69 鬼の歩み②
時は3日前に遡る。
――死影と鬼組が国王を弑逆した。
その情報は瞬く間に王都タペルで広がった。
600年間続いた国家体制で初めての大事件であった。
政権を掌握した死影と鬼組は、これをもって革命を宣言したが、後世の歴史家は、これを“クーデター”と評価した。
まだ民衆の間での見方は定まっていないようで、固唾をのんで政権の行方を見守っている、といったところである。
王軍の兵士たちは意気消沈し、投降した。
戦闘していた魔法ギルドの魔法使いたちも、国王が殺されたもとで、内乱鎮圧を諦め、撤退した。
カイと鬼ノ助は政権掌握が成った日に、幹部のみの緊急会議を行った。
“宵闇の間”へと集まり円卓を囲む。
参加者は死影から、マスターのカイと、十影の“刹”。
鬼組からは鬼ノ助と舞子であった。
幾人かの幹部たちは激しい戦闘の末、命を落としていた。
「減ったな…」
鬼ノ助が呟く。
「王政を倒すには、これくらいやむを得んさ」
カイが静かに返事をした。
まずはそれぞれの戦場での戦績を確認した。
紅とノスタルジアの戦闘は、クレイの圧勝であったらしい。
チェルシーをはじめ、ノスタルジアの幹部たちは研究所に拘束しているとのこと。
内乱終結までは、紅の面々が監視すると連絡が入った。
カッツウォルドの戦闘については、死影の末端メンバーが偵察に赴き、情報をカイに送ってきていた。
なんと、セシルは魔王に勝利したらしい。
これには鬼ノ助も驚いた。
しかし、十影のメンバーが命を賭してほとんどの魔法を封じたため、セシルの行動にはかなりの制限がかかっている。
王都に着くまで、暫し時間がかかるだろう。
王都では、グランドロッドのジョセフが鬼ノ助と戦って死亡。
五星ギルドのヘブンズゲートはセシル不在の状態で、サブ・マスター達が内乱鎮圧に乗り出した。
鬼組のサブ・マスター2人と相打ちとなったようだ。
王城内については、投降した兵士たちは死影のギルドメンバーたちが闇魔法≪契約≫で行動制限をかけた。
これで、ドルトとの戦争でも働いてもらうことができる。
しかし、拘束したはずのブラッドが無限空間を解除し、行方をくらませているのが気がかりだ。
“新月の間”には十影の死体が転がっていただけであった。
「やはり簡単にはいかんようだな…」
カイが遠くを睨むようにこぼした。
「まァ、五星は事実上機能停止だ。あとは王軍トップの4人を撃破すれば終わりだ」
「だが、情勢は激動のようだ」
「なにかあったのか?」
鬼ノ助は問いただした
「ドルトがすでにエディンに向かって進軍を開始した」
「なんだとッ」
鬼ノ助は驚いた。
いくらなんでも早すぎる。
内乱が成ったその日に、情報を察知して行動を開始できるなんてあり得るのだろうか。
「俺も驚いたが、事実だ。明日には中央平原まで進軍してくるだろう」
鬼ノ助はチッと舌打ちする。
「てぇことは、俺たちは内政を掌握してもいない段階で、ドルトの進軍を捌きながら、ブラッドたちを撃破する必要があるってことか」
鬼ノ助は椅子にふんぞりかえりながら愚痴をこぼした。
カイはまったくダメージをうけていないが、鬼ノ助はジョセフとの戦闘で傷を負っている。
簡単に負けるつもりはないが、勝ち続けることも簡単ではないと考えていた。
「まァ、落ち着け。ドルト軍はここに着く前にデールを通る必要がある。どんなに早くても1週間はかかるだろう」
「なるほどな。…ってことは、俺たちはその間にセシルと王軍の4人を撃破すればいいってことか」
「その通りだ」
カイがニッと笑う。
「で、ブラッドたちはどこへ消えたんだ?」
「それが不明だ。俺の魔力感知なら王城内全てを把握できる。しかし、ブラッドの気配はどこにもない」
「ってことは、一旦どこかで隠れ潜んでいるのか」
「そうだろう。明日、お前たちに内政掌握の仕事を任せたい。俺と刹で王都内のどこに潜んでいるか探りを入れようと思う」
「わかったよ。舞子聞いてたよな」
「だからって、右から左へ全部仕事を振らないでください。一緒にやりましょう」
初日の会議は終わった。
◆
それから2日半が経過した。
鬼ノ助は舞子とともに、内政の執務についている。
「まったく、こういった仕事はむかんな」
「口ではなく手を動かしてください」
鬼ノ助の愚痴を舞子が叱りつける。
チッと舌打ちしながら、鬼ノ助は執務を続けた。
「それにしても、やっとここまで来られましたね」
舞子が感無量といった表情を浮かべて、顔をむけた。
「あァ…長かったな。まさか、先にエディンの王政が倒れるとは」
舞子と2人で漢民族の里を離れてから、ドルトを滅ぼそうと考え、エディンの五星にまで昇りつめた。
あとは、間もなく開始されるドルトとの戦争に勝利するだけだ。
それで、この小さな島の二国統治は終わる。
落ちぶれた同族たちも怯えることなく暮らせるだろう。
今後の戦闘はとても楽観視できないが、ついつい夢想してしまう。
「大変ですー!」
部下が一人慌てて部屋に転がり込んできた。
「どうした」
舞子が質問をむける。
「レリィの洞窟から、魔物が大量に出現し、王都に向かってきます!」
「なんだとぉ…?」
鬼ノ助が外を睨みつける。
レリィの洞窟から、魔物の大群が王都へと襲いかかってくる、という現象は、たびたび観測されている。
その法則性は未解明のままだったが、よりによって内乱を成した直後にくるとは。
これは運がないのか、それとも必然か。
「出てきている魔物は?」
「ヒドラ、ウォーム、ガーゴイルです…」
「洞窟下層に生息する魔物たちね…前回よりも脅威が上だわ」
舞子が驚きつつ反応した。
「如何いたします?」
「チッ…仕方がねぇ。百鬼夜行で迎え撃て。魔法ギルドのやつらに討伐依頼を出しな」
「はっ!」
部下が外へ駆けて行った。
「もしやこれは…」
舞子が疑問を口に出そうとしたその時。
ズォォォン
突如、轟音が響いた。
「何事だッ!?」
王城の天井は崩れ、空が見えている。
ズォン!
ズドン!
そこら中で爆発音が響く。
空に目を向けると、次々となにかが降ってきている。
「あれは…≪隕石≫か!?」
神聖魔法による広範囲攻撃をうけていた。
不意打ちによる隕石など、回避不能、甚大な被害が王城でうまれる。
「鬼ノ助、まずいことになった」
影からズブズブとカイが出てきた。
「この攻撃はなんだってんだ!」
「セシルさ。魔法式封印をうけているため、不意打ちで神聖魔法を放ってきやがった」
「なに…」
“絶対者”による魔法であれば、これだけの規模の攻撃も納得だ。
すぐさま撃破に向かわなくてはならない。
「発動場所はどこだ!?」
「おそらく、ヘブンズゲートの本部だ」
「なら、急いで向かうしかないな。神聖魔法の発動中なら、撃破チャンスだ」
「待て」
「時間がねぇだろ!」
「ドルトの軍隊がマァム湿原まできているのだ」
「なんだと…」
鬼ノ助は目を剥いた。
あまりに早すぎる。
デールの魔法ギルドと戦闘した場合、ドルト軍の方が戦力が上とは言え、数日は持ちこたえるだろうと思っていた。
「おそらくデールは抵抗していない。町の横を通るドルト軍を見て見ぬふりをしやがった」
カイがギリっと歯をならす。
なぜそんなことが起きるのか謎であった。
しかし、それであればなおさらまずい情勢だ。
東からはドルト、西にはセシルがいることになる。
どちらも最大戦力で叩いておきたい存在だ。
示し合わせたように同時にくるとは。
「まさか…」
鬼ノ助ははっとする。
「そういうことだろうな」
みなまで言わずとも、カイが同意してきた。
偶然ではなく、必然の事態だということを。
「いずれにしても、オレとお前が其々を撃破する必要がある」
「仕方がねぇな。で、どうする」
「オレならば、破壊世界で雑魚を一掃できるさ。オレがドルトを迎え撃つ」
「ってことは、俺がセシルを撃てばいいんだな」
「死ぬなよ」
「テメェもな」
鬼ノ助は大剣を背負い、王城から打って出た。
槍を装備した舞子も鬼ノ助の後方に続いた。
…
……
鬼ノ助は王都タペルの西地区まで移動した。
道中、住民が屋根から屋根を移動する鬼ノ助を目撃し、怯えたような視線を向けてきた。
五星ギルドのマスターと国王を殺害したのだ。
恐れられるのはやむを得ないだろう。
その怯えた目の中に、殺気が混じったものが少なくない、ということだけが気がかりであった。
(まァ、ともかく、今はセシル優先だ)
ヘブンズゲートの本部が目視できるところで、鬼ノ助は大剣を背から手に取った。
「らァ!」
ザォン
王都を剣撃が奔る。
剣撃はヘブンズゲートの本部へと命中し、建物が縦に割れる。
しかし、悲鳴もなにも聞こえない。
ただ、建物がガラガラと崩れる音のみが聞こえた。
「妙だな」
不意打ちで一撃いれたのだ。
それで無反応とは、誰もいなかったと考えられる。
≪氷輪≫
突如、鬼ノ助と舞子を魔法陣がつつむ。
2人の周囲だけ、猛吹雪に襲われたように雪が舞い上がる。
「ぐッ、しゃらくせぇ!」
鬼ノ助は大剣で足元の屋根を破壊した。
同時に魔法陣も崩れ、雪はやむ。
ふと周りに目をむけると、そこら中の住居から魔法使いが出てきた。
ざっと百人以上はいるだろうか。
「これは…」
舞子が冷や汗を流している。
誘い込まれたとみていいだろう。
魔法使い1人ひとりは異なるローブを羽織っている
「どうやら、“使徒”と“ボロ杖”の魔法使いたちが大多数だな」
五星の幹部を討ち取られ、徒党を組んで撃破にきたというところであろう。
≪炎付加≫
鬼ノ助は武器に炎を灯す。
舞子も同様に、装備に火をつけた。
鬼ノ助と舞子は屋根から飛び降り、魔法使いを1人ずつ撃破していく。
「くッ…」
「ぐあぁ!」
この連中は雑魚だ。
問題はグランドロッドのサブ・マスターと、セシルがどこから攻めてくるかだ。
気づけば、周りには鬼組の百鬼たちも加わり、大乱戦となっている。
「お前たちはレリィに向かいな」
「し…しかし…」
「うっせぇ、さっさと行動しろ。ここは俺と舞子でどうにかする!」
「「ハッ!!」
百鬼たちが西地区から王都の外へと向かった。
多勢に無勢が過ぎるが、仕方がないことだと割り切る。
どれだけ相手が多くても、セシルさえ撃破できれば問題ない。
「鬼ノ助ェェ!!」
空から細目の若造がつっこんできた。
≪風刃≫
風魔法で攻撃してくる。
鬼ノ助は剣撃で全ての風刃を捌いた。
「七光の小僧か」
鬼ノ助の口元がニッと笑う。
「黙れ!殺す!」
「アーデル突っ走るな!」
後ろからサブ・マスターのレオ・ロバーツとケミが駆けつけてきた。
グランドロッドの幹部か。
「炎槍飛弾!」
鬼ノ助の後方から、鋭く伸びた深紅の単線が複数レオたちにむかっていく。
グランドロッドのサブ・マスターたちは横にとんで回避した。
「舞子か」
「この者たちは私が相手をします。あなた様はセシルを」
「死ぬなよ」
「こんな奴ら余裕よ」
鬼ノ助は体をヘブンズゲートの建物へと向ける。
斬撃への反応こそなかったものの、間違いなくセシルはあそこにいる。
「逃げるなぁ」という小僧の叫びが聞こえるが、無視だ。
鬼ノ助はヘブンズゲートの本部前へと駆けていく。
「セシル出てこいや。建物内で震えたまま死にたいのか」
鬼ノ助の濁声が響きわたる。
建物の屋上からスッと人影が出てきた。
鬼ノ助を高所から見下ろしている。
眼光は鋭く、槍を突き刺すような視線。
「愚か者どもが。万死に値する」
体に目視できるほど濃い風属性の魔力を纏って、“絶対者”セシルは佇んでいた




