67 真鍮の進撃⑤
オーロは困惑した。
鬼組と死影が王都で内乱を起こしたのはイザベラからの通信で聞き及んでいた。
数日前から反乱鎮圧のために、ブラッドたちが動き出した連絡も受けている。
オーロにとってみれば、どれも興味のない話であった。
そのため、念話を切り上げて、青眼たちの討伐に全力を挙げていたのである。
それが、こんな辺境で、自分の愛しい子たちが命を落とすとは。
先ほどまで、その怒りの衝動で、漢民族の里もとろとも殺し尽くしてやろうと考えていた。
しかし、王都にいるはずの鬼ノ助がなぜかこの里にいる。
(まずいな…)
オーロの頬を汗が伝う。
この男がいるのであれば、状況が一変する。
まず、青眼に対して、実力を測りながらだったとは言え、想像以上に苦戦をしている。
それでも、“奥の手”を使えば勝てると踏んでいた。
しかし、“蜃気楼”ジョセフを討ち取るほどの男まで同時に相手をするとなると、勝つことは困難であろう。
魔蟲の仇を討ちたい気持ちは山々だが、さらなる被害が生まれることは必至。
ギリッ
オーロは奥歯を鳴らした。
(やむをえん…)
オーロは、撤退信号を全魔蟲にむけて発信する。
里中に広がっていた蟲たちは、先ほどまでの勢いが嘘のように、うぞうぞと森の中へ消えていった。
「尻尾巻いて逃げるのか」
鬼ノ助がニヤッと笑う。
「今に見ておれ、必ず後悔させてみせる」
オーロは全身に漲る怒りを抑え、撤退を選択した。
◆
ナツキはほっと息を吐いた。
正直、オーロとの戦いで非常に消耗していたのである。
オーロの強さというよりは、その異常な思想が不気味であった。
同じ軍団長でも、シグマやイザベラとはまた違った怖さをもった男であった。
「――お前、できるな」
現場に張りつめていた緊張感が去ると、鬼ノ助が話しかけてきた。
ナツキは、鬼ノ助という男の強靭な生命力に驚いていた。
先程まで動けないほどの重傷だったにも関わらず、大地を割るほどの斬撃を繰り出すとは。
「加勢に感謝する。回復したようでなにより」
ナツキはニッと笑い返した。
鬼ノ助は屋根から飛び降り、ナツキの目の前へとやってきた。
「それにしても何者だ?真鍮の熊と互角に戦闘するなんざぁ…」
そこまで言いかけて、鬼ノ助ははっとした顔をする。
「お前が“ボロ杖”を退けた青眼か?」
興味ありげな顔で質問をむけてきた。
ボロ杖とは、おそらくグランドロッドのことだろう。
「…なんのことだか…」
とりあえず誤魔化そうとする。
「いや、間違いないねェな。人相書と一致している。なによりその実力が証拠だ」
なにも説明していないのに、勝手に結論づけられた。
事実であるから文句も言えん。
「おっと、こうしちゃいられねえ」
鬼ノ助は踵を返し、後方へと向いた。
ナツキもはっとし、里の中心へと向かう。
井戸の横に、肩で息をしているミユと英夫がいた。
里のいたるところに魔物の死骸がある。
「無事でよかった」
ミユの無事を見て取り、声をかけた。
「無事なわけないでしょ!死ぬかと思ったわ!」
ミユは不平たらたらの様子だ。
どうやら、オーロの撤退したタイミングで魔物たちも逃げていったらしい。
それでも里には甚大な被害がでていた。
魔物の死骸に混ざり、漢民族の人間も倒れている。
木材の住居はそこら中に穴が空いていた。
「鬼ノ助さん!」
英夫がこちらに顔をむけ、叫んだ。
駆け足で寄ってくる。
「英夫か?大きくなったな」
鬼ノ助がにやっと笑った。
英夫は涙を流し、感動しているようだ。
「皆の者!重傷者の手当を急ぐのだ!壊れた家屋の復旧部隊も組織する!」
澄んだ声がよく通った。
声の方へ目をやると、珠里が立っている。
珠里の掛け声とともに、住民たちがきびきびと動き出した。
「珠里か…」
鬼ノ助が小さく呟いた。
珠里がキッと鬼ノ助を睨みつける。
「兄様は後ほど、私の家へ。色々と話があります」
「あぁ…」
ナツキとミユは英夫とともに、重傷者の手当のため、行動を開始した。
◆
オーロはサイエフの森をよろよろと歩いていた。
さきほどまで胸元から血がぼたぼたと垂れていた。
魔蟲のおかげで、すでに傷は塞がっている。
しかし、血を流しすぎたため、体に力が入らない。
それ以上に、わが子を失った喪失感で力が入らなかった。
仇を目の前にし、実力不足によって撤退するはめになった。
オーロの怒りは自分へと向く。
ガン!
大岩に頭を打ちつけた。
何度も何度も。
「すまない…すまない…」
頭部からジワリと血が滴る。
傷ついた先から、グジュグジュと蟲によって治療されていく。
森中から黒光りする蟲が集まり、オーロの服の下へと入ってくる。
「お前たち…慰めてくれるのか…」
オーロは跪く。
片頬を涙が流れた。
それにしても、なぜ、あんな場所に鬼ノ助がいたのだろうか。
段々と怒りは他者へも向いていく。
(聞こえるか)
オーロは念話をとばした。
(お前から念話を入れてくるとはな)
ブラッドの返事が聞こえた。
(ちょっと、あなた。ずっと音信不通だったじゃない?)
イザベラの声も聞こえてきた。
(…)
シグマも念話を聞いている気配がするが、押し黙っている。
(それで、俺たちからいくら呼びかけても無視していたお前が何の用だ?)
(先程、件の青眼と出会った)
(……ッ!?)
シグマが息をのむ気配がした。
いつも冷静な紺碧の鷹が、珍しく動揺しているようだ。
(ははは。それは予想外だ。まさか見つけるとはな。それで、どうなった?)
(笑い事ではない。漢民族の里で戦闘していたところ、“地獄鬼”に邪魔されたのだ)
(なんですって!?)
イザベラが驚きの声をあげる。
(それを言いたいのはワシだ。なぜ、あやつがあんな場所にいる)
(こっちも驚いたぜ。鬼組の舞子がヤツをどこかに飛ばしたらしいが、漢民族の隠れ里とはな)
(なんだと…)
オーロは大体の事情を察した。
細かくはわからないが、転移魔法で長距離を移動させていたのか。
しかし、王軍の移動門でさえ、範囲が狭い。
それを王都から島の南部まで飛ばすとは。
(ともかく、さすがオーロだ。鬼ノ助の居所をつかむとは、手柄だな)
(なに言っているの。優先順位を見失って勝手に動いたのは問題よ)
ブラットとイザベラが喧しく色々と言ってくるが、今のオーロには内容が頭に入らず、雑音としか聞こえない
(鬼ノ助と青眼の撃破をしたい。援軍を要請する)
オーロは他の軍団長へ懇願した。
一刻も早く戻り、仇を討ちたい一心である。
(鬼ノ助の首を取りたいのは山々だが、王都も大混乱が収まっていない。オーロは一旦、こっちへきてもらおうか)
ブラッドの言葉に、オーロは憤った。
(それどころではないのだ…)
(ははは。オーロ、俺はお前のことを気に入っているから好きにさせているが、調子に乗るなよ。勝手に動いて負けたのだ。これ以上、俺をガッカリさせたいのか?)
ブラッドが笑いながら問いかけてきた。
最後の問いに、オーロは背筋が寒くなる。
念話越しに殺気を感じたのだ。
(…わかった…)
(ははは。聞き分けてくれてありがとう。だからお前は好きだぜ。状況も共有したいからちょうどいいだろう)
(それで、鬼ノ助たちはどうするの?)
(動向は掴んでおきたい。オーロ、魔蟲たちに後追いをさせておいてくれ)
(承知した)
オーロの袖から複数の蟲が飛んでいった。




