43 漆黒の試練④
「もうすぐだ」
ナツキたちは最上階の最奥に迫っていた。
この階に、魔法使いと思わしき気配は1つ。
最奥の部屋に1人いるだけだ。
もう一人の、部屋の奥に立っている魔力の弱い人間が、侯爵だろう。
扉を蹴りながら開ける。
侯爵の執務室だろうか、書斎にしてはそこそこの広さである。
奥にはテラス付きのバルコニーがある。
ナツキは正面を睨みつけた。
漆黒のローブに身を包んだ魔法使いが立っている。
まだ年若いが、呪法を操るような闇魔法使いは、見た目通りの年齢でないこともザラなので警戒は怠らない。
「グールを使ったのはお前だな」
「ほう、こいつは驚いた。呪法の名前まで知っているとは、本当に対処したようだな」
その男は、薄ら笑いを浮かべながら返事をした。
どうやら、逃亡させることなく標的に巡り合えたようだ。
呪法の術者というだけでも胸くそ悪い。そのせいか一挙一動がナツキの癇に障った。
着ているローブには輪郭線が金色で描かれた黒い獅子の紋章。
(あれは王軍の“漆黒の獅子”のマークだ。まさか王軍が呪いを撒き散らしたのか?)
自国民を守るべき王軍が、なぜそんなことをしたのか理解不能だ。
シグマの言った通り、この国の軍には、なにか裏があるのは間違いない。
「なにをしている、はやく殺せ!金は払うぞォ」
後ろで喚き散らしている醜い肥満体の男がモリスか。
「悪いがこの屋敷と、あんたの悪趣味な人体実験の研究内容は燃やし尽くす予定だ。支払どころか、相応の負債は覚悟しておけ」
「なんだとッ!」
こいつは住民の命を軽視するばかりか、魔物を拷問して闇アイテムを売り捌いている非道な奴だ。
報いはうけてもらう。
「もういい。マックス!さっさと殺せ」
モリスが黒フードの男に命令した。
≪闇波≫
掌から漆黒の波動を撃ってくる。
予想通り闇魔法を使う男のようだ。
この魔法を見るのは、スネークを潰した時以来だな。
同じ手を使うか。
≪闇波≫
ナツキも同じ魔法を撃ち、相手の魔法をかき消した。
「お前、闇魔法も使えるのか」
「なんでもありね。もうあまり驚かないけど」
別にたいしたことじゃない。
無属性の俺は、特殊な素養が必要な聖魔法以外は、行使に不自由はしない。
「やはり、使わざるをえないか」
男は胸の前で両手をクロスさせた。
両手の指全てに指輪がはめてある。
「俺は“闇操り人形” マックス。その名の恐ろしさ、とくと見よ」
マックスの左右に3体の等身大の人形が召喚された。
手のリングからは、糸状の光が人形につながっている。
人形の両手には、剣が握られている。
服は黒いボロ雑巾のような布を羽織っているだけ。
マックスが魔力を込めた途端、人形の目に赤色の光が灯った。
人形は3体ともナツキたちの方へ突進し、斬りかかってくる。
ナツキは後方へ飛び、攻撃を回避した。
ミユは水を取り出して巨大な盾を作り出して、攻撃を防いだ。
ギーメルは紙一重で攻撃を躱す。
ザシュッ
「ぐぁッ!」
ギーメルの左肩が斬られていた。
「「なに!?」」
いつのまにか人形の手が6本になり、全ての手に剣が握られている。
(あのボロい服は手を隠すためのものか)
「クソ野郎が!!」
頭に血の上ったギーメルが、怒って斬りかかっていく。
しかし、攻撃は通らない。
魔力吸収の刀で斬りつけたら一撃で終わるだろうが、刀1本に対して、相手は6本。
攻撃を通すのは至難の業だ。
いつのまにか逆に攻撃され、守勢となっている。
「いかん」
ナツキはギーメルに加勢しようとする。
「そうはさせん」
≪闇玉≫
マックスが加勢する暇を与えまいと、ナツキに間髪入れずに魔法を撃ってきた。
ナツキは紙一重で避ける。
(くそ…こっちの隙を狙ってやがる)
操り人形に戦わせて、隙を見て呪いを与える戦闘スタイルか。
「いい加減にしなさいよ!」
ミユは巨大な盾で攻撃を防いているが、6本の剣が攻撃し続けてくるため、攻勢に転じることができずにいる。
ナツキにも正面から人形が迫ってきた。
近接戦の苦手な魔法使い相手だったら、圧倒できる戦闘スタイルだ。
しかし、明確な弱点がある。
ナツキは迫ってきた人形の攻撃を潜り抜け、背後へと回る。
≪解除≫
マックスと操り人形を繋げている糸に魔法をむけた。
糸は切れ、ガシャンと崩れる音をさせながら床へと倒れる。
「バカな」
マックスが驚いている。
いくら厄介な人形でも、操っている根源を絶たれたら動けないことは一目瞭然。
「だが、糸は何度でも張れるぞ」
マックスが再び手をクロスさせる。
「そんな暇あるわけないだろ」
≪炎玉≫
ナツキは真紅に燃える玉を撃った。
爆発音とともに、マックスは後方に吹き飛び、仰向けに倒れた。
「なにをやっている!役立たずがァ!」
侯爵が醜い怒号を叫んでいる。
「覚悟はいいな」
ナツキが睨みつける。
ボッ…
何かが小さく爆発したような音がした。
倒れたマックスの胸から、燐光を発するものがある。
何やら漆黒の玉から、どす黒いオーラがマックスの身体を包んでいた。
「ぅぁああああ」
マックスが叫び出した。
激しく悶えている。
「どうしたってんだ」
「なに…なにか不気味ね…」
ギーメルもミユも警戒している。
マックスが突如起き上がった。
しかし、白目を剥き生気がない。
両手をだらりと垂らし、まるで人形のようだ。
「おおおお!」
叫んだと思ったら、体が膨張した。
背は天井に届くかという勢いで伸び、全身を黒い毛が覆っていく。
「まじか…」
驚くしかない。
漆黒の獅子へと姿を変えた。
「こんなのアリ!?」
「変身!?」
ミユが度肝を抜かれて後ずさっている。
なにが起こったのかわからんが、本人が望んでこうなったわけではなさそうだ。
闇の魔法アイテムが暴走したってところか。
獅子は吠えながら突進してきた。
≪炎玉≫
魔法を撃ち、眉間に命中する。
しかし、獅子は怯むことなく突進してきた。
「なにッ!?」
ナツキは突進を正面からうけ、後方へ飛ばされる。
「ナツキ!」
ミユが叫ぶ。
「痛え…」
避けきれなかった。
グールを解呪した時のダメージのせいで、動きが鈍くなっている。
猛獣のスピードに、半端な魔法は効果がない。
こいつは、かなり厄介な敵だ。
「この野郎!」
ギーメルが飛び上がり、獅子に斬りつけた。
しかし、皮に切り傷がついただけで、ダメージは通っていない。
防御力も凄まじい。
「フハッ!フハハハ!いい!いいぞぉ!さすが漆黒の獅子だ」
さっきまで不安そうな顔をしていたモリス侯爵が、高笑いをはじめた。
「こいつらを殺したら褒美をとらすぞおォ!フハハハ」
勝ち誇った顔をうかべ、獅子に話しかける。
ガッ
!!!
獅子が突如モリス侯爵の顔を喰いちぎった。
首のなくなった胴体から血が噴き出る。
「おいおい…見境なしか」
金の価値などわからない獣に殺されるとはな。
理性など吹き飛んでいるのだろう。
侯爵には気の毒だが、因果応報だな。
ナツキは賢眼で獅子を観察する。
どうやら胸の中心に魔力の核がある。
おそらく先程の黒玉だろう。
あれを破壊すればどうにかなりそうだ。
「ミユ!水魔法をあいつに向けて撃ってくれ」
「でもダメージが与えられるとは…」
「いいから、頼む」
「…おっけー!」
≪水玉≫
ミユは、手持ちのありったけの水を使って獅子の頭ほどの大きさもある水の塊を放った。
獅子に命中し、水は弾ける。
「今だ」
≪氷玉≫
ナツキは氷魔法を追撃し、獅子の頭を凍らせた。
「ぐぉおお」
獅子が唸っている。
ダメージは与えられていないようだが、動きを封じることに成功した。
≪氷付加≫
ナツキは魔力をギーメルの刀に向け、氷魔法を付加する。
「ギーメル、その刀であいつの胸を刺してくれ!」
「よっしゃあああ」
ギーメルは突進し、獅子の胸に突きをいれた。
刀が獅子の胸を貫く。
激しい咆哮が部屋を揺らし、
衝撃で窓硝子が粉々に割れた。
獅子の体から黒い魔力が外へと流れて出て行く。
体から毛が抜け落ち、段々と萎んでいく。
ドサッ
次の瞬間には、床に倒れ、人の身体へと戻っていた。
「ふぅー…危ねぇ」
「なんちゅうやつだ」
「疲れた…」
後半は少し想定外だったが、なんとか倒すことができた。
パチパチパチ
後方から拍手が聞こえた。
「お見事ですわ」
振り返ると、婉然とした笑みを浮かべた女が立っている。
青灰色の髪に、漆黒のマーメイドドレスとオペラグローブ。
胸には“漆黒の獅子”の紋章。
笑顔で褒めてはいるが、この状況で素直にとる馬鹿はいないだろう。
魔力感知を広げていたはずなのに、感知できなかった。
ナツキは、久しぶりに肌の粟立つ感覚を感じつつ、警戒レベルを一段階上げた。
こんな状況で登場する王軍の人間がまともなわけがない。
「あんたは何者だ」
「その質問は私がしたいところですわね。でも、名乗らせていただきましょう。私は“漆黒の獅子”軍団長イザベラ・スミスです」
ナツキの頬を、冷たい汗が伝った。




