40 漆黒の試練①
町の入り口のひと悶着の後、ナツキたちはカッツウォルドの町をぶらついていた。
生活困窮者が多く、お世辞にも活気がある町だとは言えないが、あまりにも違和感がある。
「なんで人っ子一人いないんだ…」
ギーメルの疑問の通りだ。
誰もいない。
ゴーストタウンに入ってしまったのかと思うほどだ。
「ちょっと調べるか」
ナツキは魔力感知を広げた。
「ふむ、西に200メートルほど行ったところに住民が集まっているな」
「そんな遠くまでわかるのか」
「すごいわね」
ともかく向かってみよう。
エディンでは、集会は法律で禁止されている。
祭り以外で人が集まるとしたら、なにか事件があったとか思えない。
町の奥へと進んでいった3人は、眼前に広がる光景に目を見開いた。
町の中心に位置する広場に、民が輪をつくるように集まっている。
輪の中心には五つの十字架。
それぞれに人が括り付けられて、全員、ぐったりとして、白目をむいている。
「なんだ、これは…」
疑問が口をついて出る。
「早く処刑しろー!」
「殺せぇー!」
周りを囲む住民たちが怯えた表情で叫んでいる。
「お父さん!」
「お母ぁさん!」
中には手を前にかざしながら叫ぶ子どもがいる。
おそらく身内なのだろう。
駆け寄ろうとしているが、大人に羽交い締めにされてしまっている。
十字架の下には大量の薪が積んであった。
周りには松明を持った男が数人いて、今にも火をつけそうだ。
(火刑…?!法で私刑は禁じられているはずだ。こいつは予想よりやばいぞ)
「では処刑を行う!悪魔をこの地から滅する!」
松明をもった男の叫びと共に、広場が騒然となった。
ボォオ!
いまにも、十字架の下部への点火が始まってしまう。
(事情はわからんが、なんとかしないと)
ナツキが動こうとしたその時。
バシャア
突如火が消えた。
気づけば磔台の中心にミユが立っている。
額に青筋が浮かんでいた。
(あいつ、いつの間に…)
ザシュッ
縄が切れる音とともに、磔にされていた人間が地に崩れ落ちた。
輪の中心に、ギーメルも突入していた。
鬼の形相で周りを睨んでいる。
住民たちは呆気にとられていた。
「なんだ、貴様らぁー!」
「悪魔の手先か!!」
沈黙をやぶって、すさまじい罵声が2人に襲う。
いつもなら、2人がなにかやらかしたら、何やっているんだと突っ込むところだが、
今回はそれを言えない。
ナツキは、道中なんだかんだ振り回されながらも、直情的に動くこの2人のことが、嫌いじゃないのだ。
「考えなしに飛び出して、どうなっても知らんからな」
ナツキも十字架の中心へと歩みをすすめた。
「うっせぇ!」
「こんな状況、ほっとけるわけないでしょ」
2人は怒りの表情で返事をした。
「貴様ら、自分たちのしたことを分かっているのか。なぜ邪魔をする」
この私刑のリーダーらしき男が出てきた。
「俺の仲間がしたことについては謝罪するつもりないね。人が殺されそうになっているのを黙っていることに、理由なんていらんだろ」
ナツキの返事を聞いた男が睨みつけてくる。
「事情も知らない、よそ者が」
「事情を言ってくれるならありがたいけどな」
「そいつらは”悪魔の病“になった。広がらないためには処刑するしかない」
なんだと。伝染する病気にかかっていたのか。
ぐったりしていたのは、拷問かなにかのせいだとばかり思っていた。
伝染病の類は、知識がないとすぐ“竜退治”だの“火あぶり”だの、迷信に惑わされやすい。
ナツキは、サイエフの洞窟で出会った漢民族の青年のことを思い出した。
医療の専門知識が発達していない辺境においては、ままあることだ。
(”無知は無駄な死を生む“とはよく言ったものだ…)
座学を嫌がって勉強をさぼっていた時に、師匠に注意された言葉が脳裏をよぎった。
ともかくいきなり集団ヒステリーのるつぼにいきなり飛び込んでしまった。
どうやって乗り切るか思考を巡らす。
「お前ら何もんだ!事と次第によっては、ただじゃおかねえぞ!」
「俺たちは薬屋だ!病と言うなら、治療してみせる!」
考える前に啖呵が口をついて出た。
広場の熱狂が少し収まり、周囲がざわつき始めた。
「助かるのか?」
「いや…無理だろ」
「やらせてみて、無理ならあいつらも処刑したらいい」
物騒な話も聞こえる。
「とにかく患者を診せてくれ」
ナツキは治療をはじめることにした。
ミユが神妙な顔で横に立つ。
ギーメルは座りながら周りの住民たちを睨みつけていた。
十字架の下で倒れ込む患者たちを横一列に並べてもらう。
ナツキは患者の容態をつぶさに調べて言った。
まず、手足が弱っている。意識はもうろうとしているはずなのに、触っただけでびくり、と体が痙攣する。
目は白目をむいている。
呼吸はヒューヒューと音をさせ、息を吸うのも困難そうだ。
胸に手をあてると、握り拳ほどのでっぱりが出来ていた。
「これはッ!?」
ナツキは驚きの声をあげた。
「おい。この症状で死んだものはいるか?」
「あ…あぁ…」
「死ぬ直前に青い炎のような光を口から出していなかったか?」
「よくわかったな。その通りだ」
男の返答で、自分の予想通りだったことが確定した。
(病ではない。呪法”グール“だ…)
グールとは闇魔法の呪いである。
青白い呪いの光が、身体の五感、能力を奪い続け、起き上がることすらできなくなる。
3日間ほど苦しみを味わったのち、絶命するときに呪いの光玉は次の宿主に移ろうとする。
その時の様子が、まるで炎を吐くように見えるのだ。
これは治療するには方法は2つ。
一つは呪いの元凶である術者を殺すこと。
もう一つは体内でグールを魔法によって撃破することだ。
術者の魔法使いを見つけるには時間がかかるだろう。
いずれにしても報いはうけてもらうが、今は後者を選択するしかない。
はじめての試みだから不安だが、俺の体に全てのグールを呼び込み、撃破する。
「ミユ、森でとった薬草をすりつぶしてこの分量で配合しておいてくれ。あと2人とも、俺から少し離れておけ」
「え…わかったわ」
グールが体から出て行ったとしても、弱った体の回復には時間がかかる。
その薬の調合を指示した。
ミユはカバンから薬草と薬研をとりだし、ゴリゴリと調合をはじめた。
(よし、やるか)
ナツキは自分と5人の倒れている人間を包み込む魔法陣を作り出した。
青白い光が6人を包む。
「なにをするつもりだ!」
住民たちが叫んでいるが今はかまっている暇はないだ。
これはグールが体外に出たときに、俺以外に宿るのを防ぐためだ。全力で当たらなければ、俺がやられる。
≪流気≫
ナツキの体を真っ白なオーラが包み込む。
魔道を通じ、ナツキの魔力が患者の身体へと送りこまれ、呪い”グール“の魔体への攻撃を開始した。
「ぅゔぁぁあ」
「ああっぁあ!」
患者たちは苦悶するような声を上げている。
(すまない。もう少し我慢してくれ)
胸にある拳程の塊が身体中を動き回っている。
オォォン
不気味な音をさせながら、5人の口から青白い炎が飛び出してきた。
魔法陣内の内周をくるくると動き回っている。
「悪魔だぁぁぁ!」
「逃げろぉぉ!」
住民たちはパニックになっている。
(この人たちを処刑で燃やしたりしたら、あんたらに襲いかかっていたというのに)
ナツキは呆れつつも、青い炎に目をむける。
このまま魔法で撃破するのが楽だ。
しかし、少しでも光が残っていたら体内に宿り力を吹き返す
危機を察知され、再び倒れている人たちに憑いたらまずい。
それならば、確実な方法をとる。
「おい、ここに元気な宿主がいるぞ」
ナツキの声とともに5つの青い玉がナツキの体目掛けて突進してきた。
体の中へと侵入してくる。
(まったく、呪いをうけるなんて気持ちいいもんじゃないね…)
「ナツキ!!!」
ミユが不安そうな顔をしながら叫んでいる。
ナツキは取り入れたグールを探りながら、どこから魔力が送られてきているか探る。
1つの呪いでも3日で死んでしまう。
それを5つも体内に取り入れた。
急速に身体中にしびれるような痛みが走る。
(これは予想より……耐えきれるか…)
痛みを堪えつつ、賢眼を発動する。
自分の体内から、マリオネットの糸のような青い糸が伸びている。
これがグールを操作している魔法だな。
糸は町の一際大きいモリス邸にのびていた。
(あそこか…)
ナツキは屋敷を睨みつける。
(あとは俺の体を蝕む前に、全て撃破したら終わりだ)
ナツキは体内の魔力を解放し、体内に向けて魔法を放つ。
≪流気≫
自分の魔力を体内に侵入した呪いを倒すためにつかう。
(やはり…炎属性の“グール”を倒すには属性付加しないとダメか…)
呪いを滅ぼしきれない。
体内で最大の力を発揮する呪法を倒すには、こちらも本気でやらないといけないということか。
≪氷付加≫
流気に氷属性を加えた。
体内で青い炎のような呪いと、ナツキの氷属性となった魔力がぶつかり合う。
ゴホッ
ナツキの口から煙が出てくる。
魔法が相殺した影響だ。
(いてぇ…、呼吸もできん…)
しかし、手を緩めるわけにはいかない。
…
5回の魔法衝突が体内で起こった。
口から煙を吐いたことで慌てている連中もいる。
”グール“が出てきたのかと焦ったのだろうか。
ナツキを中心に、周囲の人の波がものすごい勢いでざざっと引いた。
ゴホッ ゴホッ…
ナツキは咳をしつつ地に伏せた。
自分の魔法とは言え、属性付加した魔力を体内で流したせいで、深刻なダメージをうけた。
しかし、なんとか全ての”グール“を撃破した。
「ナツキ!!」
「おいおい!しっかりしろ!」
ミユとギーメルが駆け寄ってきた。
喋るのもしんどい。
煙草を吸ったわけでもないのに、呼吸のたびに体から少量の煙がでていく。
とりあえず親指を立てて、大丈夫だとサインしておいた。
(二度とこんな無茶はごめんだな…)
会話するのもつらいので、魔法で地面に文字を書いて指示をだした。
感染の心配がなくなったことと、薬を投与して、ベッドで寝かしつけるよう、指示を書いた。
ミユとギーメルがすぐに行動を起こしてくれた。
住民たちは困惑していたが、患者の様子が落ち着いてきたのを見て取ると、一緒に倒れている人たちを運んでくれた。
集団的な恐怖心から、過激な行動に出はしたが、本心から処刑したかったわけではないだろう。
叫んでいた子どもたちが駆け寄って泣いている。
久々にいちかばちかの無茶をしたが、ひとまずよかった。
「あなたも寝てなさいよ」
ミユが肩にナツキの腕をまわし、身体を支えて運ぼうとする。
ナツキは腕でそれを静止した。
ゴホッ
「大…丈夫…」
少しずつ喋れるようになってきた。
「どう見ても大丈夫じゃないだろ」
珍しく(!)ギーメルがナツキに突っ込みながら、反対側の腕を方に回して支えに回った。
しかし、時間をかけるわけにはいかない。
解呪はすでに伝わっているだろう。
術者を逃すわけにはいかない。絶対に倒す必要がある。
…
ナツキは数刻して、なんとか喋れるまでに回復した。
ミユとギーメルに、今回の病は呪いだったこと、術者が貴族屋敷にいることを伝えた。
ナツキの目に浮かんだ静かな怒りを見て、2人はナツキの意図を察したようだった。
「許せないわね」
「ぶっ殺す」
2人とも同意してくれた。
それどころか、俺にを差し置いて、2人だけで行こうとしていたらしい。
2人だけで送り出すのは、ある意味では呪いより怖い。
◆
広場を囲む住居の屋根の上に、黒い蟲が羽ばたいていた。
蟲はナツキたちが呪いを撃破する様子を、ずっと見ていた。
(まさか”グール“だと一目で見抜くとはな)
“真鍮の熊”オーロの魔蟲であった。
一部始終は蟲の眼を通じて、オーロに伝わっていた。
(イザベラ、聞こえるか?)
オーロはイザベラに”念話“を入れる。
(聴こえてますわよ)
(件の一行は、グールの処置を行ったぞ)
(やはりそうなのね。術者のマックスが、呪いが解除されたと言っていたから、まさかとは思っていたのだけど)
(ブラッドの睨んだ通り、只者ではない。気を付けろ)
(ふふふ。どうやら、私たちと同レベルの実力を持っているようね。どんな男か楽しみだわ)
オーロの警告をよそに、イザベラが機嫌良く笑っている。
(解呪した後、屋敷に向かった。くれぐれも下手うつなよ)
(当然ですわ)
オーロは念話を終え、執務に戻った。
◆
モリス邸の最上階には、イザベラと術者が待機していた。
「どうやらグールは始末されたようね」
イザベラが跪く男に向けて、言葉を発した。
「やはりそうですか」
返事をしたのはマックス・トンプソン。
“漆黒の獅子”の師団長である。
父はバルの町を統治する貴族であった。
軍属となってから闇魔法を駆使し、出世してきた男。
今回はイザベラの命で呪い“グール”を放った魔法使いである。
「なにか問題がおきたのか」
ワインの入ったグラスを片手に、椅子に腰掛けるジャスパー・モリスが質問してきた。
「いいえ、ご心配には及びませんわ。ただ、予想通り盗人“青眼”が只者でないと分かっただけのことですわ。今は2人の供を連れ、屋敷に向かっているとか」
「ほう」
「私どものほうで始末いたしますので、心配なさらず」
ジャスパーが邪悪に微笑んだ。
「いや、その蛆虫どもはワシらが捕えよう」
「と、言いますと?」
「フハハ!ここはわしの屋敷だ。もちろん、捕まえたら高額で買い取ってもらうがな」
金の臭いに敏感な男だ。
隙あらば、王軍から金をせしめようとする。
「しかし、かの者たちは五星ギルドの幹部を撃破したとか」
「おおかた、油断した上に、3人に囲まれでもして倒されたといったところだろう。わしの屋敷の護衛兵に任せればよかろう」
イザベラは内心うんざりする。
青眼はバルの町を出るまでは1人だったと聞いている。
金にならない話は覚える気もないのだろう。
「エリオット!ここへ参れ」
ジャスパーが命じた直後、部屋に向日葵色のローブを着た男が入ってきた。
魔法ギルド「ゴールドグラス」のギルドマスター、エリオット・ムーアだ。
五星ギルドではないが、Aランクの上位ギルド。
金になることを優先的にこなすギルドであり、住民から忌み嫌われる存在であった。
「お呼びですか」
「うむ。3人の賊がまもなく屋敷にやってくる。始末しろ」
「御意」
エリオットが踵を返し、部屋をでて行く。
「屋敷には高ランク魔法ギルドのギルドマスターにサブ・マスターが2人、ジェネラルが4人も控えている。いくら強者でも一捻りだわ。フハハ」
屋敷の最上階でジャスパーの高笑いが響いていた。




