58 星の衝突⑦〜激戦終結〜
クレイは歓喜した。
これまで、ゴディス島各地を周り、猛者と呼ばれる者たちとの戦闘に明け暮れてきた。
しかし、いつも本気を出す前に勝利が確定してしまうのだ。
自分の強さを確信しつつも、心のどこかで物足りなさを感じていた。
今、目の前に最高の魔法使いの一角と評される人物がいる。
しかも全属性の魔法を高度に使いこなすと言う。
――久しぶりに全力を出せる。
戦闘狂にとって喜ぶなという方が無理な話であった。
チェルシーは、にやにやするクレイに不気味なものを見る目を向けてくる。
「怯えなくてもいい。最高の戦いをしましょう」
「頭おかしいんじゃないの!?こっちはさっさと終わらせたいのよ」
チェルシーがブツブツ呟きながら、茶色の絵具を地面にむけた。
ごりごりと石の素材が擦れる音をさせながら、大地から5体のゴーレムが生み出された。
一斉にクレイをめがけて突進してくる。
クレイは魔力を込め、両腕の肘から先にらせん状に炎をまとった。
炎は激しく回転し、火花を散らせている。
「ぐぉぉ」
ゴーレムが拳撃を繰り出してきた。
クレイは身を反転させ、回避する。
勢いのまま左手でゴーレムの顔面を殴った。
ゴッ、と素手と思えないようなすさまじい音をたて、ゴーレムの頭部を破壊した。
「うそ!?一撃で私のゴーレムを!?」
5体のゴーレムを、5発の攻撃で撃破していく。
チェルシーが再び特殊な絵具の調合をしている。
おそらく再び雷を繰り出す気だろう。
「分炎」
クレイは小さくつぶやいた。
クレイの体から真紅の魔力の塊が複数飛び出す。
1つ1つの魔力の玉が、揺らめきながら大きくなっていった。
全ての魔力玉がクレイとまったく同じ姿へと変わった。
その数10体。
チェルシーは分身に驚きつつも攻撃を繰り出してきた。
雷鳴が轟き、1体のクレイに命中する。
1体は、身体の中心点から弾けるように消え去った。
残り9体のクレイが、再びチェルシーめがけて突進する。
「ちょっと!?なによこれ!」
チェルシーは水色の絵具を駆使し、今度は水魔法で攻撃してくる。
しかし、命中しない。
雷魔法以外は避けることなど容易いことだ。
2体のクレイがチェルシーに側面に蹴りを叩き込んだ。
「くッ…」
ガードは間に合ったが、チェルシーは右手方向に跳ばされた。
受け身をとり、正面に構える。
「炎の分身なのに、全てに実体があるのね…」
ギリッと歯軋りし、睨みつけてくる。
「あなたの魔法アイテムの弱点が見えましたね」
「はッ!?そんなものないわよ」
「いいえ、今の攻防で、自ら明らかにしてしまった。たしかに特殊属性の魔法は厄介だが、単色属性と比べると、調合に時間がかかるのでしょう」
チェルシーが目を剥いた。
図星のようだ。
雷魔法などの攻撃を連発できないのであれば、攻略方法は単純。
攻め続ければよい。
クレイは炎術で作り出した分身で、切れ目なく攻撃できる。
「それくらいで攻略できると思わないことね!」
チェルシーが叫び、筆を3回宙で振った。
赤、青、緑の絵具が空中で線を描く。
巨大な炎玉、氷玉、風刃が生み出された。
(なるほど。単一属性を同時に作り出して隙を作ろうというのか)
クレイはチェルシーの狙いを正確に読み取る。
「はッ!」
チェルシーが作り出した全ての魔法を放ってきた。
クレイは掌を前に突き出し、3発の炎を放つ。
爆音とともに、相殺しあった。
「そんな!?その程度の魔力で相殺なんて…」
チェルシーが驚くのも無理はない。
明らかにチェルシーの放った魔法のほうが巨大だったのだ。
魔力弾の大きさで倍ほどの差があったのに、完全相殺だった。
9体のクレイがさらにチェルシーに襲いかかる。
チェルシーが接近戦用の水魔法を展開した。
地面から噴水が生み出される。
2体の分身が消えてしまった。
同時に水魔法も蒸発して消えてしまう。
3人目の分身が、チェルシーの腹に拳を入れた。
「ぐぅッ…」
チェルシーの体がくの字に曲がる。
さらに4体目と5体目の追撃で筆とパレットを破壊した。
チェルシーの顔に絶望の色がひろがる。
「なんで…」
チェルシーは、がっくりと膝をついた。
「――あなたは魔法の結果にこだわりすぎた」
「なんですって…」
「確かに労せず魔法を展開するマジックアイテムの力は凄まじい。惚れ惚れするほど天才的だ。しかし、過程を軽視している。あなたの魔力の性質が軽すぎただけのこと」
クレイは不敵に笑いながら、五星ギルドのトップに敗因を淡々と伝えた。
チェルシーは両手を地面についた。
完全に敗北を悟ったようだ。
クレイはふとディルク達が戦闘していた方へ目をむける。
ディルクとヒューゴが大の字になって倒れていた。
しかし、戦闘していた12人の魔法使いも倒れている。
「相打ちか。まァ、及第点だな」
クレイはふっと笑った。
(ルカ、来てくれ。回復してほしい者が大勢いる)
(あ、はい!忘れられているのかと思いましたよ)
マァム湿原での戦闘はクレイの完全勝利で終わった。
◆
王城の地下の移動門が光を発した。
門からコツコツと靴音をさせて出てきたのは、“漆黒の獅子” イザベラ。
「こんな事態が起きるなんて…」
ナツキたちを探し、ゴディス島の西側で捜査をしていたが、王都の変事を知って慌てて帰ってきたのであった。
口元にはいつもの婉然とした笑みはなく、険しい表情を浮かべていた。
(ブラッド、応答してもらえる?)
念話をいくら飛ばしても反応がない。
部下からの念話で事態の報告を受けた後、何度も呼びかけた。
しかし、まったく反応がなかった。
ブラッドが音信不通など初めての事態である。
簡単に敗北するとも思えないが、ただならぬ状況となっているのは間違いない。
(オーロ、シグマ聞こえる?)
(あぁ、大変な事態が起きているようだな)
(こちらも今連絡があった。詳しく状況を知りたい)
他の2人とは連絡がとれた。
(王都は死影と鬼組のせいで大混乱よ。王城が主戦場となっている。ブラッドとは連絡がとれないわ)
イザベラは、グランドロッドの敗走、セシルとチェルシーの不在についても報告した。
(…なんだとッ…。あの“蜃気楼”が敗北を喫するとは信じられん)
(……)
オーロはすぐに反応したが、シグマは無反応だ。
(シグマ、あなたはすぐにマァム湿原に向かって、ノスタルジアの援護をしてもらいたい。相手は傭兵集団“紅”よ)
(……)
(聞いている?)
(あァ、すまない。考え事をしていた)
(では、よろしく頼むわ)
(“紅”との戦闘は断る。私は王都へ向かう)
(なんですって!?)
イザベラは驚いた。
これまで、与えられた任務を着実に達成してきたシグマが、要請を拒否するとは。
(…なぜ?)
(簡単な話だ。湿原の勝敗は大勢に影響がない。王都制圧を解決するのが優先だろう)
確かにその通りである。
しかし、イザベラはなにか引っかかりを感じていた。
(…わかったわ。できるだけ早く援軍が到着することを期待するわ)
(それと、援軍について、条件がある)
イザベラは苛立った。
この非常事態に駆け引きなどしている暇はない。
(それはなに?)
(今回の反乱の動機を、私に隠さないことだ)
イザベラは目を見開いた。
おそらく、五星会議後にブラッドから言われたことを根に持っているのだろう。
五星会議で、全軍戦闘の提案をした2ギルドが内乱を起こしたのだ。
イザベラは、ブラッドから死影が国内で諜報活動をしていたことを聞いている。
シグマも、死影のようにエディンの機密に関わる事項に近づこうとしているのは明らかだ。
しかも、シグマは青眼一行と、何らかの誼があるらしいことは把握済みだ。
その男に秘密を共有していいものか、悩ましい提案であった。
(どうした。私も軍団長だ。大した条件でないはずだぞ)
イザベラが押し黙って考え事をしていると、シグマから催促がきた。
(よいではないかイザベラ。さっさと動いてもらえば)
オーロが乗ってきた。
この男は魔蟲以外の話をとるに足らないことだと思っているふしがある。
政治のことはどうでもいいのだ。
イザベラは深くため息をもらした。
ブラッドがいないと、思うようにいかない。
(いいでしょう。全て話すわ。さっさと進軍してちょうだい)
(その言葉忘れるな)
シグマが念話を切った。
彼なら3日ほどで王都に着くだろう。
(オーロも急いでちょうだい)
(あァ、すでに軍の編成は終わった。すぐ向かわせよう)
(…あなたは来ないの?)
(ワシは愛し子を殺した賊を探すのに忙しい。やつらを殺したらすぐに向かおう)
イザベラは自分のこめかみがひきつるのを感じた。
(あなた、優先順位わかっている…?)
(もちろん。ワシの子より尊いものなどないのだから。安心しろ。最強の軍団を送ったぞ。お前とシグマがいれば勝てるはずだ)
またこの男の悪い癖が出た。
“真鍮の熊”の軍隊が強力なのは知っている。
しかし、オーロ個人の力量と比べたら霞んでしまうレベルだ。
イザベラは頭を抱えた。
(わかったわ。でも、事態がさらに悪化したらきてもらうわ)
(うむ)
オーロも念話を切った。
…
……
イザベラは王軍地下のエントランスを進み、“新月の間”の扉を開け放った。
そこには、異様な光景が広がっていた。
扉の先が異空間のように黒々としている。
(これは…異空間になっている…?)
イザベラは侵入することはやめ、外から解除しようと魔法詠唱を開始した。
◆
王都の西は異様な空模様であった。
漆黒の雲が激しい魔力を含み、空に渦を作り出している。
その真下に2人の影。
1人は“絶対者”セシル。
膝をつき、頭は項垂れている。
「はぁ…はぁ…」
息も切れ切れだ。
その正面に堂々と佇むもの。
魔王ベルフェゴールであった。
「ここまでのようだな」
明日、「星の衝突」が一区切りとなります。
想定より長くなりました…




