35 鷹は雪原に舞う④
エマは兵舎の訓練場入口に立ち、戦闘の一部始終を見ていた。
2人は善戦したと言ってよいが、予想どおりシグマの圧勝であった。
シグマが戦闘を終え、解放していた魔力を収めた。
「エマ、男の治療をしてくれ」
「承知しました」
エマは2人に向かって歩みを進める。
≪回復≫
地面に座り込んでいる男の右手に回復魔法を当てた。
「刀は没収させてもらう」
破魔の能力をもった刀では拘束することができないため、取り上げた。
シグマが2人のもとへ歩みを進める。
男は睨みつけ、女は観察するような目を向けている。
シグマが2人の胸元にふと目を止めたようだ。
エマも見てみると2人とも特徴的なブローチを胸につけていた。何かの薬草だろうか、葉は肉厚で少し先がギザギザしていたものがあしらわれている。
装飾品にしては風変りだ。
「それはなんだ…?」
シグマも同じ感想を抱いたようで、2人に問いかけた。
「私だって知らないわよ」
共通のブローチをつけているのに、なんとも言えぬ返事をしている。
表情から察するに本当にわかっていないようだ。
なぜ、シグマはその草について尋ねたのか。
「それは“ナツクサ”か…」
シグマが考え込んでいるようだった。
「エマ、もう1人の男の特徴を言ってくれ」
エマはシグマの命をうけ、1人別行動をとっている男の見た目を説明した。
髪型は無造作に伸ばされ、色付きの丸眼鏡をかけていること、結界に入った瞬間に強い魔力を感じ取ったことなどを伝えた。
「まさか…」
シグマが口元に手を当てる。
なんだか知っている相手かのような口ぶりだ。
「その男をもう一度見つけ、連れてきてもらえないか」
「わかりました」
「出会った場合、穏便に話し合おうと伝えてくれ。万が一にも戦闘をするな」
「なぜ戦闘してはダメなのですか?」
シグマがしばらく押し黙る。
「あいつは私より強い。これだけ言えばわかるだろう」
エマは驚いた。
エマの知る限り、シグマの実力を凌ぐほどの魔法使いなんて、エディンにも片手で数えるほどしかいない。
団長が自分より強いと認めるほどの相手とは一体何者なのか。
シグマの一言を聞いた2人は、目を合わせて首を傾げていた。
その態度の理由はわからないが、シグマがそう言うのであれば、相当な強者なのは間違いない。
エマは再び男を見つけるために町へと探索にむかった。
◆
ナツキは宿へと戻ってきていた。
すでに数時間が経過しているが、ミユとギーメルが戻ってこない。
「これはトラブルがあったと考えた方がよさそうだ…」
ふと窓の外を見たら、路地に王軍の兵士が数人いる。
魔力感知を広げてみたら6人の魔法使いが全ての出入り口を監視しているようだ。
(この中で、1番強いのはあいつか)
正面入口側に立っている女が一際強い魔力を秘めている。
ソフィアと同格くらいだろうか。
自分1人に対して、前回宿を出た時よりも多人数で張り込んでいる時点で、2人はすでに拘束されたとみた方がいい。
絶対に戦闘するなとは言ったが、出くわしてしまったのなら、王軍から逃げるのは困難だろう。
(仕方がない…。俺も出向くとするか)
ナツキは防寒コートを羽織り、水筒を取り出す。
≪水分身≫
ミユとギーメルの分身を作成した。
2人がどうなったのか確認するためにも、まずこの2体を外に出してみよう。
「行け」
分身に命令し、宿の外へと差し向ける。
相手はかなり驚いた顔を浮かべている。
ここにいるわけがないといった表情だ。
2人が捕まったのはほぼ確定。そうでなくても、位置は特定され、ここにいないというのが分かっているのだろう。
白いコートの女兵士が魔法を詠唱している。
≪雪束縛≫
分身の足元の雪が膝の高さまで絡みつく。
即座に動きを封じられてしまった。
魔法媒体が水なので、足が凍りつかされたらひとたまりもない。
(それにしても躊躇いもなく魔法をぶっ放すとはな。2人がこいつらと戦闘になったのは間違いなさそうだ)
ナツキは2人が王軍と接触をしたことを確信した。それならば、自分から行動を起こした方が良いと判断する。
ナツキは水分身に気を取られた隙をついて、窓から外へ出た。
兵士たちの後ろ側に周り、話しかける。
「よぉ、なにか用かい?」
兵士はまたしても度肝を抜かれたようだ。
「まさか、自分から話しかけてくるとは。よほどの自信がおありなのですね」
「へー、長時間の張り込みはつらかろうと思ったが、迷惑だったかな。よほど寒空の下で震えるのが好きと見える」
表情には出てないが眼光はするどく、警戒心がありありとにじみ出ていた。
「単刀直入に聞こう、あの2人は無事かい?」
ナツキはクイ、とあごをやって兵士の視線を促した。
「なに…?」
兵士たちが拘束した水分身の方を振り返る。
いつのまにか、水分身が雪だるまになっていた。
緊張した空気のなか、ナツキだけが遊び心を発揮してへらへら笑っていた。
女は雪だるまを一瞥して、ナツキに宣告した。
「伝言をそのまま伝えます。“穏便に話し合いたい”とのことです。抵抗はやめ、大人しくついてきてもらいましょう。2人はすでに拘束しています」
「質問に答えてほしいね。無事なのかい?」
「もちろんです。王軍では無用な手出しはいたしません。適切な手法で尋問させてもらっています」
とりあえず死んではいないことに安堵した。
2人に危害を加えているようなら、同じ報いを与えるのもやぶさかではなかったが、とりあえずよしとしよう。
「で、俺が連行される理由があるとは思えんね。冤罪で捕らえるのが“紺碧の鷹”の趣味なのかな?」
「無礼者め!」
後ろにいる男の兵士が怒っている。
いきなり善良な俺を捕まえようって方が無礼だと思うけどね。
牢獄に勝手に入ったのは悪かったけどさ。眠らせた看守は薬の作用で前後の
記憶もあいまいだろうから、露見はしてないはずだ。
「腹の探り合いは苦手なんだ。2人のもとへ案内してもらえるかい?」
捕まってしまったのなら、助け出す必要がある。
かなりまずい状況だが、いつものようになんとか切り抜けられるよう頑張るしかない。
「潔いのですね」
女兵士が静かに述べた。
「では、行きましょう」
魔法詠唱をはじめた。
あたりに魔法陣がつくられ、景色が揺らめく。
(これが噂に聞く転移門か)
気づけば建物の広い部屋へと移動した。
氷連柱を撃ったと思われる氷の壁が1つ。
いたるところに氷が砕けた欠片。
最近、戦闘があったと思われる。
おそらく、兵舎の戦闘場か訓練場だろう。
ひらけた空間の中心地に、宿舎の一室程度の氷の塊が出来上がっている。
魔力感知で調べたら、中に3人いる。
ミユとギーメルらしき人物は、多少魔力が減っているが無事そうだ。
戦闘したのはミユたちだろう。
ミユとギーメルの前に座っている男の魔力は膨大すぎる。
(まさか、五星会議が終わってこれほどはやく戻ってきているとはな…)
中にいるのは間違いなく“紺碧の鷹”シグマだった。
◆
時は若干遡る。
シグマは訓練所の椅子に腰を下ろして監視を続けていた。
2人に対して戦闘では圧倒したが、魔法、身のこなしなど、そうとうな実力者であった。
エマが戻るまで、この場から動くことなく拘束しようと考え、魔法で即席の牢獄を作り出した。
「おまえたちの目的はなんだ?」
シグマは質問を投げかける。
「……」
2人はずっと沈黙を保っている。話す気はないようだ。
茜色の頭の男は、口はつぐんでいたが、鋭い視線をずっと寄こしてきて、ある意味、目の方が雄弁に敵意を表していた。
「睨む理由くらい言ったらどうだ」
「ふん、俺は王軍や貴族が嫌いだからな」
「そうか」
「ちょっと、言葉選びなさいよ」
「うるせぇ」
なにやら揉めている。
さっきからこの調子だ。
頑なに言おうとしない。
「言わないのであれば仕方がない。質問をかえよう」
言い争っていた2人の視線がシグマに向く。
「お前たちと同行している男は何者だ?」
シグマは2人のブローチを見てからひっかかるものがあったのだ。
2人は顔を見合わせている。
「俺たちもよく知らん」
「私が教えてほしいくらいよ」
まさかの答えが返ってきた。
ともに旅をする者の素性をわかっていないのか。
王軍相手に即席パーティーで事を起こすなど考えられない。
3人組は一体なにを考えているのか。
もどかしい思いを持ちつつも、シグマはエマの帰りを待っていた。
◆
(こいつ、ヤバすぎでしょ)
ミユは内心焦っていた。
ナツキに戦闘するなと釘を刺されていたのに、“紺碧の鷹”軍団長と戦いになってしまった。
そして圧倒的敗北を喫した。
戦闘直後にも関わらず、巨大な檻を難なく作る無尽蔵とも思える魔力。
そんな男に捕まってしまった。
デールでの生活を捨てて旅をはじめたが、開始早々ピンチだ。
ナツキが自分たちを見捨てて逃げてしまったらどうしよう、と早くも不安になっていた。
ギーメルに関しては、このヤバすぎる軍団長相手にずっと喧嘩腰だ。
(もう…本当にどうしよう…)
ミユはこれ以上ないくらい困り果てていた。
ブォォン
外からなにか音がした。
「来たか」
シグマが小さく呟く。
「え?」
「なにが」
ミユとギーメルが疑問に思ったが、答えはすぐに出た。
ガシャァアアアン
突如、氷の壁が崩れ去った。
崩れた壁の方へ目をむけると、掌を向けているナツキが立っていた。
「2人とも無事かな」
怪しさ満点の笑顔をしている。
「ナツキ!」
思わず叫んでしまった。
助けにきてくれたのだろうか。
「おいおい、人の名前を王軍に教えないでくれよ」
苦笑いしながら軽口をたたいている。
こんなピンチなのにナツキのいつもの調子に、ミユは心の底から安堵を覚えた。嬉しさと焦りがない交ぜになった、不思議な感覚だ。
(でも、軍団長がいるんじゃナツキでも…)
実際に、ここにくる前に自分より強いと認めていた。
事態が好転したとはとても言えない。
「“紺碧の鷹”のシグマ様にお会いできるとは嬉しいね」
ナツキがシグマ相手に挨拶をしている。
「御託はいい。お前の目的はなんだ」
「2人の解放を約束するなら、言ってやるぜ」
ナツキの言葉をうけてシグマが立ち上がった。
「いくぞ」
シグマが一言述べ、魔法を詠唱する。
≪氷連柱≫
右手を反転させながら、魔法を放つ。
「あ、おい!」
≪炎連柱≫
ナツキが慌てて、同じように体を反転させながら魔法を撃った。
青と赤の連なる魔法の柱が2人の中心地点で衝突した。
冷気と熱気が轟音と暴風を上げながら四方八方へと飛散する。
魔法は相殺され、中心地から煙が上がっていた。
ミユは心底肝を冷やしたが、ナツキは無事なようだ。
ふっと笑い声を溢し、ずっと無表情だったシグマの顔が緩んだ。
「ウデをあげたな」
「お前もな」
「久しぶりだな。ナツキ」
「お前も元気そうでなにより」
!
ミユは驚いた。
ギーメルと、ナツキの横にいた女兵士も目を剥いている。
「事情を聞いてから判断したいが、2人は解放する。応接間に来てくれ」
「うまい菓子くらい出せよ」
(なんなの。さっきとはうってかわって、この場違いなまでのやりとりは…)
混乱した頭のまま、ミユたちは兵舎の中へと案内された。




