78 抑圧の足音⑤
「では、まず、内乱を起こした死影と鬼組についてです」
宵闇の間の空気がピリッとした。
シグマが円卓を囲む面々を見やったところでは、お互いの様子を伺いあっているのが伝わってくる。
「両ギルドとも、マスターの2人を除き全員を殲滅した。残りはカイと鬼ノ助だな」
ブラッドが発言した。
「新参者ながら、提案があります。我らグランドロッドを“地獄鬼”討伐の任務に加えていただきたい」
レオが真剣な顔つきで提案を述べた。
ジョセフの仇を討ちたい一心なのだろう。
「それはダメだ」
「なッ…」
ブラッドが提案をすぐさま否定する。
「なぜ…」
「明確な理由がある。自分たちでもわかっているのだろう?実力不足だ、お前たちは」
レオが俯いて、歯をギリッとならす。
しかし、否定する言葉が見つからずに押し黙った。
「盗人の捕獲失敗に続き、内乱鎮圧におけるギルドマスターの敗北。お前らは“最古のギルド”だが、今では信用がガタ落ちなのさ」
酷な内容を告げているにも関わらず、ブラッドの顔はにたにたと笑っていた。
「その通りだ。鬼組は我らに任せてもらう」
宵闇の間に入ってから、ずっと黙っていたオーロが発言した。
念話による報告によれば、一度戦闘して退いたとのこと。
子のように愛情をかたむけた魔蟲を殺されたことにより、ナツキと鬼ノ助を恨んでいる。
「ワシは今も鬼ノ助の足取りをつかんでいる。正直、こんな会議はどうでもいい。さっさと向かわせてもらいたい」
隻眼の赤目が光る。
着ている服の下から、うぞうぞと魔蟲が這い出てきた。
「ちょっとぉ!気持ち悪いから出さないでよそいつら!」
チェルシーが大声をあげた。
「ワシの魔蟲を悪く言うなら、容赦せんぞ」
「なにをふざけたこと言っているの!?私たちノスタルジアは、グランドロッドと共闘するわ。それなら、鬼ノ助討伐に行ってもいいでしょ」
机を片手でバンと叩きながら、否定されたレオの案に乗った。
ブラッドがはぁーっとため息を吐く。
「一度否定した話を持ち出すな。それもダメだ」
「なんでよ」
「みなまで言わないとわからんのか?お前らノスタルジアも信用に値しない。たかが数人の傭兵集団に敗北したのだ。分を弁えろ」
「ぐッ…」
チェルシーが押し黙った。
「ついでだ。あとで議論しようと考えていたが、お前らが思ってたより煩いから、先に言おう」
「ブラッド…」
「いいじゃねェか。言わせろよ」
イザベラが制止するも、なにか言うようだ。
「五星制度は終わりだ。これまでの特権を持つギルドは、今後、ヘブンズゲートのみだ」
「「なッ!?」」
チェルシーとレオが驚きの声をあげた。
「ははは。当然のことだろう。まず、五星ギルドが内乱を起こしたのだ。その呼びかけに応じて反乱にのったカスギルドがいくつあったと思っている。その内乱で敗北したギルドがこれまでと同じ権限を許されると思っていたのか」
シグマも声こそあげなかったものの、驚いていた。
五星ギルド体制の歴史は長い。
それを終わらせるなど大事件だ。
五星体制の利点はいくつもある。
王政以外に特権を持つギルドが5つあり、場合によってはその椅子に自分たちも座れるかもしれないという期待感が、魔法使いたちの意欲を生んでいた。
さらに、魔物討伐、市民たちから寄せられる様々な依頼を王軍が捌けるはずもない。その仕事の多くを五星ギルドが引き受けていたのだ。
しかし、思いもよらない課題点が見えたのだ。
王軍以外に、強大な戦力をもった組織が5つ存在していることになる。
今回はそのうち2つが反乱を起こし、一旦は王都を制圧されてしまった。
このリスクを鑑み、今後同じことが起きないよう、権限の集中を図ろうというところか。
「今回の内乱で活躍したのは“絶対者”セシルのみ。敗北者がでかいツラをするには傲慢だと思わないか。むしろ、ヘブンズゲートに併合させる案まであったのだぞ。俺は優しいから、それは止めておいたやったぜ。ははは」
ブラッドが、チェルシーとレオの驚く顔を笑い飛ばしている。
「返す言葉もないわね…」
チェルシーが押し黙った。
その顔は悔しさで染まっていた。
「それと、来年のギルド大戦は当然中止だ。理由は言わずともわかるな」
誰も反論をしなかった。
万が一、死影と鬼組の思想を継いだギルドが台頭するとも限らない。
それであれば、内政が安定するまで現状維持ということなのだろう。
「それで、ワシはさっさと鬼ノ助を殺しにいっていいか」
オーロが五星などどうでもいいと言わんばかりに話を戻した。
「ははは。それもダメだ。お前は“凶焔”と“破滅”を探してもらおう」
「なんだとッ!?」
オーロがガタンと立ち上がった。
「おいおい。怒るなよ。お前も軍団長なのだ。当面は内政の混乱を収めるためにも、尽力してもらうぞ。それに、危険なのは鬼ノ助だけではない。まず、厄介な奴らを見つけるところから始めないといけないだろう。探索の適任者はお前だ。戦闘に行かせられるわけないだろう」
呆れた顔をしながらブラッドが答えた。
オーロの体からゾワゾワと濃い魔力が漏れ出る。
「仕方がない…。しかし、件の者どもを発見したら、戦闘には参加させてもらう。それが条件だ」
「いいだろう。さっさと見つけてくれよ」
ブラッドがニッと笑った。
「では、次の議題へとまいります。セシル様に破壊された王城の建設について」
「嫌味か?」
「いいえ。むしろ、清々しいまでに攻撃し、反乱者を退けたことに敬意を持っている次第ですわ」
セシルが小さな声を発し、イザベラを睨んだ。イザベラは婉然とした笑みで返事をする。
「その件についてだが、デールから連れてきた男たちをいつまで拘束するつもりだ。これでは奴隷だぞ」
シグマは意見を言った。
いつのまにか、デールの下町から男たちを強制連行してきたことに不満を持っていたのだ。
「奴隷って認識であってるぜ。期限は王城完成までさ。当然のことだ」
ブラッドが笑顔で答えた。
「なんだと…」
「ちょっと!五星を降りることは受け入れるけど、会議では意見を言わせてもらうわ!住民たちの不満が爆発するわよ!」
シグマの抗議を遮るように、チェルシーも意見を述べた。
庶民出身者の多いノスタルジアにとってみれば、この政策は許容できないだろう。
「その不満を抑えるのが、お前たちの仕事だろう」
「限界があるわよ。それに、市民を奴隷と言い放つのは感心しないわね」
「お前もこの国の真実を知っているのだろう。人間として扱う方が異常だと理解したほうがいい」
シグマはブラッドの物言いに引っかかる。
レオも怪訝な顔を浮かべていた。
「議論をすすめよう。それで、この件を議題に挙げたと言うことは、さらになにかをする気なのだろう」
不穏な空気を議論に戻すように、セシルが発言した。
「だからお前は好きだぜ。デールから大量に連れてきたはいいが、それでも復興には時間がかかる。再建設が必要なのは王城だけではないからな」
「なにをする気だ」
「足りないなら足すしかない。バルの貧困街と、ミリタの囚人ども、カッツウォルドの浮浪者ども、それからロックベルの住民たちも、建設の人足に充てるのさ」
ブラッドが平然と考えを述べた。
「反対する」
シグマはすぐさま発言した。
「お前は、王都はどうでもいいのか?」
「そうではない。仕事を必要としているものだけに限定すべきだ」
「甘ちゃんだな。そんなことでは王軍は務まらんぞ」
ブラッドが呆れたと言った顔を向けてくる。
「仕方がない。ロックベルの住民だけは勘弁してやる。この政策は優先課題だ。他の地域のゴミどもに関しては、強制的に連れてくる」
「ブラッド…きさま…」
シグマはブラッドを睨みつけた。
目が合ったブラッドはふっと笑みを浮かべた。
「そういやお前は内乱の動機を知ることを条件に援軍に来たのだったな」
「お前からそれを言うとはな」
シグマは内心驚いた。
露骨に話題を変えてきたのは、先の政策を意地でも実行するためだろう。
しかし、ずっと知りたいと考えていた内容だ。
議題に上らねば、自分から提案するつもりだった。
まさかブラッドのほうから口にするとは。
「別にたいした問題ではない。鬼組と死影がカスだから馬鹿なことをしただけさ」
「そんな答えで納得するとでも思っているのか」
「お前は相変わらず冗談が通じないな」
ブラッドが大きくため息を吐いた。
「いいぜ。教えてやる」
ニッと笑い、ブラッドはこの国の成り立ちを語り出した。
まず、エディンとは大国アディスの権力者によってつくられた国であること。
魔法を主に軍事に転用する研究を行い、成果をアディスに納めることが第一任務である。
鬼組と死影は五星会議後に調査を行い、この真実に辿り着いた。
そして、主権を手にするために蜂起したことを淡々と説明した。
シグマは絶句した。
薄々この国のあり方が歪であることは感じていた。
しかし、その真実は予想を上回るものであった。
「だから、お前は民衆が結束して内乱を起こさないように、厄災を国内に撒き散らして分断していたのか…」
「ははは。なんだ知っていたのか。その通りさ」
シグマは、血が沸騰しそうになるほどの怒りが湧きあがるのを感じた。
たまらず魔力を解放する。
宵闇の間の天井、床、壁が凍りついた。
「おい…」
「ちょっと落ち着きなさい!」
「やめろ」
一同、声を発し、シグマを収めようとする。
「ここで戦闘をはじめるつもりか?いくらお前が強くても、2人倒せればいいところだぞ」
ブラッドだけが余裕の表情でにたにたと笑っている。
ここにいる面々と戦闘しても、勝てないのはシグマ自身も分かっている。
「取り乱した。すまない」
魔力を抑えた。
部屋を覆った氷は一瞬で消える。
「貴様…わしの魔蟲が寒さで驚いたぞ…」
オーロが小声で苦言を呈した。
「シグマ。俺はお前を買っている。しかし、反逆するようなら容赦しない」
珍しくブラッドが真剣な顔で睨んできた。
シグマは答えに迷う。
「反逆などしないさ。私が望むのは平穏だ。そのためにできることをする」
瞑目して返事をした。
その答えに、卓を囲む何人かはほっと息をついていた。
「ははは。ならもう良いだろう。会議は終わりだ」
ブラッドが閉会を宣言した。
順々に会議室から参加者が退出していく。
チェルシーとレオの足取りは重そうだった。
五星の権限剥奪を宣言されたのだ。無理もないだろう。
「では、私も行くところがある。失礼する」
シグマは他の軍団長より一足先に会議室を出て行った。
王城の外まで出たところで、背中に氷の翼を生やし、上昇した。
――向かうは北東だ。




