72 鬼との酒盛り①
鬼ノ助から話しがあると言われたので、集会場を後にし、ナツキは中条家までに招かれてやってきた。
机を囲み、車座になる。
その場にいるのは、ナツキ、鬼ノ助、珠里、ミユ、ルイスであった。
「よし、はじめるか」
鬼ノ助はおもむろに酒瓶を取り出した。
「それはッ…いつのまに酒蔵へ行ったのですか。それは祝い用のものですよ」
「いいじゃねェか。ケチケチするな」
珠里は口をとがらせている。
鬼ノ助は意に介することなく蓋を開けた。
木製の盃に酒を注いでいる。
けじめからか、集会場ではよそよそしかった珠里だが、こうしてみると、おおらかすぎる兄に口うるさい妹、といった構図でやはり身内なのだな、という心持ちがする。
「飲めよ」
ナツキの前に盃がきた。
鬼ノ助が飲むことをすすめてくる。
「じゃあ、遠慮無く」
ナツキはニッと笑い、一息にあおった。
思わず喉が鳴る。
「うまい…」
普段飲む酒に比べると濃すぎるが、舌触りも喉越しも爽やかだ。
まるで川のせせらぎが耳に聞こえるほど、爽やかな気持ちにつつまれる。
「だろ。漢民族は酒だけは二国に圧勝なのさ」
鬼ノ助がニッと笑う。
珠里が面白くなさそうな顔を鬼ノ助に向けている。
ミユは一口つけただけで顔が赤くなっていた。
一同、車座で向かい合いつつ、思い思いに酒を飲み進める。
「…舞子さんのこと、お悔やみ申し上げます」
珠里が沈黙を破るように発言した。
口に酒を運ぶ鬼ノ助の手が止まる。
「あぁ…」
鬼ノ助は一言、返事だけした。
――心中、察するにあまりあるものがある。
集会場で聞いた話では、長年、旅を共にし、誓い達成のために奮闘した仲間を失ったのだ。
「俺が悔やむことを、アイツが許さないだろうさ。前を向くしかない」
鬼ノ助が小さくこぼした。
普通ならば、多少なりとも哀惜が顔ににじむ場面だろう。
しかし、“後悔しない”誓いを守り、努めて表に感情を出さないようにしているように思えた。
「ところで、お前、瞳は青くないんだな」
鬼ノ助が話を振ってきた。
ナツキはギクリとして、さりげなく中指で色眼鏡を目の高さまで押し上げる。
「なんのことだか…」
「まぁそれはいいが、お前の話を聞かせろよ」
「えッ…」
ナツキはいきなりの問いかけに戸惑いを隠せない。
「おそらく、お前は、お前自身が思っている以上に、エディンに注目されているぞ。オーロは俺を追ってきたわけではないだろう。お前を狙っていたとしか思えん」
「それは…」
ナツキは言い淀んだ。
「気にするな。責めるつもりはない。死影のカイも、お前のことを気にしていたぞ。アイツはお前を仲間に入れて、ドルトに攻め入ることまで考えていたぞ」
ナツキは目を丸くした。
「マジかよ…」
「五星を退け、王軍を退け、国家に所属しない魔法使いだ。注目されないほうがどうかしている」
なるほど。
実力主義の鬼組や死影からしたら、当然の話なのだろう。
俺にとってみたら、魔法の実力は敵を倒すためにあるのではない。
勘弁してくれといった話だ。
「俺が強いと言うより、この国の魔法使いが弱すぎる。もともと、なぜ、エディンは魔法学校で魔法のことしか教育しないのか疑問だった」
「ほぅ…」
「ドルトと敵対しているのであれば、対戦士の戦闘を学ぶのが基本になる。しかし、体力の基礎訓練は放り投げ、魔法研究しかしていない。体力を鍛えない魔法使いなど、戦場ではすぐに死んでしまうさ。まァ、あんたの“アディスの魔法実験場”という表現で、腑に落ちたけどな」
ナツキは鬼ノ助の話によって、長年の疑問が一つ解消されたような気がしていた。
「まァな、魔法学校あがりは雑魚ばかり、ってのは俺も同意見さ。だから、鬼組は領内にいる力自慢を集めて作り上げた」
「しかし、これだと疑問の解消はまだ半分なんだ」
ナツキがそこまで話を言ったところで――
「ドルトの件か」
鬼ノ助が遮るように続きを言う。
「あァ…エディンに対して持っていたのと、まったく同じ疑問が浮かんでいる。なぜ、ドルトの戦士は魔法を覚えないのかと。これなら、殲滅魔法一撃で決着してしまう」
「それに対しては、俺とカイも疑問に思っていた。結論へのアプローチは戦争国家としてのあり方という方面からだけどな」
「調査したのか?」
「カイが進めていたようだが、結論を得る前に蜂起しちまったから、よくわからんぜ」
ナツキの目に光が宿る。
「調査はどうやったんだ」
「確か、傭兵集団の“紅”にカイが要請していたようだ」
「えッ…」
ナツキは驚いた。
「“紅”が動いたのか?」
「あぁ、さっきは話で端折ったが、死影に借りがあるらしい。今回の内乱でも動いていたぞ。“凶焔”がノスタルジアに圧勝するほどとは、俺も驚いたがな」
ナツキはさらに驚いた。
「なに、なんでそんな驚いているの?」
ミユが質問を向けてきた。
「いや…なんでもない。それで、紅は内乱後どうなったんだ?」
「分からんさ。転移される前までは、ノスタルジアの研究所に陣を構えていたはずだがな。だが、ドルトの将軍まで出てきたことを考えると、敗走したと考えた方がいいな」
ナツキの頬を汗が伝った。
鬼ノ助はそんなナツキの様子を興味深く伺っている。
「調査の件は、部下に任せていたようだ。そんなに知りたいのであれば、ランスに行けばいい」
なるほど。
話の流れで次の目的地が決まった。
ドルトに赴いて調査活動をするには不安が大きかったが、すでに実行している者たちがいるなら、話が早い。
「そうさせてもらおうか」
「まァ、調査なんてしなくても予想できるけどな」
鬼ノ助が遠くを見る目で語る。
「ドルトも、ケツ持ちはアディスってことだろ」
ナツキはため息混じりに発言した。
「あぁ…」
鬼ノ助も同意のようだ。
「ちょッ…そのッ…話ですが、事実なのでしょうか!?」
ルイスがオドオドしながら発言した。
長年エディンで記者をしてきたルイスにとってみたら、国家体制の底知れない闇に触れて、驚愕することしきりだろう。
「俺の話を信じないのであれば、無理して信じこませるつもりもないさ」
鬼ノ助はふんぞり返りながらこたえた。
「さっきの話の中で、おかしい点があっただろう」
ナツキはルイスに顔をむけて発言した。
「おかしな点と言われても…全ての話が衝撃的すぎて…」
ナツキは少し呆れた。
それでも記者か。
「2つあった。1つはドルト軍がデールと一切戦闘していなかった点だ。もう1点はドルトの将軍が王都で鬼ノ助と戦闘したことだ」
「確かに妙ね。デールでも、さんざドルトの脅威は流布されているわ。それなのに、軍隊を素通りさせるなんてありえない」
ミユも同意してくれた。
「ドルトの脅威を煽って税金を無理やり集めているんだ。軍隊に対してなにもしなかったら、反感が生まれるだろ。あと、王都での変事はもっと妙だ。なんで、五星ギルドとドルト将軍が共闘するんだ?本来ならば三竦みになるはずなんだ」
ナツキの説明に、ルイスもようやく問題がわかってきたようだ。
「でッ…でも、ドルトの将軍の顔を皆が知らなかっただけでは?」
「エディンの魔法使いが、アルバン元帥ってやつと戦闘しなかったのはそうかもしれない。しかし、アルバン側にとってみたら話が違う。はじめから鬼組を狙って動いているだろう。その行動は、戦争というより、内乱鎮圧だ」
ルイスの顔が青ざめる。
「ってことは…私たちがさんざん書いてきた戦争の記事は一体…」
なにやらブツブツと言っている。
青天の霹靂のような情報に、頭が破裂しそうになっていると言ったところか。
「で、お前たちは今後どうするんだ?」
鬼ノ助が水をむけてきた。
もはや酒瓶から直接ぐびぐびと酒を飲んでいる。
「とりあえず、ドルトの調査をした紅に会いに行ってみる」
「あァ、わりぃ、そういった話じゃない」
「ん?」
ナツキは鬼ノ助の言わんとすることがよくわからない。
「単刀直入に言う。お前、鬼組になれ」
「はァ!?」
ナツキは驚きのあまり、すっとんきょうな声をあげた。




