46 暗月の盟約
サブタイトルを変えました。
新月の夜のような暗い廊下を抜けた先にある小部屋。
五星ギルド“死影”の、“もうひとつ”の応接間である。
死影の機密事項の打ち合わせや密会は、もっぱらこの部屋で行われていた。
一般の構成員は入れない、幹部だけの隠し部屋だ。
ふたたび、“鬼組”との会談である。
五星ギルド「ダークファントム」からギルドマスター“破滅”カイと“十影”筆頭 “滅”。
「オーガレギオン」からもギルドマスター“地獄鬼“中条鬼ノ助、サブ・マスター舞子という顔ぶれだ。
4人は向かい合わせで席に着き、沈黙を保っていた。
鬼ノ助はカイが用意した資料をペラペラとめくっている。
カイは神妙な顔つきでその様子を眺めていた。
「とんでもねェな」
口火を切ったのは鬼ノ助だ。
「あァ…オレも予想外なことばかりさ」
カイもこれに同意した。
「この資料によれば、グランドロッド、ヘブンズゲート、ノスタルジアの魔法の研究成果は全て王家に献上されている。つまり、あいつらは王直属の御用ギルドと言ったところか」
「そうだ。この体制では、国王にとって不都合な決定などされるはずがない」
「俺たちが倒した元五星も御用ギルドだったようだな。まったく、馬鹿げた話だ」
「それだけならまだよい。問題はその先さ」
カイは、目線で別の資料へと話題を促した。
「これは…まとめた魔法研究結果の報告書を外部に送った形跡があるな。これはなんだ?」
鬼ノ助が疑問を口にする。
「それについては“滅”から説明してもらう」
カイが、滅のほうへ視線を向ける。
「研究は流刑島で行われている。表向きは、刑務所ということになっているが、あの島では恐ろしいことに、人工的に合成獣や魔人を作り出している」
「…驚きだな。囚人を使って実験をしているということか。で、その合成獣たちはどうすんだ」
軍用に開発された兵器であれば、王軍の戦闘で用いられないのはおかしい。
鬼ノ助ですら、一度も合成獣を目にしたことがないのは妙であった。
「私も自分の目を疑ったが、被験体は全て、アディスに引き渡されている」
鬼ノ助と舞子は、思いもしなかった内容に耳を疑った。
「どういうことだ」
鬼ノ助は机をガンと右手で叩きながら声を荒げる。
「くくく。オレも滅から聞かなかったら信じられなかっただろうさ」
鬼ノ助は眉間に皺を寄せながら色々な考えをめぐらせた。
「お前から言われた国家の起源については、詳細な記録が残っていなかった」
「機密文書にすら残さないなんてありえるのか」
「残念なことに今の王制は真面目に後世に歴史を伝える気などないのだろう。あいつらの語る妄言が、そのまま歴史にされている」
「ちッ、腐ってやがる」
「しかし、残されている別の記録を辿ると、国家の目的は予想できる」
カイの言葉をうけ、応接間に沈黙が広がる。
「それはなんだ」
「600年間戦争していると国史で教えているが、大規模な戦闘など一度も記録されていないのさ」
「なんだと…」
「くくく。オレも驚いたさ。突発的な暴動はあるが、エディンとドルトの軍事的衝突は、事前に示し合わせたように互角になるような戦闘しかない」
「ふざけた話だ」
鬼ノ助はどかっと椅子に身を預ける。
戦争状態ならば、もっとも効果があるのは奇襲だ。
一方的に攻めることができる。
しかし、そんな戦闘は一度もなかったのだ。作戦段階ですら、立案された形跡もない。
「つまり、戦争状態ってのは見せかけだけってことか」
「信じがたいことにその通りだ。馬鹿げた話だ」
「で、目的は別にあるってことだな」
「あァ、間違いなくエディンは島の統治や、国民の幸福など眼中にない」
再び会議室に沈黙が流れる。
「傀儡か」
鬼ノ助が小さくこぼした。
「その通りさ。一言で表すなら、エディンはアディスの魔法実験場ってことだ」
カイの額には青筋が浮かんでいた。
鬼ノ助も怒りが沸き起こってくる。
「それだともう1つ調べることがあるな」
「あァ…」
それだけ述べ、2人は押し黙る。
「それは一体なんでしょうか?」
舞子の質問が沈黙を壊す。
「ドルトのことですね」
滅が口を開いた。
舞子の目が見開く。
「そうさ。エディンだけ傀儡だったら、ドルトはどうなんだ、ってことだ。事情を知っていて、アディスの大軍に攻められるのを警戒でもしているのか…」
鬼ノ助はため息をこぼしつつ説明した。
「さすがに、ドルトについての資料は機密文書にもなかった」
カイは首をすくめてみせた。
「だとするとお手上げだ。さすがに俺たちがドルト領に赴けば、軍事的衝突は免れられない」
「“死影”には潜入できない場所などないぞ」
「ちまちま諜報活動にあたるくらいなら、ぶっ潰すほうが手っ取り早い、ということだ」
ここまでの情報に、鬼ノ助は業を煮やしているようだ。気が短くなっている。
「まァ、待て。手はある」
カイがにやっと笑う。
「また影移動で侵入するのか?流石に危険がすぎるぞ」
「いや、オレたちが出向くわけではない」
「どうするんだ?」
「“紅”に要請する」
カイは不敵に笑いつつ言った。
「待ってください。あいつらは」
「他にいねぇだろ」
カイは、意見を述べようとした滅の意見を制止した。
「“紅”って言うと、あの傭兵集団か…。確か、ドルト出身の武人も組織しているんだったな。信用できるのか?」
「あぁ、アイツらの実力は確かだ。それに、オレに借りがある。今、返してもらうさ」
「…お前がそこまで言うとはな」
鬼ノ助の記憶にある限りでは、カイがこんなに手放しで誰かの実力を褒めたことなどなかった。
「ところで、鬼ノ助。お前に確認しておきたいことがある」
カイが鬼ノ助の眼をひた、と捉えた。
「なんだ」
「エディンをどうする」
またしても会議室で重苦しい空気が広がる。
舞子と滅の額には、うっすら汗が浮かんでいた。
「腹の立つ話だ。傀儡政権の言いなりになりたくはないね」
鬼ノ助の濁声が静かに響く。
カイはニッと笑った。
「やはりお前と組んでよかった」
「なんだよ、気味が悪ぃなてめェは」
「オレも同意見だ」
「それは俺の考えていることと同じ、ってことでいいんだな」
「くくく。あぁ、王家を潰し、オレたちがエディンの主権を握るときだ」
鬼ノ助とカイはフッと笑い合った。
「これを」
鬼ノ助は懐から古めかしい木の札のようなものを取り出した。
カイは受け取って表、裏と返してみたが特に何も記されていない。
カイが検分したのを見て取ると、鬼ノ助は説明を始めた。
「これは古くから我が一族に伝わる盟約の儀式だ」
そういうと、手持ちの短刀で指を切り、血文字で札に署名をした。カイには読めないが、漢民族固有の文字だろうか。
「我は、死影とともに傀儡の王政に終止符を討つ。それをここに約す」
そう宣言をした。
「俺が盟約を違えたときにはこの札が砕け、我らの裏切りを知らせるだろう。それとともに、俺の魔力も封じられることとなる。この札の半分をお前に渡しておく」
そう言って、札を割ろうとした。
鬼ノ助が言ったことが真実なら、かなり重い誓約だ。
これをカイに預けるという、鬼ノ助の並々ならぬ決意が伝わってきた。
「待て」
カイは割られる前に札を受け取り、自らも隠し持っていた暗器で指に傷をつけた。
「一方的に背負わせるのは、性に合わないな。オレもお前の一族の儀に習おう」
いまや、札には鬼ノ助とカイの署名が並んでいた。
札を中央から割って、お互いに一つずつ持ち合うこととする。
場を仕切りなおすように、鬼ノ助は舞子に向き直った。
「舞子。各地に散っているギルドメンバーを全員招集しろ。“百鬼夜行”をいつでも動かせるようにしておけ」
「わかりました…」
「オレは“紅”のところへ行ってくる。“滅”、十影を全員集めておけ」
「御意…」
滅がなにやら思い悩む表情を浮かべている。
「どうした?」
「“絶”が調査から戻ってこないのが気になっています」
「あいつなら簡単に死んだりしないさ。調査することが多くて苦戦でもしているんだろ」
「だといいのですが…」
「鬼ノ助。オレが戻ったら、全幹部を招集した作戦会議を行おう」
「わかったよ。さっさと行ってこい」
エディン史上、例を見ない五星ギルドの反乱がはじまる。
“鬼組”と“死影”の革命が静かに動きだした。




