65 真鍮の進撃③
「なんだ、なんだ…」
ナツキは小さく驚きの声をあげた。
大男がいきなり里に転移してきただけでも驚きだが、その男の正体はナツキたちにさらなる衝撃をもたらした。
オーガレギオンの鬼ノ助と言えば、ギルドマスターの名だ。
しかも、ルイスから、3日ほど前に王都で内乱起こしたのは、どうも死影と鬼組らしいと聞いている。
「そんな男がなぜ…」
身体中のいたるところに傷がある。
激しい戦闘の末に重傷を負った、としか思えない。
事情はよくわからないが、放っておくこともできない。
まだ息はある。急げば一命を取り留めることはできるだろう。
「お…鬼ノ助さん!」
英夫が駆け寄ってきた。
どうやら知り合いらしい。
(ん…?そう言えば、中条って…)
ナツキの思考にある可能性がよぎる。
「兄様…」
後ろから声がした。
振り返ると、珠里が立っていた。目を見開き、鬼ノ助を見つめている。
心なしか、握られたこぶしが震えているようだった。
家名が同じだからもしやと思ったが、この二人は血縁のようだ。
パシャ…
氷が急に溶ける音がした。氷漬けになっている箇所が溶けている。
傍らを見たら、ミユが魔法詠唱をしていた。
どうやら水魔法を使ったようだ。
ルイスが小声で「なにしているんですか…」と突っ込んでいる。
「なによ。一刻も早く手当てしないとまずいでしょ」
ミユが叱りつけるようにルイスに応えた。
怪我人を目撃し、事情はともかく治療を優先しようとしているのだろう。
ミユのこういうところは尊敬に値する。
「英夫、俺は薬屋だ。治療をしようと思うが、いいだろう」
一応、一言断っておく。
「ぇ…。あぁ、よろしく頼む…」
奥歯にものが挟まったかのような物言いだが、英夫はナツキに任せてくれた。
ナツキはカバンから治療道具と薬を取り出した。
「なにをする気だ」
珠里が後ろから話しかけてきた。
「見ての通りだ。治療をする」
「部外者の其方らがなぜそんなことをする」
「俺は薬屋だ。怪我している人間を治療することに特別な理由がいるか?」
「…」
珠里が押し黙っている。先ほども違和感を覚えたが、どうやら身内に複雑な感情を抱いているようだ。
「急げば助かる命だ。俺の行いに罰を与えたいなら、治療後になんでも言うといい」
ナツキは鬼ノ助の腕を肩にまわし、体を担ぎ上げる。
「待て」
珠里が制止した。
「その者を私の家まで運ぼう。治療はそこで行うといい。英夫、あなたも一緒にやりなさい」
「は…はい!」
珠里の指示で、鬼ノ助の腕の反対側を英夫が背負った。
なにやら過去に色々あったのだろうが、今は治療に専念しなくては。
◆
「見つけたぞッ!」
漢民族の集落を遠くから眺めている男がいる。
ひと際高く伸びた大樹の先に立ち、邪悪に微笑む隻眼の男。
“真鍮の熊”オーロであった。
大樹の周りにはおびただしい数の魔物がうろうろしている。
全て、すでにその意思はオーロの手の内であった。
「行け」
オーロの合図で、魔物グレイトベア、グリフォン、マンティコア、トロール、オークの大群が進軍した。
野生の魔物たちが、まるで軍隊かのごとく、整列しながら歩いていく。
ゴォッ
オーロの身体を褐色のオーラが包み込む。
「くくく…、まさか漢民族の集落まで見つかるとはな。ついでに滅ぼしてやろう」
オーロは両手を前にかざす。
両手から魔力が樹脂のような色へと変わっていき、どろどろと滴る。
ガサガサッ
オーロの袖から大量の魔蟲が這い出てきた。
歓喜しているかのごとく、オーロの魔力に群がっている。
「こらこら、これはご飯ではないぞ」
魔蟲たちはオーロの肘先で待機しはじめた。
「我慢させてごめんよ。でも、ご飯はそこら中にあるからな」
オーロはニタァと笑った。
右手の指先から樹脂のようなオーラが粒状となって飛んでいく。茶色の霧のような状態となり、風に流されながらゆっくりと漢民族の集落へとむかっていった。
霧状のオーラは道中、様々な獣の体に付着していく。
◇
「ブァ…?」
1匹のオークが疑問の声を発した。
体に付着しているベタベタしたものはなんだろうか。
ガサガサッ
「ブァァァ!」
オークの全身を魔蟲が包む。全身を黒光する蟲が這いずり回っている。
オークはもだえながら地面に倒れた。シクシクと身の内を噛むような音が不気味に鳴り響く。
オークは魔蟲の餌食となった。
魔蟲は肉を喰らいながら、尾から卵を次々と産んでいく。
オークの体は黒い蟲と白い卵の二色に包まれていった。
◇
「ハァァ!」
オーロはさらに左手から褐色のオーラを飛ばした。
オーラは魔蟲の卵へと降りかかる。
パキッ
卵が割れた。中から魔蟲が次々と生まれ出てくる。
産まれた蟲は早速オークの体を蝕んでいく。
気づけば、残ったのはオークの白骨のみだ。
「くくく。私の可愛い子がまた産まれたようだ」
オーロが愉悦を抑えきれない、といったように呟いた。
オーロは自分の地属性の魔力を、魔蟲の食材へと変質させる魔術師であった。
エディン広しといえども、魔力を蟲の餌にする者など、オーロしかいない。
オーロは基本的に戦闘に単騎で挑む。
しかし、その戦術は一言で表せば、“数の暴力”であった。
寄生蟲で組織された忠実な魔獣と、死をも恐れぬ食欲のみの魔蟲が相手に襲いかかる恐怖の私設軍であった。
◆
ナツキたちは、珠里の家の中で治療を続けていた。
切傷に薬を塗りこみ、包帯を巻いた。
顔に縦に入った傷は、糸で縫いあわせる。一通り手当てが終わって、布団に寝かしつけた。
「ぐッ…ぐぅ…」
なにやら唸っている。余程のことがあったのだろう。
「手厚い治療、痛み入る」
珠里がタタミに手をついて深々と頭を下げた。
今は鬼ノ助の傍らに座り、複雑な表情を向けている。
過去になにかあったのだろう。
詮索するのも野暮だし、そっとしておくのがよさそうだ。
「うわぁぁぁ!」
「ぎゃああ!」
外で悲鳴があがった。しかも複数。
「何事だ…」
英夫が腰を浮かせて呟いた。
「魔物がきたぞお!」
外から叫び声がした。
「長!魔物に襲撃されている!撃破に向かう!」
英夫は壁に立てかけてあった剣を手にし、外へ出て行った。
「俺たちも行くか」
「おっけー」
「え…」
ミユは即答、ルイスはたじろいでいる。
「ルイスは大人しくしててもいいぞ」
「え…え…」
普段は文筆家業の新聞記者には酷だろう。
おどおどするルイスは放っておくことにした。
今は一大事が起きている。ナツキとミユは英夫に続き、家を出た。
「げッ」
「うっそ…」
ナツキとミユは驚きの声をあげた。
魔物がきているのは知って出た。しかし、数が尋常ではない。
グリフォンやマンティコアが空を飛びながら攻撃している。
地上からはグレイトベアやオークが襲ってきていた。
どう見ても、異常だ。
違う種族の魔物同士がいっせいに襲ってくるなどありえない。
しかし、現実、目の前で起きている。
漢民族の住民たちは各々が武器を手にし、戦闘していた。しかし、魔物の数が多すぎて、かなり劣勢となっている。
「なによ、これ!」
「知るか!ともかく撃破だ!」
ナツキは炎玉で目につくグリフォンを撃破していく。
「ハッ!」
ミユが腕を振り上げた。ミユの横にあった井戸から大量の水が噴水のように飛び出してくる。
≪水玉≫
噴き上げた水が球体となり、次々と魔物たちへ飛んでいく。
次々と敵に命中し、撃破する。水の供給が可能な戦場では、ミユは本当に強いな。
ドサ
空からマンティコアが落ちてきた。
喉元に剣を刺している英夫がいる。あの対空での立ち回りはさすがの身体能力だ。
「やるわね」
「お主もな。しかし、数が多すぎる」
ナツキはふと、サイエフの森で戦った“真鍮の熊”軍のことを思い出した。
(もしかしたらこの魔物は…また)
賢眼で魔物たちを見ると、以前のグレイトベアと同様に不自然な魔力の流れが見えた。
「ミユ、この魔物たちは寄生されてるぞ」
「えッ…嘘…」
ミユの顔から血の気がひく。
数もさることながら、自分のダメージを顧みることなく攻撃してくる群れだ。危険すぎる。
しかし、問題はその先にある。
王軍に、この集落の場所が把握されてしまった可能性があるということだ。
ナツキの頬を汗が伝う。
「うぎゃあぁぁぁ!」
凄まじい悲鳴が聞こえた。
魔物が襲撃してきた方向とは逆側からなにかが攻めてきたようだ。
ナツキたちが目を向けると、数人の住民が蟲に襲われている。黒光りした虫が身体中を這いまわっていた。
「ぁ…ぁぁあああ!」
地面に転がりながら悶えている。
正面から魔物の大群、後方からは蟲の大群が攻めてきた。
「英夫、ミユ!魔物は任せれるか!?」
「無論だ!」
「頼んだ」
ナツキは踵を返し、蟲の大群へと駆けていく。
≪氷玉≫
苦しむ住民に向け、氷魔法を向けた。パキパキと音をたてて、体が氷漬けになる。
(すまない…)
体を這う蟲を倒し、なおかつ住民を完璧に救うという最善策は見出だせなかった。
そうとなれば、氷魔法で一旦仮死状態にするしかない。
覚悟を決めて、ナツキは氷魔法で蟲たちの動きを制限していく。
森からは次々と地面を這って蟲が出てくる。どれほどいるのか、見当もつかない。
「それなら、焼き尽くしてやる…」
≪炎連柱≫
ナツキは体を反転させ、掌を前に突き出した。
轟音とともに、正面に炎の柱が連なる。
森をまっすぐ炎が突き抜けた。おそらく、相当数の蟲を撃破しただろう。
しかし、まだ別の方向から蟲がきている。
ナツキは再び魔法詠唱し、炎連柱を放った。
ズン!
突如、前方に石壁ができた。
炎連弾は蟲に届くことなく、石壁に阻まれる。
壁はナツキの魔法によって、ヒビが入り、ガラガラと崩れていった。
「地属性の魔法か…?」
ナツキの疑問が口をついて出る。
気づけば、壁が破壊された向こう側に、一人の男が立っていた。
歯軋りをさせ、鬼の形相で睨みつけてくる。
「ゆ…許さんぞ…貴様ら…命をなんだと思っている…」
怒気を含んだ低い声が響く。
「命を…?」
「一度ならず二度までも…ワシの可愛い子たちを燃やしたな…」
隻眼の赤目が睨みつけてくる。
「なに言ってんだお前…」
言っていることはほとんどが理解できない。おそらく“子”というのは蟲たちのことだろうか。
すくなくとも命の軽重を、あの異形の集団の主であろうこの男に言われる筋合いはない。
「我は“真鍮の熊”軍団長オーロ!貴様の大罪を裁きにきた」
大樹の樹脂のようなオーラが激しく迸った。




