07 盗人の葛藤②
ウィルソン侯爵家の大広間に徴収した税金の袋が大量に集められている。
役人が袋の中身の金貨・銀貨の枚数を確認し、1つずつ大箱に入れられていく。
その仕事をしているすぐ横に、五星ギルドのひとつ、“グランドロッド”の精鋭が控えている。
青眼が目的にしているのが徴収された税金ならば、ここに盗みにくることが予想される。最大戦力がこの場所に集中していた。
中でもひときわ強い魔力をまとっているものがいる。
グランドロッドのサブ・マスター、レオ・ロバーツだ。
首都タペルの魔法学校を優秀な成績で卒業し、いまは上位の魔法使いとして名を馳せている。
レオは積みあげられた税袋の横で、目を閉じている。
周囲に怪しいものがいないか、魔法感知を発動させて警戒しているのだ。レオの魔力感知の効果範囲は周囲50メートル。ウィルソン家のロビー全体を掌握することができる。
魔力を持ったものがこの中に入れば、物陰に隠れていても気付くことができるだろう。
すでに警護をはじめて2時間近く経ち、万全の警備が保たれている。
「何も起きませんね」
「我々がきたから青眼も怖気付いたのでは?」
グランドロッドの構成員、ヘンリーとイーサンが呑気な会話をかわしている。
五星ギルドと言えば、魔法使いのエリート集団だ。
エディン領に暮らすものでそのことを知らないものはいない。
魔物以外から襲撃されることなど滅多にないのだ。
犯罪者や暴力団であったとしても名前を聞いただけで逃げ出していくのが普通だった。
「必ず来ると思って警護にあたれ。来なかったらその時にいくらでも無駄口を叩くといい」
レオは澄んだよく通る声で静かに注意した。
レオは青眼に会ったことがあるわけではない。しかし、経験からこの手のタイプは自分の行動理念を曲げずに実行してくると考えていた。
用心深く、金貨が運び込まれる前から魔力感知を発動させて待機しておいた。これで、どんな変化が起きても即座に対応することができる。
そして、ついに異変が起きた。
屋敷の外で爆発音がする。
「やはりきたか」
レオは小さく呟き、目を見開く。
「何事だ」
「ついに賊が攻めてきたのか」
役人たちが動揺し、作業の手が止まっている。
「十中八九陽動でしょう。我々の最優先事項は税金を守ること。ここから離れることがもっとも悪手です」
慌てる役人たちを諭す。
役人たちにしてみたら、レオのいるこの場所が1番安全なのだ。
レオの一言で役人たちも安心した顔つきとなっていく。
◆
屋敷に潜入したミユは悩んでいた。
金貨を奪おうにも、思っていた以上に警備が厳重だ。
とくにロビー中央に位置している男が放つ気配はやばすぎる。
魔力感知の範囲は目で見ることはできない。
しかし、ミユは長年盗人をしてきた嗅覚で、危険を察知し、感知範囲のギリギリ外からレオ達の様子を伺っていた。
(陽動にも乗っていかないわね…。仕方がない、方針を変えるしかないね)
ミユは税金を直接取り返すことを諦め、代わりに屋敷の他の家財を盗むことにした。
そのためにはできるだけ長く、警備兵たちにこの場にいてもらわないといけない。
「行け」
小さく呟き、もう一体の分身に突撃させた。
(あまり長く持たないだろうから急がないと)
ミユは分身が暴れ出したのを確認してから、その騒ぎに乗じて引き返し、屋敷の2階へと進んだ。
◆
「む…」
レオは異変に気付いた。
「襲撃だ。左手方向からくるぞ!」
魔力感知の範囲内に突進してくる存在があった。
魔力量は少ないが、おそろしいスピードだ。
レオの声で他のメンバーも気付く。
「玉砕覚悟で突撃とは馬鹿だな」
ヘンリーがそう言いながら構える。
覆面をした黒い影。隙間から青い瞳が光っているように見える。
あれが青眼か。
噂通りの姿だな。
突進してきた青眼は、ヘンリーの手前20メートル程度の位置で玄関方向に跳ぶ。
「ん?なんだ…?」
ドン…
音とともに煙幕が上がる。
「やってくれたな」
≪風波≫
ヘンリーが魔法を唱えると風が巻き起こり、煙幕は霧散した。
「こんな程度で盗めると思っているのか」
直後、青眼は短剣を投げて攻撃をしかけてくる。
グランドロッドのメンバーにとってみれば避けるなど簡単だ。
警戒しているのか中々近づいてこない。
こちらから仕掛けようとすると、短剣か煙幕を投げてくる。
「妙だな…」
レオは小さく呟く。
(事前に聞いていた情報では正面からくるタイプではない。こちらの隙をついて盗む相手だと思っていたが…)
いくつも疑問が浮かんでくる。
単独犯だと考えていたが、外の爆発も考えると、仲間がいるのか。外のやつは部下に任せておけばよいだろうが、まだ何人かいるとすれば厄介だ。
感知できる相手の魔力が小さすぎることも疑問だった。あんな魔力量のやつが長年捕まえることのできなかった盗人なのか?そもそも、あんな程度の実力で突進してくる時点でおかしい。
そして我々を倒そうというのではなく、時間稼ぎしかできないような動きだ。
(動きは速いが、あの程度なら問題にもならん)
「舐められたものだな」
レオは静観するのをやめ、攻撃に参加する。
≪氷弾≫
レオの手から青白い閃光が弾丸のように飛び出した。
直後、青眼の胸に命中する。
青眼は後ろに5メートルほど飛ばされたが、受身をとって着地する。
黒装束の胸の部分が凍りつき、パキパキと音を立てている。
レオたちは知っているわけではないが、水分身にとって氷魔法は相性最悪だ。
今回は胸に命中したからまだ手足を動かせるが、たった一発でも、当たりどころが悪ければ行動できなくなってしまうだろう。
しかし、胸が凍ってしまったことで、動きがずいぶんと鈍くなってしまった。
分身は煙玉を自分の足元に投げて姿を眩まそうとする。
「そのスピードではもう避けられまい」
≪氷連弾≫
今度はレオの体の周りに拳サイズの氷の塊が10個出現した。
いっせいに煙の中に襲いかかる。
ドガガッ…
鈍い音が複数回響いた。
手応えはあった。間違いなく命中した。
そして煙の中からガラガラとなにかが崩れるような音がする。
「ざまぁねーぜ」と言いながら、イーサンが風魔法で煙を消す。
煙が消えるとそこには誰の姿もなかった。
少量の氷と水が地面に広がっているだけだった。
「逃したのか!?」
「馬鹿な。そんな気配なかったぞ」
ギルドの面々が口々に叫ぶ。
魔力感知を張っていたレオだけが現状を把握していた。
姿は見えなかったが、相手の体が崩れ去り、水になっていくような感触を掴んでいた。
(あれは魔法で作り出した分身だ。媒体は水か?水で複数の分身を作り出せるとしたら外のやつもそうかもしれない。やはり単独犯の線は消えないな)
レオはミユの魔法を正確に読みとっていく。
今の行動から相手の狙いを読んでいく。
(目的はここにある金だと考えてきたが、今の動きはどう見ても陽動だ。目的は別にあるのか?)
そして気付く。
(まさか…)
「宝物庫はどこだ?」
「え…」
屋敷のものは困惑している。
「さっさと言え!手遅れになるぞ」
「最上階です…」
「よし、俺が向かう。ヘンリーとイーサンは引き続きここを警護しろ。魔力感知を全力で張れ」
命令を下し、レオは屋敷の最上階へと向かった。
◆
うまくいったようだ。
警備兵の主力は分身の相手をしている。
(この階にもないな。最上階か?)
屋敷の他の階も警備兵はいるが、ミユはその警戒網を掻い潜って屋敷の上階へと登っていく。
ミユは盗賊スキルを発動させながら屋敷を探索する。
スキル ≪盗賊の鼻≫
屋敷、洞窟などで宝が近くにあるか探知する能力。
長年盗人をやっているうちに宝箱や宝石箱があると臭いを感じるようになったことで、スキルをもっていることを自覚した。
(当たり。この奥だな)
最後の階段を登りきると目の前に長い廊下が続いていた。
その奥に錠前付きの扉と警備兵が2人。
(余裕ね)
ミユは懐から筒をとりだし、即効性の睡眠薬を塗った矢を込める。
フッと吹矢をとばし、警備兵に命中させた。
仲間の警備兵が倒れたことでもう1人が慌てふためいている。
≪水鎖≫
ミユは水筒の水を空中に撒き散らす。
拡散した水が細長い塊へと集合しながら警備兵に向かい、蛇が獲物をとらえるように巻きついていく。たちまち水は鎖となって警備兵の身動きを封じた。
「貴様、青眼だな!」
叫んでいるところ悪いけど、騒がれて人が来ても面倒だ。
顎を蹴り上げて気絶してもらった。
水鎖を解除し、水を再び利用できるように回収する。
裏口から潜入した時と同様に、少量の水をつかって鍵を開けた。
ミユが扉を開けると、そこには金塊、絵画、宝石、アンティークの古時計や家具などが置いてあった。
(さすがに量が多いわね。全部は持っていけない。宝石と金塊をいただこうかしら)
カバンと水の入っていた革袋をとりだし、そこに金塊と宝石をつめていく。
ミユはカバンが一杯になった頃合いに、ふと邪悪な気配を感じた。
気配のするほうに目を向けると、宝物庫の1番奥にガラスケースがある。
なにかを大切に置いているようだ。
(これは…鍵?なんだか邪悪なオーラが漏れている)
不気味だけど、貴族に持たせておいて良いことなさそうね。ついでに持って行くか。
ミユは鍵をケースからとりだして懐にしまった。
使い方はわからないが、湖に捨ててやろう。それで誰も悪用できまい。
さて、用も済んだ。そろそろ分身はやられているだろう。さっさと行かなくては。
宝物庫から出て、階段手前の窓を割って出ようとした時に。
≪氷弾≫
「あああああッー!」
肩に激しい痛みが走る。
左肩がなくなったような感覚に襲われる。
パキパキと音をさせながら左肩が凍りついていく。
「くッ…」
ミユは氷に魔力をこめ、水魔法で氷を水へと転化させていく。
「ほう、珍しいな。水魔法を使うのか。やはりさっきのは水でつくった分身だな」
声のする方向を見るとグランドロッドのサブ・マスターの腕章をつけた魔法使いが立っていた。
「持ち場を離れることに躊躇ったが、予想的中だったな。本命はこっちだったか。青眼もここまでだな」
サブ・マスターが睨みつけてきた。
(まずい…水を使い過ぎた。もう戦闘できる量が残っていない)
しかし、戦闘できる状態だったとしても勝てるかどうかは別である。
ミユが得意とするのは隠密と不意打ちであって、正面から闘うことではない。
水筒の蓋を開けて相手に投げつける。
空中で水を散らしながら水筒が回転する。
(今だ!)
≪水気化≫
ミユは肩の氷を水に変えたように、水を水蒸気へと変化させた。
空中を舞っている水と、地面に流れた水が急速に水蒸気となっていく。
水の体積は水蒸気となると1700倍にもなる。
ゴオォッ!!
轟音とともに廊下を暴風が吹き荒れる。
「なんだとッ…」
さすがのサブ・マスターも目を剥いた。
ミユは暴風を利用して割った窓から飛び出した。
建物内から「追えー!」という声が響いてきた。
左肩の激痛で金塊の入ったカバンがいつもより重く感じる。
捕まるわけにはいかない。急いで逃げなくては。
明日、主人公登場です。