68 鬼の歩み①
ナツキは、住民たちの治療を一通り終えた。
幸い、重症者は全員一命を取り留めることができた。
しかし、30人ほどの犠牲が出てしまった。
100人程度の集落人口にとって、深刻な死者数であった。
住民たちは各々、傷みに耐えるような表情で墓穴を掘っている。
ナツキは、自分たちの来訪のせいでこの集落が襲われてしまったことに内心、大きな罪悪感を覚えていた。
「気にするな。エディンへの恨みをお前たちにむけるつもりはない」
表情から察したのか、気落ちするナツキに英夫も声をかけた。
「すまん…」
やっとそれだけ言うことができた。
「それにしても、あなたの旅は命がいくつあっても足りないわね」
仕事を終えたミユが話しかけてきた。
「勝手についてきたくせに文句言うなよ」
「そうだけどさ。普通なら人生で一度も会わない軍団長と、この短期間で3回も戦闘になるなんて、びっくりよ」
それもそうだ。
ミユは一時、シグマとも応戦したようだし、理不尽な相手とばかり対峙しているな。
とは言え、ナツキにとっても、別に望んで巡り合わせた事態ではない。
「ナツキ、少し、時間をもらえるか?」
治療がひと段落して、英夫が尋ねてきた。
「どうした?」
「これから珠里様が“集い”を開くとのこと。住民のみで行おうとしていたのだが、鬼ノ助さんがお主らも参加してもらうように進言したらしい」
「まじか…」
ナツキも話を聞きたいとは思っていた。
王都でなにがあったのか聞いておきたい。
それだけでなく、鬼ノ助をはじめとする勢力が、多大な権限を持つ五星ギルドとしての立場を投げ捨ててまで内乱を起こした動機を知りたかった。
「願ってもない話だがいいのか?」
「うむ、鬼ノ助さんの意図は分からんが、俺としても二度も里を救ってくれた主らが参加することには賛成だ」
英夫は明るく言った。
里の仲間を殺された直後にもかかわらず、こちらが気遣われるとは、なんだか心が洗われるようだった。
ナツキたちは英夫の案内で、里の南端に位置する大きな建物へと案内された。
歴史を語り継ぐ“集い”の開催などをはじめ、里の人間を集めてなにかをおこなうためによく使われている施設らしい。
建物内にはすでに住民の半数くらいが集まっているようだった。
ナツキたちは部屋のもっとも後方へと遠慮がちに陣取った。
「なにしている。青眼たちは俺の横へこい」
鬼ノ助がナツキを名指しで命じた。
「うぇぇッ!?」
ルイスが変な声を出した。
ガチガチに緊張しているようだ。俺たちに同行しようとみせたあの図々しさはすっかり鳴りを潜めている。
「兄様、勝手は困ります」
「別にいいじゃねェか」
珠里が睨みつけるが、鬼ノ助は意に介していないようだ。
珠里ははぁっとため息をついた。
「20年前に長候補筆頭だった兄様が里を捨ててから、私がどれほど苦労したか考えてほしいものです」
「それについては悪かったな。しかし、俺も成すべきことをしたかったのさ」
「成すべきこと…?」
「それについてはあとで話してやるよ」
なにやら重要そうな会話をしている。
ナツキは後方にミユとルイスを残し、鬼ノ助の横まで移動した。
鬼ノ助がじぃっと見つめてくる。
「お前は一体なにものだ?」
いきなり茫漠とした質問を投げてきた。
「旅の薬屋だ」
「いや、そういったことではない。なぜ、それだけの強さを持ちながら、放浪している」
「うーん…そう言われてもな…」
ナツキは少し返答に困った。
その実力によって今の地位を築いた鬼ノ助には、わかるべくもないのだろう。
ナツキの旅は、人々のためにできることはなにかを探す、というのが動機の原点だ。
しかし、すぐ答えが出るわけもなく、見つかるまで旅をしようとここまで続けてきただけのことだ。
「まァ、いい。お前はエディンに喧嘩を売る気はあるか?」
すごい質問が飛んできた。
おそらくこれが本題だろう。
まだ動機が明らかにはなっていないが、あれだけのことを仕出かしたのだ。
鬼ノ助が、今後もエディンと戦う人生を歩むのは間違いない。
それに対して、ナツキがどう応えるか真意を測られているようにもとれた。
「積極的に喧嘩を売るとは決めていないが、今の体制を変革すべきとは思っている」
これについては明確に答えることができる。
鬼ノ助の口元がふっと笑った。
「十分だ。治療してくれたこと、オーロを退けたこと、礼を言う」
尊大な態度で謝意を述べられた。
複雑な心境だが、素直に嬉しく受け取っておこう。
気づけば、集会場に人が相当集まってきていた。
「それでは“集い”を開催する」
珠里が開会を宣言した。
「まずは、今回の襲撃で犠牲になった同志たちに黙祷を捧げる」
冒頭、全員が瞑目し、静かな時間が流れた。
ミユたちも同様に黙祷している。
「黙祷止め」
珠里の合図で全員の瞼が開いた。
その後は、ナツキも先だって耳にした漢民族の歴史について古語で語りだした。
…
……
「そして、またしても、我らはエディンの傲慢さの前に犠牲を強いられることとなった。我らの命運はエディンとドルトの存在がある限り脅かされ続けることが、あらためて明らかとなったと言えよう」
珠里がそう述べ、いったん話を切った。
重苦しい空気が広がる。
この語りによって、600年間の歴史を紡いできたのだろう。
今回の襲撃も、漢民族の歴史に語り継がれることとなるようだ。
「今回の“集い”は特別な語りがある。其方らも存じの通り、中条家の主が帰ってきた」
会場がざわつき出した。
「久しぶりだな、テメェら」
鬼ノ助の語りは、無沙汰を悪びれる様子もなく不敵な態度であった。
「知っての通り、鬼ノ助は里を二十路のころに出奔し、エディンの五星ギルドの長を務めた男だ。この男を再び里に受け入れるか、裏切り者と断ずるか、この場で判断する」
集会場が異様な緊張感に包まれる。
「おいおい。俺はこの里で暮らすつもりはないぞ」
鬼ノ助が両手を広げ、返事をした。
「兄様、勝手な発言はやめてください」
「ふん、勝手なことを言い出したのはお前だろう。それに断ずると言っても、俺を裁くのは無理だぜ」
珠里と鬼ノ助が睨み合っている。
「珠里様、ここにいる者によれば、鬼組がエディンで内乱を起こしたと聞き及んでおります。裏切り者と断ずる必要はないように思います」
英夫が立ち上がり発言した。
横に座したルイスに視線が集中する。
当人はあまりのことに恐縮して、小さくなっているようだ。
「私からもいいでしょうか」
前列に座る美丈夫が手を上げた。
「なんじゃ、吾朗」
珠里が発言を許可する。
「まず、鬼ノ助様がどのような道を歩まれたのか、質しとうございます」
「…ふむ」
珠里はゴロウと呼ばれた男の提案を受け入れたようだ。
「では、兄様。里を離れてからのことを糺しましょう」
鬼ノ助がちっと舌打ちする。
いかにも面倒だと言った態度だったが、諦めたように語りはじめた。
――鬼ノ助は落ちぶれていく漢民族の中で育ち、このまま人生を終えるのは嫌だと考えた。
そこで、親しき仲だった舞子という女とともに里を旅立った。
「舞子と俺は語り合ったさ。どんな人生を歩むかと。2つのことを決めた。絶対に後悔しないこと。そして、生涯のうちに、エディンかドルトのどちらかを滅ぼすことを誓った」
聴衆の目が丸くなる。
「どっちも大国だ。俺と舞子だけじゃ、良くて王軍幹部を一人倒す程度。それならば、どちらかの国へと赴き、戦争の局面を変え、一国を滅ぼすのがよいと考えたのさ。遠回りのようだが、これが一番早い」
「鬼ノ助様…」
聞いている住民たちから声が漏れる。
「とりあえず戦闘に長けたものを、旅をしながら集め、小勢ではあるが傭兵集団が出来上がった。たまたまエディン領にいたから、エディンの魔法ギルドに登録したのさ。別にドルトでもよかったんだがな」
ナツキにとっても、初めて聞く話ばかりである。
鬼組が異端である噂は聞いていた。
戦闘方法も、ギルドマスターの出自もなにもかも、魔法使いではないという話を至る所で聞いた。
「しかし、戦争の局面を変えるには権力がいる。正攻法では漢民族の俺が王軍で上り詰めるのは不可能だろう。だから俺は、4年前のギルド大戦で五星の1つを潰してやったのさ」
この一件で、鬼組はゴディス島各地にその名を知らしめたため、全員が知っているようだった。
この里のものにとっては複雑な報だったに違いない。
自分たちを虐げる国家の上層部の一角を漢民族が撃破した。
しかし、その椅子に里の仲間が君臨する。
喜んでいいのか、恨んでいいのか相反する感情を持て余したことだろう。
「そして、今年の五星会議で、死影から1つの動議がなされた。エディンの全軍でドルトへ攻め入るという提案だ。俺にとってみたら、反対する理由なんざあるわけがない。賛成したさ」
会場がまた少しざわついた。
ナツキはシグマから聞いていたが、漢民族にこの情報がもたらされたのは初めてだろう。
「そんな提案が…」
珠里も驚いているようだ。
「問題はその後だ。反対多数で議案は否決された。そこで、俺たちと死影は、疑義を抱いてエディンの王政内部を調査することにした。動いたのは主に死影だがな。そして、エディンの機密文書で、戦争する気が一切ないことを知った」
「えッ…」
「なんだって!?」
驚きの声がそこら中から上がる。
その後、鬼ノ助は、調査活動で知り得た、さらに衝撃的なエディンの王政の闇について聴衆に明らかにした。
――五星ギルドの全てが王政の御用ギルドだったこと。
――国家主導で、御用ギルドを中心に、密かに大規模な魔法研究における軍事兵器開発が秘密裏に行われていること。
――その実験が南方の流刑島で囚人を被験体として、おぞましい内容が繰り広げられていること。
「…そして、その研究資料は大国アディスへと流されていた。つまり、エディンとは、アディスの魔法実験場だったのさ。俺たちは実験動物だったというわけだ」
一同静まり返る。
ナツキにとっては既知の情報もあり、ある程度の仮説を立ててはいたが、鬼ノ助の話で裏付けを得ることになった格好だ。
「事実を知った俺と死影は憤った。これまでの苦渋は、国家どころか、大国の傀儡によってもたらされたものだった。家畜以下の扱いだ」
そこで、鬼ノ助は少し言葉をため、こぶしをぐっと握りしめていた。その怒りが伝染するかのように、場の熱気も高まった。
「そこで、死影と王政を打倒する盟約を結び、発起した。その後、俺は五星のギルドマスターの一人を倒し、国王については死影が弑逆した」
鬼ノ助がそこまで話したところで、歓声があがった。
漢民族を苦しめてきた国家の国王が倒されたのだ。喜ぶなという方が無理な話だろう
「静まれ」
珠里が制止した。
しかし、その口調は興奮が抑えきれないといった雰囲気であった。
「問題はその後さ…」
鬼ノ助の顔に、暗い影が落ちたように見えた。
鬼ノ助は眉間にシワをよせ、続きを語り出した。




