を抜いていた。
それどころか、自分より実力のある者の方が稀だった。
嫌でも目立ち、妬みを浴びながらも着実に今に地位まで昇りつめてきた。
だが、軍の上にいくにつれ、国の歪みがどうしても目につく。
秘された軍事研究で魔物を培養液で育てていることや、軍団長が疫病を国内で撒き散らしていることを知ったときには、激しく葛藤もした。
今はその時を遥かに超える葛藤を抱いている。
国家の在り方自体が狂っていたのだ。
この国は傀儡だった。
これまで、民のためでも、王のためでもない、他国のために仕事をしていたのだ。
今後、どのような道を歩むべきか、誰かと相談したかった。
そして、シグマは久々にある地へと向かっている。
5年ぶりに訪れる懐かしき土地。
かつてナツキたちと笑い合い、必死に修行に励んだ場所だ。
眼下に段々と大きな湖が見えてきた。
シグマは湖にむけ、降下していく。
フォンッ…
風が地面にぶつかる音を聞きながら、ふわりと着地した。
目の前には年季のはいった平屋が一軒。
その奥には真っ青な湖が広がっている。
「本当に懐かしいな」
思わず口元が緩む。
シグマは師匠のジョナのもとへとやってきた。




