45 授けられた翼
(オーロ、聞こえるかしら)
(あぁ…)
ナツキ一行を取り逃がし、イザベラはオーロへと念話を入れた。
(悔しいけど青眼たちを取り逃したわ。どちらに向かったか情報がほしい)
(……)
オーロが押し黙っている。
なにやらうらめしげな感情だけが伝わってくる。
(聞こえてる?)
(あぁ…)
(なら黙っていないで、返事をしてほしいわね)
(先の話なら不可能だ。ワシの可愛い子は、さきほど炎に包まれて逝った)
(なんですって)
オーロは下僕を失って、意気消沈していたようだ。
…ああ、またこの男の悪い癖が出た。
いつも理解に苦しむが、魔蟲を失うとまるで我が子を失ったかのごとくに取り乱すのだ。
(足取りが掴めていたら、ワシがそいつらを殺しにいくところだ。許さんぞ…)
オーロは歯軋りをさせて怒り狂っている。
イザベラの方は、魔蟲の1匹くらい死んだところで、と思ってしまう。
配下への情け深さにおいて、イザベラとオーロは対照的だった。
しかし、追跡できなくなってしまったのは痛い。
(仕方がありませんわね。新しい情報があればまた連絡します)
イザベラはオーロとの念話を切った。
(ブラッド、聞こえる?)
(あぁ、失敗したようだな)
(…聞いていたの?)
(ははは。念話を傍受するのなんて、国を治める最低限度の行為だろ)
イザベラはため息を軽くつく。
(それもそうね。お察しの通り、取り逃してしまったわ)
(まさかお前から逃れるとはな。正直驚いたぜ)
(驚いたのは私よ。まさかハーピィが奴らの逃走に手を貸すなんて思いもよらなかったわ)
(へぇー、従魔でもない野生の魔物が人間を救ったと言うのか。はじめての事象だな)
魔法使いの中には、稀に魔物を従える者がいる。
魔法契約や戦闘での服従など、方法は様々だが、数が少ないのには事情がある。
一旦従えたと思った魔物に、襲われて死んでしまう者が後を断たないのだ。
そんなリスクを冒すくらいなら、はじめからやらないほうが賢明だ。
しかし、今回の件は明らかに事情が違う。
ハーピィたちはモリス邸で拷問を受けていた個体だろう。
元からナツキたちの従魔だったとは考えられない。
人間を恨むことはあっても、慕うことなどあるのだろうか。
(私は引き続き彼らを探すわ)
(ははは。お前の失態なんていつぶりだろうな)
(次はこうはいかない)
ブラッドの笑いに苛立ちつつ、イザベラは念話を切った。
◆
ナツキたちは、カッツウォルドの南側に位置する森のハーピィたちの巣に降り立った。
森の奥深く、大樹の先に枝を組み合わせてつくられた棲み処が複数つくられている。
1つの部屋の中に、モリス邸から帰還したハーピィたちが横たわっていた。
ナツキは薬研でゴリゴリと薬を調合し、一体ずつ治療していた。
(まさか森で採取した薬草を魔物に使うとは思わなかったな)
汗をかきながら作業を続ける。
ナツキの作業を後ろからハーピィの子どもたちが物珍しそうに見ていた。
ギーメルは闇魔法によるダメージがひどく、未だ起き上がれない状態だ。
ミユは軽い脳震盪だったので、すでに回復し、包帯を巻くのを手伝っている。
「これで最後だ」
今回はナツキも、解呪とイザベラとの戦闘でかなり消耗していたので、体が思うように動かず、時間がかかってしまった。
「感謝スル」
横たわるハーピィがお礼を言ってくれた。
「お互い無事でよかったな」
「長ガ、オ前ト話ヲシタイソウダ。案内ノモノニ着イテ行ッテモラエルカ」
この群のボスと会うのか。
魔物との会話なんて、なにしていいかわからんから不安だが、断れないだろうな。
「わかった」
ナツキは立ち上がり、入口にすすむ。
「私たちは?」
「ミユはギーメルと一緒にいてくれ」
不安そうな顔をしているが、動けないギーメルを魔物の巣で1人にするのも危険だろう。
危害を加えてくることは考えにくいが、念のためだ。
ナツキは案内のハーピィの後をついていく。
大樹の最上層に、一際大きい部屋がつくられている。
中に入ると、椅子に腰をかけた巨翼のハーピィが頬杖をついていた。
魔物にこういう形容をするのがふさわしいか謎だが、人間なら振り返らない男はいない程の迫力のある美女だ。
「一族を救ってくれて、礼を言う」
「助けてもらったのはこっちさ。まじで助かったよ」
驚いた。
他のハーピィと比較しても、かなり流暢に人語を話している。
「足を運んでもらったのは他でもない。なぜ、魔物を助けたのか、聞いておきたかったのだ」
長が質問をしてきた。
「んー、難しいこと言うね。外道な行いを目撃したら、それをやめさせることなんて当たり前だろ」
「我々は主らにとって敵だろう?」
「だからって、拷問をしていいと思えるほど、落ちぶれていないさ」
ナツキにとっては、当たり前の感覚で動いただけに過ぎない。
長はしばし思考を巡らせているようだ。
「お前のような人間もいるのだな。人間とは、金のために我が一族を駆除するだけの存在だと思っていた」
魔物と人間の争いの歴史は長い。
ハーピィの寿命は知らないが、過去に色々とあったのだろう。
「少なくとも俺は、襲ってこない限り積極的に魔物を殺すつもりなどないさ」
「ふむ…」
ハーピィはため息をもらし、感心した表情を浮かべてきた。
「質問をかえよう。お前の旅の目的はなんだ?」
予想外の質問がとんできた。
「気ままな旅さ。まだなにを目指しているのか、俺もわからん」
「とは言え、指針や目標くらいあるだろう」
「うぅぅむ…」
ハーピィは難しい問答が好きなのか。
「指針と言うか――…」
長の態度が率直なので、ナツキも自然と素直な思いが口をついて出ていた。
「…どうやったら人々の苦難を取り除けるか、考えている。とりあえずは、貴族制度に大勢の者が虐げられている現状を変える方法を見つけたいと思って旅している」
ここまで率直に胸の内をさらけ出す、初めての相手が魔物になるとは思っていなかった。
長も、心なしか驚いているようだった。
「人間の体制を覆そうとする人間がいるなど、考えたこともなかった」
魔物から見たら、人間社会のあり方を問いかけるような人間は珍しいのだろう。
かくいう俺でさえ、同じような考え方の人間に会うことは滅多にない。
「悩んでいたが、主の返答を聞いて決断した」
なんだ、なにを言う気だ。
異様な緊張感が場を包む。
「我に名をつけるがいい」
周りに控えていた部下たちが、一斉に顔を上げて驚愕した表情を向ける。
「長!ソレハッ!!?」
「ハヤマラナイデクダサイ」
(なんだ?どうしたって言うんだ)
そう言えば、従魔にした魔物には名前をつけることになると、師匠に聞いたことがある。
その名を口にすることでその人格を支配することができる、という主従の誓いを形にした儀式のようなものだ。
(…って!従魔!?ハーピィのボスを!?)
遅ればせながら、ナツキも部下たちが驚いた理由を察し、目を見開く。
「我が一族を救い、人間社会を変えようとする意思をもった男の従魔になるなら歓迎だ」
「待て待て。俺は魔物使いになる気はないぞ」
「別に良い。我も主の旅に同行するつもりはない。ただ、主に危機が訪れた時、一族をもって駆けつけることを約束する」
とんでもない話が飛び込んできた。
魔物の個体と契約して戦闘する魔法使いは何度か見たことがある。
しかし、数十体の魔物の群れを従えた魔法使いなど知らないぞ。
間違いなく一大事だ。
「とくに契約に見合う、褒美もなにも出せないと思うぜ?」
「それは構わない。主のような人間と深い縁を結ぶことが我の望みだ」
ずいぶんと俺を買ってくれたようだ。
俺は悪者や魔物に好かれる体質なのだろうか。
対価も同行も求めず、従ってくれるなら断るような話じゃなさそうだな。
「では、その話受けさせてもらおう。よろしくな」
ハーピィの顔がにこっと笑う。笑うと少し、幼く見える笑顔だった。
「では、我に名前をつけてもらおうか」
「名付けと言われてもな…勝手に決めてもいいぞ」
「我ら魔物に名をつける文化はない。しかし、従魔となるからには、主と魂のつながりをつくる必要がある」
初耳だな。師匠の教えにも、魔法書にもない情報だ。
だいたい従魔を従えているものが少なすぎる。
それにしても名前をつけるなんて、全然思いつかないぞ。
ハーピィねー…。
「ミリア=フレイなんてどうだ?」
「ミリア…」
しばし、瞑目して俯いている。
気に入らなかったのだろうか。
「素晴らしい名前だ。力が湧き出るようだ」
名前を受け入れた途端、ハーピィの体を光が包む。
よく見たら、ナツキの体の周りにもオーラが立ち上っていた。
「なんだッ!?」
(我らの魂の系譜が繋がったのだ。我らは主の加護をうけ、主には我らの力が贈られる)
突然、頭に声が直接響いてくるように長の思考が流れてきた。
(ハーピィの力…?)
てっきり、助っ人になってくれる程度の話かと思っていたら、もっと重大なものだったらしい。
魔物にとっては常識なのだろうか。
「具体的にどういうことだい」
(我らも契約は初めてのことだからよくは知らない。心のなかで、魔力を込めて、我の名前をつよく念じてみるがいい)
言われて魔力を込めてみたら、体が浮き上がった。
ハーピィの力とは、飛行の力か!
これならたいして魔力を使わずに簡単に飛べそうだ。
飛行魔法は、風魔法と防御魔法の複合でしか実現できない高度な業と思っていた。
やってやれないことはないが、面倒くさがりなナツキには不向きな類の魔法だった。
「従魔契約で、こんな力を授かるなんて聞いたことなかったな」
「当然の話だ。人間が我らを力で屈服させたり、闇魔法で契約したりしたところで、魂までを従えることなどできない」
なるほど。
信頼関係を基礎にした、魂のつながりをもたないと特殊な力を授かれないのか。
「この時より、我らミリア=フレイの一族は、主ナツキの如何なる命にも馳せ参じる」
「ありがとう。ミリア」
名前を呼んだだけで、嬉しそうな顔を浮かべている。
そんなに嬉しいものなら、勝手に名前をつければいいと思うのだが、そういった話でもないんだろうな。
人間社会の常識もよくわからんが、魔物の常識はもっとよくわからん。
名付けてから、ミリアも一族からも、一段と魔力が漲るような力強いオーラを感じた。
これなら、一族が再び人間に捕まることも簡単には起きないだろう。
「主たちは、これからどちらへ向かう予定なのだ?」
「とりあえずレリィの洞窟に行ってくるよ」
「あの南方にある洞窟か。凶暴な魔物が出てくるという…」
「その通りさ」
「それならば、我らの部下に送り届けさせよう。負傷している仲間はここで回復させるとよい」
「ほんとか!?」
ありがたい提案だ。
ギーメルがうけたのは闇魔法だ。
しかも軍団長による、上級魔法使いの攻撃となると回復にもかなりの時間がかかる。
強力な魔物がうようよしている洞窟に、負傷したギーメルを連れて行くのをどうしたものかと思っていた。
ここで治療してもらえるなら、洞窟を出た後に迎えにくればよいだろう。
しかも、俺とミユを洞窟まで運んでくれるなら、道中厄介ごとが起きる心配もない。
渡りに船とはこのことだな。
「なにからなにまで、ありがとう」
「我らのうけた恩に報いるだけのこと」
ナツキは治療部屋へと戻り、ミユに一連のやりとりを説明した。
横たわりながら聞いていたギーメルだけが、痙攣しながら「ふざけるな」と言っていたが、気にしないことにした。
「安心しろ。ちゃんと迎えにくるから」
ナツキたちはハーピィに運ばれ、大樹を飛び去った。
Twitterはじめました。
仕事などで更新時間がずれる時などはココで報告します。
アカウント→ 結城隼人 @yuki _hayato0119




