62 ある記者の苦悩③
「見えたわ」
“漆黒の獅子” イザベラ・スミスが呟いた。
イザベラは、タペル王城の地下、“新月の間”の入口で結界魔法の解除にあたっていた。
あまりにも強固な魔法式だったため、はじめはいつまでかかるか見通しすら持てなかったが、不思議なことに、急に結界の力が弱まったように感じた。
展開している魔法式が読み取れたことで、解除ができそうだ。
バリン
硝子を破るような音とともに、扉の先の結界が解除された。
イザベラは“新月の間”へと入っていく。
「これは…」
部屋の中には倒れ伏す3人の影。
「いよぉ、解除ありがとうな」
尊大な態度で椅子に腰掛けているブラッドが、話しかけてきた。
イザベラはブラッドを睨みつける。
「一体どういうこと」
「ははは。死影の空間魔法に閉じ込められてしまったんだ」
やれやれ、といった様子で肩をすくめて軽口を叩いている。
「あなたのことだから、わざと捕まっていたのでしょう」
「よくわかったな」
ブラッドの口角が上を向く。
「で、こいつらは?」
「十影の連中さ。空間内で暇すぎたから、さっき全員殺したところだ」
イザベラは驚いた。
黒頭巾の独特な格好から、おそらく死影の幹部たちだとは推察していた。
しかし、空間に閉じこめられた状況で、相手を倒すことなどできるのか。
それをいとも簡単に、当たり前のことのように言ってのけた。
結界が急に弱まったのは、ブラッドが術者を殺したからだということも理解した。
(でも、この男なら可能でしょうね…)
「で、外はどうなっているんだ?」
ブラッドがニヤニヤしながら質問してきた。
イザベラは小さくため息をつき、気持ちを切り替える。
「たぶんあなたが想像しているより深刻よ」
イザベラは部下から報告を受けていた内容をブラッドに伝えた。
ジョセフの戦死、チェルシーの敗北、セシルが音信不通になったこと、国王が弑逆されたこと、囚人たちが解放されたことなど、現状を説明した。
「思っていたよりやられているな。さすがと言ったところか」
ブラッドは余裕の態度が崩れない。
「あなたね…、事態の深刻さをわかっている?」
「お前こそ、わかっているだろ?この事態はまだどうにでもなることを」
「それでも、楽観できる状況ではないわ」
「ははは。お前は心配性だな。では、俺もずいぶんとサボったし、動くとするか」
ブラッドは椅子から立ち上がった。
「それで、まずはどうするの?」
「俺は“盤外の間”へと行く。その後は死影と鬼組を始末するさ」
「私はどうすればいいかしら」
「お前にはデールへ飛んでもらおうか。念のため、デールの魔法ギルドがドルトの妨害をしないように動いてくれ」
「…わかったわ」
ブラッドとイザベラは“新月の間”をあとにした。
――内乱を起こしたカイと鬼ノ助には、相応の報いを受けてもらおう。
◆
タペルの西地区にあるグランドロッド本部。
最上階のマスタールームには、2人の人間が座っていた。
レオとケミである。
その横にはジョセフの遺体が安置されていた。
「これからどうするの」
ケミが眼光鋭く質問をしてきた。口調も剣呑だ。
ケミは元々、所属していたギルドの幹部たちを死影に殺された過去がある。
その因縁の相手が国王を弑逆した。
その同盟者が、所属したばかりのマスターを殺したのだ。
報復を逸る気持ちも理解できる。
その思いはレオも同じ。
しかし、五星ギルドのマスター2人を相手取るとなると、実力不足であった。
レオは、自分の無力さがもっとも許せなかった。
「早急に行動したいが、このままうって出ても犬死にするだけだろう。まずは王軍、ヘブンズゲート、ノスタルジアと連携を確立することが優先される」
レオが考えを述べ始めたその時。
ガシャァァン!
窓硝子が激しい音をさせながら割れた。
破片が執務室に四散する。
レオとケミは身構え、窓の方へと身を向けた。
しかし、構えはすぐに解かれた。
「どういうことだぁ!!」
アーデルであった。
ソフィアからの報告によれば、デール周辺にいたはずだ。
1日も経たず戻ってくるとは予想外だった。
しかし、その謎はすぐにとけた。
身体中に風魔法をうけたような切り傷があった。
「アーデル、お前、飛行魔法を使ったのか…」
飛行魔法は自分の体をふき飛ばすほどの強力な風魔法を身にうけなくてはならない。
風魔法の威力を超える防御魔法を展開する必要がある。
アーデルは風魔法の高度な使い手だが、補助魔法は未熟であった。
そのため、セシルのように飛行することはできなかったのだ。
しかし、今回はことの深刻さをうけ、防御魔法の未熟さを無視して、飛んできたということだろう。
アーデルはレオを睨みつけていたが、動かなくなったジョセフへと視線をむけた。
「じーさん…」
よろよろと歩み寄る。
「なんでだよぉ!!」
アーデルはジョセフの体に身を寄せながら慟哭した。
その胸中に色々な思いを巡らせているようだ。
レオはその様子を黙って見ている。
アーデルが体を起こし、レオに顔をむけてきた。
「レオ!!あんたがいながらどうして!」
襟首を両手で掴みながら迫ってきた。
レオはなにを言っていいかわからなかった。
「すまない…」
レオは声を絞り出すように呟いた。
アーデルの顔が鬼の形相となっている。
「それで、どうして鬼組に報復しないんだ!それが一番許せないんだ、俺は」
「今は機を待て。他ギルドと共闘しなければ、勝てる相手ではない」
「日和やがって!」
アーデルが暴言を吐くが、レオはただただ黙って見つめていた。
ギリッと歯軋りをし、アーデルは執務室の扉へと足を進める。
「どこに行く気」
ケミが質問を投げかけた。
「知れたこと。俺1人でも、鬼組を倒しに行く」
「なッ!それは無謀よ!」
「黙れ!腰抜けども!」
ボクッ
アーデルが床にもんどりうって倒れた。
レオがアーデルの横面を殴りとばしたのだ。
「なんだよ…」
頬を押さえながら睨みつけてくる。
「お前も五星のサブマスターなのだ。言動に注意しろ。俺にも落ち度はあるが、軽々に王都を飛び出したお前はなんだ?マスターが倒れた時に、ソフィアがいれば一命を取り留めることはできた。しかし、お前の行動を追跡していたために、留守だった。暴言を吐く前に、省みることがあるのではないか」
レオの説教を、アーデルは目を丸くしながら聞いていた。
「ソフィア姉さんが…」
「あぁ、お前は気づかなかったかもしれないがな。私を倒した青眼との戦闘に向かったのだ。マスターは相当に心配したことだろう。その親心が仇となってしまったわけだが」
アーデルはその言葉を聞いて、がくっと首を垂れた。
「じーさん…」
小さく呟き、小刻みに震えている。
アーデルには酷だろうが、ここは乗り越えてもらうしかないだろう。
レオは肩を落としたアーデルを、見守っていた。
◆
ナツキはげっそりとしていた。
ルイスから質問攻めにあっているのである。
グレイトベアの大群を倒したことに、凄まじい衝撃を受けているようだ。
目を輝かせながら、師は誰か、どうやって修行したか、実はどこかの上級魔法ギルドの幹部では、等々、切れ目なく質問が飛んでくる。
ナツキは全てを適当に返していたが、全然やめてくれないのだ。
かと言って、目を輝かせながら迫ってくる人間にはめっぽう弱いナツキだった。
今はサイエフの森の中心地で焚き火を囲んでいる。
焚火の周りには、カーロンで仕入れた保存肉と魚を串刺しにして炙ったもの。
昼食がてら休憩をとりながら、語り合っていた。
ルイスは聞き取るだけでなく、知りえた王都の情報を色々と話してくれた。
話の内容が驚きの連続だったのもあり、ナツキもミユも興味深く聞き入った。
まず驚いたのは五星ギルドが内乱を起こしたことだった。
“死影”と“鬼組”の連中と出会ったことはないが、存在だけなら知っている。
どちらも最近のギルド大戦で勝利した、新星だったはず。
とにかく、恐ろしく強いという噂はエディンのどこにいても耳にした。
その2つが組んで内乱を起こしたのであれば、凄まじい戦いが繰り広げられていることだろう。
さらに驚いたのは、ナツキが先に撃破したグレイトベアが、王直属“真鍮の熊”軍だったことである。
グレイトベアは元々群れをなす性質を持っているとはいえ、あまりにも多すぎるとは思った。
結果的に寄生虫のせいだとわかったので、それほど疑問視していなかった。
まさかあの寄生虫が魔法使いによって、人為的に埋められたものだったとは。
(俺たちは意図せずに王軍の進軍を妨害したいことになるな…これが凶と出なければいいが…)
ナツキはすでに“漆黒の獅子” に目をつけられている。
イザベラに加えて、さらに別の軍団長にまで目をつけられたら、たまったものではない。
ナツキは内心、冷や汗をかいていた。
「いやぁ、私は魔法使いに憧れていてね。あなた方みたいな人に出会えてよかった」
ルイスは繰り返しこれを語っている。
魔法使いになることを諦めたかのような口ぶりだ。
「そんなに憧れているなら、なればいいんじゃないの?」
ミユが素直に質問をした。
ルイスの表情が少し曇る。
なにやら事情があるようだ。
「そうしたいのは山々だけどね。私の魔法学校での成績は、下から数えたほうが早いくらいで、全然魔法が使えなかったんだ。それで、魔法ギルドで働かず、記者になったのさ」
そういった過去があったのか。根っからの記者根性がしみついているのかと思ったが、意外だった。
しかし、魔力量がとびきり少ないと言うわけでもない。
魔法式の扱いが苦手だったのだろうか。
「ちょっと、そこの石めがけて魔法を放ってみてくれよ」
「え…でも…」
「撃つことくらいならできるだろ?」
「まァね…」
気乗りはしていないようだが、魔法を見せてもらうことになった。
ナツキは賢眼を発動しながらルイスを見つめる。
込めた魔力の色は水色か。これは結構珍しい。氷属性ではあるが、水魔法の方が得意なのだろう。
≪氷弾≫
ルイスは右手から青白い弾丸を放った。
石に命中し、石が凍りついた。
「お恥ずかしい威力で…」
ルイスが頭をかきながら苦笑いをしている。
「いやいや、威力についてというより、魔法の選択が悪いと思うぜ」
ルイスは、魔力属性から言えば水魔法を使うのが理想な適性だ。
「え、そんなに不思議かい?魔法学校では基本魔法として教えているからさ」
「いや、自分の性質にあった魔法を使ったがいい」
「そう言われても私は氷属性だが…」
魔法属性が青色なら氷属性というのは間違いではない。
しかし、濃い青ほど氷魔法、薄い水色ほど水魔法が得意になる。
エディンの魔法学校では全て氷属性として教えると、習ったことがあった。
一頻り説明を終え、ルイスに水魔法を使うことを促した。
「で…でも、水魔法は一度も使ったことがないから、魔法式がわからない」
眉毛が八の字となって、困った顔をしている。
「ミユ、教えられるか?」
「うーん、実は全部なんとなくでやっているから、自信ないけど、やってみる」
ミユは四苦八苦しながらも、水魔法の使い方、魔法式の組み方をルイスに教えてくれた。
…
……
ルイスは数十分程度で水魔法を使えるようになった。
元々魔法学校に通っていたのもあり、基本ができていたのがよかった。
ミユが魔法式を一から一緒に組み立ててくれたのが一番大きかったように思う。
「よし、さっき、小石を凍らせた時と同じ魔力量で水弾を撃ってみてくれ」
「よしッ」
≪水弾≫
ドォン!
小石が砕けた。
威力は比較にならない。
ルイスは目を丸くしている。
「こんなに違うもんですか…」
「あんたが魔法を苦手だったのは、別に才能がなかったからじゃない。教える側に問題があったのさ。自分たちの落ち度を、学生のせいにするような教育ってのは、どうしようもないな」
ナツキの言葉を聞いたルイスは震えている。
目に光が宿った。
「決めました!」
「なんだ、なんだ…」
どうした、急に。
記者をやめて、魔法使いにでもなるのかな。
「私、あなたを取材するために、少しの間同行します」
「はァ!?」
驚いた。
困った。
嫌だ。
阻止しなくては。
――また面倒な同行者を増やす羽目になるかもしれない。




