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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
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74 抑圧の足音①

 一晩中続いた酒盛りのあと、空も明るくなってきたころに、ナツキたちは漢民族の里をあとにした。

 良い酒ではあったが、大分量を過ごしたので、まだ鈍く痛む頭を抱えての旅立ちだ。


 英夫は、里の入口まで見送りにきてくれた。


 「また会おう。我らも戦う意志を固めた。お主たちのことは同志だと思っている」


 などと、見送りの挨拶も仰々しかった。

 どうやら珠里から昨晩の酒盛りでの話を聞いたらしい。


 英夫は、元々鬼ノ助を尊敬していたようで、やっとともに肩を並べることができたことを喜んでいた。

 英夫も物腰は丁寧だが、単騎でブラックドラゴンに挑むようなやつだ。

 鬼ノ助とは馬が合うのだろう。


 ナツキたちはサイエフの森を抜け、今は中央平原を歩いている。


 次の目的地はランスだが、足を向けた先は北東であった。

 ルイスがタペルで記者活動を再開するには、都市部へ戻る必要がある。

 サイエフの森で解散したら、魔物に襲われて帰らぬ人となるだろう。


 ナツキは彼の決意を心から応援したいと思ったので、デールまで送り届けようと考えたのだ。

 本当は指名手配されたデールになど近づきたくなかったのだが、内乱直後で混乱しているのであれば、青眼への警戒も弱まっているだろうと考えた。


 「本当に何から何までありがとうございます…」


 ルイスから何度もお礼を言われる。

 道中、休憩のたびにミユが水魔法の応用法を教えたり、ナツキが発動の補助をしたりした。

 それもあって、ルイスはかなり魔法が使えるようになった。


 新たな水魔法が使えるたびに、感無量といった表情を浮かべている。

 とは言っても、戦闘で使えるような魔法は水弾(アクアミサイル)くらいで、あとは水固定(アクアセット)などの生活に役立つ魔法ばかりだ。

 それでも、長年苦手意識を持っていた魔法を自在に扱えることが嬉しかったのだろう。


 輝く目を向けられるたびに、ナツキもミユも困り顔一色となっていた。


 デールに近づくにつれ、ミユは「大丈夫なの?」と心配そうにしていた。

 まあ、簡単には見つからないし平気だろう。


 ギーメルと違ってミユと一緒なら、問題を起こすこともないだろう。


 ランス村は中央平原の最北にあるため、到着まで急いでも2日弱ほどかかる。

 ナツキ1人なら空を飛ぶか、身体強化で駆け抜ければ1日とかからず到着するが、慌てても仕方がない。

 ゆっくり歩いて行こうと考えていた。


 「見えてきましたね」


 ルイスが言葉を発した。


 前方に石壁が広がっている。

 デールの入口だ。


 「じゃあ、俺たちはここまでだな」

 「えッ、デールに寄るって言っていましたよね」


 ルイスから疑問が出された。


 「ま…色々あってな。普通に入るのは遠慮しておくよ」


 一度は、指名手配された町だ。

 王軍のガーディアンが気づかずに通してくれるなんて考えられない。

 それなら、旅立った時と同様、こっそり壁を登って入るに限る。


 ルイスは何度も頭を下げながら、町へと向かっていった。


 その姿をミユと2人で見送った。


 「あー、やっと落ち着く。それで、町に入ったらどうする?」


 ミユが背伸びをしながら質問を向けてきた。

 久々のデールで、ミユの表情が心なしかリラックスしている気がする。


 「とりあえず、旅に必要な物資を買い揃えてからランスへ向かおうか。久々に行きつけだった飯屋とかにも行きたいしな」

 「いいわね。私も久々に色々と店を回りたいな。楽しくなってきた」


 ミユの顔がご機嫌となる。

 旅に同行するときに未練などないと言っていたが、やはり育った町というのは愛着があるのだろう。


 ナツキとミユはデールの南方の石壁へと足をすすめた。



 漆黒の闇に包まれた空間が広がっている。

 中心には木製の長机が浮かんでいる。


 ここはごくゴディス島でも極少数の者しか存在を知らない。

 “盤外の間”と呼ばれる異空間であった。


 入口は二箇所。

 其々が“ある場所”へと繋がっている。


 長机の片側に座る1人の男はベルク・ドルトムントであった。


 反対側の席は空席となっている。

 その席の隣に佇む1人の男がいる。


 “紅蓮の狼(レッドウルフ)”ブラッド・レインであった。


 「まったく、今回の乱の処理は簡単には終わらぬぞ。漢民族を甘く見てはならぬと、再三注意しておったはずだ」


 ため息混じりに苦言を口にしたのはベルクである。


 ブラットは不敵に笑いながら話を聞いていた。


 「まァ、損害はでかいが、面白い戦いだった」


 「お前はいつもそれだ。慢心がすぎるぞ」


 「ははは。しかし、鎮圧は成功した。あの虫螻たちはしばらくなにもできないでしょう」


 「抜かせ。新たな“イレギュラー”が何人生まれたと思っている」


 ベルクがブラッドを睨みつけてきた。


 “盤上”とはゴディス島のこと。

 “イレギュラー”とは盤上で制御の効かなくなった“駒”を指す。

 どのような動きをするか予想できず、なんらかの重大問題を生みだしかねない存在として危惧される者たち。


 最近まで“イレギュラー”と呼ばれている人間はたった2人、“賢邪”と“狂乱”であった。


 「ははは。あなた様たちは穏やかな盤上を望むだろうが、何百年も安泰だとつまらないでしょう」


 ブラッドは問題が大きくなったことを、歓迎すべきと言わんばかりに言い放った。


 「愚か者め。身を滅ぼすぞ」


 「それは不可能ですね。俺を殺せる“人間”などいない」


 ベルクが押し黙った。

 ブラッドが言ったことは虚勢ではなく真実であることをよく知っているからだろう。


 「して、新たな“イレギュラー”は“鬼”と“影”以外に誰がいる」


 「その2人を注意しておけば大筋問題ないでしょう」


 「報告にあった盗賊どもはこの国の真相に触れているのか?」


 「真意はわからんが、あの馬鹿者どもはそんなことに関心を持ちはしないでしょうね。念のために消しておきますよ」


 ブラッドは自分の軍隊と、盗賊の“黒夢”が戦闘していたことを知っている。

 黒夢の連中は、王城から宝物を運び出したあと、どこかに消えていったというほうこくだった。

 時間的に考えて、カイと鬼ノ助とつながっているとは考えられない。

 捕まった仲間の救出のみを達成して、早々に撤退したのだろう。


 「左様か」

 「あと警戒すべきは“凶焔(イービルフレイム)”くらいでしょう」

 「あのゴロツキどもか…二国どちらにも属せぬ武装集団など、もっと早く消すべきであった」


 ベルクが小さくため息を吐いた。


 「まァ、本部は壊滅したのでしょう。あとは戦場に出張ってきた数人のみだ。時間の問題さ」

 「それについては貴様らに任せるとしよう」


 (ま、本当にやばいのは内部にいるんだがな)


 ブラッドはそれ以上口にしなかった。


 “紺碧の鷹(ブルーホーク)”シグマが内乱終結してから、繰り返し軍団長会議の開催を要求してくる。

 多忙を理由に先延ばししていたが、さすがにいつまでも待たせるわけにもいかなかった。


 出自不明の強者が、真実を知る。

 “真面目の塊”みたいな奴だ。

 ブラッドにとっては、こちらの方が懸念事項であった。


 しかし、ブラッドは万が一シグマと戦闘になっても勝てると踏んでいた。


 脅威と考えていない以上、ドルトにはあえて報告はしていない。


 「ふむ。“イレギュラー”の最低数は5か。歴史上最多だな。徒党を組まれたら厄介だ。早急に消せ」


 「御意」


 ブラッドは内心でほくそ笑んだ。

 ブラッドにとって、これまでの“盤上”は退屈であった。

 イレギュラーとの戦闘ができるならば、楽しくなるだろう。


 「それで、タペルの“予備”はいるのか?」


 ベルクがギロリと睨みながら質問を投げてきた。


 「幸いなことに1人いますよ」


 「ならばよい。早急に連れて参れ」


 「畏まりました」


 ブラッドの口元は邪悪にニヤリと笑った。

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