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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
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56 星の衝突⑤~因縁~

王都の至る所で黒煙があがっている。

魔法による爆発音や悲鳴も、そこら中からあがっていた。


「なんじゃこりゃあ!」


王都の城壁南門で叫び声が上がった。


カーロンから強行軍で飛ばして1日半、盗賊団“黒夢”の頭目、ユウヤ・バナは今しがた王都に到着したところであった。



「なんだかヤベェことになっているな」


ギーメルも、王都の惨状に周りをキョロキョロしながら目を剥いている。

王都の門は、タペルを脱出しようという市民が詰めかけて混乱状態となっていた。



ドォーン!


「どわぁ!?」


ユウヤは思わず叫んだ。

急に空から人が降ってきた。独特の装束に鬼仮面、片手に長刀を握っている。

そのまま地面に仰向けに倒れたかと思うと、男は血を吐きながら絶命した。


「うぉい!なんだってんだ!」


ギーメルが叫び声を上げる。


「こいつらは見覚えがあるな。確か鬼組の”百鬼“とかいうやつらだ」

「知ってるんすか」

「うむ。一度だけ戦ったことがある。確か今は五星ギルドに所属していたはずだ」

「そんな奴がなんで…」

「よくわからんが、内乱が起きているのは間違いない。これはチャンスだおらぁああ!」


ユウヤは気炎を上げて、王城へまっすぐ走った。

ギーメルも慌ててその後を追う。


五星ギルドや王軍の目を掻い潜って仲間を助けるのは至難の業だ。

それであれば、なにか目を引く騒ぎを起こす必要があると考えていた。


それが、王都へ着いた途端、この騒動である。

もはや王軍による警備はほとんど市街に行き届いていない。

救出としてこれ以上ない好機と言えた。



――死影・鬼組の内乱に、まったく事情の知らない盗賊団が無自覚なままに参戦することになった。





鬼ノ助は王都内を駆け巡っていた。


後ろには鬼組の精鋭十数名を連れている。


さらにその後方から、鬼ノ助の訴えに共感して行動を起こした魔法使いたちが列をなしてついてきていた。


鬼ノ助は日ごろから、“敵国の密偵”、“異民族”、“異端”、“過激”などと、排斥される理由に事欠かないほど悪評をたてられていた。

一方で、その強さと一本気な性格に惹かれる他ギルドの魔法使いも一定数いたのだった。


今回の内乱の呼びかけを機に、五星ギルドの既得権益に反感を持っていたものなど、ともに行動したいと、若い魔法使いがたくさん決起したのだった。


「まさか、これだけ呼びかけに応じる者がいるとはな」


鬼ノ助の口元がふっと笑う。


眼前に赤煉瓦の壁が見えてきた。

あの壁を超えると、貴族の居住区に入る。


壁の上には複数の魔法使いたちが待ち受けていた。


「止まりなッさい!」


束縛(バインド)


足元から拘束具のような魔力が襲いかかる。

鬼ノ助は宙に跳び、これを回避した。


「うあッ!?」

「ぐぐッ…」


何人かは拘束されたようだ。

それにしても移動して向かってくる相手全員に束縛を撃ってくるとは並の相手ではない。


仕掛けてきたのはグランドロッドのジェネラル、ナンシー・ヒルであった。


「これ以上先に進軍することはできないわよッ!」


「ふん、“ボロ杖”の小娘か。相手にならんな」


鬼ノ助は腰のロングソードを抜いた。


「飛斬」


ブンッと横一線になぎ払う。

斬撃が三日月状となって、正面方向に飛んでいく。


「くッ」


ナンシーも横に跳んで回避した。

斬撃は煉瓦の壁を切り裂き、塔の上部がゆっくりと倒れていく。


「本ッ当…やばッ……」


ナンシーが愚痴を吐いている。


(こんな小手調べであの様では、無視してもいいか)


鬼ノ助はナンシーの実力を測った。

これなら束縛で苦戦するかもしれないが、部下に任せてよさそうだ。

今回の作戦には、即日決着が不可欠。

ならば、雑魚に構う時間を削らないといけない。


炎玉(ファイヤーボール)



突如、一瞬の思考を巡らせる鬼ノ助の後方から巨大な炎玉が飛んできた。

剣で縦に切り裂き、二つに割れた炎が傍らの建物を延焼させる。



「来やがったか。ジジィ」


鬼ノ助がにやりと笑う。


「この悪鬼が」


グランドロッドのギルドマスター、“蜃気楼(ミラージュ)” ジョセフ・ワトソンであった。


「レオとケミは百鬼夜行の鎮圧。他のものは鬼組に賛同して行動した魔法使いたちとの戦闘へ移れ」

「「はッ!」」


ジョセフの後ろに控えていた、複数の魔法使いたちがいっせいに動きはじめる。


「やっと来たな。ゆっくり移動してやったのに、来るのが遅すぎだ」


「なんじゃと…?」


「ボケちまったのか。てめェをぶっ殺すために待ってやっていたのさ」


ジョセフが鬼ノ助を睨みつけてくる。

なにやら複雑な思いを巡らせているようにも見える。


「…お前とはいつかこうなる気がしておった」


「そうかよ」


「旧友の仇、とらせてもらう。…覚悟はよいな」


「ふん、死ぬのはテメェだ」


タペルの貴族居住区の西端で、五星ギルドのトップ同士の戦闘が勃発した。



ジョセフの体から巨大な魔力のオーラが立ち上る。


風刃(ウィンドカッター)


ジョセフの体のまわりに、数十枚の風の刃が生み出された。

風切り音をさせながら弧を描き、鬼ノ助の方へ向かってくる。


鬼ノ助は腰の刀を構えた。


「はぁぁぁ!」


片手で剣を振りまわし、すべての風刃を捌いていく。


「次はこっちからいくぜ」


鬼ノ助は、剣を左右に数回ほど振った。

振った回数分、飛斬がジョセフへと向かっていく。


ジョセフは、さらに風刃を作り出して相殺しようとした。


2人の中心地点で風の衝突音が響く。


ピッ


かすかな音とともに、ジョセフの頬から血が滴った。

数センチほどの切り傷から、血がスーッと流れ出る。



「まさか、ワシの魔法を制するとはな。やはり本気でかからねば危ういな」


「ふんッ、本気でやっても結果は同じさ」


「強がりもそこまでだ。“ 蜃気楼(ミラージュ)“ジョセフの真髄、とくとみよ」


ジョセフが、鋭い眼光を向けてきた。


蜃気楼・城(ミラージュキャッスル)


鬼ノ助の眼前に広がっていた王都の景色が一変する。

気づくと屋内だった。

まるで、玉座の間のようだ。


いるのは自分ひとり。


「なんだコレは…」


周囲を見渡す。


(もう逃げられんぞ)


どこからともなく声が響く。



突如、景色に違和感が生まれた。

壁から突起のようなものがいくつも出現し、長い筒のような形状へと変化する。


いつのまにか、筒は鋼鉄製のものへと変形した。

どうやら大砲のようだ。

気づくと、部屋中すべての大砲の発射先が鬼ノ助を向いている。


ドン!


筒から魔力弾が撃たれた。


鬼ノ助はチッと舌打ちし抜刀した。


抜刀した勢いそのままに魔力弾を切り裂く。


が、手応えがなかった。


「なんだこりゃ…幻?」


魔力弾はそのまま消えてしまった。


ドン!


ドン!


またしても大砲が火を噴いた。

今度は2発とんでくる。

またしても幻だろうか。


(陽動で体力を奪う作戦か…?)


今度は、魔力弾を無視することにした。


「ぐはッ…」


鬼ノ助の体が後方へ吹っ飛ばされる。

今度は実体があった。

幻の中に本物の攻撃が混じっているようだ。


――どうすればいい。


相手は思考する暇を与えず、次々と砲台から魔力弾を撃ってくる。


「舐めるなよ。全て落とせばいいんだろ」


鬼ノ助は左手で腿に装備していた短刀を抜いた。

両手に持った二本の刀を閃かせ、すべての魔力弾を弾く。


時には手応えがあり、時には空振り。


それでも攻撃の全てに実体があるつもりで刀身を振る。


ジョセフの作り出した蜃気楼の王城内で、大型獣の咆哮のような叫びが響いていた。



「勝ったな」


レオは小さく呟いた。

自らは鬼組の戦闘員たちと対峙しているが、いつでも援護にいけるように、ジョセフたちの様子を伺っていた。



「どういうこと?あの魔法はなに?」


新サブ・マスターのケミが横から問いただした。


「あれがマスターの戦い方さ」


ジョセフは、“蜃気楼”の二つ名で知られている。

特殊属性の魔法で、城・街・大河など様々な幻を瞬時に作り出すことができる。

その中に捕らえた相手に一方的に攻撃をしかけていくことができるのだ。


幻術の使い手の中でもこれだけ大規模なものを展開できるのは、ジョセフをおいて他にはいない。


「とんでもないわね…」


ケミが感嘆のため息とともに感想をもらした。


「いや、真に恐ろしいのはここからさ」


「どういうこと?」


「見てればわかる」


レオが言った直後に、異変が起きた。


ジョセフが魔法を詠唱している。


引力衝突(グラビテーション)


幻の居城の中心に渦ができる。

ゴゴゴ…と地鳴りのような轟音を響かせ、瓦礫や破片が宙に浮く。

突如、夥しい数の瓦礫が渦の中心にむかって集中する。

まるで一つの星を生み出すかの如く、次々と渦の中心に集まっていく。

石材や木材が砕ける音をさせながら、巨大な球体を形成していった。


すでに幻の巨城は消え、代わりに瓦礫の塊が生み出されている。


周辺で戦闘していたすべてのものが唖然として状況を見守っていた。

球体とジョセフに視線が集まっている。


「すごい…」


ケミがぼそっと言った。


「あれがグランドロッドのマスター、“蜃気楼(ミラージュ)”ジョセフさ」


レオがケミにむかってニッと笑う。


蜃気楼は一度つくられると、術者が解除しない限り、ほぼ永続的に対象をその中に閉じ込めることができる。


その間に心を精神世界にリンクさせ、神聖魔法を行使するのだ。

エディンでも数少ない、たった一人で神聖魔法で敵を殲滅できる男であった。


鬼組の“百鬼夜行”の連中が「ばかな…」と動揺している。



「これより、鬼組を徹底的に鎮圧せよ!一人たりとも逃すな!」


ジョセフが檄をとばした。



「「おおおおお!!」」


すでに勝ったかのような歓声があがる。


鬼組と戦闘していたすべての魔法使いが、士気高く攻撃を開始した。


実際のところ、いくら鬼組が強くても、無勢では殲滅するのも時間の問題だ。

唯一厄介だった“地獄鬼(インフェルノオーガ)”はジョセフに撃破されたも同然だ。


鬼組も、精神的支柱である鬼ノ助が敗勢となった今では、先ほどまでのような戦いも望めないだろう。


グランドロッド勢の魔法使い全ての心に「勝利」の二文字が浮かんだ。




ザォン!!



突風がふいた。

いや、剣撃が都を奔った。


巨大な三日月の斬撃が一直線に走り抜け、地面には地割れができている。


ジョセフの引力衝突によって作り出された球体が、ゆっくりと2つに割れた。



そこには、背ほどもある大剣を持った鬼ノ助が立っていた。

頭から血を流し、息も切れている。


正面を睨みながら、にやっと笑った。


「さすがだったぜ…」


どうやらかなりのダメージを負っているようだ。



「だが…、“蜃気楼(ミラージュ)”ジョセフ、討ち取ったりッ…」


その濁声は小さく、掠れていた。

しかし、なぜか、レオの耳まですっと入ってきた。



レオは、鬼ノ助の斬撃がつくった地割れに目を向ける。


その直線上にジョセフは立っていた。


「マスター…ッ」


レオの目が見開く。


ジョセフの肩から足先にかけて、縦に斬線が入っていた。


ブワシャッ…


何かが弾けるような音とともに、ジョセフの体から血飛沫が舞った。


体を揺らしながら、崩れるように地面に倒れた。


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