63 真鍮の進撃①
ナツキたちは再びサイエフの森を南下していた。
満面の笑みで後ろを歩く男が1人。
苦笑いをしながらその前を歩く女が1人。
複雑な表情を浮かべ、“面倒ごとを抱えた”と顔に書いてある男が1人。
(なんでこうなるんだ…)
ナツキは焚き火の前でルイスに同行を迫られ、全力で断った。
しかし、意地でもついていくという態度を変えない。
「私の記者魂が叫んでいるんだ!あなたについて行ったほうがいいって」
などと、度し難いことを言われ続けた。
情熱に目を輝かせた人間は苦手だ。
断ると自分が悪人のように思える。
いくら言っても聞き分けてくれないので、とうとう勝手にしろとルイスに言った。
――そして現在に至る。
それに、水魔法を覚えたとは言え、ルイスの実力ではサイエフの森で魔物に襲われたら死んでしまうだろう。
しかし、漢民族の集落に連れていくのは気がひける。
ただでさえ、人目を避けて隠れ里に住んでいるという人間たちの前に、新聞記者を連れていくなんで、いかにも不安だ。
ナツキの許可がなければ記事にはしないことが絶対条件だと言ったが、「問題ない」とのこと。
「ところで、内乱の記事はいいわけ?」
ミユがおもむろに尋ねた。
「それも惜しいけど、どうせ他紙に抜かれている。それなら、自分しか見ることのできない世界を体験する方がいいでしょう」
「あッ…そう…」
ルイスは、ナツキの後ろでミユと話し込んでいる。
ミユに向ける眼差しは、師事するもののそれだ。
ミユも尊敬の目を向けられることは不慣れらしく、どう対応していいか困っている、といった表情だ。
「ん…?」
――なにか不穏な気配がする。
前方から肌にざわざわと異変を伝えてくる感覚があった。
「どうしたの?」
ミユが質問してきた。
ナツキは魔力感知を前方へ広げる。
「どうやら、誰かが大型の魔物と戦闘しているようだな」
「えッ…」
「大型の魔物だって!?」
ルイスが驚き震えている。
グレイトベアで恐ろしい思いをしたのが、まだ尾を引いているようだ。
サイエフの森で魔物と戦闘する者など、魔法ギルドかドルトの武人くらいなので、出会わないで済むにこしたことはない。
しかし、感知でみつけたこの人間、なんだか懐かしい感じがする。
「行ってみるか」
「えッ!?」
ルイスがあからさまに顔を引き攣らせているが、無視だ。
勝手についてきているのだから文句は言わせない。
ナツキは少し駆け足で進んでいく。
…
森を進んだ先の開けた場所で、戦闘している様子が見て取れた。
ナツキたちの正面でマンティコアが吠えている。
「グォォォ!!!」
吠える声が荒い。
マンティコアの身体中には、大小いくつもの切り傷があった。
どうやら、すでにかなりダメージを負わせているようだ。
「何者か知らないが、危険だ!下がったほうがいい」
背中越しに、マンティコアと対峙している男が声をかけてきた。
次の瞬間、マンティコアが飛び上がって攻撃をしかける。
「はぁッ!」
男が回避し、体を回転させながら、大剣を縦一線に振る。
少し伸びた黒髪が風になびく。
ザシュッ
斬音とともに、マンティコアの顔から血飛沫がとんだ。
マンティコアはそのまま力尽き、ゆっくりと地面に倒れた。
「相変わらずいい腕だ」
ナツキはニッと笑った。
「すごいわね」
ミユが小さく呟く。
ルイスは目を丸くして驚いていた。
「さすがだな」
ナツキはその人物に近づいて明るく声を向けた。
大剣をぬぐった男が振り返り、ナツキへと視線を向けた。
翠の瞳がぱちぱちと瞬く。
「おぉー、お主か!久しいな」
英夫であった。
サイエフの洞窟でポイズンオークと戦闘して以来の再会だ。
別れて1ヶ月ほどしか空いていないが、ずいぶんと懐かしく感じる。
英夫は破顔して、ナツキのもとへ駆け寄ってきた。
「お主には礼を言いたかった。あの後、里のものは救われた。本当に感謝している」
「そいつぁよかった。嬉しいね」
今回、赴こうと思っていた訪問先は、まさに漢民族の集落だ。
集落でいろいろな聞き込みをし、ゴディス島の歴史を調べようと思っていた。
英夫と出会えるかどうかが肝要だと思っていたが、いきなり再会できるとは幸先がいい。
「後ろにいるのは仲間か?」
「うーん…なんと言うか、難しいところだな」
ミユはともかく、ルイスに関しては仲間と言えるような距離感ではない。
「はい!仲間です」
ルイスが元気よく答えた。
こいつ、本当に物怖じしないな。
「おい、勝手に取材しているだけだろ」
「ははは。まぁいいじゃないですか」
英夫が不思議そうな眼差しを向けてくる。
「ところでお主はどうしてここにいるんだ?」
英夫がさらに質問してきた。
「実は英夫を探していたんだ」
ナツキはニッと笑いかける。
「なにかあったのか」
「うーむ、どこから説明したらいいのやら。とにかく漢民族に伝わる歴史を知りたいと思ってやってきたのさ」
「つまり、我らの集落を目指していたのか?」
「そうなるな」
「それで俺を探していたのか。それならば歓迎するぞ!」
「おぉ、よかった。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「水臭いこというな。我らを病から救ってくれた恩人だ。皆、快く迎えてくれるさ」
ナツキは英夫の言葉を聞いて安心した。
漢民族は虐げられてきた歴史が長いだけに、よそ者への不信感が強いだろう。
最悪の場合、集落への立ち入りすら断られる可能性があることも覚悟していた 。
ナツキたちは英夫に案内され、漢民族の集落まで足を運んだのだった。
その様子を背中方向から、黒光りする蟲たちがみていた。
◆
「見つけたッ…」
オーロはカッと目を見開き、小さく呟いた。
「ふはッ、フハハハハ!!!見つけたぞッ…!」
今度は高らかに叫んだ。
体を反らし、両手を広げながら、大声を上げる。
周りで仕事をしていた部下たちが、ギョッとした目を向けてきた。
「フハハハハ!!!!」
仕事を放り出し、兵舎の外へと飛び出す。
愛する魔蟲を殺した賊を発見したのだ。
もちろん王都の内乱なんぞ二の次だ。
いよいよ、この恨みを晴らすことができると分かって、オーロの胸は躍った。
「もう逃がさん」
オーロはニヤァと邪悪に笑った。
その足は南東方向を目掛けて、動きだした。
しばらくすると、道中で魔物の群れに遭遇した。
野生のグレイトベアが十数頭の群れで行動している。
(“真鍮の熊”軍を補充しておくか)
一刻も早く賊のもとへ行きたい。
しかし、グレイトベアで編成した軍をほとんど潰されてしまった。
その兵力は補強して、戦闘にむかった方がよさそうだ。
オーロは決してナツキのことを侮っていない。
五星ギルドを退けたことも、イザベラから逃れたことも承知の上だ。
オーロはグレイトベアの群れに正面から接近した。
「なかなか立派な“家”ではないか」
隻眼のまなじりがやにさがる。
「グォォ!」
間近のグレイトベアが、右手を振り上げ攻撃しようとしてきた。
オーロはスゥゥっと息を吸い込む。
頬と胸が丸々と膨らむ。
「プッ」
口から寄生蟲を飛ばした。
細長い体が直線となってグレイトベアへとむかっていく。
螺旋状の頭部が回転しながら胸部へと突き刺さり、静かに体内へと侵入していく。
グレイトベアは地面に転がり悶えはじめた。
オーロは口から次々と寄生蟲を飛ばし、全てのグレイトベアへと命中させた。
オーロは身のうちに100種類を超える魔蟲を飼っている。
時と場合に応じ、いつでも戦闘に用いることができるのだ。
魔物の熊だったものたちは、暫しもがいていたが、動くのをやめた。
「さァ、行こうか」
オーロの合図で新たに“真鍮の熊”軍になったものたちが動き出した。
オーロはその後も、道中で見かけたグリフォン、トロール、マンティコアなど、全ての魔物に寄生させては、道連れにした。
「今に見ておれよ…」
その口元は笑みの形を作ってはいたが、しかし、目は怒気に満ちていた。




