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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
63/208

61 ある記者の苦悩②


ナツキは、懐から膏薬を取り出した。


目の前で腰を抜かしている男の身体には、いたるところに枝で擦ったような細かい傷痕があった。


無我夢中で森の中を走っていたのだろう。


「あなたは一体…」


まだ小刻みに震えている。

相当恐ろしかったのだろう。


「とりあえず、傷を診せてみな。俺は薬屋だ」


キョトンとした顔を一瞬浮かべ、突然思い出したように痛がり出した。

安心した途端、痛覚が戻ってきたのだろう。



ナツキは擦傷に効く薬を塗り、手早く包帯を巻いた。


「これで大丈夫だ」


「あ…ありがとう」


治療をしながら聞いたところによると、この男――ルイスというらしい――は新聞記者だということだ。

社名は、ナツキでも聞いたことがあったから、そこそこ大手の新聞社なのだろう。


まだ名前と職業しかわからないが、ナツキは内心しまったと思っていた。


ナツキは、普段は新聞記者という類の人間を、あまり快く思ってはいなかった。


もちろん、真面目に真実を伝えようと努力する人間がいるのは知っている。

しかし、ナツキの知るたいていの新聞は、実態を歪めて面白おかしく描いたり、貴族を無条件で持ち上げる、どうしようもない記事を掲載したりしているのも事実だ。


新聞は中立ではない。

書き手は人間なのだ。

当然のことながら、一人ひとり思想を持ち、外界からの影響を受ける。


そしてナツキは、指名手配された時に似顔絵付きの手配書をばらまかれた過去もある。


ルイスがどんな人間かもわからない。


見捨てるつもりはないが、距離の取り方は気をつけねば、と警戒していた。



「あなた…一体何者だい?」


そらきた。

怪訝そうな顔をむけてくる。


「…薬屋と名乗ったろう」


「そいつは嘘だ。治療してくれたことは感謝しているが、グレイトベアを一撃で倒す人が、薬屋のわけがない」


嘘など言っていないのだが、どう説明したらいいのやら。


「あはは。そう思う気持ちはすごいわかる」


ミユが笑いながらルイスに同意した。


「こら。お前は俺が本当に薬屋って説明してくれよ」


「でも、規格外に強いくせに、放浪者まがいの薬屋をやっているなんて、誰もすぐには受け入れられないわよ」


「ぐッ…」


たしかによく言われることではある。

初めて聞いたが、ミユも同じことを思っていたようだ。


「で、ルイスさんだっけ。こいつ、嘘は言ってないわよ。本当に職業は薬屋よ」


「まさか…」


目を見開いて驚いている。

ミユは、俺が肩傷の薬を調合した話や、カッツウォルドで病気(正確には呪い)を治療した話などを簡単に説明した。


第三者が丁寧に説明したことで、ルイスも納得してくれたらしい。


気になるのは、俺の顔をまじまじと見てくることくらいか。


「どこかで見たことある気がするんだよな…」


まずい。

やはり手配書の効果は大きいな。


「あ…まぁ、よくある顔だからね」


ミユが苦しいフォローを入れた。

俺は自分と同じような顔の人間を見たことないけどな。



バサバサバサ


(なんだ!?)


周辺にいた鳥たちがいっせいに飛び去った。

あたりに異様な緊張感が立ちこめる。


ナツキは魔力感知を広げた。


「やばいな…」

「えッ、どうしたの…」

「魔物が大量に向かってくる。さっきのと似た気配だな」

「げげ!!」


声を上げたルイスの顔から、血の気が引いていた。


「さっさと逃げよう!」


「あんたはこれからどこに行くんだい?」


「私は王都で起こった内乱の取材をしたいから、タペルに向かうつもりだ」


「はァ!?」



さらっとすごいことを言わなかったか。


王都で内乱が起きているだと…。


歴史的大事件が、いつのまにか勃発していたようだ。

脳裏をちらっとギーメルのことがかすめた。

詳しく聞きたいが、余裕がない。


「あなたたちはどうするんだ…」


顔中、汗でびっしょりになりながら質問してきた。


「俺たちはこの森を南側に抜ける予定さ」


「……頼む、途中まで一緒に来てくれないか!?」


…とんでもないことを言い出す御仁だ。

さっきまで震えて腰を抜かしていたんじゃなかったか。

ふてぶてしいというか、図々しいというか記者というのはどうにも度し難い生き物だ。


「すまないが、先を急いでるんでね」


たしかに内乱についても気になるが、今は漢民族のところへ向かうことを優先したい。



「そんな…」


そうこうしているうちに、グレイトベアの大群が接近してきた。


「ひえぇぇえ!」


「こら、大声だすな!」


案の定、気づかれた。


――こうなったら、仕方がない。


相手はざっと100体。

こちらはミユと2人。

記者はおそらく戦闘用員に数えないほうがいいだろう。


ミユも相当強いが、得意なのは不意打ちと隠密だ。

グレイトベアみたいな直接的な攻撃を捌き続けるとなると、大変だろう。


「俺が出来るだけ一気に倒すから、ミユは援護しつつ、ルイスを守ってくれ」

「え…、おっけ」


ちょっと驚いた顔を浮かべたが、ミユもだいぶナツキのやり方を呑み込んできたと見えて、すぐに対応した。


ナツキは右手に魔力を込めた。


体を半回転させながら、掌をグレイトベアたちに向ける。


炎連柱(ファイヤーストライク)


グレイトベアの背丈を倍するほどの、炎の柱を走らせた。


「グァァ!!」


最前列を走っていた10体くらいを一気に倒すことができたようだ。

毛皮を燃やしながら地面に倒れ伏す。


後列の熊たちが戦意喪失してくれると助かるのだが、まったく逃げる気配がない。


ナツキは前方に突進した。


ギーメルがいないので、前衛も自分がやるしかない。


炎玉(ファイヤーボール)


複数の炎玉を飛ばした。

グレイトベアに命中し、爆音を響かせながら、炎が広がる。


2列ほどで突進してきたグレイトベアたちは、左右に広がり、混戦を仕掛けようとしているようだ。


流石に100体を同時に撃破することはできない。

ナツキは両手から魔法を放ち、2体ずつ撃破していく。


何体かがミユたちの方向へ突進した。


「ミユ!」

「心配無用よ」


ミユは水筒の水を空中にぶちまけた。

水の一部は薄く広がり、ルイスの近くで盾のようになった。


残りの水たちは四方八方にバラバラになっていく。


気づけば、直径5センチサイズの水玉となって宙に浮いている。

数十はあろうか。


水連弾(アクアショット)


いっせいに水の玉が動き出した。

迫ってきたグレイトベアの眼に命中する。


「ガァァァ!!」


グレイトベアが踠いている。


なるほど、撃破は難しくとも、戦闘不能にすることなら簡単なのか。

水魔法の応用力は凄まじいとつくづく思う。



しかし、様子がおかしい。


「えッ!?」


グレイトベアが視界を失ったことを物ともせずに動き出した。

ミユに向けて右手をなぎはらう。


ミユは身を屈め、紙一重で回避した。


「なッ、マジ!?」


流石にナツキも驚いた。

光を失って、なんの迷いもなく攻撃を続けるなんて、生物としておかしい。


グレイトベアは両手を振り回して攻撃を続け、ミユは避け続ける。


ガォン!


空を切った右手が岩を破壊した。

凄まじい威力で、大きな岩を粉々に砕いてしまった。


グレイトベアの腕から血がポタポタと滴り落ちる。

手首が歪に曲がっている。


(あれは、折れてるな…)


それでもお構いなしに両手を振り回しはじめた。


異常だ。

そもそも自分を守るためでもなければ、生きていくための糧を得るためでもない。

生き物は体を壊さないように、無意識にブレーキを働かせるものだ。


しかし、このグレイトベアはその箍が外れている。


ナツキは先ほどまで一撃で倒していたので、その異様さに気づかなかった。


試しに魔力をこめ、掌をグレイトベアの片腕に向ける。


炎弾(ファイヤーミサイル)



高速の赤い弾丸が、グレイトベアの肩を貫いた。


ボスっと音をさせ、右腕が地に落ちた。


「ぐぉぉ!」


それでも攻撃を続ける。


「ちょっとぉぉ!」


ミユが涙目で攻撃を回避している。


グレイトベアの方は、片腕がないのでバランスを崩している。

もはやミユに攻撃が命中することはないだろう。


ミユは革袋から水をとりだし、グレイトベアに向けた。


水玉(アクアボール)


頭ほどのサイズの水の塊がグレイトベアに飛んでいく。


水玉が命中し、隻腕のグレイトベアが吹き飛んだ。


水は飛散し、小さな粒となる。


水弾(アクアミサイル)


ミユは追加で魔法を詠唱した。

飛散した水が再び小さく集まり、別のグレイトベアへと向かっていく。


(追加詠唱とはやるな…たぶん意図せず感覚で使いこなしているんだろうが、本当にすごいやつだ)


ナツキは素直に感心した。


「すごい…」


後ろで見ているルイスが感動している。


「こいつらタフすぎない!?それに普通じゃないわよ」


ミユは、一体一体が身体の損壊すら恐れず攻撃してくることに違和感を持っているようだ。

ナツキも同じ思いである。


ナツキは賢眼を発動させ、グレイトベアを観察してみる。


生きているグレイトベアに一見不思議なところは見られない。


しかし、死んで倒れている個体からは変なオーラが見える。

一般的に、死んだら生物は魔力を発するのをやめる。

しかし、微量ながら魔力が出ているのだ。


死んだグレイトベアの体内に、細長い蛇のような形状の微量な魔力が見える。

ナツキは右手を補助魔法で強化し、その魔力にむかって腕を振った。


グレイトベアの体を引き裂き、細長いものを握った。


「なんだコイツ…」


体は蛇のような形状。

口先は穴を掘る目的と思われる螺旋状。


寄生虫のようだ。


体内に侵入し、生き物を意のままに操る魔蟲といったところであろうか。


「ふん!」


ナツキは寄生虫を炎で燃やした。


こいつが元凶であれば、グレイトベアが自分の身体を顧みずに攻撃してきたことも納得がいく。


しかし、これで攻略法が見えた。


ナツキは賢眼を発動させたまま、グレイトベア一体ずつをまじまじと観察した。

パッと見ただけだと気づきにくかったが、それぞれ体内の一部の魔力が二重になっている箇所がある。

そこが寄生虫の拠所になっているのだろう。


これなら、いちいち大きな身体を吹き飛ばす必要もなさそうだ。


ナツキは魔法を詠唱する。


かつてレオ・ロバーツが使っていた魔法が最適解だろう。

ナツキは掌を空に掲げ、魔力を上方へ展開した。



雹撃(アイスレイン)



空中に矢のような氷の塊が無数にうみだされる。


ナツキが右手を振り下ろすと、いっせいに氷の塊はグレイトベア目掛けて降り注いだ。


ザクザクと音をさせながら、氷の矢がグレイトベアの体に突き刺さっていく。

その数、一体につき一本。


ナツキは賢眼で特定した寄生虫に対し、正確に攻撃を命中させる。


氷が刺さった後は、グレイトベアたちは糸が切れたように倒れていった。



ドスン


最後の一体が倒れた。


「さっすが」


ミユが笑顔で背中を叩いてきた。


「すごすぎる…」


ルイスは瞳がこぼれそうなほど、目をパチクリとさせていた。



「むぅッ!?」


オーロは再び叫んだ。


オーロは、自分の生み出した魔蟲から特殊な信号を受信している。

それによってエディン各地の情報を一手に集めている。


今、受信したのは寄生蟲からの危険信号であった。

しかも、その後、情報が一切こない。


先程、グレイトベアに埋めた一体の寄生蟲と連絡がとれなくなったところだ。


今度は100体全ての蟲と連絡がとれなくなった。

ほぼ、全滅させられたとみて間違いないだろう。


オーロの額に青筋が浮かぶ。


「許さん…」


北の空を睨みつけながら、怒りが口をついてでた。


「お前たち、見てきてくれ」


オーロの合図とともに、服の袖から大量の黒い魔蟲たちがガサガサと出てきた。


ある蟲は地面を這って移動し、ある蟲は空を飛んで北に向かっていく。



この事態を許すことはできない。


自分の分身とも言える愛しい蟲を殺したものがサイエフの森にいる。


さらに、王都に援軍で送った軍隊が壊滅してしまったことになる。

二重の意味で緊急事態であった。

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