82 動乱の爪痕①
ナツキとミユは一路ランスへと向かっていた。
現在の位置は、中央平原の北端に差しかかるところだ。
(おかしいな、そろそろランス村なのに、人気がない)
ランスは牧畜を中心に生活をしている。
町に近づくにつれ、平原で牧畜をする住民たちを目にするはず。
しかし、ランス村が近づいているにも関わらず、住居から立ちのぼる煙も、牧畜民も一向に姿が見えない。
ナツキは不安な気持ちで歩いていた。
「私はランスはじめてだから、少し楽しみね。どんな人がいるのかしら」
「牧歌的な町だから、人柄も穏やかな人が多いな。“紅”が拠点を置いてからは、魔物による被害も出ていないと聞く」
ミユはうきうきした様子で微笑んでいる。
「紅って噂だと過激な連中だけど、大丈夫なの?」
「んー、王軍や五星よりは安心だと思うぞ」
「どうかしら…いきなり戦闘しかけてきたりしないわよね」
「……わからん」
ナツキは苦笑いをする。
「ちょっと…最近、理不尽な戦闘ばかりだから、ここでも戦うのは嫌よ」
「俺だって無用な戦闘はしたくないさ。だが、一つ気をつけておけ」
「なにを?」
「奴らは戦闘が、三度の飯より好きなやつらばかりだ。間違っても、実力者だなんて伝わることがないようにな」
「なんて奴らなの…」
ミユも苦笑いをした。
…
しゃべりながら歩いているうちに、ランス村の入り口へと到着した。
しかし、様子がおかしい。
「なんだこれは」
「ひどいわね…」
あまりの惨状に、2人で眉をひそめた。
住居は破壊しつくされ、そこら中に亡骸が野晒しにされている。
クレーターや燃え焦げた樹木など、激しい戦闘の形跡がそこら中に残されていた。
「これは大掛かりな襲撃をうけたんだろうな」
“紅の館”と呼ばれていた、町の外れの一際大きな屋敷がもっとも被害がひどかった。
建物は全壊し、残った箇所も黒く焦げている。
「誰がこんなことを…」
「うーむ、おそらくドルト軍だろうな」
紅が、エディン相手に戦闘を仕掛けたことは聞いている。
エディンの魔法ギルドや軍隊が差し向けられてもおかしくない。
しかし、まだ内政の混乱が著しいので、王都の中枢も人員を立て直している最中だ。ここまでの采配を振るう余裕はないだろう。
ここに燃え焦げている木材は、数日間雨風に晒された様子だ。
時系列から考えて、現実的にはエディンには不可能だろう。
つまり、エディン領にきていたドルト軍に襲われたと考えられる。
「ひどいことするのね…村の人まで…」
ミユが破壊された住居を見つめながら声を震わせていた。
ふと、只ならぬ気配を感じた。
ナツキは村の入口方面に目を向ける。
そこには2人の男が立っていた。
白のマントとシルクハットという場違いな出で立ちの男と、甲冑と長い刀を装備した男。
呆然した表情で、かつて村だった場所を見ている。
「どういうことだコレは…」
「くっそがッ…」
歯軋りをしながら周囲を見渡している。
一体何者であろうか。
明らかにランス村の牧畜民ではない。
ドルトの戦士と貴族といった雰囲気だ。
遠巻きに様子を伺っていると、パチっとナツキは甲冑の男と目があった。
「何者だ?」
ギロリと睨みながら問いかけてきた。
「いやぁ、旅の薬屋さ」
この名乗りも慣れたものだ。いつもの癖でへらっとしてしまう。
「怪しいやつ…」
「薬屋が”紅の館“に何の用向きでしょうか?ここに治療が必要な人間はいませんよ」
返答に迷う。
考えてみれば、燃え残った屋敷の前でたたずんでいた。
好意的に行くか、知らぬふりを決め込むか…。
「私たちはたまたま寄っただけ。本当に用件なんてないわ」
ナツキが迷っているうちにミユが返事する。
「左様ですか。それにしては2人とも、隙がありませんね」
「うむ。ただの商人とは思えぬな」
「おそらく、エディン軍の密偵が、残党狩りのために派遣されたと言ったところでしょうか」
「で、あれば、強い魔力を感じることも納得できる」
勝手に2人で話をすすめている。
しかも内容は思わしくない方へと進んでいる。
「おい、こら!勝手に間違った結論を出すな!俺たちはなにもしてないって」
必死に否定をする。
「お前たちには、ここでなにをしたのか吐いてもらう」
「それ相応の報いは受けてもらいましょう」
必死の訴えも虚しく、聞き入れてもらえないようだ。
1人は刀を抜き、1人は魔力を解放した。
「えー!なんでそうなるの!?」
ミユが両手で頭を抱えて叫ぶ。
ナツキも激しく同感であった。
「私は“悪夢”ファウスト。全力をもってあなた方を排除します」
「我が名は“斬月”ラインハルト。いくぞッ!」
ミユの不安が見事に的中した。
◆
新聞記者ルイスは久しぶりに王都へと帰ってきた。
王都を出る時には、気乗りせず、面倒くさいと思っていた。
それどころか、記者という仕事自体も、どこか本気で向き合えていない自分がいた。
できれば魔法ギルドに所属し、住民から寄せられる依頼を達成しながら、上級魔法使いになりたかった。
しかし、魔法学校での成績は伸びなかった。
落ちこぼれとなったという意識のもとで、就職をしたのだ。
仕事に熱が入るはずもない。
今は違う。
王都に戻ってきた今は、かつてない熱気が自らの中にあふれている。
新聞記者としてやるべきことが見えた。
しかも、立ち向かう相手は国家権力。
命がいくつあっても足りないかもしれない。
それでもいいのだ。
自分で決めた。
尊敬できる人間と肩を並べて歩みたいと。
王都の入口でガーディアンの検問をうけ、通される。
「よし、がんばるぞ」
やる気が口をついて出る。
ルイスは足を一歩、二歩と進める。
「えッ…」
堪らず声を発した。
ルイスの前に異様な光景が広がっていた。
情熱に燃えた顔が、一瞬で引き攣った。
王都入口すぐの場所に、首が晒されて並んでいる。
その数13。
ルイスはその者たちと直接の面識はなかったが、それでも瞑目し、心の中で手を合わせた。
まだ、王都には動乱の爪痕が色濃く残っているようだ。
(……よーし、職場に挨拶した後は、魔法学校の取材からはじめるか)
うだつの上がらなかった地味な記者の、孤独な戦いがはじまった。




