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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
73/208

71 鬼の歩み④


さすがの鬼ノ助もその男の登場には驚いた。


その名はドルト三幹部の一人、ドルト軍の将軍のものであった。


その男は不敵に笑いつつ答えた。


力を抑えているにも関わらず、漏れ出る“気”がチリチリと音をさせている。

幾多の戦場を経験してきた鬼ノ助でさえ、目を離せない圧倒的存在感だった。


(こいつ…できる!)



パキパキ…


またしても、氷玉で攻撃をうけて、我に返った。

気を抜くとシグマが氷魔法を発動させてくる。



後方にはセシル。

いつのまにか夥しい数の魔力弾を準備している。


「“地獄鬼(インフェルノオーガ)“もこれまでのようだな」


セシルが魔力弾をいっせいに放ってきた。


鬼ノ助は自分に放たれる魔力弾と氷玉を剣で捌き続ける。


右手でロングソードをもち、セシルの攻撃を斬る。

左手で短剣を持ち、シグマによる攻撃を弾く。



「てめェだけでも道連れさ…」


鬼ノ助は防御をやめた。


2本の剣をおさめ、大剣を再び手にする。


(はじめからくらうつもりで受ければ、“死ぬまで死なない”さ)


複数の魔力弾と氷玉が身体中に被弾する。


「らぁ!」


鬼ノ助は大剣を振りかざす。


王都を剣撃が走り抜けた。



轟音をならし、セシルまで一直線に向かう。

セシルの体から血飛沫が舞った。


「ぐッ…」


「へッ、てめェも限界だったようだな」


セシルが膝から崩れる。


この状況を突破することはできないだろう。

しかし、自分で決めた最低限の目標であったセシル撃破は達成できた。


セシルが倒れていく姿がスローモーションに見えた。



復活(リザレクション)



セシルの体を琥珀色の光が包む。

できたばかりの剣傷はあっというまにふさがった。


セシルは倒れることなく、踏みとどまる。


「バカな…」


鬼ノ助はセシルの横に目をやる。


そこにはグランドロッドのソフィア・ホワイトが立っていた。

杖をセシルへとかざしている。


いつのまにか、他の負傷者も回復しているようだ。


「今度は間に合ってよかったですわ」


鬼ノ助の額に血と汗が滲んだ。


状況は絶望的であった。


(くそが…困難なんてもんじゃねぇぞ…)


突破できる手はないか思考を巡らすも、妙案が浮かぶはずもない。



「万策尽きたか。死ね」


アルバン元帥が掌をむけてきた。


「カイザーショック」


衝撃波が塊となって掌から放たれた。


鬼ノ助は咄嗟に腰からロングソードを抜き、飛斬を返した。


しかし、飛斬はかき消され、剣は砕けた。


鬼ノ助の体に衝撃が走る。

骨まで砕けるかと思うほどのダメージをその身に受けた。


「ぐはァ…」


鬼ノ助は吐血した。


「終わりだ」


アルバンが間合いを詰め、接近してきていた。

剣を下から上へと、逆風斬りの剣筋が奔る。


鬼ノ助は辛うじて、首を後ろに引き、攻撃を避けた。


ザシュッ…


小さく血が飛沫を上げた。

鬼ノ助の左頬から左目下にかけて、縦に裂傷を負う。

鬼ノ助は血で視界が染まるのを感じながら、よろめきつつ、辛うじて倒れるのを堪えた。



辺り一帯を見渡すと、数多くの魔法使いが睨みながら杖を構えている。



「「炎玉(ファイヤーボール)」」



その数、20発はあろうか。

手足は凍りつき、小回りのきく武器は折れた。


ドォン…


一撃目が命中する。


ドン


二撃目がすぐさま爆発する。


ドン


ドォン…


果てしなく感じる魔法の連撃に、意識が段々と遠のいていく。


(くそ…ここまでか……)



急に攻撃が止んだ。


最早、目は霞み、よく見えない。


何者かが前を遮っている。


「なにをしている!サブ・マスター1人くらいさっさと討ちとれ!」



「舞子か…?」


「寝ぼけていないで、しっかりしなさい。死ぬなんて許さない」


鬼ノ助は辛うじて開いた片目で舞子に目をやる。


その目は大きく見開かれた

舞子はすでに隻腕となっていた。


激戦をくぐって耐えていたのだろう。

俺の危機に急いで駆けつけたようだ。


「舞子…すまん…」


鬼ノ助の口から弱弱しく声が発せられた。


「ダメ、許さない」


無茶を言う。

こんな状況を乗り越える方法なんて、もうないぞ。


「鬼ノ助。私との誓い、生涯忘れるなよ。私は後悔などしない」


舞子が鬼ノ助に体を向ける。

舞子とは長い付き合いだが、その顔は覚悟を決めた顔だった。


「てめェ…なにを…?」


疑問が口をついて出る。


空間転移(トランスファー)


(!?)


鬼ノ助は目を剥いた。

舞子は転移魔法を詠唱した。


王軍の移動門(ゲート)でさえ、移動範囲が町の中までしか通じていない。


それを上回る移動魔法などを使えば、甚大な魔力が必要となる。

舞子の魔力量ではせいぜい目の届く範囲にしか飛ばせない。


「お前…まさか…」


鬼ノ助は察した。


「勝手は許さん。ふざけんなッ!」


「生きて、鬼ノ助」


詠唱が完了した。

舞子が、場違いなほど明るい笑顔を鬼ノ助に向けてきた。


鬼ノ助の体を魔法陣が包み込む。

景色が揺らめきながら変わっていく。


(バカが…)


舞子の魔力では足りない。

その命を犠牲にして、遠くへ転移させることほどの魔法を完成させたのだろう。



ザン…


消えゆく景色の中で、舞子が斬られた。


血飛沫を上げながら倒れていく。


「手間を増やしよって。バカめ」


アルバン・フォーゲルの声であった。


(……!………!)


あげた怒号は声になっていたかどうか。


周りゆく景色の向こう側から、叫び声が聞こえてくる。


転移魔法によって、飛ばされながら、鬼ノ助の意識は段々と暗い海に落ちていくように消えていった。

最後に頭をよぎったのは、舞子の笑顔だった。




「…、それで気づいたらこの里の布団で寝てたのさ。まさか王軍の襲撃を受けているとはな」


鬼ノ助が、内乱の顛末を話し終えた。


その内容はナツキにとってはもちろん、里の皆にとっても衝撃であったことだろう。


「それで、王都はどうなったのですか!?」


一人の男が質問をした。


「俺は自分が転移されたところまでしか分からん」


それもそうだろう。

状況から察するに、どんな秘策をもってしても死影が挽回できるように見えない。


「死影は壊滅したんだろうか」


ナツキは小さく疑問を呈した。


鬼ノ助はチラッと目を向けてくる。


「構成員のほとんどは殺されただろう。しかし、カイは間違いなく生きている」


カイとはギルドマスターの名だ。


「なぜ分かるんだ?」


実力を認めている、という理由以外にありそうな確信を持っているようだ。


鬼ノ助が、懐から小さな板切れを取り出した。

なにやら読めない文字が書いてある。

薄く魔力を含んだ光を発している。


「それは!?“盟約の割り符”を一族以外のものと交わしたのですか」


珠里が驚きの声をあげた。

驚きの表情で鬼ノ助を睨んでいる。


「アイツがそれに足る男だと考えたからさ。この割り符が割れない限り、アイツは死んでいない」


鬼ノ助はギュッと板切れを握りしめていた。

話から察するに、漢民族に伝わる秘術の一種なのだろう。


「話は仕舞ぇだ。俺は疲れた。休ませてもらう」


しんみりした場をとりなすように、鬼ノ助がふんぞり返りながら終了を宣言した。


集会場では、住民たちが鬼ノ助に尊敬の眼差しを向けている。


敗北したとは言え、自分たちを長年苦しめた国家に反逆したのだ。

共感しこそすれ、反感を抱くことなど考えられないのだろう。


「ふぅ…決をとるまでもないですね。では、このたび、里を出奔した鬼ノ助の罪は不問とします」


「はッ、先にも言ったが、お前たちが俺を断ずるなんて無理だ」


珠里は少し安堵した表情を浮かべていた。

心から兄を裁く気などなかったのだろう。


“集い”は終わった。


話を聞き終えた住民たちの表情には、明るさが戻ってきていた。

鬼ノ助の語りによって希望を見たというところだろう。


ぞろぞろと会場から住民たちが出て行く。


ナツキはその様子を座して見ていた。


「おい、テメェ、時間はあるか?」


鬼ノ助が話しかけてきた。


ナツキにとってもちょうど良い。

詳しく聞きたいことがあったのだ。


「もちろんあるさ」


ナツキはニッと笑い返す。


この後の鬼ノ助との話し合いで、ナツキの旅は大きく変化していくことになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 舞子のシーンで涙腺が決壊 もっと鬼の助と舞子を見たかった
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