33 鷹は雪原に舞う②
「気配がするのはこっちね」
エマはロックベル南側の商店街にある旅人向けの宿が並ぶ通りに来ていた。
先ほど感じた、異様な気配をまとう人間の位置は手にとるようにわかる。
どうやら今は宿舎の中にいるようだ。
エマは部下4人と共に、張り込みをしていた。
この町では、妖刀や呪具なども、そのオーラで結界に反応する。
国境をまたいだ密輸組織などの取り締まりのために、監視が強化されているのだ。おかげで怪しいものの売買はこの町ではすぐに検挙できる。
ガチャ
宿屋のドアが開き、ぼさぼさ頭で丸眼鏡の男が出てきた。
男は周囲を確認した後、町の中心へと向かっていく。
一瞬こっちを見たような気がしたが、色眼鏡のせいで視線までは分からない。
「追え」
エマは部下2人に尾行を命じた。
自分は引き続き張り込みを続ける。
ほどなくして、言い争いをしながら男女が出てきた。
妖気をまとっているのは茜色の頭の男だ。
(あいつが1番警戒すべき男ね)
エマは2人のあとをつけていく。
どうやら買い物をしているだけのようだ。
しかし、揃えている物資が、保存食や野営用の薪など、長距離移動に必要なものばかり。
なにか事を起こしたあと、町を去る可能性がある。
エマは警戒しつつ観察していた。
(エマ、聞こえるか)
軍団長から念話がきた。
(はい)
(あと数時間で到着する。後ほど、件の報告をうけたい)
(承知しました)
エマは念話を着るなり、部下へと視線を向ける。
「お前たちは引き続き尾行しなさい。事を起こしたら、即刻逮捕するように」
エマは尾行を2人に任せ、兵舎へと引き返した。
◆
ミユは不機嫌だった。
ただでさえ寒くて外をうろつきたくはないのに、騒がしい男と2人だ。
ナツキに張りついて旅をしようという目論見だったのに、別行動にさせられた。
今回は、目的がはっきりしているものの、以前デールでは撒かれたことがあるので、目の前からナツキが消えることに一抹の不安があった。
それに、この一団のトラブルメーカーはどう考えてもギーメルだ。
厄介ごとを押し付けられているような気がする。
なんだか面白くない気分であった。
「おい、不機嫌そうな顔して歩いていると怪しまれるぞ」
「あなたに言われたくないわよ」
人相の悪さでは、ずっとギーメルが上だろう。
この男は、自分のことを棚に上げて批判してくる。
「まったく、とりあえずさっさと買い物済ませるわよ」
「はいよー」
ミユは商店街で保存食を見て回っていた。
「お嬢ちゃん可愛いから、少しサービスしておいたよ」
肉屋の店主が笑顔で紙袋を渡してきた。
「ありがとう」
笑顔で返事をする。
「おっさん、こいつは中身はガサツだから騙されんなよ」
(こいつ…)
またしてもミユとギーメルの言い争う声が響くのだった。
◆
ナツキは町の中心にある王軍支部へと向かっていた。
宿屋を出たところで、王軍の兵士らしき魔法使いが数人いるのに気付いた。
そのうち2人が後をついてくる。
間違いなく自分たちはマークされている。
このまま突入したら、捕まえてくださいと言っているようなものだ。
(撒くか…)
ナツキは狭い路地へと入り、何度も曲がり角を経由する。
尾行していた2人は慌てて追いかけてきた。
これで尾行されていたことが確定した。
(雪道を走り回るのは疲れる…手っ取り早い方法はないか…)
あたりを見渡すと、道の両側にかき分けられた雪が積まれている。
(これを使うか。水魔法の応用でいけるだろう)
≪雪分身≫
ナツキは雪に向けて魔力を向ける。
積まれた雪が一塊となってうねりながら動きはじめた。
雪はナツキの姿へと姿を変える。
魔法式をちょっといじって、水分身を応用してみたのだ。
ナツキは建物の上へと跳び上がった。
雪分身をそのまま前方へと移動させる。
屋根から観察していると、兵士2人が雪分身の後を追っていった。
(これでもう大丈夫だろう)
ナツキは屋根を飛び移り移動した。
ほどなくして、王軍支部の敷地内に潜入した。
王軍支部の詰め所の横に、石壁で造られた三階建ての建物がある。
窓は鉄格子が張られている。
(これが牢獄だろうな。捕虜もここに収容されているだろう)
ナツキは細心の注意を払いつつ、建物の屋上へとのぼった。
屋上には内部へ続く扉があり、当然のことながら、扉には鍵がかかっている。
≪ 爆炎≫
爆音を轟かすのはまずい。
魔法式を短縮し、込める魔力も小さくした。
ボン
小さな音とともにドアノブを破壊した。
キイィ
ナツキは扉をゆっくり開け、屋内へと侵入した。
牢屋は階段を下りた先だろう。
長い廊下が続き、左右に牢部屋が続いている。
扉は鋼鉄で、顔の高さにのぞき穴があるだけか。
カチャ
1番手前の牢屋を覗いてみる。
「なんだァ、てめぇ」
人相の悪い中年の男が睨んできた。
「寛いでいるところ悪いね。家具職人を探しているんだ」
「はァ…?あんた看守じゃないのか?どうやってここまできた」
男は怪訝な顔を浮かべている。おそらくギーメルの親ではなさそうだ。
当たり前だが囚人が他の部屋の情報を知っているはずもないだろう。
(これは探すの大変だぞ…)
ナツキは魔力感知を広げてみた。
ざっと50人以上の人間が捕まっている。
(これ全部に話しかけるのか…)
ギーメルを置いてきたのは失敗だっただろうか。
しかし、いたとしても虱潰しに調べるのに変わりはない。
そんな時間をかけてはまずい。
見回りもくるし、騒がれでもしたら大変だ。
さっき話しかけた囚人が「出してくれ」とすでに騒いでいる。
(それなら潔く、手っ取り早い方法でいくか…)
ナツキは階下へ降り、看守室へと足をすすめた。
一階の暖炉がある部屋で新聞を読みながら寛ぐ男がいる。
ナツキは素早く移動し、背後から魔法を詠唱した。
≪束縛≫
バチンッ
張り詰めたゴムを切ったような音をさせ、看守を拘束した。
「ぐあッ!?なんだこれは!」
「いやぁー、牢獄内で捕まる体験ができるなんて、あんたは幸せ者だぜ」
笑いながら話しかける。
「何者だキサマァ!!」
看守が頭に青筋を浮かべ、怒鳴り声を響かせた。
「囚人について聞きたいことがあるんだ」
「言うわけないだろうが!キサマもぶち込んでやる!」
話を聞いてくれそうにない。
応援を呼ばれる前に静かになってもらう必要がありそうだ。
ボン
粉末状の睡眠薬を顔にぶちまけた。
騒いでいた看守は段々と重い瞼を閉じた。
(しゃべってくれたら楽だったのに、そういうわけにもいかないか…囚人名簿はどこだ…)
ナツキは机の上に積んである書類と、机の中を調査した。
バサバサと地面に書類が散らばる。
(あった…)
名前の左に番号の振ってある名簿。
名前の右横には性別、年齢、職業、囚人室が書いてある。
ナツキは名簿をパラパラとめくる。
しかし、どこを探しても家具職人がいない。
(なぜだ…捕らえているのはここじゃないのか…?)
まずい。任務失敗だ。
牢獄で問題をおこした奴がいるとバレたら町中で大捜査がはじまってしまう。
自分の追手はすでに巻いたが、ミユとギーメルは尾行されているだろう。
そうなってしまったら、状況悪化は必定。
ナツキは片手で頭を抱えつつ、看守室をあとにした。
「さて…どうするか…」




