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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
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75 抑圧の足音②

 ナツキは“芸術の中心地”へと再びやってきた。

 南側の石壁を登り、こっそりと侵入する。


 この町の南側は下町だ。

 貧困者の多い場所ならば、王軍の兵士も滅多に出会わないであろう。


 「なんか妙ね」


 入った途端ミユが呟く。


 「どうかしたか?」


 「この辺はもうちょっと活気があるはずなんだけど」


 そもそも、人気の少ない箇所から侵入のだが、長年この町で生活したミユにとっては違和感があるらしい。


 下町の住民は働かないと生きていけない。

 そのため夕方の時間はとくに忙しなく動き回る住民が多い。

 ミユが言うには、ナツキたちが降り立った地域は、本来ならこの時間、たくさんの人間がいるそうだ。


 「言われてみれば変な話だな」

 「でしょ。なにかあったと考えたほうがいいわ」


 ミユにとって、日常にひそむ些細な違和感でも重要なのだろう。

 盗人はなんと言っても危機察知能力が求められる。


 ナツキは魔力感知の警戒レベルを上げた。


 「とりあえず周囲に強い魔力を持った人間はいないな」

 「それならよかった。とりあえず、商店街へむかいましょ」


 ミユは少し安心したようだ。

 とりあえず2人で町の中心へと向かう。

 もちろん警戒は怠らない。


 商店街へ向かう途中、景色に違和感があった。


 ふと横目にあるものが見えたのだ。

 それは町のいたるところにある、貴族からの通達用の掲示板だった。

 前面をつかって大きな触れ書きが貼ってある。


 『ドルト軍の進軍を迎撃することを禁ずる。禁を破ったものは無期懲役、または死刑。ローリー・ウィルソン』


 ーーと書いてあった。


 ナツキは目を剥いた。


 「なんだコレは…」


 紙面を睨みつける。


 内乱は終わったが、今は下町の外れだ。

 おそらく剥がし忘れているのだろう。


 「こんな通達があったなんてね」

 「鬼ノ助達が進軍ペースを読み違えたのはこれのせいだろうな」


 先に聞いた話によれば、鬼組と死影はドルト軍の王都到着について、1週間後だと読んでいた。

 しかし、3日で“元帥”の王都到着を許している。


 デールはなにをしていたのか疑問だったが、そもそも迎撃の禁止を、侯爵が命じていたとは。

 ドルト軍が侵攻してきたら、王軍や魔法ギルドなら防衛要請などなくても戦闘にうってでるだろう。

 それを権力で抑え込んだのだ。


 「こんなことしたら、反発や反感が生まれるぞ」

 「絶対そうよ。だいたい、ドルトからの防衛のために税金をとっているのに、いざ攻めてきたら“迎撃禁止”っておかしいわよ」


 本来ならば、軽く戦闘する振りくらいはしたかったのかもしれない。

 しかし、王政派なりに、鬼組と死影の脅威を重くみたと考えられる。


 内乱初日の戦果は、はっきり言って圧勝だった。

 その劣勢を覆すために、力業を使ったのだろう。


 本当に反吐が出る話だ。


 「それにしても、活気のなさはなにごとかしらね」

 「気になることは、さっきから男がいないことだ」

 「えッ…そう言えば」


 歩く道々で行き交う住民を少し目にするが、全て女だった。

 たまたまそういうこともあるかもしれない。

 しかし、男がまったくいないなど、あり得ない。


 ナツキたちは疑問を抱えつつも、商店街へとさらに足をすすめた。


 「着いたわね」


 ミユが明るく呟く。


 なんだか嬉しそうだ。

 少し浮足立っているような気がするのは気のせいだろうか。


 おそらく慣れ親しんだ町で久々に買い物するのが楽しいのだろう。


 ミユが足取り軽くすすんでいく。


 それにしても、商店街も見事に女しかいない。

 一体どうなっているんだろうか。

 出店の番も、荷物の搬入も、郵便物をもった郵便配達人までも女だ。


 (これは住民に事情を聞いた方がよさそうだ)


 「ミユ、行きたい店があるんだけどいいか?」

 「いいわよ。どこ?」

 「ハムのうまい店さ」


 ナツキはニッと笑う。


 「もしかして肉屋の“チャーリー”?」

 「知っていたのか」

 「当然よ。下町では結構有名な店じゃない。私も久々に食べたいわね」


 足を進めていくと、古ぼけた木製の看板がぶら下がった店が見えてきた。

 それにしても本当に懐かしい。

 以前はこの辺りに露店を出していたこともある。


 ナツキは扉をゆっくりと開けた。


 なんだか肉屋の様子がおかしい。


 静かだ。


 なにより商品が全然置いていない。

 いつもは加工したばかりの新鮮な肉が並んでいるというのに、ほんの少し食肉が並べてあるだけだ。

 しかも、素人目で見ても、肉が雑に加工されている。

 慣れない手つきでなんとか切ったといった具合である。


 「ハムさんはいるかい?」


 違和感を持ちつつも、店の奥に声をかけた。


 店奥からパタパタと、小走りな足音が聞こえる。


 「いらっしゃいませッ」


 扉がガチャリと開くと、息を切らせた女の子が出てきた。

 

 ナツキと視線が重なると同時に、目が丸々と見開かれる。

 表情が困惑から歓喜へと変わり、ナツキに向かって一直線に走ってきた。


「ナツキさん!」


 ドバァ、と衝撃がきて、飛び上がって抱きつかれた。

 いつぞやの、ごろつきのアジトから救出したクララだった。


 「久しぶりだな。元気していたか」


 ナツキは破顔した。

 以前あった時よりも明るく見える。

 前はごろつき集団に拉致されたのもあって、怯えていたのだろう。


 「ちょっと、さっさと離れなさいよ」


 ミユが面白くなさそうにしている。


 ストッとクララが地面に着地した。


 「クララ、なんか店の様子が穏やかじゃないが、ハムさんはどうしてる?」


 質問を向けた途端、クララの大きな目に涙が溜まる。


 一体どうしたのだろう。


 「ナツキさん…お父さんが…」


 涙がついに両の眼からこぼれてきた。


 「落ち着いて喋るといい」

 「うん…王軍に連れて行かれちゃったの…」


 「「なんだって!?」」


 ナツキは驚きの声をあげた。

 ミユも同様のようだ。


 「どうしてだ?」

 「王城を再建するためとか言って、下町の10歳以上の男は問答無用で連行されちゃった…」


 なんてこった。

 ナツキは天を仰いだ。

 大声こそ出さなかったものの、体の中からこみあげてくる、マグマのような怒りがあった。


 「それで町には男がまったくいなかったのか…」


 「そうなの。仕事も女だけで回しているから、私も学校行く暇すらなくて…。それでもお店の経営が全然うまくいかなくて…」


 無理もない。

 店の手伝いしかしていなかった娘がいきなり独りで店の切り盛りをするなど、酷な話だ。


 ナツキはしくしく泣くクララを慰めつつ、話を聞いた。

 どうやら、内乱が鎮圧されてからほどなくして、全世帯に王軍による通達が届いたそうだ。

 内乱によって破壊された王都再建の人足として、デールの下町から男を根こそぎ連れ去ったらしい。

 庶民の日常などお構いなしと言った具合だ。

 それではまるで奴隷ではないか。


 しかも、“鬼組と死影を恨め”と宣伝する者たちすらいるらしい。


 ナツキは片手で頭を抱えた。

 血が沸騰しそうになるほど胸が熱くなる。

 こめかみには青筋が浮かんでいる。


 「…許せない…!」


 後ろからミユが声を発した。


 「クララちゃんって言ったわね。まず、店の肉は私が買うわ」

 「えッ」


 クララがびっくりしている。

 ミユなりに気を利かせているのだろう。

 店に雑然と並んだ、歪な形の肉を買い取り、クララの生活費に当てさせようとしているのだろう。


 「これで足りる?」


 クララの手にずしりと重みのかかった袋を渡した。

 中身を見たクララが仰天する。


 「こんなにたくさん貰えません!」


 「あげるんじゃないわ。肉を買い取るだけよ。それにその金は使い道に困っていたから丁度いいの」


 ナツキは察した。

 王都で宝石を売り捌いた金だろう。

 盗人青眼は、盗んだ金を自分で使わずに貧困者へと施していた。


 金を手にしたはいいが、ずっと旅続きだったので、使えずに持っていたのだろう。


 「クララ、とりあえずもらっとけ」


 「……ありがとう」


 複雑な表情を浮かべているが、クララが礼を述べた


 「ナツキ、ちょっと相談があるわ」


 ミユが後ろから袖を引っ張ってきた。

 この出来事に思うことがあるのだろう。

 デールで王軍がこれだけ好き勝手やったのだ。

 見逃せないといった様子だ。


 それはナツキとて同じ。

 しかし、クララの前では言いにくいこともあるのだろう。

 店を後にし、人気のないところで打ち合わせることにした。


 「よし」


 ナツキは立ち上がった。


 「あ!待って!」


 クララが大きく声を発した。


 「どうした?」

 「せっかくだからお茶くらい飲んでいってよ。私、ナツキさんにずっと会いたかったんだから」


 ナツキは手首をクララに引っ張られる。


 「ナツキ…あなたねぇ…」


 なぜ、ミユが睨んでくるのだろうか。

 悪いことなどしていない。


 「まァ、茶くらい飲んで行こうか」


 ナツキはへらへら笑いつつ、渋々と店の奥へと進んだ。


 その後、クララから学校で“青眼”ナツキの噂が広がっていることを自慢げに語られ、ナツキは頭を抱えるのだった。

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