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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
36/208

34 鷹は雪原に舞う③

 ロックベルの南方、サリー砂漠上空を飛ぶ影。

 鳥ではない、人だ。

 背中に氷の翼をはやし、風に乗って移動している。


 王直属軍“紺碧の鷹(ブルーホーク)”シグマであった。


 軍団の名は彼の飛行する姿から付けられた。

 馬車を遥かに上回る移動速度で、ロックベルへと向かっていた。


 (やっと見えたな)


 前方にロックベルの町が見えた。

 シグマはそのまま滑空体制に入り、王軍支部の建物最上階の執務室へと降り立った。


 バタン


 「おかえりなさいませ」


 エマ・カクタスが執務室で帰還を待っていた。


 「私と2人の時は畏まらないでもいいぞ」

 「そういうわけにもいかないでしょう。ただでさえ、私たちは妬まれているのだから」


 エマとシグマは、王軍入隊同期であった。

 エマの入隊試験成績はシグマに次いで2番目。

 生来の生真面目な性格で、どんな仕事も正確にこなす、というのが、彼女を知る周りの人間の一致した評価だった。


 シグマが王軍の軍団長となった時に、エマは指名で副団長の座についたのであった。

 シグマにとってみたら、実力のある同期を起用しただけのこと。

 しかし、長年王軍に勤めていた他の兵士の中には、やっかみで不満を口にするものがいたのだ。


 「まァ、よい。それで、例の連中はどうしている」

 「二手に分かれ、2人は商店街で買物、1人は町内をうろつきまわっています」

 「狙いは?」

 「まだ不明ですね。買い込む物資の量が多いことから、ただ、町を通過して国境を超えるだけかもしれませんし、ロックベルで事を起こしたあと、逃亡する、という可能性もあります」

 「そうか」


 彼らの狙いはなんであるか現時点ではわからない。

 すでに自分が帰還している以上、行動を追えているのであれば問題は無い。


 犯行に及んだ瞬間に、ひっ捕らえればいい。


 「大変ですー!」


 1人の部下が執務室に駆け込んできた。


 「何事だ」

 「あなたは男の一人の方を尾行していたのでは?」


 エマの言葉から察するに、偵察をしていた部下のようだ。


 「丸眼鏡の男をつけていたのですが、急に消えてしまいました」

 「なんですって」


 エマが驚く。


 「急に消えた…?魔力感知をつかって尾行しなかったのか?」

 「い…、いえ、もちろん魔力感知はしていたのですが、言葉の通り雪の中に消えてしまったのです」


 (どういうことだ…)


 雪の中に消えたのが嘘ではないとすれば、いくつかの手口がある。

 兵隊の感知能力に浸入して幻覚を見せる、異空間の入口を設置して移動する、もしくは分身系統の魔法が解除された場合などだ。


 (どのやり方だったとしても只者ではないな)


 シグマは王軍の兵士を撒くほどの力量を警戒した。


 「妖気をまとっているのはその男か?」

 「それは別の者ですわね」

 「ふむ…そっちの者はまだ追跡できているのだな」

 「はッ…そのようでございます」


 シグマは暫し考える。

 王軍に追われていると気づいた上で、姿をくらます男を放っておくことなどできない。

 万が一、奇襲をかけられたら深刻な被害が生まれてしまうだろう。

 それならば、先に手をうったほうがいい。


 「足取りのつかめぬ者を追うよりは、来てもらった方がよいだろうな」

 「どういうことですか?」

 「エマ、追跡している2人を兵舎の訓練所まで連行してくれ、私が尋問しよう」

 「わかりました」


 エマはきびきびと返事をして、執務室を後にした。



 ミユとギーメルは商店街から宿屋へと戻ろうとしていた。


 「やっと終わったわね」

 「思ったより時間がかかったな」

 「あんたのせいでしょ」


 ギーメルは買う必要のない武器屋に寄ったり、屋台で買い食いをしたりしていた。

 ミユも服屋に寄りたいのを我慢したのに、ギーメルが無頓着に動くことにイライラしていた。


 「まったく。あんたの家族救出なんだから緊張感持ちなさいよ」

 「この町は久々に戻ってきたからな。ついつい気分が上がっちまったわ。へへへ」


 そう言えば北国出身と言っていた。

 顔見知りの店主とも挨拶していたようだし、ギーメルでも郷愁を覚えることはあるのか。


 しかし、時と場合を考えて欲しいと思うミユであった。


 「はじめまして」


 後方から声がした。

 振り向くと白いコートを羽織った亜麻色髪の女性がいる。

 コートの胸には“紺碧の鷹”の紋章。


 (王軍!?まだ何もしていないのに話しかけてくるなんて)


 ミユは驚きを顔には出さないようにして警戒をする。

 ギーメルも珍しく騒がずに警戒しているようだ。


 「なにをしているか教えてもらえますか」


 コートの女が質問してきた。

 口調こそ穏やかなものの、瞳にはありありと警戒心が浮かんでいた。


 「見ての通り買物ですよ」

 「今はそのようですね。なにをしにこの町に来たのか聞きたいと思いまして」

 「ただの観光ですよ」


 まずい。詳しいことまではバレていないだろうけど、ナツキの言った通り王軍に自分たちの存在はバレていたのだろう。


 ミユはどうやってこの場を切り抜けるか考えを巡らせていた。


 「この場での問答は無意味でしょうね。申し訳ありませんが、王軍兵舎までご同行願えますか」

 「はァ!!まだなにもしてねぇって!ふざけんな」


 「まだ?」


 「ぁ…」


 ミユはキレそうになるのを堪えた。


 (このバカ!自分からボロを出してどうするのよ)


 寒空の下で、汗が頬をつたう。


 「軍隊に同行を求められて、わかりましたーって言えるほど素直じゃないわよ」


 はっきりと断っておく。

 ギーメルの言う通りまだなにもしていないのだ。

 相手の願いを聞き入れる必要はない。


 「そうですか。いずれにしても強制連行しますので」


 「え?」

 「はァ?」


 ≪転移門(ゲート)


 王軍の女とミユたちを包むように、大型の魔法陣が地面に描かれる。

 外輪から青白い光がたち昇る。

 雪を舞い上げながら激しく輝いた。


 ブーン


 音とともに周りの景色が揺らめいた。


 (これはッ…!?)


 気づけば、いつのまにか建物の中にいる。


 「なんだ!?どういうことだ…」


 ギーメルが驚きの声をあげている。


 「ここは王軍兵舎の訓練場です。強制的に転移させてもらいました」


 「はァ!?」

 「うそでしょ…」


 ゲートはマーキングしている場所へと移動する魔法。

 移動距離に限界値があるため、町から町の移動や、洞窟などからの帰還には使えない。

 王軍の兵舎にはマーキングがしてあるが、同町のどこからでも即座に移動する時に用いられていた。


 ミユは移動魔法の存在自体は聞いたことがあったが、移動する意思のない人間まで強制的に連行できる魔法があるとは知らなかった。


 抵抗(レジスト)する暇すらなかった。

 目の前の女が只者ではないことは間違いない。


 「あなた何者…?」

 「申し遅れました。私は王軍“紺碧の鷹”副団長エマ・カクタスです」


 !!


 早速幹部に捕まってしまった。


 「彼らが件の者たちです」


 エマが言葉を向けた先に、紺色のコートに身を包んだ男がいた。

 言われるまで気配がなくて気づかなかった。


 黒髪の優男で、身体を紺碧のオーラが包んでいる。


 (こんな濃い魔力を発している男の気配を感じ取れなかったなんて…)


 すでに戦闘体制をとっているにもかかわらず、ミユの感知能力を上回っていることが明らかだった。

 密度が濃いにも関わらず、氷河のように静かな魔力。


 間違いなく強者である。


 (まさかコイツが…)


 「なんだよ、てめぇ」


 ギーメルが殺気を放っている。

 彼も察したのだろう。


 「私は“紺碧の鷹”軍団長シグマだ」


 !


 ナツキの言っていた絶対に戦ってはいけない相手だ。

 しかし、対峙してしまった。


 なんとか切り抜けたいが、構造もわかっていない建物内に飛ばされた。

 しかも軍団のトップ2が揃っている。


 限りなく脱出は困難な上に、ギーメルは戦う気満々だ。

 家族を捕まえた軍隊のボスがいるからやむを得ないが、もう少し思慮分別をもってほしい。



 「ギーメル、逃げることを考えましょう」

 「バカ言うな。背を見せる方がやばいだろ。それに、負けると決まったわけじゃない」


 ミユも逃げるのがむずかしいと考えていただけに一理ある。

 ともかく戦いを避けて通るのは難しそうだ。


 「手荒に呼び出したことは詫びるが、事を荒立てるつもりはない。ただ、その者が身にまとう妖気と、私たちに向けられている敵意の理由を教えてもらいたい」


 シグマが問いかけてきた。


 「私たちは観光に寄っただけよ。逆らう気なんてないわ」


 戦闘を回避する一筋の光明が見えたかもしれない。

 ミユにとってみたら、一緒に旅をして寄っただけなのは間違いない。


 「ふん、俺は王軍が嫌いなんでね」


 ギーメルが最悪の返事をした。

 なんでこいつは考えてから言葉を発しないのか。


 「そうか。別に万人に好かれているとは思わんが、そこまで殺気を向けられるとはな」

 「おまえら王軍でクズ以外見たことねぇよ」

 「まぁいい。それで目的はなんだ?」

 「言うわけないだろ」

 「そうか。ならば、一旦叩きのめし、じっくり尋問するとしよう」


 ゴォッ


 シグマが魔力を解放した。


 「もぉー!なんでこうなるの!?」


 ミユは頭を抱える。


 ギーメルに罵声を浴びせたいが、今はそんな暇はない。

 ともかくここを切り抜けてからだ。


 ミユは水筒から水をとりだし、相手に向かって投げつける。


 ≪水鎖(アクアチェーン)


 鎖は縦長の蛇状の姿をとり、シグマの周りを取り囲む。


 「ほう、水魔法とは珍しい」


 シグマは余裕な態度を崩さない。

 鎖がシグマを捉えようとした瞬間。


 ≪氷波(アイスウェーブ)


 シグマの周りを氷の刃が舞う。

 水鎖は凍りつき、割れながら地面へと落ちてしまう。


 「嘘だろ…(かしら)のよりでけぇ…」


 ギーメルが驚いている。

 “頭”が何者か知らないが、氷波の攻撃範囲は一般的に2メートル。

 3メートルを超えると氷の上位魔法使いと言われている。


 しかし、シグマは半径5メートル以上の攻撃をおこなった。


 (しかも、まだ余力を残している…とんでもない怪物ね)


 たった一撃の魔法で、相手の実力が凄まじいことがわかった。


 「次は私からいくぞ」


 ≪氷玉(アイスボール)


 シグマは青白い玉を複数、ミユとギーメルに向かって撃ってきた。

 紙一重で躱したが、周りで氷の玉がパキパキと音をさせて破裂している。


 「水魔法使いに氷を使うなんて舐めてるのかしら」


 ミユは魔力を込めて、周りの氷を水へと転化させる。


 ≪水分身(アクアアヴァター)


 氷を溶かした水から一体の分身を作り出す。


 「やるな」


 褒められてもまったく嬉しくない。

 しかし、水分身を作れたことで相手の隙をつくように戦うことができそうだ。


 「しかし、お前も私の作り出した魔法に水魔法を使うのは、舐めているとしか言えない」


 シグマが意味深なことを呟いた。

 ミユは攻撃を完全に防ぎ、攻撃に転じようとしている状態だ。しかし、シグマには後手に回った意識は欠片ほどもないようであった。


  ≪凝固(コアギュレーション)


 シグマが魔力を込めた途端、ミユの水分身が凍りついて崩れてしまった。


 「そんな!?」


 「もう逃げられん」


 ≪氷牢獄(アイスプリズン)


 先の氷玉と、水分身が崩れたことで生み出された冷気がミユの周りを包み込む。


 キイィィィン


 金属が擦れるような音をさせながら、氷が縦横に組み立てられていく。

 瞬時に立方体の牢獄になってしまった。


 「こんなもの…」


 ミユは魔力をこめ、再び氷を水にかえようとする。


 しかし、いくら魔法を使っても、牢獄はびくともしない。


 「なんで…」


 「お前は私を誰だと思っている。たしかに水魔法は厄介だが、お前の魔力を上回る魔力があれば、牢獄を維持するなど容易い」


 どうやら牢獄を崩せないのは、シグマが魔力を送り続けているからであった。


 (規格外すぎる…)


 ミユは絶望する。


 「ギーメルあんただけでも逃げなさい!」


 ミユは自分の脱出を諦めてギーメルに指示をだした。


 「俺に命令するな!すぐ倒す!」


 相変わらず猪突猛進な態度は変わらない。

 今の戦闘を見ていて、勝てるわけないと思わないのか。


 ギーメルはミユを捉えている牢獄に向かって突進してくる。


 「バカ!なにしているの!?」


 「うっせぇ!」


 ギーメルが氷牢獄を斬りつけた。



 ガラガラ…


 牢獄は音を立てながら崩れていった。


 「え…すごい」


 素直に感心した。

 能力は事前に聞いていたが、完成された魔法を崩すこともできるとは。


 「なにッ…」


 さすがのシグマも驚いている。

 ギーメルの魔力吸収の妖刀によって、牢を形成するシグマの魔力を奪ったのであった。

 ギーメルは奪った魔力を使って、手に炎を作り出している。


 「魔術師だったとは侮っていた。その刀が妖気の源か。先にお前を戦闘不能にしないといけないようだ」


 「オラァ!」


 ギーメルが手に生み出した炎を撃ち放つ。


 「しかし、まだ覚えたてといったところか。甘いな」


  ≪氷弾(アイスミサイル)


 シグマは青い弾1発でギーメルの巨大な炎を消してしまった。


 魔力量も威力も桁違いだ。

 遠距離戦では勝負にならないが、接近したら氷波をされてしまうだろう。


 「ギーメル!二手から攻撃して隙をつくりましょう!」

 「よし」


 ミユとギーメルは左右に走り出す。


  ≪水弾(アクアミサイル)


 ミユは水の塊を複数シグマへと撃つ。


 「らぁ!」


 ギーメルは、反対方向から炎の遠距離攻撃を放った。

 隙を見せたら斬りかかろうという意志が伝わってくる。


 シグマは攻撃を全て氷魔法で相殺している。

 シグマを中心に、二つの影が回るように攻撃を続けた。


 「素早いな。では、これでどうだ」


 ドン


 激しい轟音と共に、シグマの体から魔力のオーラが立ち上る。

 月夜の空のような藍色。

 解放しただけで足元の水が凍りついていく。


 シグマは右手を体の後ろに回し、右掌を広げて後ろ側に向けている。

 身体中の魔力が右手に集中していく。

 濃い藍色と、紺碧の青が、星の煌きのように輝く。


 シグマは右肩から体を捻るように体を反転させ、右手を前方に突き出した。


 (ぇ…)


 ミユの脳裏に一瞬既視感が生まれた。


  ≪氷連柱(アイスストライク)


 シグマの右手から巨大な青白い氷の柱が現れる。

 その氷柱は、シグマの身長の4倍ほどまでに高く、ギーメルに向かって走っていく。


 「げッ!」


 ギーメルは横へ飛び、紙一重で避けることに成功した。

 いや、片手にかすってしまったようだ。


 「くッ…」


 片膝をつき、シグマを睨み付けている。

 ギーメルの右手が刀ごと凍りついている。

 戦闘を継続するのは厳しそうだ。


 しかし、ミユはダメージをうけたギーメルより凍りついたように動けなくなっていた。



 (どういうことよ…なんでアイツの姿が、ナツキに重なるの)


 氷連柱を放ったシグマの姿が、かつてレオ・ロバーツを倒した時のナツキの姿と重なっていたのだ。


 撃ち方、威力、なにをとっても瓜二つであった。

 思えばナツキもこの男を知っているような口ぶりだった。

 一体2人はどういう間柄なのだろう。


 「殺すつもりはない。大人しく降参しろ。これ以上戦闘を続ける気なら、次は当てるぞ」


 シグマが降伏を求めてきた。

 今の氷連柱も、ギーメルにぎりぎり当たらないように撃っていたようだ。

 ギーメルも、妖刀が封じられては勝ち目はない。


 「降参するわ」


 ミユは両手を上げて降伏の意思を示した。


 「くそお…」


 ギーメルが唸っている。


 「ギーメル、死んだらそれこそお終いよ」

 「くッ…」


 頭を項垂れた。どうやら敗北を認めたようだ。

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