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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
37/208

35 鷹は雪原に舞う④

 エマは兵舎の訓練場入口に立ち、戦闘の一部始終を見ていた。

 2人は善戦したと言ってよいが、予想どおりシグマの圧勝であった。

 シグマが戦闘を終え、解放していた魔力を収めた。


 「エマ、男の治療をしてくれ」

 「承知しました」


 エマは2人に向かって歩みを進める。


 ≪回復(キュア)


 地面に座り込んでいる男の右手に回復魔法を当てた。


 「刀は没収させてもらう」


 破魔の能力をもった刀では拘束することができないため、取り上げた。


 シグマが2人のもとへ歩みを進める。

 男は睨みつけ、女は観察するような目を向けている。


 シグマが2人の胸元にふと目を止めたようだ。

 エマも見てみると2人とも特徴的なブローチを胸につけていた。何かの薬草だろうか、葉は肉厚で少し先がギザギザしていたものがあしらわれている。


 装飾品にしては風変りだ。


 「それはなんだ…?」


 シグマも同じ感想を抱いたようで、2人に問いかけた。


 「私だって知らないわよ」


 共通のブローチをつけているのに、なんとも言えぬ返事をしている。

 表情から察するに本当にわかっていないようだ。


 なぜ、シグマはその草について尋ねたのか。


 「それは“ナツクサ”か…」


 シグマが考え込んでいるようだった。


 「エマ、もう1人の男の特徴を言ってくれ」


 エマはシグマの命をうけ、1人別行動をとっている男の見た目を説明した。


 髪型は無造作に伸ばされ、色付きの丸眼鏡をかけていること、結界に入った瞬間に強い魔力を感じ取ったことなどを伝えた。


 「まさか…」


 シグマが口元に手を当てる。

 なんだか知っている相手かのような口ぶりだ。


 「その男をもう一度見つけ、連れてきてもらえないか」

 「わかりました」

 「出会った場合、穏便に話し合おうと伝えてくれ。万が一にも戦闘をするな」

 「なぜ戦闘してはダメなのですか?」


 シグマがしばらく押し黙る。


 「あいつは私より強い。これだけ言えばわかるだろう」


 エマは驚いた。

 エマの知る限り、シグマの実力を凌ぐほどの魔法使いなんて、エディンにも片手で数えるほどしかいない。

 団長が自分より強いと認めるほどの相手とは一体何者なのか。


 シグマの一言を聞いた2人は、目を合わせて首を傾げていた。

 その態度の理由はわからないが、シグマがそう言うのであれば、相当な強者なのは間違いない。


 エマは再び男を見つけるために町へと探索にむかった。



 ナツキは宿へと戻ってきていた。

 すでに数時間が経過しているが、ミユとギーメルが戻ってこない。


 「これはトラブルがあったと考えた方がよさそうだ…」


 ふと窓の外を見たら、路地に王軍の兵士が数人いる。

 魔力感知を広げてみたら6人の魔法使いが全ての出入り口を監視しているようだ。


 (この中で、1番強いのはあいつか)


 正面入口側に立っている女が一際強い魔力を秘めている。

 ソフィアと同格くらいだろうか。


 自分1人に対して、前回宿を出た時よりも多人数で張り込んでいる時点で、2人はすでに拘束されたとみた方がいい。

 絶対に戦闘するなとは言ったが、出くわしてしまったのなら、王軍から逃げるのは困難だろう。


 (仕方がない…。俺も出向くとするか)


 ナツキは防寒コートを羽織り、水筒を取り出す。


 ≪水分身(アクアアヴァター)


 ミユとギーメルの分身を作成した。

 2人がどうなったのか確認するためにも、まずこの2体を外に出してみよう。


 「行け」


 分身に命令し、宿の外へと差し向ける。


 相手はかなり驚いた顔を浮かべている。

 ここにいるわけがないといった表情だ。

 2人が捕まったのはほぼ確定。そうでなくても、位置は特定され、ここにいないというのが分かっているのだろう。


 白いコートの女兵士が魔法を詠唱している。


 ≪雪束縛(スノーバインド)


 分身の足元の雪が膝の高さまで絡みつく。

 即座に動きを封じられてしまった。

 魔法媒体が水なので、足が凍りつかされたらひとたまりもない。


 (それにしても躊躇いもなく魔法をぶっ放すとはな。2人がこいつらと戦闘になったのは間違いなさそうだ)


 ナツキは2人が王軍と接触をしたことを確信した。それならば、自分から行動を起こした方が良いと判断する。


 ナツキは水分身に気を取られた隙をついて、窓から外へ出た。

 兵士たちの後ろ側に周り、話しかける。


 「よぉ、なにか用かい?」


 兵士はまたしても度肝を抜かれたようだ。


 「まさか、自分から話しかけてくるとは。よほどの自信がおありなのですね」


 「へー、長時間の張り込みはつらかろうと思ったが、迷惑だったかな。よほど寒空の下で震えるのが好きと見える」


 表情には出てないが眼光はするどく、警戒心がありありとにじみ出ていた。


 「単刀直入に聞こう、あの2人は無事かい?」


 ナツキはクイ、とあごをやって兵士の視線を促した。


 「なに…?」


 兵士たちが拘束した水分身の方を振り返る。

 いつのまにか、水分身が雪だるまになっていた。

 緊張した空気のなか、ナツキだけが遊び心を発揮してへらへら笑っていた。


 女は雪だるまを一瞥して、ナツキに宣告した。


 「伝言をそのまま伝えます。“穏便に話し合いたい”とのことです。抵抗はやめ、大人しくついてきてもらいましょう。2人はすでに拘束しています」

 「質問に答えてほしいね。無事なのかい?」

 「もちろんです。王軍では無用な手出しはいたしません。適切な手法で尋問させてもらっています」


 とりあえず死んではいないことに安堵した。

 2人に危害を加えているようなら、同じ報いを与えるのもやぶさかではなかったが、とりあえずよしとしよう。


 「で、俺が連行される理由があるとは思えんね。冤罪で捕らえるのが“紺碧の鷹”の趣味なのかな?」


 「無礼者め!」


 後ろにいる男の兵士が怒っている。


 いきなり善良な俺を捕まえようって方が無礼だと思うけどね。

 牢獄に勝手に入ったのは悪かったけどさ。眠らせた看守は薬の作用で前後の

 記憶もあいまいだろうから、露見はしてないはずだ。


 「腹の探り合いは苦手なんだ。2人のもとへ案内してもらえるかい?」


 捕まってしまったのなら、助け出す必要がある。

 かなりまずい状況だが、いつものようになんとか切り抜けられるよう頑張るしかない。


 「潔いのですね」


 女兵士が静かに述べた。


 「では、行きましょう」


 魔法詠唱をはじめた。

 あたりに魔法陣がつくられ、景色が揺らめく。


 (これが噂に聞く転移門(ゲート)か)


 気づけば建物の広い部屋へと移動した。

 氷連柱(アイスストライク)を撃ったと思われる氷の壁が1つ。

 いたるところに氷が砕けた欠片。


 最近、戦闘があったと思われる。


 おそらく、兵舎の戦闘場か訓練場だろう。

 ひらけた空間の中心地に、宿舎の一室程度の氷の塊が出来上がっている。


 魔力感知で調べたら、中に3人いる。

 ミユとギーメルらしき人物は、多少魔力が減っているが無事そうだ。

 戦闘したのはミユたちだろう。


 ミユとギーメルの前に座っている男の魔力は膨大すぎる。


 (まさか、五星会議が終わってこれほどはやく戻ってきているとはな…)


 中にいるのは間違いなく“紺碧の鷹(ブルーホーク)”シグマだった。



 時は若干遡る。

 シグマは訓練所の椅子に腰を下ろして監視を続けていた。

 2人に対して戦闘では圧倒したが、魔法、身のこなしなど、そうとうな実力者であった。


 エマが戻るまで、この場から動くことなく拘束しようと考え、魔法で即席の牢獄を作り出した。


 「おまえたちの目的はなんだ?」


 シグマは質問を投げかける。


 「……」


 2人はずっと沈黙を保っている。話す気はないようだ。

 茜色の頭の男は、口はつぐんでいたが、鋭い視線をずっと寄こしてきて、ある意味、目の方が雄弁に敵意を表していた。


 「睨む理由くらい言ったらどうだ」

 「ふん、俺は王軍や貴族が嫌いだからな」

 「そうか」

 「ちょっと、言葉選びなさいよ」

 「うるせぇ」


 なにやら揉めている。

 さっきからこの調子だ。

 頑なに言おうとしない。


 「言わないのであれば仕方がない。質問をかえよう」


 言い争っていた2人の視線がシグマに向く。


 「お前たちと同行している男は何者だ?」


 シグマは2人のブローチを見てからひっかかるものがあったのだ。


 2人は顔を見合わせている。


 「俺たちもよく知らん」

 「私が教えてほしいくらいよ」


 まさかの答えが返ってきた。

 ともに旅をする者の素性をわかっていないのか。

 王軍相手に即席パーティーで事を起こすなど考えられない。


 3人組は一体なにを考えているのか。


 もどかしい思いを持ちつつも、シグマはエマの帰りを待っていた。



 (こいつ、ヤバすぎでしょ)


 ミユは内心焦っていた。

 ナツキに戦闘するなと釘を刺されていたのに、“紺碧の鷹”軍団長と戦いになってしまった。

 そして圧倒的敗北を喫した。


 戦闘直後にも関わらず、巨大な檻を難なく作る無尽蔵とも思える魔力。

 そんな男に捕まってしまった。


 デールでの生活を捨てて旅をはじめたが、開始早々ピンチだ。

 ナツキが自分たちを見捨てて逃げてしまったらどうしよう、と早くも不安になっていた。


 ギーメルに関しては、このヤバすぎる軍団長相手にずっと喧嘩腰だ。


 (もう…本当にどうしよう…)


 ミユはこれ以上ないくらい困り果てていた。


 ブォォン


 外からなにか音がした。


 「来たか」


 シグマが小さく呟く。


 「え?」

 「なにが」


 ミユとギーメルが疑問に思ったが、答えはすぐに出た。


 ガシャァアアアン


 突如、氷の壁が崩れ去った。

 崩れた壁の方へ目をむけると、掌を向けているナツキが立っていた。


 「2人とも無事かな」


 怪しさ満点の笑顔をしている。


 「ナツキ!」


 思わず叫んでしまった。

 助けにきてくれたのだろうか。


 「おいおい、人の名前を王軍に教えないでくれよ」


 苦笑いしながら軽口をたたいている。


 こんなピンチなのにナツキのいつもの調子に、ミユは心の底から安堵を覚えた。嬉しさと焦りがない交ぜになった、不思議な感覚だ。


 (でも、軍団長がいるんじゃナツキでも…)


 実際に、ここにくる前に自分より強いと認めていた。

 事態が好転したとはとても言えない。


 「“紺碧の鷹”のシグマ様にお会いできるとは嬉しいね」


 ナツキがシグマ相手に挨拶をしている。


 「御託はいい。お前の目的はなんだ」

 「2人の解放を約束するなら、言ってやるぜ」


 ナツキの言葉をうけてシグマが立ち上がった。


 「いくぞ」


 シグマが一言述べ、魔法を詠唱する。


 ≪氷連柱(アイスストライク)


 右手を反転させながら、魔法を放つ。


 「あ、おい!」


 ≪炎連柱(ファイヤーストライク)


 ナツキが慌てて、同じように体を反転させながら魔法を撃った。


 青と赤の連なる魔法の柱が2人の中心地点で衝突した。

 冷気と熱気が轟音と暴風を上げながら四方八方へと飛散する。


 魔法は相殺され、中心地から煙が上がっていた。

 ミユは心底肝を冷やしたが、ナツキは無事なようだ。


 ふっと笑い声を溢し、ずっと無表情だったシグマの顔が緩んだ。


 「ウデをあげたな」

 「お前もな」

 「久しぶりだな。ナツキ」

 「お前も元気そうでなにより」


 !


 ミユは驚いた。

 ギーメルと、ナツキの横にいた女兵士も目を剥いている。


 「事情を聞いてから判断したいが、2人は解放する。応接間に来てくれ」

 「うまい菓子くらい出せよ」


 (なんなの。さっきとはうってかわって、この場違いなまでのやりとりは…)


 混乱した頭のまま、ミユたちは兵舎の中へと案内された。

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