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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
51/208

49 再出発①


ナツキとミユは、レリィの洞窟をあとにして、森の入り口で人待ち顔で佇んでいた。



「遅いわね…」

「まァ、そろそろ来るだろ」


洞窟を数日かけて出た後、歩きづめだったのもあり、ミユの顔には疲労の表情が色濃く表れている。


(マスター)、モウスグツキマス)


ハーピィから念話がきた。


「あっ!あれじゃない?」


疲れで半眼だったミユの表情が、心なしか明るくなる。


西の空へ目を向けると、ハーピィに両肩を掴まれて運ばれているギーメルが見えた。


「どわぁぁぁ。こらぁ!俺はまだ体がうまく動かんからゆっくり降りろ!」


なんだか騒いでいる様子がうかがえる。


「あー…相変わらずだな」


なんだかんだで離れていた時間は短かったが、なんだか懐かしい気すらする。

洞窟を出て、ハーピィに連絡を取ってみたところ、ギーメルの体調がだいぶ回復したらしいと聞いて、落ち合うことにしたのだった。

これからの目的地についても共有しておかないとならない。


ドシャっ


ハーピィがナツキの目の前にギーメルを降ろした。

なんだか扱いが雑に見える。

どうやらここまでの道中も、ハーピィにとってはやっかいな荷物だったのだろう。ナツキの頼みだから渋々きいてくれた、という印象だった。


「送り届けてくれてありがとうな」

「イエ、オヤスイゴヨウデス」


ナツキは心からハーピィを労い、声をかけると、一礼してすぐ巣の方向へ再び飛び去った。


「こらぁ!ゆっくりと言ったろうが!」


ギーメルが起き上がり空に向かって大声をあげている。


「よッ、回復したようでなによりだ」

「ふざけんな!魔物の巣に放置しやがって。二度とごめんだ」


事情は説明しておいたが、動けない体で魔物に囲まれるのは、ギーメルにとっても慣れない環境で鬱憤がたまっていそうだ。


ナツキはへらへら笑って誤魔化しておいた。


「もう、どうでもいいから村に行って休みましょう」


ミユがウンザリした顔で言ってきた。

ナツキも休みたい気持ちは同じ。


ギーメルの文句を右から左へ流しつつ、一行は身体を休めるため、最寄りのカーロン村へと移動することにしたのだった。



……


道中で、ナツキはかいつまんで洞窟でのできごとをギーメルに話した。


「……で、そろそろ次の行き先を教えてくれてもいいんじゃない?」


ミユはしびれをきらしたように、ナツキに尋ねた。


「そうだったな、悪い。ギーメルと落ち合ってから話そうと思ってたんだ」


ナツキはあらためて自分の考えを2人に共有する。


「俺が考えているのは、このエディンの、国の成り立ちを調べる手がかりがどこにありそうか、ってことだ」


「また王都に戻ろうってわけ?」

「さすがにまずいんじゃないか、それは」



「――いや、漢民族のところへ行く」



ゴディス島では600年前からエディンとドルトの二国統治がはじまっている。

その前までは漢民族が島で暮らしていた。


それならば、漢民族の歴史を調べれば、エディンの国家の起源もわかるはずだ。


「えぇ!?」


ミユが驚愕した表情を浮かべる。


「ちょっと自分がなにを言っているかわかっているの?エディンを恨んでいる漢民族が協力してくれるわけないでしょ」


「いや、1人だけ知り合いがいるんだ」


ナツキは、サイエフの洞窟で出会った英夫を思い浮かべていた。

英夫のいる集落を見つけることができたら、きっとうまく行くはずだ。


「あなたって本当に考えつくことがすごいわね…」


ミユが頭を抱えながら呻いた。

ミユはまだ半信半疑のようだが、どうやら漢民族のところへ行くことを了承してくれたようだ。

ギーメルに至っては、当面の行き先がどこであろうとあまり気にしていないようだった。





カッツウォルドの北側に立つ王軍兵舎。

その寝室で1人の男が目を覚ました。


「ここは…」


霞む目をこすりながら起き上がったのはマックスである。

全身に包帯が巻いてあり、満身創痍だ。


どうやら賊との戦闘に負けたようだ。

身体中に痛みがはしり、マックスは悔しさと敗北感に苛まれた。


しかし、どうにも記憶が曖昧だ。

炎玉をくらったのは間違いないが、その後の記憶がさだかではない。


そして、口に残るなんとも不快な、肉を噛んだような感触はなんであったろうか…。


「うぅぅ…」


両手で頭を抱え、うめき声をあげる。


「目覚めたようでよかったわ」


傍らの声の主に視線を向けると、軍団長イザベラが腰をかけていた。


「これは!軍団長自らが看病を!?」


「当然ですわ。あなたは私の大切な部下。“闇の操り人形”なんですから」


マックスは感動のあまり涙が流れた。

敗北感とない交ぜになって、感傷的になっているようだ。


「イザベラ様から頂いた二つ名に、泥を塗ってしまったことを深く反省するばかりです…」


マックスはベッドから出て、床に跪き頭を下げる。


「それには及びませんわ。それにしても奴ら、まさか炎玉で倒れたあなたにトドメを刺すために胸を刺し貫くとは…とんだ外道ですわ」


イザベラの言葉を受け、マックスは胸に手をやった。


違和感がある。


漆黒の魔石が埋め込んであったのだ。


「これは一体…」


「あなたの心臓が弱っていたので、私が魔石で治療いたしましたわ。それで一命をとりとめることができたの」


イザベラがにっこりと微笑んだ。


「これからも軍団のために働いてね。期待しているわ」


イザベラが頭を下げるマックスの頭に手を乗せてきた。


両の眼に、再び涙があふれてきた。

この人に生涯ついていこう、と決心を固めたマックスであった。



しかし、叩頭したマックスは、邪悪に微笑むイザベラの顔を見ることはなかった。





ナツキ一行が身体を休めるために立ち寄ったのは、牧畜民がのどかに暮らすカーロン村。

王都タペルの南西方向にある村だ


100人程度の人口で、王軍は配備されていない。

周辺の魔物はコボルトやスライムなどの弱小なものばかり。

村には牧畜民とともに、王都の魔法ギルドを引退したものたちが暮らしている。

その魔法使いたちが、自警団を組織していることもあり、魔物からの被害は極小であった。

自警団には村の少年たちが魔法使い見習いとして所属し、魔法を習っている。


団長に認められるほど優秀な成績を修めた子どもは、王都の魔法学校や魔法ギルドへ入門するための推薦状を書いてもらうことができた。



村の中心には教会があり、聖母神が祀られている。

教会の周りには手入れの行き届いた花壇が並んでいる。


一つの花壇の端っこには、目立たぬように「ぼけがガーデン」という落書きがあった。



この村には先月、王都より、新たな聖母神の像が贈られていた。

教会に通う人々は喜んだ。



「のどかね。落ち着くから好きだわこういうところ」

「何でもいいから飯を食いたい」


ミユとギーメルが村に着いて早々、きょろきょろと辺りを見渡している。


「まぁ、待て。まずは教会だ」


「なんでだよ」

「あなた聖母教の信者なの?」


そうではない。

町の中心に教会を置いている村は、ほとんどの住民が信者だろう。

旅人や来訪者の情報などはすぐ広まる。


教会で祈りを捧げるものへは歓迎してくれることが多い。


宿や店を回る前に、まず教会にいくのが揉め事を避ける上でも大事なのだ。


3人で村の中心へと向かい、教会へと入った。


大扉を開けると、赤絨毯が敷かれ、正面に母神像。

左右に5人掛けの長椅子が並んでいる。


教会内では、数名の住民が祈りをしていた。


ナツキも椅子に腰をかけ、祈りを捧げる。


ミユも同じように手を組んで祈っている。

ギーメルはだらしなく座っているだけだったので、一言注意をして居住まいを質させた。

こういうのは、姿勢だけでも大事なのだ。




静寂に包まれたのも束の間、ほどなくして事件が起きた。


ボォッ


聖母像が燃え上がった。


「「ぇ…?」」


突然激しく燃えあがり、一瞬激しく光を放ったかと思うと、忽然と消えてしまった。


「何事だー!」

「聖母神様が!!?」


教会内に、信者たちの叫びが響く。


何事だ…。

ナツキは賢眼で像のあった場所を検分した。


わずかだが、魔法式が見えるな。

誰かが魔法を発動させたのだろう。

微かに残る魔力は…若干黒々とした色が混じった焦げ茶色。

地と炎の2属性持ちでの人間の仕業か。

多少闇の気配も残っていた。

そして、火薬と油が燃えた時の独特な香りが漂っている。



「みなさま。静粛に!神の怒りが降りました。その場を動かず控えなさい」


壇上にいた神父が、声を荒げて命じてきた。


「いったいどうなっているのよ…」

「おい、揉め事を避けるんじゃなかったのか…」


ミユとギーメルも驚いている。

ナツキにとっても、予想できようもない事態だ。


村にきた直後に事件現場に居合わせてしまったのはついていない。

無事に済むといいのだが…。

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