71 鬼の歩み④
さすがの鬼ノ助もその男の登場には驚いた。
その名はドルト三幹部の一人、ドルト軍の将軍のものであった。
その男は不敵に笑いつつ答えた。
力を抑えているにも関わらず、漏れ出る“気”がチリチリと音をさせている。
幾多の戦場を経験してきた鬼ノ助でさえ、目を離せない圧倒的存在感だった。
(こいつ…できる!)
パキパキ…
またしても、氷玉で攻撃をうけて、我に返った。
気を抜くとシグマが氷魔法を発動させてくる。
後方にはセシル。
いつのまにか夥しい数の魔力弾を準備している。
「“地獄鬼“もこれまでのようだな」
セシルが魔力弾をいっせいに放ってきた。
鬼ノ助は自分に放たれる魔力弾と氷玉を剣で捌き続ける。
右手でロングソードをもち、セシルの攻撃を斬る。
左手で短剣を持ち、シグマによる攻撃を弾く。
「てめェだけでも道連れさ…」
鬼ノ助は防御をやめた。
2本の剣をおさめ、大剣を再び手にする。
(はじめからくらうつもりで受ければ、“死ぬまで死なない”さ)
複数の魔力弾と氷玉が身体中に被弾する。
「らぁ!」
鬼ノ助は大剣を振りかざす。
王都を剣撃が走り抜けた。
轟音をならし、セシルまで一直線に向かう。
セシルの体から血飛沫が舞った。
「ぐッ…」
「へッ、てめェも限界だったようだな」
セシルが膝から崩れる。
この状況を突破することはできないだろう。
しかし、自分で決めた最低限の目標であったセシル撃破は達成できた。
セシルが倒れていく姿がスローモーションに見えた。
≪復活≫
セシルの体を琥珀色の光が包む。
できたばかりの剣傷はあっというまにふさがった。
セシルは倒れることなく、踏みとどまる。
「バカな…」
鬼ノ助はセシルの横に目をやる。
そこにはグランドロッドのソフィア・ホワイトが立っていた。
杖をセシルへとかざしている。
いつのまにか、他の負傷者も回復しているようだ。
「今度は間に合ってよかったですわ」
鬼ノ助の額に血と汗が滲んだ。
状況は絶望的であった。
(くそが…困難なんてもんじゃねぇぞ…)
突破できる手はないか思考を巡らすも、妙案が浮かぶはずもない。
「万策尽きたか。死ね」
アルバン元帥が掌をむけてきた。
「カイザーショック」
衝撃波が塊となって掌から放たれた。
鬼ノ助は咄嗟に腰からロングソードを抜き、飛斬を返した。
しかし、飛斬はかき消され、剣は砕けた。
鬼ノ助の体に衝撃が走る。
骨まで砕けるかと思うほどのダメージをその身に受けた。
「ぐはァ…」
鬼ノ助は吐血した。
「終わりだ」
アルバンが間合いを詰め、接近してきていた。
剣を下から上へと、逆風斬りの剣筋が奔る。
鬼ノ助は辛うじて、首を後ろに引き、攻撃を避けた。
ザシュッ…
小さく血が飛沫を上げた。
鬼ノ助の左頬から左目下にかけて、縦に裂傷を負う。
鬼ノ助は血で視界が染まるのを感じながら、よろめきつつ、辛うじて倒れるのを堪えた。
辺り一帯を見渡すと、数多くの魔法使いが睨みながら杖を構えている。
「「炎玉」」
その数、20発はあろうか。
手足は凍りつき、小回りのきく武器は折れた。
ドォン…
一撃目が命中する。
ドン
二撃目がすぐさま爆発する。
ドン
ドォン…
果てしなく感じる魔法の連撃に、意識が段々と遠のいていく。
(くそ…ここまでか……)
…
急に攻撃が止んだ。
最早、目は霞み、よく見えない。
何者かが前を遮っている。
「なにをしている!サブ・マスター1人くらいさっさと討ちとれ!」
!
「舞子か…?」
「寝ぼけていないで、しっかりしなさい。死ぬなんて許さない」
鬼ノ助は辛うじて開いた片目で舞子に目をやる。
その目は大きく見開かれた
舞子はすでに隻腕となっていた。
激戦をくぐって耐えていたのだろう。
俺の危機に急いで駆けつけたようだ。
「舞子…すまん…」
鬼ノ助の口から弱弱しく声が発せられた。
「ダメ、許さない」
無茶を言う。
こんな状況を乗り越える方法なんて、もうないぞ。
「鬼ノ助。私との誓い、生涯忘れるなよ。私は後悔などしない」
舞子が鬼ノ助に体を向ける。
舞子とは長い付き合いだが、その顔は覚悟を決めた顔だった。
「てめェ…なにを…?」
疑問が口をついて出る。
≪空間転移≫
(!?)
鬼ノ助は目を剥いた。
舞子は転移魔法を詠唱した。
王軍の移動門でさえ、移動範囲が町の中までしか通じていない。
それを上回る移動魔法などを使えば、甚大な魔力が必要となる。
舞子の魔力量ではせいぜい目の届く範囲にしか飛ばせない。
「お前…まさか…」
鬼ノ助は察した。
「勝手は許さん。ふざけんなッ!」
「生きて、鬼ノ助」
詠唱が完了した。
舞子が、場違いなほど明るい笑顔を鬼ノ助に向けてきた。
鬼ノ助の体を魔法陣が包み込む。
景色が揺らめきながら変わっていく。
(バカが…)
舞子の魔力では足りない。
その命を犠牲にして、遠くへ転移させることほどの魔法を完成させたのだろう。
ザン…
消えゆく景色の中で、舞子が斬られた。
血飛沫を上げながら倒れていく。
「手間を増やしよって。バカめ」
アルバン・フォーゲルの声であった。
(……!………!)
あげた怒号は声になっていたかどうか。
周りゆく景色の向こう側から、叫び声が聞こえてくる。
転移魔法によって、飛ばされながら、鬼ノ助の意識は段々と暗い海に落ちていくように消えていった。
最後に頭をよぎったのは、舞子の笑顔だった。
◆
「…、それで気づいたらこの里の布団で寝てたのさ。まさか王軍の襲撃を受けているとはな」
鬼ノ助が、内乱の顛末を話し終えた。
その内容はナツキにとってはもちろん、里の皆にとっても衝撃であったことだろう。
「それで、王都はどうなったのですか!?」
一人の男が質問をした。
「俺は自分が転移されたところまでしか分からん」
それもそうだろう。
状況から察するに、どんな秘策をもってしても死影が挽回できるように見えない。
「死影は壊滅したんだろうか」
ナツキは小さく疑問を呈した。
鬼ノ助はチラッと目を向けてくる。
「構成員のほとんどは殺されただろう。しかし、カイは間違いなく生きている」
カイとはギルドマスターの名だ。
「なぜ分かるんだ?」
実力を認めている、という理由以外にありそうな確信を持っているようだ。
鬼ノ助が、懐から小さな板切れを取り出した。
なにやら読めない文字が書いてある。
薄く魔力を含んだ光を発している。
「それは!?“盟約の割り符”を一族以外のものと交わしたのですか」
珠里が驚きの声をあげた。
驚きの表情で鬼ノ助を睨んでいる。
「アイツがそれに足る男だと考えたからさ。この割り符が割れない限り、アイツは死んでいない」
鬼ノ助はギュッと板切れを握りしめていた。
話から察するに、漢民族に伝わる秘術の一種なのだろう。
「話は仕舞ぇだ。俺は疲れた。休ませてもらう」
しんみりした場をとりなすように、鬼ノ助がふんぞり返りながら終了を宣言した。
集会場では、住民たちが鬼ノ助に尊敬の眼差しを向けている。
敗北したとは言え、自分たちを長年苦しめた国家に反逆したのだ。
共感しこそすれ、反感を抱くことなど考えられないのだろう。
「ふぅ…決をとるまでもないですね。では、このたび、里を出奔した鬼ノ助の罪は不問とします」
「はッ、先にも言ったが、お前たちが俺を断ずるなんて無理だ」
珠里は少し安堵した表情を浮かべていた。
心から兄を裁く気などなかったのだろう。
“集い”は終わった。
話を聞き終えた住民たちの表情には、明るさが戻ってきていた。
鬼ノ助の語りによって希望を見たというところだろう。
ぞろぞろと会場から住民たちが出て行く。
ナツキはその様子を座して見ていた。
「おい、テメェ、時間はあるか?」
鬼ノ助が話しかけてきた。
ナツキにとってもちょうど良い。
詳しく聞きたいことがあったのだ。
「もちろんあるさ」
ナツキはニッと笑い返す。
この後の鬼ノ助との話し合いで、ナツキの旅は大きく変化していくことになる。




