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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
49/208

47 深淵をのぞく①

サブタイトルを変えました。


ナツキとミユは、ハーピィたちに療養中のギーメルを任せて、一路レリィの洞窟を目指していた。


しかも、ハーピィの翼で送ってもらったのでかなり時間を短縮することができたのがありがたかった。


「空の旅ができるなんて思わなかったわ」


初めての飛行体験にはしゃいだミユが、興奮気味に語っている。


上空から洞窟方面に目を向けると、洞窟入口に2人の兵士が立っているのが目視できた。

普通に洞窟探索に行くだけなら、横を通っても問題ないだろう。

しかし、今となっては王軍の追手がかかっている可能性もある。

普通に入るわけにはいかない。


「眠ってもらうか」

「え?どうするの」

「まァ見とけって」


ナツキは、ハーピィたちに運んでくれたお礼を述べて、自分からハーピィの手を離れて飛び降りた。


「えッちょっと!?」


上方からミユの驚く声を聞きながら、ナツキは上空から滑空して洞窟へまっすぐ向かう。

レリィの洞窟を警護する兵士の後方から迫っていく。

ハーピィを従えたことで、複雑な魔法式を行使しなくても、自由に飛ぶことができるようになった。


ナツキは兵士の頭上から粉状の睡眠薬をかける。


「…ん?……」

「なんだ……!?」


2人は上から降りかかる謎の粉末に気付いたと同時に、地面にゆっくりと沈んでいった。

着ているマントには真っ赤な炎の中を走る狼の紋章。


(こいつらは王軍“紅蓮の狼”の所属か)


ナツキがまじまじと観察していると、空からゆっくりミユが降りてきた。


「あなた理不尽さが増していくわね…」


ミユが胡乱なものを見る眼差しを向けてきていた。

ナツキ自身も自覚がないわけではないので、否定はしないで苦笑するに留めておいた。


ナツキはハーピィたちに別れを告げ、レリィの洞窟へと足を踏み入れた。


「随分と整備されているのね」


ミユが洞窟に入ってすぐ、感想をもらしたとおり、レリィの洞窟はかなり人の手が入った洞窟だった。


地面には煉瓦、壁にはいたるところに篝火。

洞窟内と思えないほどの明るさだ。


ナツキもこの洞窟にくるのは初めてである。

探索にはかなり快適だが、サイエフの洞窟のような自然のままにされた洞窟と比べると、人工的なつくりの分、どことなく違和感がある。



シグマが言っていた“ある物”とは一体なんであろうか。

どこまで進めばいいのかわからない。


しばらく洞窟を進むと4体ほどの魔物、ワームが迫ってくるのが見えた。

大型の蛇の体に、鋭い牙を持つ魔物。

対峙するのははじめてだが、記憶によれば炎が弱点だと魔術書にあった気がする。


「ミユ下がっててくれ」


ナツキは一歩前に出て魔法を詠唱する。


炎玉(ファイヤーボール)


「ギャォォォ」


ワームが唸っている。

労することなく、2体を撃破することができた。

怒った残りの2体が地面を這いながら突進してくる。


爆炎(ファイヤーショック)


洞窟内で爆音を轟かせ、2体を吹き飛ばした。


4体のワームが踠きながらもんどりうって地面に倒れる。


「え?」


ミユの声が背中から聞こえる。


ワームの体は溶けるように消えてしまったのだ。


「どういうことだ…」


ナツキにもわからない。

魔物が倒れたあと消えるなど、初めての現象だ。


「なによこれ…幻覚だったってこと?」

「いや、魔法を当てた手応えから察するに、実体はあった」

「じゃあなんで消えちゃうのよ」

「俺だってわからんわ」


意味がわからない。

なにか裏がありそうだ。


ナツキたちは不安を抱えつつも、洞窟の奥へと足をすすめていった。





中央平原の最北にあるランス村。

50人程度の村人が生活する小さな集落だ。

牧畜を行い、織物、食肉、乳製品を作ることで生計を立てている。


エディン領には位置しているが、城壁もなく、王軍の兵士は配備されていない。

しかし、魔物による被害は滅多に出ていなかった。


村の東側にある一際大きな屋敷の存在のおかげである。

この屋敷は「紅の館」と呼ばれていた。


ここは、傭兵集団“紅”の活動拠点であった。

エディンとドルトではみ出しものとなった人間を、集めて作られた戦闘集団。

魔法ギルド申請をされていないため、ギルドとしては扱われていないが、凄腕の魔法使いと戦士で組織されていた。

依頼があれば、公私の別なく戦闘の要請を受けて行動する。

とくに取り決めがあるわけではないが、ランス村の警護も自主的に担っていた。


そんな、“紅”本部の二階建ての屋敷の応接間には、近年久しくなかった、緊張感に包まれていた。


椅子に腰をかけているのは2人。


1人はこの館の主、“凶焔(イービルフレイム)”クレイ。

まだ年若い、“紅”のリーダーである。


5年前にエディンとドルト各地に現れ、盗賊や無法者、腕自慢との戦闘を行ったその神出鬼没ぶりが話題となった。


彼に敗北した腕自慢の猛者たちがいつのまにか彼を慕い、大きな集団を形成するようになった。

3年ほど前に辺境のランス村へ拠点を作り、“最強の傭兵達”などと言われるようになったのだった。


クレイを訪ねてこの館を訪れたのは、“死影”のギルドマスター“破滅(カタストロフィ)”カイであった。


「あなたの来訪には驚きましたね」

「くくく。久しぶりだな」


カイがニヤッと笑う。


「以前の借りを返してもらおうと思ってな」

「やはり面倒ごとですか。その件についてはあなたとの戦闘で終わったと思っていましたが」

「そう言うな。お前とは引き分けたが、別に例の件を不問にしたわけじゃない」


「…私と戦闘でもしにきたってことですか?」


クレイはカイを睨みつける。


「くくく。お前は相変わらず血の気が多いな。まずは俺の話を聞けよ」

「血の気の多さでは、あなたには負けます。それで話とは」

「話が早くて助かる。これを見てくれ」


クレイは、カイから示されたエディンの機密資料や諜報活動の報告を一通りうけて嘆息した。


「信じがたい話ですね」

「オレも自分の目で見ていなかったならそう言うだろうな」

「まァ、あなたが私にそんな嘘をつく意味がない。事実なのでしょうね」

「あァ、今日はこの一件にお前らを巻き込もうと思ってきたのさ」


「……想像以上に厄介ごとですね。まさか王家どころか国の在り方に喧嘩を売る話とは」

「だからお前達のところにきたのさ」


クレイたち“紅”は、王の統治下に置かれている集団ではない。

自分たちの上に組織を戴くのを嫌ったからである。

だからと言って、支配者を倒して、覇権を手にしようという発想も抱いたことはなかった。

さらに言えば、どの国にも、どの組織からも干渉を受けないよう立ち回るのがモットーだ。


「話の流れから察するに、我々に持ってきた話はドルトの調査と言ったところでしょうか」

「くくく。その通りだ。お前は物わかりが良いから好きだぜ」


カイの邪悪な笑い声が応接間で響く。


クレイは黙して考え込んだ。


「で、返事を聞かせてもらおうか」


「さきほどの話が事実なら看過できる話ではないですね」


「お前ならそう言ってくれると思ったぜ」


クレイは支配を嫌う。

多数の民を虐げる王制や貴族制度そのものを憎んでいた。

その制度に縛られない人生を模索し、今の生き方を選択してきた。

国王が民を実験動物のように扱っているのであれば、放っておける話ではない。


「ドルトへの諜報活動なら適任者がいる。“悪夢(ナイトメア)”と“斬月(ムーンスラッシャー)”いるか?」


「「はッ、ここに」」


クレイの合図をうけて、2人の男が応接間へと入ってきた。

1人は白いタキシードに身を包み、目の下にクマがある病弱そうな男。

もう1人は甲冑と刀を装備している黒髪の男。


「ほぅ、その人選でいくのか。俺の前によく出てきたな“虚”よ」

「その名で呼ぶのはおやめください、カイ様」


カイが声をかけたのは“悪夢(ナイトメア)”ファウスト。

かつて「ダークファントム」の“十影”の1人だった男である。

クレイとの戦闘に負け、“死影”を去り、“紅”に所属することを望んだ過去がある。


その時に怒り狂ったカイが、“紅”に戦闘をしかけたのだった。


クレイとカイの戦闘は3日間続き、決着がつかなかった。

カイがよく持ち出す「貸し」とは、彼のことである。


もう1人の、“斬月”ラインハルトはドルト出身の武人である。

ドルト国内の調査をするのであれば、彼が適任であろう。


「調査は国の内情がわかるラインハルトと、隠密行動に長けたファウストが行うのがいいでしょう。あなたの要請を受けて行動するんです。過去のイザコザを持ち出すのはやめてもらいましょうか」


「くくく。別に文句なんざないさ。そいつの実力はオレが1番よくわかっている」


カイが満足げに笑っている。


「それで、我らへの要請は以上ですか?」

「いや、ゆくゆくはエディンにもケンカを売るから、参加してもらいたい」


カイの口角が緩やかに上をむく。


「やはり…」

「お前ら戦闘は好きだろ。問題なかろう」

「1つ条件があります」

「ほぅ、なんだそれは」


クレイは視線を上方にむけ、暫し思いふける。


「“紺碧の鷹(ブルーホーク)”と関わるのだけはお断りです」


カイが驚きの表情を見せた。


「お前がそんなことを言うとはな」

「まさかブツけるつもりだったのですか?」

「いいや、そう言うわけではない。が、理由くらい聞かせろよ」

「簡単な話です。あいつは私より強いからです」


再びカイが驚きの表情を見せる。


「俺も会ったことあるが、お前がそれを言うほどとは思わんかったがな」

「呑むのですか、呑まないのですか」

「問題ないさ。お前らにはノスタルジアとの戦闘を任せるつもりだ」

「あの“知識の結晶”ですか。難敵ですね」

「そう言うな。1番厄介な“絶対者”を倒せなんて言っているわけじゃないんだからな」


五星ギルドとの戦闘となればただではすまない。

しかし、クレイにしてみたら、まだマシな相手ではあった。


「決行はいつ」

「そうだな。次の満月の夜に行う」

「1週間後ですか。いいでしょう」

「くくく。よい返事がもらえてよかった。ではまたな」


カイがずぶずぶと影の中へと沈んでいった。


「では、2人は調査に向かってくれ」

「はッ」


クレイは椅子から立ち上がった。

これから起こる過酷な戦いを予感し、その顔は曇っていた。

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