06 盗人の葛藤①
デールの町に貴族達が忌み嫌う存在がいる。
通り名は盗人「青眼」。
覆面に黒装束で誰も素顔を見たものはいない。
その盗人から金貨・宝石などを盗まれた被害者や警備のものが口を揃えて「青い目のやつだった」と証言していることから定着した名だ。
貴族たちは覆面の隙間から見える青い瞳が自分の家に向かないよう願っている。叶うことならさっさと牢獄にぶち込んでほしいものだ。
しかし、どんなに腕利きの警備を雇い、厳重に鍵をかけていても、嘲笑うように家財を盗まれてしまうのだ。
◆
貴族の大きな屋敷の屋根に登る怪しげな人影がひとり。
今日の標的はブラウン子爵家だ。
最近、護衛兵を解雇したとかで、いつもより警備が緩くなっている。
別にいたところで気づかれずに侵入できるが、楽に盗めるにこしたことはない。
2階の窓から侵入し、書斎の金庫に入っていた金貨をいただいていく。
今日の成果は金貨300枚か。まずまずだな。
……
翌日、ブラウン子爵家は金貨を盗まれたことに気づき、大騒ぎになった。
新聞には「盗人青眼を捕まえたものに報償金を出す」という記事が載っている。
屋敷前の掲示板にも同じ内容の触れ書きがあった。
触れ書きの前を通りかかる1人の女が一言こぼす。
「どっちが盗人だか」
女の名前はミユ。
年齢は18歳。
髪は栗色で肩にかかるくらいのミディアムヘア。
そして大きな瞳は晴天の空のような青色だった。
そう。彼女が青眼その人である。
彼女は盗んだ財宝を自分のために使うのではない。下町の苦しい生活をしている人たちにばら撒いているのだった。
貴族が貧民から権力を使って金を巻き上げる。自分はその仕返しをしている。やっていることはやつらと同じ。
(自分一人の力でやり通している分、私の方が上等だろう)
盗むことが悪事などと百も承知だ。義賊などと言うつもりはない。
納得できないことを我慢できる性格ではないだけだ。
普段は繁華街にある酒場で店員として働いている。
自分の生活費はそれで稼いだ分しか使っていない。
盗んだお金はもともと町の人のものだから私が使うわけにはいかない。
◆
アイザック・ブラウン子爵はいきり立っていた。
少し前に息子を守れなかった使えない護衛兵を丸ごと解雇し、新しい魔法使いを雇おうと魔法ギルドと交渉していた。その護衛兵が退去し、翌日から新しい魔法使いがくる予定だったのに、その隙を盗人にやられるとは。
額に青筋を浮かべながら、その足はウィルソン侯爵家へと向かう。
ローリー・ウィルソン侯爵はデールの町を治める大貴族だ。
王命をうけ、デールの統治を任されている。
デールの税金を決定する権限や、役所の人事権などを握っている。
アイザックは侯爵家に青眼の逮捕を、王軍の警備隊、魔法ギルドの魔法使いの総力をあげて取り組むことを懇願しにきたのだ。
応接間へと通され、ほどなくして侯爵がやってきた。怜悧な顔立ちで物腰はおだやかだが、何を考えているかわからない、謎めいた印象がある。
「待たせたか」
「とんでもございません。今日はお願いしたいことがございまして――」
「聞き及んでいる。件の青眼のことだろう」
「おお、さすがにお見通しでしたか」
「彼奴の盗みがあるたびに同じような嘆願が山と寄せられている」
アイザックはあらためて逮捕に全力をあげるようお願いする。
もちろん、ウィルソン侯爵も、貴族を相手に盗みを働くものを黙っているつもりはない。
「待ちたまえ。どこの誰かも掴めていないのに大量に人を捜査に出しても、無駄に金がかかるだけだ」
「しかしッ…」
アイザックは要求が通らないことを察して動揺する。
「案ずるな。タペルの“グランドロッド”の魔法使いを呼びよせた。その者たちに対応してもらう手筈になっている」
「おお!あの“五星ギルド”のグランドロッドですか!それは頼もしい」
五星ギルドとは、数ある魔法使いギルドの中で、トップに君臨する5つのギルドを指す呼び名である。実力、技術、人数なにをとっても他の追随を許さないほど強力な魔法ギルドである。そして年1回「五星会議」が開かれ、決定したことを王に奏上する権限を持っているため、貴族たちからも一目おかれている。
そのギルドの1つ、グランドロッドのメンバーがもうすぐデールにやってくる。これはアイザックにとっても朗報であった。
「それと、どうやら青眼は盗んだ物を下町でばら撒いているとか。それならば取り返すのは簡単だ」
「と言いますと…」
「税金で取り返してしまえばいい。前回、別の家に盗みに入った時には、増税だけで対応したのだがね。懲りていないようなので、また上げてやろう。今度は増税名に奴の名を冠してな」
「なるほど」
アイザックは邪悪な笑いを浮かべる。ざまぁみろ下民がと内心で笑った。
「税の徴収はこれから役所が通達を出す。グランドロッドが到着したら、徴収を開始させる。そうしたら青眼が釣れるかもしれない。こちらから探すのが面倒なら、向こうから来て貰えばいい」
こうして、デールではまたしても増税がされることになった。
ローリー・ウィルソン侯爵の決定はデールの町で絶対のルールとなる。逆らえば王に逆らったのと同じ罰がまっているのだ。
そして、新聞の紙面と町中の掲示板に、1週間後の増税の報が駆け巡った。
◆
「うわぁ、また増税かよ…」
「これ以上は無理だ…」
町中から悲鳴があがる。
中には「もう別の町に引っ越すか」などといった声まである。
当然、その知らせはミユの耳にも入る。
「くそ…侯爵め…」
よりによって増税の名前を「青眼増税」と名付けている。完全に自分への当て付けだ。
町民の中には「青眼死ねばいいのに」と愚痴をこぼすものまでいる。
唇を噛みしめながらミユは考える。
難しいことじゃない、やれるものならやってみろ、そうしたら私がまた盗ってやる!
◆
1週間後、税金の徴収がされた。
税金の徴収はデールのような大きな町で一気にやるのは難しい。
事前通達の届いた家は期日までに役所へ納めなくてはいけない。
もちろん、自分から納めに来ない家は多く存在する。下町ではその傾向が強かった。
納める気の有無というよりは、持っている金の有無によるものではあるのだが。
納めにこなかった家には官吏と雇われた魔法ギルドが直接訪問にやってくる。
事前通達のあった地域の家々を順に回っている。
今回徴収されたのは、下町の南東側。
この地区は悲惨だった。息子に魔法学校をやめさせ出稼ぎに出した家庭、店を売って金をつくる家庭、娘を売りに出して税金を納める家庭が相次いだ。
増税が短い期間に続いたことで、凄まじい打撃だった。
よりによって、生活に余裕のないところを優先して取りに来ることに憤激したものは少なくない。
しかし、五星ギルドの魔法使いが徴税請負人に乗り出したこともあって、暴動を起こす者はいなかった。
逆らっても勝てるわけない。そんなことをすれば長い牢獄生活。最悪の場合「流刑島」へとおくられてしまう。
…
……
夜になり、ミユは「行くか」と黒い覆面を被り、革袋と水筒に水を入れて家を出る。
青眼増税などと触れ回られたくらいだ。自分を誘き出す気だということは理解している。しかし、こんな暴挙を放っておけるはずもない。
グランドロッドの魔法使いが相手では戦闘では勝てないだろう。しかし、盗みに関しては成功できるという自信があった。
人目につかぬよう屋根伝いに移動する。
遠目にウィルソン侯爵家を観察した。
外には警備の魔法使いが40名ほど。
そのうち10名はグランドロッドの魔法使いだった。屋敷内にも相当の警備がいるだろう。
あの警備の目を掻い潜るには騒ぎを起こす必要があるな。
ミユは革袋から水を取り出し、魔法を唱える。
≪水分身≫
袋から出た水が生きているスライムのように動きはじめる。
水は2つに割れ、人のような形を成していく。
水はどちらも黒装束に覆面姿の青眼と同じ姿になった。
これは水を使い、自分の分身を作り出す魔法である。
分身は命令されたことを忠実に実行する。高度な魔法式を組み込めば、人間と区別つかないくらい普通に会話させることなどもできる。しかし、今回は陽動が目的なので、そこまでの式は組み込まなかった。
分身は魔法を使うことなどはできないが、短剣や煙幕などの使用はできるので、装備を持たせておいた。
(よし、これで準備はできた)
分身の1体を門の正面に送り、持たせていた爆薬を爆発させる。
あえて人目につくように動き回らせた。
「なにごとか!」
「あらわれたか!」
声とともに護衛兵が集まってくる。
ミユともう1体の分身はその隙に屋敷の裏口へと周りこむ。
裏口には鍵がかかっていた。
「ま、当然ね」
盗人としては鍵がかかっていない方が不安になる。招き入れられると出て行きたくなるのだ。
ミユは水筒から少量の水を取り出す。
≪水固定≫
掌に乗る量の水が蛇のように動き出す。
水は少しずつ鍵穴へと吸い込まれていく。
鍵穴のなかで水が鍵の形状へと変化していく。
カチッ
解除音とともに鍵が開いた。
ミユはこの魔法を使用することでどんな鍵でも開けてきたのだった。
いつもよりも緊張と不安な気持ちを抱えつつ、屋敷への潜入を開始した。
「タペル」はエディン領の王都の名です。
次話は明日更新。
主人公は③から登場予定です。