64 真鍮の進撃②
「あれが俺の里だ」
サイエフの森を抜け南下すること数刻、先頭を歩く英夫が、肩越しに顔を向け郷里までもうまもなくであることを告げた。
「わぁ、素敵なおうちね」
だんだんとはっきりとしてきた集落の様子に、ミユが明るい声をあげる。
当たり前のことだが、エディンとは違った異国情緒あふれる街並みであった。
エディン国内の住居様式は基本的に石造りである。
住居は地属性の魔法使いがその場で土台を建設し、必要な石材や煉瓦を組み合わせてつくるのが一般的だ。
しかし、この里は、基本的には木材で住居を造っているようだった。
柱や土台を角材で組み立て、薄く加工した板を壁に貼り、藁を幾重にも積み上げて屋根をつくっていた。
里にはだいたい100人くらいが生活しているとのことだった。
里ではもっぱらその日暮らしといった様子で、狩猟、採取、農漁業で手に入った生産物を、集落の長に納めるらしい。それで、必要に応じて住民たちに分配されるようだ。
ナツキたちは興味深くあたりを見渡す。
英夫は歩きながら住居のことや、自分たちの集落の生活のことを解説してくれた。
ミユは物珍しそうに聞いている。
ルイスはといえば、漢民族の集落に来たことで緊張しすぎているようだ。
些細ことでも過剰な驚きを見せている。
当初、集落を練り歩くナツキたちに、住民たちは不審者を見るような目を向けてきた。
余所者がくることが珍しいのだろう。
ナツキは気にしていないフリを続けた。
が、英夫は察してくれたようで、住民に何度も何度も“黒竜の呪いを解決してくれた薬屋だ”と紹介した。
おかげで、紹介が済んだ後は、がらっと歓迎するムードに変わっていた。
漢民族から感謝を捧げられる魔法使いなど、長い歴史の中でもそうはいないだろう。
なんだかミユが俺以上に嬉しそうな顔をしているのが不思議だった。
「ここが長の家だ。お主の知りたいことはここで聞くのがよいだろう」
集落を一通り歩いた後、ナツキたちは英夫の案内で一際大きく建てられた住居へと誘われた。
家の中は木材の良い香りが漂っている。
床は板張りのところもあれば、い草を編み込んだ独特の模様となっている箇所もある。
英夫によれば“タタミ”と言うらしい。
タタミ部屋の奥に女性があぐらをかいて座っていた。ナツキたちの気配に動揺するそぶりもなく、深い瞑想に入っているようだ。
瞑目しているにも関わらず、隙がまったくない。
年は40がらみだろうか。
その女性はおもむろにスゥーッと目を開けた。
「英夫か。その者たちは?」
「珠里様、彼は黒龍の呪いを解く薬を調合してくれた人です」
「おぉ、そなたが“黒竜の洞窟”で出会ったという謎の男か」
ジュリと呼ばれた女性はゆっくりと立ち上がり、ナツキの眼前に歩いてきた。
「お初にお目にかかる。ひと月ほど前のそなたの尽力、いくら感謝しても仕切れぬ。こうして相見が叶い、心より嬉しく思う」
柔らかな微笑を浮かべて挨拶をしてくれた。
「はじめてまして。疫病が収束したようでよかった。私は薬屋のナツキといいます」
「私はこの里の長、中条珠里と申す。以後、お見知りおきを」
ずいぶんと丁寧な口調だ。
「それで長、ナツキたちは知りたいことがあってこの里にきたらしい」
「知りたいこと?」
英夫がいきなり本題へと促してくれた。
正直、どうやって切り出していいのか迷っていたので助かる。
「あァ、この島で過去に起きたことを知りたいと思ってこの集落へやってきた」
「過去とはいつのことか」
「あなた方漢民族に伝わる歴史のなかで、エディンとドルトの二国統治がどのようにはじまったのか知りたいんだ」
ナツキがそこまで言ったところで、珠里の目がカッと開く。
「理由はなんだ」
射貫くような眼力で、まっすぐこちらの目を見つめてきた。
こういう時に、気圧されたらダメだ。
丁寧かつ、ありのままの自分で大胆にいこう。
「俺はこの島の統治のあり方に疑問を持っているからです」
しばらくの沈黙の後、珠里は重い口を開いた。
「……お前には感謝している。しかし、過去の歴史を語ることは、我らにとって耐えがたい負の歴史なのだ。おいそれと簡単に話すようなことではない」
「どうしたら教えてくれるんだい」
「どうしてそこまでして知りたいのだ」
「さっきも言ったが、エディンの統治のあり方を変えたいからだ」
珠里と英夫が目を丸くして驚いた。
ルイス至っては、ナツキの言葉に凍りついているようだった。
ミユには出会った頃に似たようなことを語ったことがあるから、あまり驚いていないようだった。
「我ら漢民族以外に、この島のあり方に疑問を持つ者ははじめてだ」
「そうか」
「お前はエディンとドルトの統治をどう思っているんだ」
珠里が問いかけてきたのは、一言で答えるには難しい質問だった。
「多数者が貴族に虐げられ、王政は戦争を理由に税金を巻き上げる。はっきり言ってクソな世の中だ」
ナツキも、考えながら少しずつ自分の言葉で考えを紡ぐことにした。
「俺は色々と島を周り、いろんな問題を見てきた。驚いたことに、民を虐げている納税・労働・徴兵義務の最大の根拠である戦争について、国家はやる気がないということだ。これまで、600年余りも続いた緊張関係が建前だというなら、エディンという国はなんなのか、国家としての成り立ちはどうだったのか、知りたいと考えたのさ」
「それで、我らの里へと来たのか」
「その通り。エディンとは違う歴史の記録をしていると考えたんだ」
ナツキは不敵に笑った。
珠里は押し黙って考えを巡らせているようだ。
しばらくして、ふぅっと小さく息を吐き、なにかを決意したようだった。
「良いだろう。里の“集い”以外で、しかも、部外者に語ることなど前例がないが、真摯に二国統治に疑義を抱いているというお前たちを信用しよう」
集いというのはよくわからなかったが、おそらく漢民族の歴史を継承する儀式のようなものだろうと推測した。
ナツキたちは珠里の案内で、タタミ部屋で輪をつくるように腰掛けた。珠里の言い回しはかなり古語が混じり難しいものだったが、英夫に訳してもらったところでは次のような内容だった。
“ーー今は昔、我らの祖先はこの島の隅々まで生活圏を広げていた。
北山は採掘、西は漁業、南は農業、東は牧畜。
争いもなく平和な時が流れた。
しかし、その凪も終わりを告げた。
南方の海より6隻の船がきた。
全て同じ紋章を掲げ、我らの島を我が物顔で踏み荒らした。
その国は魔法と兵器で我らを虐殺した。
敵対する勢力は圧倒的武力をもって我々を攻め滅ぼした。
まず西の港が墜とされた。
これによって漁民が絶滅した。
次に採掘場が支配された。
彼らは魔石を発掘し、その効力で北の採掘民を根絶やしにした。
ついで牧畜民が殺された。
東の平原は真っ赤に染まったという。
残ったのは南側の農業民であった。
三方向からの侵略に、後退を余儀なくされ、島の端へと追いやられていった。
我らは必死に戦った。
しかし、仲間はその数をどんどんと減らしていった。
気づけば、たった100人程度の民族しか残っていなかった。
一族の血を絶やさず、この歴史を後世につたえ、必ずこの島を支配から解放する決意を固めた。
その時、3人の族長が割り符に決意と名前を自らの血で署名した。
それを“血の盟約”と言う。
我らの西の港を支配したものの名はタペル=エディンバラ。
東の牧畜場と北の採掘場を支配したものの名はベルク=ドルトムント。
ーー“
珠里は流れるように、淡々と説明してくれた。
「そして、我らは度々、彼らに戦争をしかけた。結果は600年経っても、解放には至っていない。今は残念ながら力を蓄える時だ」
珠里がギリッと歯噛みをした。
「ちょっと待てよ。ってことは、攻めてきたのはどこの国なんだ」
ナツキは質問を投げた。
「それについては語り伝えられていない」
残念だ。
せめて紋章でも残っていればよいのだが。
しかし、話の中にひっかかる言葉があった。
魔法と兵器で侵略してきたのであれば、大陸に広がる軍事国家アディスだと考えられる。
(もしも、エディンがアディスだとすると、ドルトは…)
ナツキがそこまで思考をすすめたところでーー
ズォン!
爆発に似た不思議な音が響いた。
「なにごとだッ!?」
珠里が目を剥く。
「襲撃か!?」
英夫が飛び上がり、窓から外へ飛び出した。
ナツキたちも外へと向かう。
外に出たら不思議な光景であった。
里の中心地点に大きな魔法陣が描かれている。
その真上には夕焼け色と翠玉色が重なり合ったオーロラのような光が残っている。
里の住人たちは魔法による襲撃をうけたのかと慌てていた。
魔法陣と光はゆっくりと揺らめきながら消えていく。
その中心地点には、大剣を背負った男が大の字に倒れていた。
顔には最近刃物で切られた刀傷が頬から眉に向かい、縦に走っている。
体には至るところに打撲傷と凍傷がある。
おそらく氷魔法などの攻撃うけたのだろう。
ナツキはつぶさにその男を観察する。
周りでは住民たちがざわざわと会話していた。
ルイスとミユがそーっと大の字に倒れる男の顔を覗いた。
「うわぁッ!?」
ルイスが驚きながら尻餅をついた。
「一体どうした…」
「そ…その人は…」
ガチガチと歯がなり、言葉を発するのもままならないようだ。
「落ち着いてしゃべれ…」
「オ……オーガレギオンの…中条鬼ノ助…ッ!!」
ルイスが叫んだ。
筆者の仕事が繁忙期になりました…
毎日更新は崩さないつもりですが、更新時間が日によってかなりずれると思います。




