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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
83/208

81 もう1つの結末②


――“ヴィルヘルム・ヴォルフ”


カイは、その名を耳にして総毛だった。

その名はドルトの三幹部の1人である。


「カイ様!」


死影のギルドメンバー複数名が駆けつけた。


「細かく説明している時間はねぇ。お前らは化け物どもを殺せ」


「「はッ!!」」


部下たちが合成獣(キメラ)との戦闘を開始した。


カイは体をヴィルヘルムへと向け、魔法詠唱をする。



闇刃(ダークカッター)


カイは漆黒の刃をヴィルヘルムへと放った。

弧を描きながら前方、左右、上方から襲いかかる。

命中するまで消えることはない。

無傷で乗り切ることは至難。



「無駄だ」


ヴィルヘルムが昏い笑みを浮かべて嘲った。

体を回転させながら避けてゆく。

いや、避けているだけではない。

闇刃が次々と消されていく。


ヴィルヘルムが体を翻す度に、マントが弧を描く。

そのマントの先には刃物がついていた。


幹部が乗り出してきただけあって、一筋縄ではいかない相手だ。


しかし、ヴィルヘルムの登場によって、この場を離れるのが困難となってしまった。

背を見せる余裕などない。


気がかりなのはドルト軍の本隊である。


「テメェは本隊を放っておいてここまできたのか?」


問答は無意味と悟りつつも、質問をむけた。


「かはは。答える義理などないが、教えてやる。私が引き連れてきたのは合成獣のみだ。湿原にいる軍隊には元帥がいる。お前たちはもはや詰んでいる」


カイの不安が的中した。

状況的には、死影は2人の幹部を相手にしなくてはならない。


鬼ノ助に念話を呼びかけるも、返答がない。

おそらく激戦で余裕がないのだろう。

セシル相手では無理もない。


しかし、ヴィルヘルムの答えには解せない点があった。


「ってことは、トゥームの研究施設はテメェらの監視下ということか」


カイは滅から、地下の通路を抜けた先の場所のことを聞いている。

囚人の収容所で人体実験がされていることも。

エディンだけでなく、ドルトも噛んでいたとは。


「そこまで知っているのなら、答える必要はないだろう」


「…やはり、そうだったか」


カイは察した。

エディンはアディス。そして、ドルトも同様だということに。


自分たちが戦争をしかけた相手は、想定を遥かに超えていた。

ブラッドのあの余裕も、今ならわかる。


五星と王軍を押さえ、全て撃破したとしても、敵の勢力はまだ半分だったのだ。


思考中も、ヴィルヘルムが息をつかせる暇もなく槍とマントを使って攻撃を仕掛けてくる。

カイは回避しつつ、闇魔法で応戦した。


お互いに決定打が出ない。

互角の攻防であった。


「やるではないか。想像以上だ」


戦局有利なのもあって、ヴィルヘルムは余裕の表情だ。


カイは起死回生の一手を考えつつ、相手の隙を伺う。


「黒頭巾の雑魚の配下で貴様の力を測っていたが、上方修正しておいてやろう」


「なんだと…?」


――今こいつはなんと言った?



「まさか…“絶”を殺ったのはテメェか?」

「名は知らぬ。ネズミに興味はなかったからな。紅蓮の狼に引き渡してやった。体は実験に使わせてもらったがな。くはは!」


カイは怒りで我を忘れそうになるのをギリギリで耐えた。

冷静さを失うことは状況的に許されない。

しかし、絶の仇がこれでわかった。


「…楽に死ねると思うな」

「弔い戦の虚しきことよ…もがく姿、哀れなり」


カイは全力で戦おうと魔力をさらに解放した。

その姿を見た合成獣たちが警戒レベルをあげたようだ。


「ほう、恐怖心がないはずのこいつらが怯えるとはな」

「黙れ」


突進しようとした瞬間。


ザシュッ


カイの足元の影が刺のように伸び、体に刺さる。


背後の影がズブズブと音をたてながら盛り上がってきた。


「お久しぶり、カイ様」


妖艶な笑みを浮かべたイザベラであった。


「テメェか…オレには闇魔法は効かん」

「みたいね。でも終わり」


イザベラの攻撃はカイの体までは到達していなかった。

体を包む魔力によって阻まれている。

それでも、イザベラの口元はクスッと笑っていた。


いくら闇魔法が効かないと言っても、ヴィルヘルムとの戦闘で五分。

加勢が1人あるだけで戦況が厳しくなるのも事実であった。

しかも、相手は軍団長。

カイの頬を汗が伝う。


「マスター、加勢します」


死影の部下5人近くにきた。

他のメンバーは合成獣と戦闘している。


オレの危機を察知し、加勢にきたのか。


状況は芳しくないが、イザベラを部下に任せ、自分がヴィルヘルムを早急に倒せば突破できるだろう。


カイがそう命じようとした時。


ドサッ


5人が倒れた。


「なにッ…」


全員の胸に穴が空いている。


「これは…」


ヴィルヘルムとイザベラがくつくつと笑う声が小さく聞こえた。


「ははは。頑張っているじゃないか羽虫くん」


扉から声がした。

目を向けると、ブラッド・レインが立っていた。


「テメェ、今までどこにいやがった…」

「俺は少し席を外しただけで、基本的にはずっと王城にいたぜ」

「なんだと…?」

「ははは。お前の魔力感知を、俺が上回っているだけのことだ」


カイはブラッドの実力を測りきれていなかったことを悟った。

実際、今の攻撃も、部下が倒れるまで認識できなかった。

それでも、戦闘の勝敗が決まるわけではない。

魔力の大小、感知の精度で劣っていても、それで勝敗が決まるわけではない。


しかし、今はドルトの幹部に王直属軍団長が2人、という状況がカイに重くのしかかっていた。


いくらカイが戦闘に長けていると自負していても、勝機が見えない。

かと言って、万に一つ撤退も成功するとはとも思えぬ状況。

1人ずつ撃破するしかない。


「テメェから死ね」


カイはブラッドに掌をむけた。



闇刃(ダークカッター)


漆黒の刃がブラッドに襲いかかるが、避けようとするそぶりはない。


腕を組みながらニタニタと魔法を眺めている。

複数の刃がブラッドの身体を斬りつけた。


左腕はボトリと落ち、切断面から血飛沫があがった。


「ははは。心地よい痛みだ」

「なに…」


命中した。しかし、明らかにダメージを受けているのに態度が解せない。


その謎はすぐ明らかとなった。


ブラッドの体から滴る血が意思を持っているかのように動き出す。


落ちた左腕の断面と、左肩の断面から血の線が伸びていく。

線のひとつひとつは小さい手のようであった。


左腕はひとりでに肩へとくっつき、元に戻る。


「特殊魔法か…?」

「ははは。俺に斬撃は効かない」


今度はブラッドの身体中に入った斬撃の痕から、大量の血が吹き出る。

その血飛沫が複数の塊を形成し、四つの足が生えた。


地面に到達するまでにグニャグニャと動き、段々と規則正しく形を成していく。


「行け、紅狼よ」


血の塊は狼の姿を形成した。


獣の如き速さで移動し、カイを目掛けて突進してくる。


「チッ…なんて野郎だ」


カイは飛び上がり、狼の攻撃を躱した。


「私たちの存在も忘れるな」


ヴィルヘルムが同時に飛び上がり、槍で攻撃をしかけてきた。


カイは体をさらに身体をひねる。



束縛(バインド)


イザベラが拘束魔法を撃ってきた。

空中で魔法の拘束具が、カイの体の自由を奪う。


闇の攻撃魔法は効かないと分かり、援護に徹するようだ。


解除(リリース)


カイは着地と同時に束縛を消滅させた。


四方から真っ赤な狼が襲いかかってくる。

カイは魔法で狼を斬り裂いた。


しかし、2つに割れた塊は、半分の大きさの狼へとなっただけであった。


「どんどん増えるぞ、そいつらは」


ブラッドがにやにや笑いながら高見の見物を決め込んでいる。


「チッ…ふざけたヤツだ」


10匹の狼、ヴィルヘルムの槍撃、イザベラの補助魔法が切れ目なく飛んでくる。



ザクッ…


ついに1匹の狼の顎がカイを捉えた。


「くッ…」


凄まじい力であった。

怯んだ隙をついて、他の狼も次々と体に噛み付いてくる。


血液の塊なだけあって、重量もなかなかだ。


「動きが鈍っているぞ」


目の前でヴィルヘルムが回転した。


ザン!


カイの右肩から左の腰にかけて、痛みが走る。


仕込みマントの一撃をもらってしまった。


血飛沫が目の前に広がり、片膝をついた。


「ははは。あっけないな」


ブラッドの笑い声が響く。


(すまん…鬼ノ助…)


「言い残すことはあるか?」


目先に槍の刃先を突きつけられる。

ヴィルヘルムが睨みながら問いかけてきた。


「くくく。くたばれ、屑ども」


「低俗な辞世の句よ」


ヴィルヘルムが槍を突き出した。




スカッ


その槍はカイに命中することなく、空を切った。


「なにッ…消えた…?」


ヴィルヘルムが呟く。


カイは扉の外へと移動していた。


何者かが体を担いでいる。


「刹か…」

「マスター!遅れてしまい申し訳ございません」


黒頭巾越しに震えが伝わってきた。


間一髪のとこっろで、刹の魔法に救われた。

刹那の如き移動を可能とする魔法を得意とする十影だ。


しかし、刹の魔力は切れかけているようだ。


すでに体にいくつか傷を負っていることから察するに、ドルト本隊と孤軍奮闘していたのだろう。


「お前、ドルト軍はどうした…?」

「申し訳ございません…進軍を阻止できませんでした…すでに王都内への侵入されてしまいました」


下唇を噛んで悔しがっている。


カイはすぐに刹とともに迎撃するつもりであった。

しかし、王城での戦闘に足止めされた。


刹はたった一人で立ち向かったのだろう。

責めることなどできなかった。


「ははは。最後の十影か。まぁ、今更どうにもなるまい」


ザシュッ


ブラッドが繋がったばかりの左腕を自分で切り離した。


「なにッ…」


刹が驚きの声をあげる。


「ほらよ」


左腕を刹に向かって投げてきた。

刹は片手で投げられた左腕をはたき落とす。


しかし、ブラッドの左腕は刹の腕をガシッと掴んだ。


「これは…」


刹が呟いた。


ブラッドの左腕の断面から血が伸びている。

複数の小さな線が鞭のようにしなる。

その先は鎌のような形状であった。


――その鎌が、一瞬で刹の体を斬り裂いた。


ザシュッ


「がはぁッ…」


刹が崩れた。


「おい…しっかりしろ…」


カイも立ち上がることができない。


二人して地面に這いつくばり起き上がることももうできない。


「ははは。無様だな」


ブラッドが高笑いをしている。


カイは敗北感に包まれていた。


「マスター…」


倒れた刹が顔だけカイに向けてくる。


「すまーー」

「その先は言ってはなりません。あなたは闇を照らす闇なのですから」

「刹…」


謝罪にはあたらない、首を振る刹の仕草がそう告げていた。


「マスター…御武運を…」


刹が震え手に魔力を込めはじめた。

なにをする気だろうか。

この状況を打開できる魔法などない。

影移動で逃げようにも、ブラッドとイザベラには通用しないであろう。


無限空間(インフィニティゾーン)


カイは目を見開いた。

それは死影最大の拘束魔法。

つくりだした異空間へ対象者を封じこめるものだ。


「刹、おまえ――!!」

「すみません…」


カイは体ごと異空間へと飛ばされた。

刹が涙を流しながら謝る姿を目に焼き付けながら。





「――それで、異空間からやっとのことで出てきたのさ」


「そうだったのか…」


鬼ノ助は自分が離脱した後の王都の様子を聞き、想像を上回る展開にしばし呆然とした。


「――…お前も、よく助かったな」


カイが鬼ノ助に話題を振った。


「…ぁあ…」

「ドルト本隊を阻止できなかったのはオレたちの失態だ。すまなかった」

「いや、やむを得んだろう。別にお前達を悪くいうつもりはない」


鬼ノ助は煙草の煙をふぅっと吐きながら、カイに目を向ける。


「で、どうやって助かったんだ?」

「それは――」


鬼ノ助もまた、王都の西地区での自分たちの闘いの顛末についてぽつりぽつりと語るのだった。



「そうか…あの女、見事だな」

「俺にはもったいない相棒だった」

「…そんなことはないだろう」


二人は暫し、黙り込む。

崖の上に座し、散った仲間達に想いを馳せた。



「オレたち2人だけになってしまったな」

「…だが、俺は後悔などしていない」

「強いな、お前たちは」

「てめェ、悔やむ言葉など口にしたら承知せんぞ」

「くくく。言わないさ。オレたち死影は戦闘前に覚悟を決めていたからな」


カイが鬼ノ助に半身を向けながら語る。


「で、お前は今後どうするつもりだ?」

「不本意ながら、郷里に残してきた一族の連中がやる気になっている。すでに鬼組は再建を始めている」

「…すごいな」

「やつらを俺の道に付き合わせる気はなかったから、頭の痛い事態だ」

「くくく。歩む仲間がいるのは羨ましいことだ。オレは独りだからな」


「おい、こら」

「ん?」


鬼ノ助は怒気をカイに向ける。



「俺がいるだろ」



鬼ノ助は、カイに睨みながらぶっきらぼうに言い放った。

カイは一瞬目を丸くしたが、しだいに口元が笑みの表情を形作った。

いつもの皮肉気な笑いではなく、素直な笑顔だ。


「くくく。そうだったな」

「笑うところじゃねェだろ。ふざけんな」

「ふざけてないさ。オレが歓喜したのなんて、いつぶりだろうな」

「態度と言っていることが合ってねェぞ」


鬼ノ助は、くつくつと笑うカイを半眼で睨んだ。


「お前は今後どうするんだ?」


カイに問いかける。


「知れたこと」

「俺と同じか」

「当然だ。ここで諦めるようなら、初めから動かんさ」


2人は見つめ合い、ふっと笑いあう。


「コイツはもういらんな」


鬼ノ助は盟約の割り符を懐から出した。


「そうか?コイツにオレは助けられたんだが」


カイが怪訝な顔を向ける。


「俺はお前が盟約を交わすに足る男だと考えた。しかし、この盟約には呪法がある。裏切った場合のリスクを込めた。つまり、裏切りの代償も盟約のうちだったのさ」

「それはお互い様だろ」


鬼ノ助は割り符を宙へと投げた。


「おらよ」


短剣で割り符を砕いた。


割り符はパラパラと音をたてながら崩れていく。


「くくく。やはりオレはお前が気に入った」

「やめろ。気持ち悪りぃ」

「オレは生涯、お前の“影”となろう。その方が、何かと都合がよさそうだ」

「どういうことだ?」

「強い光のもとでこそ、影も濃くなるものさ。まぁ、そのうち伝わればいい」


鬼ノ助はカイの言っている意味がよくわからなかった。


ここに再び、革命の旗が掲げられようとしていた。

――今度はお互い背負う組織も後ろ盾も失った代わりに、つまらない駆け引きもない、ただ二人の男のまっさらな決意から始まったのだった。

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