54 星の衝突③〜王都混乱〜
五星ギルド「ヘブンズゲート」の本部は、王都タペルの西地区の一角にそびえていた。
他の魔法ギルドの建物とは違い、屋上に出入り口がつくられている。
屋上から出入りするのは飛行魔法を使うギルドマスター専用のものだ。
屋上口を抜けると、ギルドマスターの執務室となっている。
“絶対者”セシルは執務室の椅子に腰をかけ、山積みになった書類の一つひとつに目を通していた。
執務室の外から慌しい足音が聞こえてきた。
「大変ですー!!」
ノックもそこそこに、扉を開けながら部下が室内に足を踏み入れた。
「私が執務中は立ち入り禁止だ」
ヘブンズゲートの構成員は、マスターに似て、どちらかといえば冷静沈着、動揺しても表に出すことは少ないので、珍しいことではある。
「申し訳ございません…ですがッ…」
なにかトラブルがあったのだろう。
「なにがあった」
おろおろする部下に対して用件を促した。
「はっ…“死影”から緊急の応援連絡が入りました」
「珍しいこともあるものだ。あの戦闘狂どもが応援を要請してくるとは。で、相手は何者だ」
「真偽の程はわかりませんが。カッツウォルドの町に魔王が召喚されたようです」
「なんだと…」
これには、流石のセシルも瞠目した。
上位悪魔ならともかく、魔王召喚など歴史上数えるほどしか確認されていない。
真実であれば、エディンが甚大な厄災に見舞われることになる。
「如何いたしますか…?」
部下が不安そうな顔で質問してきた。
セシルは暫し瞑目する。
五星ギルドの“死影”による応援要請であれば、虚偽であるとは考えにくい。
問題はなぜ魔王が召喚されたのかだ。
率直にとらえるなら、死影が対峙した相手が召喚したということだろう。
「死影が戦闘している相手は誰だ?」
「それが…それについては何も言われませんでした…」
「怪しいな」
問題は、魔王を召喚したのが相手ではなかった場合だ。
この時期に、なんの思惑があって。
死影とは五星会議で揉めたばかりだ。
はた目にはわかりにくいが、セシルの頭脳が高速で回転していた。
(狙いはこの私か、あるいは――…)
「断りますか…?」
「いや、狙いは読めんが、魔王が現れたのであれば、いずれにせよ撃破する必要がある。私が行くしかないだろう」
セシルは椅子から立ち上がった。
もしも、魔王撃破だけでなく、死影も相手にするとなると、只ではすまないだろう。
ただ、最も厄介なギルドマスターは、王城へ呼び出されていると聞いている。
精鋭ぞろいとは言え、十影であれば全員を相手にしても勝てるだろう。
死影が自分の首を狙ってきているとしたら、それは好都合とも言える。
セシルにとっても、五星会議での死影の立ち回りを快く思ってはいなかった。
これを機に力を削げるのであれば、全てが悪い話でもない。
「私はカッツウォルドへ向かう。必要な執務はサブ・マスターたちに任せる」
「はい!」
部下が部屋から飛び出していった。
セシルは魔力を込め、体を浮かせる。
天井にとりつけられた扉を押し上げて、屋上へと浮上する。
そのまま、西方へと飛翔した。
◆
「行ったな」
セシルが飛び去っていくのを望遠鏡で眺めている男がいた。
五星ギルド「オーガレギオン」の本部の屋上に“地獄鬼“中条鬼ノ助が座していた。
鬼ノ助は望遠鏡を傍らに放り出すと、おもむろに屋上から飛び降りた。
5階建てはあろうかという建物から飛び降りたのに、着地は物音ひとつしない。
「開けろ」
鬼ノ助は、大門に向かって一言発した。
"鬼組”本部、木製の大門がギギギ…とゆっくり開いた。
最前列にサブ・マスターの舞子がいる。
「いつでも出られます」
覚悟を決めた表情をしている。
後ろには約100名の、鬼の面を装備したギルドメンバーが控えていた。
鬼ノ助はニッと笑う。
「よし。サブ・マスターたちは"百鬼夜行“を30人ずつ連れていけ。10人は俺と来い」
「「はッ!!!」」
ギルド本部から、順々にギルドメンバーたちが足を踏み出していった。
さながら、鬼組一同そろっての討ち入りの様相を呈しているかのようだった。
タペル西側から中央に向かう大通りでは、周囲を通行していた住民がその様子を目撃して目を丸くしていた。
「行くぞ、やろうども!!」
「「「おおおお!!!!」」」
地鳴りのような響きを轟かせ、鬼組は士気高く西地区から出陣した。
◆
同時刻、五星ギルド「グランドロッド」のマスタールームでは、ギルドマスターのジョセフ・ワトソンがため息を吐いていた。
「どうしました?」
レオ・ロバーツはマスターの様子を注意深く伺った。
「レオ…、お前はアーデルをどう思う?」
予想しなかった問いかけを受けて、レオは眼をしばたたいた。
マスターの胸中を図りつつ、少し考えを巡らせて慎重に答えた。
「あの齢にして、魔法の使い方も戦闘もセンス抜群。いずれはエディンでもトップクラスの魔法使いになるでしょうね」
「いや、そういったことではない」
やはりか。
レオは、ジョセフの心情を慮ってあえて触れずに返答していたのだ。
「人間性について言えば、まだ幼さが残って思慮深さに欠け、心配な点もありますね」
「やはりそうよな…」
ジョセフは再び大きなため息をついた。
珍しいことだが、いまのジョセフはマスターというより、孫の将来を案じる祖父の顔をのぞかせていた。
五星会議が終わった直後、サブ・マスターのアーデルは軍を編成して中央平原へと向かった。
議場でカイに皮肉を言われたことがよほど堪えたのか、「青眼を俺が殺す」と鼻息が荒くなっていた。
それにジェネラルのアーロンが便乗して、賛同するギルドメンバーを連れ立ってしまったのだ。
ほどなくして、盗賊“黒夢”を10名ほど捕らえてきたが、肝心の青眼は見つかっていないようだ。
今も引き続き血眼になって各地を巡っている、と一般構成員から伝え聞いたところだ。
ジョセフは止めこそしなかったものの、もう少し思慮深く行動してほしいと考えているのだろう。
「マスター、ご無礼をお許しください!」
赤髪の女が扉を勢いよく開けた。
マスタールームにはサブ・マスタークラス以上のメンバーしか入ることができない。
しかし、今回は別に問題はなかった。
入ってきたのは新しくサブ・マスターに就任したケミ。
元々死影との争いに敗北した、五星ギルドの幹部だった女性である。
このたびの五星ギルドの決定をうけ、新たにグランドロッドに所属することが決まった。
ソフィア・ホワイトの後任として、いきなりサブ・マスターの地位を預かったのだった。
「どうした」
ジョセフが質問する。
「鬼組の”百鬼夜行“が武装し、大多数が王城へ向かいました。一部の部隊はここを目指して向かってきます」
「なんじゃとッ!?」
ジョセフの目がカッと開く。
「只事ではなさそうだな。目的は?」
レオもケミに問いただした。
「それは不明…でも、間違いなく大ごとよ…」
一体狙いはなんであろうか。
もしも、鬼組と対峙するとなったら、まずいことになる。
彼らが得意とするのは、武器に付加魔法をした直接攻撃。
近距離が苦手な魔法使いが、不意打ちで攻撃されたら大被害が出るだろう。
「万が一に備える必要がありそうだ」
ジョセフは急ぎギルド全体に指令を下していった。
…
「クソ野郎ども、よく聞け!」
本部の外側から大きな濁声が響いてきた。
窓から外を見ると、鬼組のギルドマスター、鬼ノ助が屋根の上にいた。
「俺たち鬼組はエディン王家とそれに連なる者たちに宣戦布告をする!この宣言は、死影との連名によるものだ。俺たちの呼びかけることは単純明快。王政を倒し、真の主権を手にする!そして、ドルトを総力戦で討ち滅ぼし、この国に真の平穏と自由をもたらすことを約束する!」
大声で、魔法ギルド本部の立ち並ぶ通りに向かって宣言した。
レオは驚愕した。
鬼組の強さは知っている。
しかし、まさか、五星ギルドの一角が国家転覆を高らかに宣言するなどと思いもよらなかった。
「真の主権を手にする…じゃと?まさか奴ら」
ジョセフが小さく呟く声が聞こえた。
鬼ノ助が腰の刀を抜き、天に向けた。
「我らに賛同するものは、ともに王城へ向かおうぞ!」
鬼ノ助は宣戦布告をしたあと、王城にまっすぐに向かっていった。
10人ほどの部下たちが後に続いているようだ。
「マスター!!」
レオはジョセフに目をやった。
ジョセフは走り去っていく鬼ノ助の背を睨んでいた。
「追いかけるぞ。逆賊を排除する」
「はッ!」
レオはケミとともに、ジョセフについて本部をあとにした。




