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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
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79 抑圧の足音⑥

会議が散会した後、宵闇の間には3人の軍団長が残っていた。


「ブラッド…いきなりあそこまで明かすなんて大丈夫なの?レオ・ロバーツまで真実を知ってしまったわ」


イザベラは苦言を呈した。


「問題ないだろう。なにか起これば、消せばいいだけのこと。そうなったら面白いだけさ」


いつもの調子でははは、と適当に返事をするブラッドに、イザベラは内心いらっとした。


死影と鬼組の反乱も、鎮圧できたとは言え、被害は甚大だ。

不信感をもった住民たちも多いだろう。

内乱後の王都を平定させるのは、ただならぬ労力がいる。


その状態で新たな問題など起きたらと思うと、想像しただけで頭が痛くなる。


「あなた分かっているの?今のシグマは簡単には消せないわよ」

「そうだろうな」

「分かっているなら、もう少し悩んで欲しいわね」


今回の内乱は、少なからぬ住民の心の内に不安と不信感を募らせた。

政権から離れつつある人心を掌握するには、内乱鎮圧のシンボルが必要である。


今の王都で、その任にもっとも適しているのがシグマである、とイザベラは踏んでいた。


シグマは、一時は窮地に陥った王都に、氷の翼を広げて颯爽と現れた。

空には巨大な魔法陣を展開し、鬼ノ助を圧倒したその姿を多くの住民が目撃している。


その姿は、住民達に一縷の光明をもたらした。

神の使いだと言わんばかりに崇拝するものまで出てきているという。

商店街では、背に翼をデザインした服の売れ行きが伸びているという噂まである。


そんなシグマを消すとなると、新たな問題が生まれるのは必至であった。



「では、ワシも失礼する」


オーロが立ち上がった。


「あぁ、待て、オーロ。お前はシグマを調査してくれ」

「なに…?」

「あいつの“行くところ”というのが気になってな。また、お前の可愛い子を差し向けてくれ」


魔蟲を可愛いと言われたのが嬉しかったのか、オーロの口元が緩む。


「うむ。容易いことだ」


オーロの袖からうぞうぞと蟲が這い出てきた。

イザベラは内心、気味が悪いと思いつつ、態度に出さないようにした。


「礼を言う。なにか掴めたら、共有してくれ」

「承知した」


オーロは気をよくした風で、さっさと退出した。


「あなた、シグマを舐めているの?警戒しているの?」

「どっちでもないな。アイツに興味がある。なにかまた面白いことが起こる予感がするのさ」

「またそれ…?あなたの“面白い”は大事件に繋がるから勘弁してほしいわね」


イザベラは片手で頭を抱えた。

ブラッドは相変わらず楽しそうに笑っている。





同刻。


デールの町の北区で、ウィルソン侯爵邸の屋上に座る2つの影。

黒装束に身を包んだ、ナツキとミユであった。


「この服を着ると、自分が本当に盗人なのかもしれないと思えてくるな」


ナツキは軽口をたたいてへらへら笑っている。


「本当にうまくいくの…?」

「楽しみにしておけって」


対するミユは心配そうな顔をむけてくる。

ナツキはよほど自信があるのか、不敵に笑っている。


「ミユは水魔法で、侯爵の部屋に誰も来ないよう、妨害してほしい」

「それくらいなら簡単だけど…」

「いやぁ、頼もしいね」


この後起こることを思うと笑いが込みあげてくる。


「じゃあ、俺の作戦は少し時間がかかるから、その間に屋敷内で動いてくれ、見つかるなよ」

「余裕ね」

「あと、仕事が終わったすぐに屋敷を出るようにな。へっへっへ」


ミユは屋敷内に侵入した。

水固定でドアや鍵を固定してしまえば、水魔法に不慣れな魔法使いたちの足止めには最適だろう。


ナツキは屋上に腰をかけつつ、魔力を解放する。

灰白色の魔力がウィルソン邸の上空に広がる。


今回ナツキが使うのは魔法ではない。

魔術である。


白いオーラがゆっくりと茶褐色に染まっていく。

さらに色は変化する。

大樹から滲み出る樹脂のような琥珀色へと。


琥珀色の魔力はローリー・ウィルソンの眠る部屋と侵入していく。


微量なオーラが風にのり、町へと広がっていった。


ナツキは漢民族の里でオーロと対峙した際、賢眼を発動させ、オーロの魔力の扱い方をじっくりと見ていたのだ。


今晩、行使した魔術はオーロと同一のもの。‬


もちろん、ナツキは魔蟲を従えているわけではない。

商店街では忌み嫌われている、黒い害虫を町中から集めているのだ。


深夜の暗がりの中、ナツキの魔力に導かれ、黒い蟲たちが移動しはじめた。


ゴソゴソと食事を求めて行動する夥しい蟲たちの行列が出来上がった。



ローリー・ウィルソンは寝台に身体を横たえて、まんじりともせず夜を過ごしていた。


すでに時刻は深夜。

最近は何かと気苦労が絶えない。

町から大多数の人間が王都へと消えたのだ。

当然のことながら、町の経済活動に打撃が出る。

その影響で、侯爵のもとに市民たちが入れ代わり立ち代わり陳情に訪れるのだ。


夫を王都から帰してもらうように王都に進言してほしいとか、人手が足りなくなったので仕事ができず補助を出してほしいだとか、内容は様々であった。


基本的に部下に対応は任せているものの、気疲れがする。

消耗が激しいため、早々に寝台に入ったのだが、しかし、今宵はおかしい。


不思議な気配がして、どうにも寝つきが悪かった。


(一体なんだ…私の安眠を妨害するなど、打首ものだぞ)


不穏な気配が部屋にあることを感じ取り、目を開けた。


ゴソゴソと何かが音がする。

布団から体を起こした。


ボトッ


なにかが首筋に落ちてきた。

落ちたあと、服の中でゴソゴソと動き回る。


「ぁぁぁぁああ!!」


―――刺客か?!

たまらず叫び声をあげた。


ベッドから飛び降りたら、なにかをグチャっと踏む感触がした。


慌てて寝台横に備えてあるランプに火を灯す。


「ひッ…」


ローリーの顔は引き攣った。

部屋中を黒い虫が動き回っているのだ。


よく見ると、毛布も、シーツも、自分のガウンにも虫がくっついている。


虫たちはドアや窓の隙間から次々と入ってきていた。


「誰かぁぁぁあ!」


叫びを上げる。

しかし、いくら呼んでも一向に誰も来なかった。


いくら力を込めてドアノブを回しても扉は硬く閉ざされている。



おっと、声がしたな。


ナツキはしたり顔でにやりと笑った。


寝室から断末魔にも似た叫びが聞こえた。

虫たちに気づき、侯爵が目覚めたのだろう。


ナツキもオーロによって大量の魔蟲と相対したが、思い返すだに鳥肌が立つ。

正直言って二度と味わいたくないものであった。


敵対する相手に交渉を持ちかける場合、大きく言って二通りの方法がある。


力や恐怖によって相手に迫るやり方と、恩を売るやり方だ。

後者の方が簡単かつ見返りが大きい。

しかし、こちらは現状、貴族相手に恩を売れるような切り札はない。


そこで、ナツキは前者を選択した。

魔法で攻撃して脅しつける方法もあるかもしれない。

だが、長年この町を治めている大貴族だ。

簡単には屈しないだろうし、反撃方法を第一に考えるだろう。

それならば、恐怖で懐柔するのはどうだろう、と考えた。


最近ナツキが味わった、とびきりのやつをお見舞いしてやろう。


本来であれば前述の二つ以外の道、対話による交渉をしたかった。

しかし、それが通じる相手ではないだろう。

以前、デールを出るときに顔を見られている。

“青眼”だと思われた、その時点で話を聞いてもらえない関係だ。



「侯爵様には、しばらくお楽しみいただかないとな」


ナツキは喉の奥でくつくつと笑いながらボソッともらした。


「あなた悪趣味なことを考えるのね…」


後ろから仕事を終えたミユがやってきた。


屋上から目を凝らすと、町から這ってくる蟲たちの群れが見える。


「へへへ、名案だろ。懲らしめたかったし、丁度いい方法を思いついたもんだ」

「あらためて、あなたを敵にしちゃいけないと思ったわ…」


ミユは大きくため息を吐いた。


「ま、そろそろ侯爵様のところに救出に行ってやるか」


ナツキは色眼鏡を外し、懐にしまった。

賢眼を発動し、眼が緋色に光る。


「あなたその眼…」

「お前になら、もう見られてもいいだろ」


ナツキは吹っ切れたように笑みを見せた。


黒覆面で顔を隠し、屋上から飛び降りた。

バリンと窓ガラスを破り、ローリーのいる寝室へと入る。


床には身体中に虫が這っている侯爵が転がっていた。

顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。


(ま、オーロと違って、体を食われるわけじゃないんだ。俺って優しいね)


「なにものだ…誰でもいい…助けてくれ」


以前まみえた時の威厳はどこにいったやら。

情けなく懇願している様が滑稽だ。


「俺は“紅眼(レッドアイ)”というものだ。その蟲をけしかけたのは俺だ」

「なんだと…」


侯爵の体がピタッと止まる。


「なにが目的だ!さっさとどうにかしろ」


「まァ、声を荒げるなって。蟲を退散させてもいいが、一つ条件がある」

「ぐぅ…賊と交渉などするものか」

「あっそ、ならしょうがない。生涯、蟲たちと一緒にいるがいいさ」


ナツキは踵を返し、外に出ようとする。


「待て!どこへいく」

「交渉できないなら、帰るんだよ」

「あ…ぁあ…」


鼻水を垂らしながら膝をついている。

なにやら悩んでいるようだ。


「仕方がない…条件を言え」


――してやったり。

高慢ちきな侯爵様を屈服させるのは、愉快なことこの上ない。


「あんたにしてみたら簡単なことさ。条件は下町の困窮者に手当金を出すことだ」

「なんじゃとッ!?」

「額は月々役人の給金並み。期限は王都から男たちが帰ってくるまでだ」

「そんなものが呑めるか!」

「ま、呑めないなら、あんたが蟲に呑まれるだけさ」


ナツキは覆面越しにニタッと笑った。


侯爵の顔に絶望がひろがる。



「言っとくが町中の虫は俺の意のままさ。疑うなら、毎日この現象を引き起こす」

「ま…まて!呑む!さっさと虫たちをどこかへやれ…」


ナツキは少し拍子抜けした。

思っていた以上に簡単に事が運んだ。

いや、虫の大群というのはそれだけ恐怖なのだろう。


「よし、その言葉忘れるなよ」


ナツキは琥珀色の魔力を外に向けた。

虫たちはオーラを追いかけ、うぞうぞと出て行く。


「わかっていると思うが、約束を破ったらまた虫たちに夜這いをかけてもらうからな」

「ぁあ…」


ナツキは窓から外へと出て行った。


再び屋上まで登る。


「うまくいったぞ」

「耳を澄まして聞いていたわよ。あなた悪どいわね」

「褒めてるのか?」

「そんなわけないでしょ」


……


翌日、デールの町に衝撃が走る。

下町の住民に対して、救貧策として手当の支給を行うことをウィルソン侯爵が発表したからだ。

よほど蟲に懲りたらしい。

すぐに実行に移したことには感心した。


「よし、王都方面も気になるが、ランスへ発つか」


一仕事終えた達成感で、ナツキの顔は晴れ晴れとしていた。


「おっけー、また長旅ね」

「ミユは町に残ってもいいんだぞ」

「なに言ってるの。さっさと行きましょ」


入る時と同様、旅立ちも正門からは出られないので、石壁を乗り越える裏口からの出発となった。

ミユは先に軽々と石壁を乗り越えて行く。


初めて出会ったときに着ていたケープを羽織っている。


「…そんな洒落た服を旅に持って行ったら汚れるぞ」


ナツキは善意から注意したが、本人は意に介してないようだ。


「ふん、ナツキには分かんないでしょうけど、可愛い服を着ていると、旅は二割増し楽しいのよ」


などと返事された。


「そういうもんかな」


ミユの心情はいまいちわからん。


いずれにしても次に目指すは傭兵集団“紅”の本拠地。

なにもトラブルが起きないことを願うばかりだ。

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