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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
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05 ある肉屋の悲劇②

 デールの中央通りから南西に進んだ先の奥まった暗い路地のどん詰まりに“スネーク”のアジトはあった。


 ハリーは上機嫌に笑っている。



 おそらくローガンは金を用意できまい。

 正直なところ、子どもを人身売買組織に売っ払うほうが身入りがいい。

 あの親父のことだから、店を売っ払って取り返しにくるかもしれないが、それならそれでいい。

 玉砕覚悟でかかってきたら、また拘束すればいいだけだ。


 ハリーはにやにやしながら、シクシクと泣いているクララを眺めている。


 そんなことを考えていたら、突如、部屋に向かって走ってくる音が聞こえてきた。


 「お頭ー!」


 部下が駆け込んでくる。


 「なんだ、騒々しい」


 「なんか変なものが届いたんでさぁ」


 なんだぁ?とりあえず見に行ってみるか。


 …


 玄関ホールへ赴くと、帽子を目深にかぶった郵便配達人が一抱えほどの大きさの小箱を持って、所在なさげに立っていた。


 中を覗いてみると、大量の草が入っている。


 「なんだこれは?」


 部下に確認させたが、依頼主はどこにも書いていない。意味不明な代物だ。


 「気味が悪い。捨てとけ」


 一言命じて、踵を返す。



 「それはオススメしませんね。これからあなた方に必要になるものですよ」


 ぼーっと突っ立っていたかと思った郵便屋が、突然口を開いた。


 なんだこいつ。どういうことだ?



 時は少し遡って。肉屋をあとにしたナツキは考えた。


 取り返すのは簡単だ。夜にでも忍び込んで連れ出せばいい。

 しかし、明日になって娘がいないことを知ったやつらはまた店に行き、同じことを繰り返すだろう。こんな奴らのために肉屋が夜逃げするのも馬鹿げた話だ。


 なら簡単だ。やつらがもう二度と同じことをやれないよう壊滅させればいい。


 さて、どうするか。


 そして、自分の商売道具を見わたして、妙案を思いついた。

 ちょうどいいものがあるじゃないか。手っ取り早い方法でいこう。


 郵便屋の格好に変装し、小包を準備した。

 よし、未来のお客様のところに挨拶に行きますか。


 ……

 …


 突然のナツキの来訪に、スネークの連中は困惑しているようだった。


 さっきまでただの郵便屋かと思っていた冴えない男が、突然不敵な態度をとりだしたのだから無理もないだろう。


 「どういう意味だ?」


 まだ事情ののみ込めない手下が、胡乱なものを見るような目つきで問い返してきた。



 「この建物は燃えてなくなる。お前たちの中には火傷するやつもいるだろう。そうなったら薬が必要だ。だったら、先に届けてやろうと思ってね。優しいだろ」


 箱の中身は大量のアロエ草と火傷治しだった。不良在庫にならずに済んでよかった。


 我ながら説明も丁寧にしてやったつもりだ。不意打ちで攻撃するのが手っ取り早いのだが、それだとクララまで怪我させてしまうかもしれない。なので、堂々と突撃することにした。まずは居所をつかまないとな。



 「おまえは何者だ?」


 「郵便屋は仮の姿。じつは心優しい薬屋さ。人の体から病気を、世の中からはおまえらみたいなダニを取り除きたいと考えている」


 芝居っけたっぷりに宣言したナツキを一瞥して、ハリーは眉間にシワを寄せながら部下たちに一言命じた。


 「殺せ」



 相手はごろつき集団のボスらしき人間と、手下20人ほど。

 賢眼(けんがん)で確認したところ、魔法使い15人、あとの5人はナイフを持っているだけだな。

 ボスだけは魔力が他の5倍といったところか。口先だけじゃなくてなかなかの使い手だ。


 手下の1人が接近してきてナイフで攻撃してきたので避ける。同時に顔面に拳をお見舞いする。

 カウンターで入ったので一撃で気絶した。

 続いてナイフで襲ってきた輩には、腕を振り下ろす前に蹴りで迎撃した。


 2人を立て続けに倒したことで、数人が魔法詠唱をはじめる。


 (建物を燃やすと言ったのに、自分から炎魔法を準備するとは…ばかなのかこいつら?)



 «炎玉»(ファイヤーボール)


 6人が同時に魔法攻撃をしかけてきた。

 ありがたく利用させてもらいましょう。


 ナツキも魔法を詠唱する。


 «暴風»(ハリケーン)


 ナツキの周りに竜巻が出現した。

 暴風の影響で建物内の紙など軽い物が舞い上がる。


 その竜巻に複数の炎玉(ファイヤーボール)が命中する。

 しかし、風によって四方八方に飛び散り、アジトのいたるところへ拡散した。

 何発かは手下に命中している。


 この出来事にスネークの連中は目に見えて動揺しだした。


 「急いで火を消せ!」


 自分たちでやってくれるなら世話はない。

 部下数名が火消しにあたる。おいおい、俺が攻撃したらどうするんだ。

 こいつら弱者を踏みつけることしかできない無能の集まりか?

 呆れながら見ていたら、何人かの手下が懲りずに襲ってきた。

 ふむ。火消しを諦めたくなるくらいの状況にしておくか。


 «爆炎»(ファイヤーショック)


 ドゴーン!


 激しい音とともに、ナツキに襲いかかってきた手下たちの足元から火柱があらわれる。

 床は激しく燃え上がり、火柱が直撃した天井には穴が空いた。

 遠くに飛ばすことはできないが、接近戦で炎の魔法使いが使う攻撃呪文。

 大型の魔物でさえ一撃で屠る魔法だ。事前に防御をしていなければひとたまりもない。


 ナツキのつくり出した爆炎(ファイヤーショック)と、散らばらせた炎玉(ファイヤーボール)によって、玄関ホールが激しく燃えあがる。



 (いかんいかん…まだクララの位置を確認していないんだ。気をつけないとな…)


 戦闘中だが、魔力感知の範囲を広げてみた。

 屋敷内の人間はほぼこの場所に集まっているな。

 魔力が低い存在が、1階の1番奥にいる。

 これだけの爆音をさせながら戦闘しているにも関わらず、動く気配すらない。手下なら慌てて駆けつけてくるだろう。どんな幹部だったとしても、様子くらいは見にくるはずだ。十中八九、これがクララだろうな。



 「下がれ、俺が相手をする」


 ナツキの戦闘を見ていたハリーが呟く。


 ハリーの体の周りをどす黒いオーラが包み込んだ。

 こいつは少し気合を入れないといけない相手だ。


 ハムさんにかけていたのは闇魔法だった。

 知らずに挑んでいたら痛い目をみたかもしれない。闇魔法は呪いを含むものが多数あるため、くらってしまうと一撃で負けてしまうことがある。しかし、今は相手の手の内が分かっている。

 こうした情報は魔法使い同士の戦闘において大きなアドバンテージを生むのだ。


 ナツキの瞳が赤く光る。


 賢眼(けんがん)を使いながら相手の魔力の流れ、作り出した魔法式を観察した。


 ハリーは闇属性の攻撃魔法を準備している。


 ナツキは素早く同じ魔法式を組み立てていった。


 ≪闇玉≫(シャドーボール)


 2人の前にほぼ同時に黒い玉が生み出される。

 命中した場合は魔法によるダメージに加えて、相手の生きる気力を奪う呪いを込めた魔法。

 もし戦闘を生き延びたとしても、その後の生活に支障をきたす。


 ハリーはこの魔法によって、虐げた者の反抗心を削いできたのだった。


 その得意技とまったく同じものをナツキが放つ。

 そして、2人の中心地点で2つの玉はぶつかり消滅した。


 「相殺しただと!?」


 驚くのも無理はない。別の魔法ならともかく、まったく同じものを撃ってきたのだから。


 「おまえも闇魔法を使うとはな」


 瞬時に同じ魔法を使われたなど、思いつきもしないだろう。


 ハリーが今度はより高威力の魔法詠唱をはじめる。


 ≪闇波≫(シャドーウェーブ)


 今度はハリーの掌から漆黒の波状が撃ち放たれた。


 しかし、ナツキは笑いながら、「同じく」と言って掌を前に突き出し、闇波(シャドーウェーブ)を撃った。


 バァーン


 また相殺される。


 「どういうことだ!?キサマ、なぜッ」

 「ははは。もっと色々見せてくれ。闇魔法は日常生活じゃ見る機会が少ないしな」


 この時点で、さすがにハリーも察したようだ。

 認めたくないが、どうやらわざと真似して同じ魔法を撃ってきていることを。


 次の手を打てずに悩んでいるハリーに、ナツキは質問する。


 「肉屋の娘を大人しく渡して、二度と手を出さないと誓うなら、ここの壊滅だけはやめてやってもいい」

 「なるほど、それで攻めてきたのか。生憎だが舐められたらこの仕事は終わりなんでね。それは無理ってもんだ」



 提案してはみたが、受け入れないだろうとは思った。

 なら力ずくで取り返すしかない。

 しかし、このままアジトを吹っ飛ばすのはうまくない。


 このアジトは燃やし尽くしてしまおうと考えていたが、コイツの魔法を見ていたらいい手が閃いたぞ。

 邪道には邪道で応えるのが1番いい。闇魔法をたくさん見せてくれたお礼をしよう。


 ナツキは、賢眼(けんがん)で解読した闇の魔法式を独自に組み立て直す。



 相手の術式そのものが見えるので、手を加えて、より強力な魔法を生み出すこともできる。

 この眼の真骨頂だ。


 「くたばれー!」


 ハリーが叫び、複数の闇玉(シャドーボール)を撃ってくる。



 相殺されるなら数で勝負といったところか。考え方が単純で分かりやすいね。

 魔法式を構築している間はさすがに相殺するのもしんどい。飛んできた攻撃は避けておこう。

 戦闘を続けながら新しい魔法式を完成させていく。


 (よし、できた)


 ≪闇暴風≫(ブラックストリーム)


 ナツキの体の周りを漆黒の竜巻が包み込む。

 竜巻は次第に大きくなり、アジトの玄関ホール全体を包み込む。

 竜巻ではあるのだが、風が起きているわけではない。

 手下連中も巻き込みながら、広がっている。


 「なんだこれはッ!?」


 スネークのメンバーが叫んでいる。


 「嘘だろ…これほど巨大な魔法を使えるなんて、おまえ何者だ…」


 ハリーが呆然として呟いた。


 「言ったとおり優しい薬屋さ。お前から学んだ魔法だ。感謝を込めて送り返すよ」


 闇暴風(ブラックストリーム)の効果は闇の暴風に包まれた者に、闇波(シャドーウェーブ)と同程度のダメージを与える。加えて闇玉(シャドーボール)の呪いと同じ、生きる気力を奪う呪いを付与する魔法を作り出した。




 ハリーは驚愕した。

 心の底から恐怖感がこみ上げてくる。


 アジト内を吹き荒れる黒い渦の中にいるにいる手下たちが苦しみ出す。

 ナイフを持っていた手下は最初に食らった時点で倒れた。


 「おい!なにしている!抵抗(レジスト)しろ!」


 命令するものの、必死の抵抗むなしく、魔力の低い順に黒い竜巻の中で呻きながら次第に倒れていった。



 「次起きるときには、歩くことすらしんどく感じるだろうな」


 なんだこいつは。なぜこんな奴がこんなところにいる。


 「キサマ…さては王軍の密偵か…」


 魔力量、威力なにをとっても王軍の上層部としか思えない。

 こんな力をもったやつが野心も持たずに放浪しているなどありえない。


 「なんか勘違いしていらっしゃる。王軍なら、郵便屋のふりをするような周りくどい方法でくるわけないだろ」


 確かにその通りだが、納得できるはずもない。

 勝てるわけがない相手だという明らかだ。どうしたらこの場を切り抜けられるか。必死に考えるが、なにも妙案が浮かばない。相手の魔力に抵抗(レジスト)するだけで精一杯だ。くそお。


 「それにしても流石にボスだけは長時間たえるな。感謝の気持ちをもっと込めて、もう少し贈り物をうけとってくれ」


 ナツキが手を振りかざすと同時に、一帯に広がっていた黒い渦が、自分に集まってきた。

 自分の体が漆黒の渦に包まれていく。


 「ぐああああああ!!!ばかなぁあーー……」



 段々と叫びをあげることすらできなくなっていく。

 遠のく意識の中で、声が消えてくるーー


 「自分の使っていた呪いで苦しんでいくがいいさ」


 嫌だと言うこともできず、床に倒れ込む。


 ナツキの完全勝利であった。



 よし。これにて戦闘は決着。思っていたよりも火傷治しはいらなそうだ。

 闇の呪いによって生きる気力を奪ったので、今後商店の人たちに迷惑をかけることもないだろう。


 ナツキはアジトの1番奥の部屋まで進んだ。


 ドアを開けると泣いている女の子がいる。


 「キミがクララかな」


 一応確認だ。


 「あなたは誰…」


 おっと、いけない。いつも名乗るのを忘れてしまう。


 「俺はナツキという薬屋さ。お父さんに頼まれて連れ出しにきたよ」

 「え…でもここには怖い人たちが」


 驚いた顔をするクララに、アジトを壊滅させたことを簡単に説明する。


 「えぇッ!?あんな人数を?」


 よほど驚いたらしい。まぁごろつきを壊滅させたから帰ろうと言われて、すぐ信じるやつはあまりいないか。

 しかし、玄関ホールまで連れ出したところで、スネークのメンバーが倒れていることを見せたら信用してくれた。



 ローガンとクララは再会したとたん抱き合った。


 「無事でよかった…!」

 「お父さん…」


 うんうん、よかったよかった。


 「まさか本当に連れて帰ってくれるとは」


 なんだ、鎖を解いたときに信頼してくれたと思ったのに疑っていたのか。人をみかけで判断しちゃ駄目だね。

 スネークの連中がもう絡んでこないだろうという話と、また困ったら相談しなと言っておいた。


 ローガンは「なんてお礼をしたらいいか」とか言っているので、売れ残りでいいからこの店のハムをたまに無料で食わせてくれと言っておいた。「なんだと!?」なんて驚いていたから、図々しい願いだったかと焦ったが、低すぎる報酬に驚いたらしい。


 「他にも力になれることがあったら頼ってくれ。肉屋チャーリーはあんたになんでも協力する」


 その一言で嬉しくなる。


 スネークを壊滅させた英雄がいるという噂を、ギルドの仲間連中に広める、なんて言っていたのは流石に勘弁してほしかった。


 「それはやめてくれ」と言っておいたが、守ってくれるだろうか…。同じような連中に目をつけられると町を歩きにくくなるから困る。

 それに恥ずかしい。こっちの理由の方が大きいな。


 しかし、クララによって魔法学校でこの噂が広まり、子どもから親へとこの噂は広がっていくのだが、それはまだ少し先の話である。

次話は明日更新します。

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[良い点] 正義の裁きなショートな展開で気軽に読めて面白いです!
[一言] スネーク団との戦い 面白かった クララ!よかったね
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