48 深淵をのぞく②
サブタイトルを変えました。
ナツキとミユは、レリィの洞窟の探索を進めていた。
舗装された通路を動き回り、階段を下っていく。
洞窟内には、他の探索パーティーにはなるべく遭遇しないよう、魔物討伐を行う魔法使いの気配を感じたら避けて移動していた。
すでに地下2階を抜け、3階へと下ったところにいる。
「こんな奥深くまで、人の手入れが入っているとはな」
「でも、段々と壁も床もぼろぼろになってきたわね」
「さすがにここまでくると、頻繁に整備することはできないんだろう。ただ、随分と古くから作られているようだな」
壁も床も、手入れが行き届いているとは言えない。
階段や手すりのところどころからは、この洞窟が造られたのが遥か昔と察せられる、年代を感じる造りだった。
ポタッ
なにかが滴り落ちる音がした。
目を向けると前方に5つの頭に蛇の体。
体のサイズはワームの倍程度。
魔物ヒドラが向かってきていた。
「あんなのまでいるの!?」
「こりゃやべぇな」
一体の頭が火を吹いて攻撃してきた。
別の頭は氷の息を吐いてくる。
ナツキとミユは横へ跳び回避した。
「同時に複数の属性攻撃とはな…」
攻撃が終わったと思ったら、別の頭が首をもたげ毒を吐いてきた。
これはまずい。
狭い通路で毒を撒かれたら進むのが困難だ。
≪炎連柱≫
ナツキは右手から炎魔法を放ち、毒ごとヒドラへと攻撃する。
ヒドラの頭の一体は仰け反って首を後ろに回した。
4つの頭は前方で団子状となり、防御体制をとっている。
炎連柱がヒドラの後方まで走り抜けた。
ヒドラの4つの頭と体は黒く焦げ、ブスブスと燃えている。
「倒したの?」
「どうだろうな」
仰け反っていた最後の頭が再び前を向いた。
口からドス黒い炭のような息を吐いている。
一体なにをするつもりだ。
黒い霧状の息は4つの頭を包み込み少しずつ消えていく。
息が消えたと思ったら、4つの頭が再び顔を上げ、活動を再開した。
「まじかよ…」
「なにそれ!?」
「回復できるってことか。5つの頭を同時に潰さないと倒せないってことだろうな」
「理不尽すぎない…」
ヒドラは再び炎と氷の攻撃を吐いてくる。
今度は4体同時だ。
ナツキは紙一重で躱し、ミユは水盾を作って防いだ。
威力が凄まじい。
ミユの水盾もいつまでも持つわけではなさそうだ。
「仕方がない。切り込むぞ」
「えッ」
ミユの声を背にナツキは突進した。
ヒドラが炎の息を吐いてくるが左右に動き躱す。
足元まで進んだところで魔法を詠唱した。
≪凍輪≫
ヒドラの体を青白い魔法陣が包み込む。
魔法陣内で猛吹雪が地面からわきおこった。
「シャァァ」
ヒドラが苦しんでいるようだ。
頭を1つでもとりこぼしたら回復されてしまうのならば、同時に動きを止めればいい。
ヒドラの体は表面が凍りつき、動きはだんだんと鈍くなっていく。
「いまだ」
≪氷玉≫
魔法陣内にむけて青白い氷玉を撃ち付ける。
ヒドラの頭は凍りつきながらガラガラと崩れていった。
頭のなくなった体が、地面にどさっと倒れ込む。
そして、また体は地面に溶けるように消えていった。
今度は賢眼を使って、消えていくヒドラを観察する。
溶ける体からわずかに魔法式が組まれていることが見えた。
(これは…まさか…)
ナツキの中で1つの仮説が生まれた。
「やっぱり強いわね。でも、魔物が消えちゃうのは本当に不思議ね」
「魔物ではないかもしれん…」
「え…どういうこと?」
「魔物の消え方が、水分身の消え方に酷似している」
「なにそれ…魔体ってこと?」
「もしかしたらな」
まだ確証はない。
ただ、魔法で作り出した魔体であれば、撃破と同時に消えてしまうのは納得がいく。
しかし、洞窟を満たすほどの魔物を作り出すほどの魔力をもった魔法使いなど存在しない。
しかもそんなことをする目的も意味もわからない。
「いよいよ、この洞窟の最奥にあるものが楽しみになってきたな」
ナツキが不敵に笑う。
ミユが心配そうに見つめてくる。
「怖かったら帰ってもいいぞ」
「なに言っているのよ。ここまできて引き返せるわけないでしょ」
「ははは。じゃあ行くか」
ナツキとミユはさらに洞窟の下層へと足を進めた。
4階はヒドラだらけだったので、魔力感知を広げ、極力合わないように避けてきた。
5階と6階はおびただしい数の魔物ガーゴイルが彷徨いていた。
ガーゴイルは攻撃力が凄まじいが、動きが鈍いので、遭遇したら束縛で動きを止めて戦闘を回避した。
ミユも長年盗人をしてきただけあって、相手の警戒を掻い潜って洞窟をすすむのは上手であった。
「一体いつまで続くのこの洞窟は…」
ミユが小声で愚痴を溢す。
たしかに終わりの見えぬ探索というのは疲れる。
すでに洞窟に入って2日ほどが経過した。
交代で多少の睡眠はとったが、さすがに疲労が蓄積されていく。
ナツキは慣れたものだったが、ミユはこうした生活自体はじめてだろう。
心身共に疲れるのも無理はない。
ナツキは魔力感知を洞窟前方に向けてみた。
どうやら進んだ先に開けた空間がある。
人が2人ほどいるようだ。
こんな洞窟の最奥にいる人間など何者だろうか。
「もうすぐでゴールかもな」
「え、ホント?」
ミユの顔がにっこりと笑う。
ナツキは、開けた空間の手前で中を観察した。
中を覗くと兵舎の訓練場のような広さの部屋が広がっていた。
奥には大扉があり、手前に2人の兵士が立っている。
(どういうことだ?探索に来たというより、護衛している感じだぞ)
洞窟から魔物が出てくるのを警護するならばまだわかる。
しかし、彼らは洞窟の内側を守っている。
まるで侵入者が来ないようにするためにいるようだ。
兵士の横には大小2つの魔法陣が張ってあった。
おそらくは移動用の移動門だ。
こんな場所の見張りを交代するのに、移動に2日もかかってはしんどいのだろう。
「あいつらどうするの?」
「不意打ちで眠らせてもいいが、なにをしているのか聞いてみたいな」
「あなた王軍に目をつけられて大丈夫なの?」
「もうとっくにつけられているから今更だ」
へらへら笑っておいた。
ミユは呆れたと言わんばかりの顔を向けてくる。
「とりあえず俺一人で出るから、ミユは様子を見ててくれ」
「おっけ…」
ナツキはミユを残し、足を進める。
「いよぉ、警備ご苦労さん」
右手を上げながら華麗に挨拶を決める。
「なんだ!貴様!!」
「早々に立ち去れ!」
兵士二人が警戒した声を放つ。
やはり、王軍以外の人間がここにくるのを警戒していたと言ったところか。
「そんなつれないこと言うなよ。なにをしているか聞きたいんだ」
「だまれ、一般人になにも語ることなどない」
それはそうだ。
そうは言っても、この洞窟には魔法ギルドのものたちがよく行き来しているはずだ。
想定内だろうに、なんで邪険にするのか不思議だ。
「おい、魔物の大群を抜けてきた時点で只者ではないぞ」
「あぁ、さっさと仕留めよう」
なんだか物騒な会話をしている。
「はぁぁああ!」
2人で魔法詠唱をはじめた。
どうやら2人で行う大魔法を準備しているらしい。
洞窟内で大魔法なんてぶっ放したらどんな事故が起こるかわからんぞ。
ドサッ
1人の兵士が急に倒れた。
「なにッ!?」
もう1人が驚きの声をあげる。
右手方向を見たら吹矢を持ったミユがいた。
不意をついて眠らせてくれたらしい。
兵士は2人で詠唱していた魔法が中断され、慌てふためいている。
(無駄に膨れ上がった魔力を利用させてもらうか)
≪魔力暴走≫
爆発音とともに兵士が吹き飛んだ。
炎の大魔法を準備していたのだろう。
2人で戦えば強いが、対応力がない。
「ミユありがとう」
「こいつら見かけ倒しにもほどがあるわね」
倒れる兵士の横を抜け、門前まで足をすすめる。
大門の左右の扉に向かい合う2匹の獣がいる。
(これは…なんの獣だ?)
作られて数百年は経過していると思わせるほど古くなっている。
表面は削られ、獣が描かれている事は分かれど、なんの獣かまで判断がつかない。
「これは、もしも獅子だったらアディスの国旗と同じ紋章だな」
「え?他国の国旗がこんなところに飾られているわけないでしょ」
「それもそうだが…」
なんだか胸につかえるような違和感が頭をめぐる。
ゴォォォ…
後方から轟音が響く。
「なんだ?」
振り返ると地面に描かれた大きい魔法陣が発動している。
地面から何かが出てこようとしているようだ。
「えッ!?」
「げげッ!!」
青い鱗に巨大な角が複数ある蛇の首。
魔物ワームキングだ。
ワームの上位種で、体の大きさは10倍。
「こいつはヤバイ!」
ナツキは魔法陣まで駆け寄る。
駆けつけた段階でワームキングは身体が半分ほど出てきている。
さらに二体目、三体目まで顔が出てきていた。
(まずい、複数のワームキングが出てきたら大惨事だ…)
ナツキは賢眼で魔法陣を観察する。
どうやら護衛兵が倒れた状態で門の前に人がくると発動する罠か。
(ただの移動門だと思い油断した…まさか魔物を転送してくるとは)
≪ 解除≫
ナツキは魔力を送り、魔法陣の魔法式を破壊した。
魔法陣の青白い光が消え、首だけ見せていたワームキングは消えてしまった。
「シュゥゥゥ…」
はじめの一体だけは完全に姿を現しており、転移を食い止めることができなかった。
ワームキングが体を捻り、尻尾を回し、ナツキを攻撃する。
「くッ…」
ナツキは両手でガードした。
しかし、20メートルほど吹き飛ばされてしまった。
「ナツキー!」
ミユが叫んでいる。
(くそお…魔法陣解除に力を割いたせいで避けられなかった…通常攻撃だけでやばい威力だ)
ガードした両手が痺れ、上げるのもしんどい。
ワームキングはミユのほうを睨んでいる。
「ミユ逃げろ!」
ミユが左方向へ走り出す。
ワームキングは動き出したのを見て突進した。
凄まじいスピード。
「わぁぁぁ!」
ミユは跳び上がり、紙一重で突進を回避した。
ワームキングが激突した壁には大きな穴が空いている。
「こんなの何度も避けられないわよ!」
ミユが焦っている。
(こっちに注意を向けるしかないか)
ナツキはまだ痺れている左手を前に向けた。
≪炎玉≫
紅の玉をワームキングに向けて5発撃つ。
全弾命中し、洞窟内で爆発音が轟く。
しかし、ワームキングは一切ダメージを受けた様子がない。
あの青い鱗の硬い外皮を突破するには、並大抵の攻撃では駄目ってことだろう。
イベザラも厄介だったが、ダメージが通ったあとで回復されていた。
ワームキングに関してはそもそもダメージを与えられていない。
「シュゥ…」
口から涎を垂らし、ナツキに体を向けてくる。
「だいぶ腹へりのようだな…」
ナツキは懐から薬調合用の油を取り出す。
ワームキングが突進してきた。
ナツキは飛び上がって回避しながら、敵の身体に油をかけていく。
「これでも食え」
≪爆炎≫
いつもより多くの魔力を込めた。
爆音とともにワームキングの体全体を炎の柱が包み込む。
爆発でワームキングの身体が仰け反った。
油が引火して鱗が燃え盛っている。
しかし、ワームキングはものともせず再びこちらを睨んできた。
「これでも倒せんか…」
「ナツキ!逃げましょう!」
ミユが叫んでくる。
確かに逃げる選択肢を考えた方がよさそうだ。
しかし、洞窟内でこいつより早く動けるわけがない。
ここを切り抜けても地下7階にいるのだ。
必ず追いつかれてしまう。
(外から攻撃が通らんなら、方法は1つか…。あまりやりたい手ではないが…)
≪炎鎧≫
ナツキは体に炎を纏った。
防御魔法の魔法式を展開させ、炎魔法を付加した。
ワームキングが口を開けて突進してくる。
(噛み砕かれないようにだけ注意しないとな)
ナツキは前方に突進した。
ワームキングの口の中に自ら突入した。
「ぐッ、顎の力がすげぇ…」
牙を避けつつ、魔法詠唱をする。
≪爆炎≫
ドォォン
轟音が響き、ワームキングの頭が爆発した。
首のなくなった胴体が燃え盛りながらゆっくりと倒れ込む。
「いてて…危なかった…」
防御魔法を張っていたとは言え、自分の爆炎で結構なダメージをうけてしまった。
ワームキングの栄養になるよりは大分マシだと考えるようにしよう。
「なんて戦い方するのさ!驚いたわよ」
ミユが駆け寄ってきて文句を言ってくる。
「倒せたんだからいいだろ」
ナツキはにやっと笑い返した。
それにしても今回はマジで危なかった。
最近はギリギリの戦闘が多いな…。
「…ほんっとあなたって人は!!」
まだミユは文句を言い足りないようだ。
「まァまァ、それよりやっと倒したんだ。扉の奥に進もう」
「あ、こら」
ミユがぎゃあぎゃあとうるさいが、とりあえず気にしないようにしておく。
ナツキは扉に手をあてた。
鍵はかかっていない。
単純に重いだけの門だ。
扉を押すと、石を擦る音をさせながらゆっくりと開いた。
!!!!
ナツキとミユは目を剥いた。
扉の中にはおびただしい数の魔物。
しかし、動き回っているわけではない。
透明な膜に包まれ、緑色の培養液のようなものの中で眠っている。
ワーム、ヒドラ…それだけでなく、奥にある大きい膜の中にはワームキングまでいる。
「なによコレ…」
ミユが辺りを見渡している。
ナツキは賢眼で観察する。
これは魔物を保管しているわけではないな。
「どうやら魔物を人為的に作り出しているようだ」
今にも動き出しそうな魔物もいるが、中には小さく未成熟なものもいる。
培養液の中に黒い点しか存在しないものもある。
「この黒い点が育って段々と魔物になるんだろうな」
「こんなことをしてなにを企んでいるの?」
ナツキは考えを巡らせた。
「ミユ、エディンとドルトが全軍で戦闘できない理由で流れている諸説は聞いたことあるか?」
「もちろんあるわよ。確か、二国統治が終わったらアディスが攻めてくるとか、首都の警備が薄くなると洞窟から魔物が襲ってくるとかでしょ」
「あァ…、その通りだ」
ナツキは目を開ける。
眼光は鋭くなにかを睨むようであった。
「その洞窟から襲ってくる魔物を、エディン自身が用意しているということだろう」
「えッ…どういうこと…意味がわからない」
普通に考えたらそうだろうな。
戦争で攻め入りたいが、魔物の脅威があるから攻めることができない。
しかし、魔物は自分で用意している。
これは論理的に破綻している。
つまり前提が違う。
戦争で攻め入る気がないのだ。
戦争終結の機運が高まり、過激思想が国で広がったときに、進軍を挫くための施設がレリィの洞窟だとすると辻褄があう。
この洞窟を王軍が外から守っていたことからもそのことは予想できる。
考察したことを一通りミユに説明した。
「戦争する気がないってのは納得したけど、なんでなんでしょうね。庶民としては戦争しないにこしたことないけどさ」
ミユの言っていることは正しい。
しかし、エディンは戦争を口実にして、税金の取立て、軍の編成、魔法研究を行なっている。
その口実が全てペテンだとすると、この国あり方そのものが異常さを抱えていることになる。
「シグマが俺に伝えたかったのはこれか…」
あいつは軍属だ。
この現状をある時に知ったのだろう。
正義感の強いあいつのことだから、さぞかし葛藤したに違いない。
「この一件は調べる必要があるな」
「どうするつもり?」
「うーん…手はないことはないが……」
「王城に忍び込むって言ったら流石に止めるわよ」
「そんなことしないさ」
いくらなんでも無茶すぎる。
自殺しにいくようなものだ。
「とりあえずエディンの国家としての成り立ちを調べてみるか」
「だから、どうするつもりなのよ」
「1つ心あたりがあるんだ」
ナツキの胸中には、ある考えが浮かんでいた。




