44 漆黒の試練⑤
「まさか、軍団長のお出ましとはな。なんでこんなところにいるんだ」
この一件に、王軍が噛んでいることだけでも怪しいのに、ここへきて軍団長とは。
想定外の連続に、内心ナツキは冷汗をかいていた。
「ふふ。その前に、あなたも名乗ってくれないかしら」
「嫌だね」
「あら、盗人のナツキさんはつれないのね」
にっこりと微笑んできたが、ちっとも和まない。
やはりこちらの素性を知った上での待ち伏せか、なにかか。
それとも、そもそも罠だったのだろうか?
「…ってことは、分かっていて俺に色々と仕掛けてきたのか」
「えぇ、会いたかったですわ」
「俺はちっとも会いたくなかったね」
「グランドロッドを退けたという噂は本当のようですね。しかし、私の“操り人形”までなすすべなし、とは予想外よ」
口ぶりから察すると、マックスはこいつの“操り人形”だったと言うことか。
部下の死に眉ひとつ動かさない。予定通りといった雰囲気だ。
対峙した空間には底冷えする冷たい空気が流れていた。
「あなた方を連行させてもらいます。罪状はあげればキリがなさそうですね。抵抗は無駄ですよ」
口元は、にっこりと笑みを浮かべたまま戦闘態勢へと入っていく。
イザベラの体の周りを漆黒のオーラが包みはじめた。
逃す気はまったくなさそうだ。
今の状況で戦闘はまずい。
ナツキははっきりと、自分たちの劣勢を悟っていた。
相手はシグマと同格。
こっちは3人いるとは言え、なにより、ナツキ自身が、先の解呪でずいぶんと身体にダメージをうけている。
ミユはすでに手持ちの水を使い果たした。まともに戦えるのはギーメルくらいだ。
「舐めないでもらいたいわね」
「女だからって容赦しないぞ」
…ミユとギーメルは、ナツキの焦りとはうらはらに、挑発するような姿勢だ。
その自信はどこから来るのだろう。
たまに、2人の無鉄砲さが恐ろしくもあり羨ましくも感じるときがある。
今回のグール騒動の根源はどう考えてもイザベラだ。
しかも部下を使い捨てにするような危険人物。
できれば回復してから戦闘したかったが、そんなことも言っていられないだろうな。
「ふふふ。では、いきますよ」
イザベラのオペラグローブの指先が伸びた。
足元の影へとずぶずぶ入って行く。
これは影を使って空間移動しているのか。
「まずい、跳べ!」
3人は後方へ飛び退いた。
足元の影から細長い刺が10本出てくる。
あと少し遅かったら串刺しになっていた。
「あっぶねぇ」
ギーメルは頬をかすめたようだ。
「よく躱しましたね。どんどん行きますよ」
黒い刺は影に戻り、再び攻撃してくる。
「あぁぁぁあ!」
ミユが叫んだ。
急所は外したようだが、肩に棘が貫通していた。
今度は天井から刺が伸びてきていた。
「ミユ!!」
「こんくらい大丈夫よ…」
血が流れる肩を押さえている。
「このぉお!」
ギーメルが怒って突進した。
刀で攻撃を捌きながら接近する。
無謀にも思えるが、遠距離にいては防戦一方だ。
「射程範囲よ」
イザベラが笑う。
≪闇箱≫
突如、ギーメルの体を漆黒の立方体が捕えた。
「ぐあああ!」
ギーメルの叫び声が響き渡る。
賢眼で見てみると、箱の内側では、全方位から高火力の闇魔法で攻撃を受けつづける仕組みになっている。
ザン!
箱が横に割れる。
ギーメルが妖刀で横一線切り裂き、闇箱を解除したようだ。
「へぇ、そんなこともできるのね」
イザベラは余裕の表情で見つめている。
ギーメルの肌は、黒炭でも塗られたようにぼろぼろになっていた。
「くッ…」
ついにギーメルが倒れた。
「おい!ギーメル!」
「ちょっと!そんな冗談面白くないわよ!」
洒落になっていない。
負けん気の強いあいつが倒れるくらいだから、相当のダメージなのだろう。
「まだやりますか?」
イザベラがにこにこと笑っている。
ザン!
突如、イザベラの左腕が斬り落とされた。
ギーメルが倒れた状態から飛び上がり、不意打ちで斬ったのだ。
「くそ…一瞬気ぃ失ってたぜ…」
「「ギーメル!」」
やるな。
結果的に攻撃を通すことができた。
これで遠距離攻撃の数は半分になるだろう。
「あらぁ、死んでなかったの。油断したわ」
腕が落ちたと言うのに余裕の態度を崩さない。
イザベラは落ちた左腕を拾い上げる。
切断された箇所を接着させた。
グチュグチュと不気味な音を鳴らしながら、筋肉の筋が伸びて行く。
あっという間に腕はくっついてしまった。
「うげッ!?なんだそりゃ」
ギーメルが驚きの声をあげる。
(なんだ、今のは…回復魔法ではない。大体、こんなオーラがドス黒いやつが、聖魔法など行使できるはずがない)
しかも賢眼でさえどうやって回復したのか見えなかった。
新たに魔法式を組んでいない。
つまり、元々なにか仕込んでいたことになる。
しかし、それだとギーメルの妖刀で効果無効になるはずだ。
この女、やばすぎる。
「これでわかったでしょう。私の攻撃をうけたらあなた方は致命傷。けれども、私にダメージをあたえることなどできない」
「うるせぇ、死ぬまで斬ればいいんだろう」
「これだから馬鹿は嫌ですわ」
実際に勝ち目が見えない。
「ミユ、ギーメル、俺が隙を作るから逃げろ」
2人に命じる。
「なに言ってるの。そんなこと出来るわけないじゃない」
「馬鹿か。隙をつくるんだったら斬ったほうがいいだろ」
案の定、聞き入れてもらえそうにない。
叱りつけてやりたいが、そんな余裕もまったくない。
「勇ましいのね。逃げようとしたところで無駄ですけどね」
こちらは満身創痍だというのに、妖艶な笑みを崩さない。
仕方がない。とにかく影からの攻撃だけでも防ぐとするか。
ナツキは攻勢に転じることにした。
≪爆炎≫
ナツキは部屋の中心で炎の爆発を起こした。
部屋の床と天井に穴が開く。部屋の中心から炎が燃え広がる。
炎が広がったことで、床全体に広がっていた影の面積が減った。
これで、イザベラの攻撃方向は相当絞れる。
俺たちは、長期戦では勝てない。
炎を利用して短期決戦に持ち込むしかない。
「ふふ。そういうことね」
イザベラは察したようだ。
≪闇玉≫
イザベラが、頭程の漆黒の玉を掌に登場させた。
どんどん膨張し、彼女の体を超える大きさへとなっていく。
「贈り物よ」
闇玉を投げ放ってきた。
「理不尽な魔力だ…」
≪炎連柱≫
ナツキも魔法で迎え撃つ。
2人の中心で赤と黒の魔法がぶつかり合った。
混じり合うように弾け飛び、相殺される。
(俺の炎連柱と同威力とは恐れ入る…)
気づけばイザベラが消えている。
ナツキは殺気を感じ、横へ跳んだ。
床の影からイザベラが登場し、グローブから伸びた刺で攻撃してくる。
「よく避けるわね。しぶといこと」
ケラケラと笑っている。
―――その刹那。
ザシュッ
イザベラの背中から血が吹き出た。
剣を持ったミユが斬りつけていたのだ。
すでに水はないはずなのに一体どうやったのだろう。
ミユの持っていた水剣は真っ赤であった。
(なるほど…肩から流れている血を使ったのか…)
肩の傷は血を凝固させて塞いでいるようだった。
本当に応用力のある能力だ。
イザベラが踵を返し、ミユの方を向く。
ナツキが背中を見た時点では、すでに傷は塞がっていた。
またしても魔法を発動させた気配がない。
(一体どうなってやがる…)
なんの魔法を使われているかわからないことなど、初めてだ。
「あなた、そんなこともできるのね」
イザベラがミユの瞳をじぃっと見つめる。
口元がクスッと笑ったように見えた。
「うるさいわね。あんたなんかに負けないわよ」
「本当に羽虫のくせに粘るわね。この部屋も燃えそうだし、そろそろ本気を出そうかしら」
イザベラの体を包むオーラが一際激しく立ち昇る。
ドン
ミユの体が飛ばされて壁に激突する。
魔力を解放しただけで攻撃となる密度だ。
「うッ…」
ミユは脳震盪を起こしたのか、立ち上がってこない。
ギーメルの方に目をやると、床に手を伏せて痙攣していた。
やはりさっきの攻撃によるダメージが深刻なのだろう。
まずい、今2人が攻撃をうけたら致命傷になる。
ナツキはすばやく魔法を詠唱した。
部屋の炎が床を走るように一点に集まる。
イザベラを中心に炎が輪をつくっていく。
「なにをするつもりかしら」
肩越しにナツキを睨んでくる。
≪炎輪≫
イザベラを包み込むように炎が燃え盛る。
「くッ…時間稼ぎのつもりかしら」
大型の魔物すら動きを封じる魔法だが、会話する余裕すらあるのか。
燃える音はするが、ダメージが通っていない。
どうやら火傷した先から回復しているようだ。
トドメを刺すことはできないだろう。
どうする。
ミユとギーメルは動けない。
ナツキもすでに体力の限界が近い。
炎輪を維持し続けるだけで精一杯だ。
しかし、この魔法で決着をつけることなど無理そうだ。
(外ヘ飛ンデ!)
なんだ。
頭の中に直接なにかが語りかけてきた。
(幻聴か?)
(早ク)
違うようだ。なにかが語りかけてくる。
ナツキは屋敷の外に魔力感知を広げる。
ナツキは目を剥いた。
直後、口元がにやっと笑う。
「ギーメル!一瞬でいい!動けるか!?」
「俺を誰だと思ってやがる…余裕だぜ…」
よろよろしながら強がりを言っている。
「よし、テラスから外へ飛べ!」
「はぁ!?」
「いいから早く!考える前に動け!」
「くそぉ…なんだってんだ…」
ナツキは炎輪を維持しつつ、ミユの元へ駆け寄った。
「なにをするつもりかしら」
イザベラが炎の中から睨んでくる。
「よし。いくぞ!」
「なんだってんだ、ちきしょお」
2人で屋敷のベランダへと駆ける。
「はぁぁあ!」
ナツキが炎輪の維持をやめた瞬間、イザベラが魔力を解放し、炎を吹き飛ばした。
「じゃあな。あんたとは二度と会いたくないぜ」
ナツキは肩越しにイザベラに一言放ち、窓から飛び出した。
◆
イザベラは外へ跳んだナツキたちの背を追った。
(どういうこと?力の差に絶望したからといって、自殺するなんて考えられない)
部屋からテラスへと移動する。
「これは…」
イザベラは驚愕した。
ナツキたちが空を飛んでいる。
10体を超えるハーピィの群れが、ナツキたちを抱えていた。
「ははは。人生なにが起こるかわからんな。助かったよ」
ナツキがへらへらしながらハーピィたちと会話している。
「そんなことが…。魔物が人間を助けるなんて!?」
驚くしかない。
おそらくジャスパーの飼っていた、魔物の実験体たちだろう。
人間を恨むことはあっても助けることなど、予想できるはずもない。
「逃がすわけにはいかない」
≪闇玉≫
イザベラは漆黒の玉を10個出現させた。
全てをナツキへと向けて撃ち放つ。
≪炎玉≫
ナツキが同じ数の魔法を撃って相殺してきた。
「くッ…」
「じゃあな。ははは」
ナツキが笑いながら空へと消えていった。
(まさかこの私が逃げられるとは…)
影続きの場所であれば影移動で追いかえることができる。
しかし、空には影がない。
飛行魔法もまったくできないことはない。
しかし、イザベラの飛行魔法の速度で、ハーピィに追いつくことは無理だろう。
完全な手詰まりであった。
「痛いわね」
イザベラの肩に火傷の痛みが走った。
(回復が遅くなっているわね。流石に攻撃をもらいすぎたか…。そろそろ“補充”しなとね)
イザベラは振り返り、炎の影の中へと消えていった。




