77 抑圧の足音④
ナツキたちは肉屋を後にして、ミユの家へと場所を移した。
デールで起きている強制動員に対してどう対抗するか、まずは作戦を立てる必要がある。
「ここよ。数ヶ月放置していたから、汚れているのは勘弁ね」
家の中には簡素な家具、窓際には花が咲いた植木鉢が目につく。
「数ヶ月放置しているのに枯れていないんだな」
「ふふっ。水魔法ってのは便利なのよ」
植木鉢には水の魔法式が刻んであった。
植物の状態に合わせて水の供給をする内容だ。
こんな高度なことを、独学でやってのけるとは本当に凄いな。
ナツキは内心、ミユの資質に舌を巻いた。
ミユは埃のかぶった食器を水魔法で洗浄している。
湯を沸かし、商店街で購入した紅茶を入れてもらって人心地がついた。
「ありがとう。屋根があるところで紅茶を飲めるなんて嬉しいね」
素直に礼を言った。
ミユが少し微笑んだ。
「それで、今後どうするか話し合いましょ」
「あァ、これは放っておけんな」
「あなたならそう言うと思った」
「ただ、どうするか悩ましいな。根本的にはタペルから男を連れ戻さんといかん」
しかし、それを実行するには王軍に大掛かりな攻勢を仕掛ける必要がある。
王城建設など数年がかりの事業だろう。
当然、警備は厳重。
そんなところへ行けば、間違いなく王軍かギルド幹部と戦闘になる。
「勝てる…?」
ミユが不安そうな顔で質問を向けてきた。
「お前なぁ…戦闘を仕掛けること自体、うまくいきっこないだろ」
「だけど、どうすればいいの?私だったら貴族から宝を盗むくらいしか思いつかないわ。もうやるつもりはないけど」
ミユは思っていたより俺との約束をちゃんと覚えているようだ。
貴族もマヌケではない。
盗られたら、また市民相手にむしり取るだけだろう。
「ならば、貴族たちを動かすしかない」
「えッ…?そんなことできるの?」
ミユが怪訝な顔を浮かべる。
もちろん、彼らが弱者のために動くことなどない。
自分の立身出世しか考えていない奴らだ。
「動かなければ、それ相応に痛い目を見てもらうさ」
「どうするのよ」
「とりあえずウィルソン邸に乗り込んで、交渉するが、まだ方法は思案中だ」
ナツキは考える。
どういった方法が効果的か。
カップを片手に紅茶をすすっていたら、ふと、ミユの後ろに掌サイズの虫が見えた。
ナツキは一瞬、体がビクッと反応した。
別にもともと虫が苦手なわけではない。
オーロのせいで、黒い虫を見ると反応してしまうようになったのだ。
「おい…お前の留守の間に、この家に住んでいる奴が後ろにいるぞ」
「え…?あぁー!」
ミユが振り返り、虫に気づいた。
慌てて窓を開けて、外へ追い出す。
「もう!気持ち悪いわね。あとで少し掃除しなきゃ…」
うんざりとした表情を浮かべる。
(ん…、待てよ)
ナツキの口元が笑った。
「ど…どうしたのよ。怖い笑顔になっているわよ…」
「はははッ、いいこと思い付いたぞ」
ナツキは、ミユに思いついた作戦を話した。
「あなたえげつないこと考えるわね…」
「あぁー、楽しみだぁー」
ミユがじと目を向けてくるが、気にせず笑った。
◆
日は沈みかけ、夕焼けが王城を照らし出す。
その場内の一室では張り詰めたような緊張感があった。
“宵闇の間”の中心の円卓を囲むように、7つの椅子が用意されている。
すでに腰をかけている人間は5人。
王直属軍団長の2名、シグマとオーロ。
他の軍団長2名はまだ到着していない。
残りの3人は、セシル、チェルシー、そしてレオ・ロバーツであった。
まもなく、王直属軍団長と五星ギルドの合同会議が開催される。
レオはギルドマスターではないが、ジョセフが戦死したことをうけ、臨時でマスター代理として参加したのであった。
シグマは座して考え込んでいる。
ナツキと別れたあと、この国の闇を秘密裏に調査してきた。
わかったことは、総力戦や局面を激動させるような戦闘が一度もなかったこと。
“二国の長年にわたる戦争状態”がそもそも見せかけだけではないか、ということ。
その事実が段々と明るみに出てきた頃に、死影と鬼組の内乱が勃発した。
一報を聞き、とるものもとりあえず駆けつけたはいいものの、カイか鬼ノ助とは一度話し合いたいと考えていた。
しかし、終結してみれば、両名とも逃走という顛末だ。
内乱の内幕を知りたいと考えて、繰り返し会議開催を提案したが、はぐらかされ続けた。
その間にも様々な政策が実行されている。
シグマの不満は最高潮に達していた。
また、オーロも色々と不満を抱えているようで、怒りに満ちた表情を浮かべている。
「王軍の2人が無愛想通り越して、不機嫌極まりないわ。最悪な空気になるからやめてよね」
沈黙を破り発言したのはチェルシー。
しかし、誰も返事をしない。
「もう…ジョセフさんがいないと陰気な男しか…あッ…」
チェルシーが手で口を覆った。
視線はレオへと向いている。
「気にしないで良いですよ」
レオが気遣ったのか返事を返した。
「ごめんねぇ。レオちゃんも、サブマスターだからって遠慮しないでいいから」
レオが軽く会釈を返す。
ガチャッと扉が開いた。
「待たせたな」
入ってきたのはブラッドとイザベラ。
後ろには皇太子のエイブラハムがついてきている。
(なぜ、この会議に皇太子が…?しかし、気配が以前と違うような…)
シグマは不穏な気配を感じとる。
「今日の会議をはじめる前に、報告がある。先程、王位継承の儀式が完了した。ここにいらっしゃるのは、“タペル”・エディンバラ国王だ」
ブラッドが一歩下がりながら、紹介をした。
一同は首を傾げた。
国王が死んだのだ。
王子が国王を名乗ること自体は問題ない。
解せないのはその名前だ。
「今なんと…?」
たまらず疑問を投げる。
「聞こえなかったのか?」
「そういうことではない。エイブラハム国王ではないのか」
王位継承とともに、名を襲名すること自体はあり得る話だろう。
しかし、エイブラハムが自己顕示欲の強い男だと知っている。
しかも、父が死ぬのを手ぐすねをひいて待っている、という話は、王軍の上層部でも共通の認識であった。
その男が、父の名をそのまま受け継ぐことには誰しも疑問を抱いていた。
「そんな男は存在しない。余は紛れもなく、タペル・エディンバラだ」
シグマは目を丸くした。
声と姿こそエイブラハムだが、話し方、気配、仕草、あらゆるものが故タペル国王であった。
(死んでいなかったということか…?)
いや、そうではない。
間違いなく絶命していた。
その亡骸はシグマも目にしている。
「まったくめんどくさい奴らだ。こんなことで一々驚くな。素直に喜んでおけばいい話さ」
ブラッドが愚痴を吐きつつもニヤリと笑った。
「今宵は顔を見せにきただけだ。それでは余は戻る」
タペル国王が踵を返し、部屋から退出した。
ブラッドとイザベラは深々と頭を下げている。
「さて、会議をはじめようか」
ブラッドとイザベラが席についた。
「おい、説明はないのか」
「なにを知りたいのだ?」
「気配から察するに国王であることは間違いない。エイブラハム殿下はどうなったのだ」
シグマからの質問をうけ、ブラッドが黙る。
まっすぐ目を見て、観察しているようだ。
「まァ、教えてやる。詳細は秘事だが、国王の意思は生きているのさ。それをエイブラハムの体を器にし、入れただけのこと。死影のバカどもは無駄死だな。ははは」
ブラッドが答えた。
信じ難い話だが、王子の体を乗っ取ったということだろう。
「時間も惜しいですわ、会議をはじめましょう。司会は私が務めますわ。異議ございませんね」
イザベラが提案した。
異を唱える者は誰もいなかった。




